カルト映画
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カルト映画またはカルトフィルムとは、熱狂的ファンによる小グループによって支持される映画、または、そのような支持者によって長年に渡って支持され続ける映画のことである。すなわち、ある種のジャンル・テーマ・モチーフ・演出方法等による分類方法ではなく、その作品が“特定の観客にどのように受け入れられているか”、という現象面によって分類されるべき映画である。当然、厳密な分類は期待できず、また、定義自体が変わらなくても時代や社会によって、その外延は変化する。
ある映画がカルト映画として成立していく条件は、特定の観客がその映画をどう受け止めるか、その映画に対しどのような関係を築いていくかに依っている(商業的な成績は関係ないが、一般に「狭く深い熱烈なファンをもつ作品」であることから、あまり成功してはいないことが多い)。
例えば、1975年製作のイギリス映画『ロッキー・ホラー・ショー』(原題:The Rocky Horror Show)は、公開当時は商業的大失敗に終わったが、翌年のニューヨークでの深夜上映会を皮切りに、パーティのような気分で劇場に通い詰める観客が急増していき、ある種の社会現象となっていった。この映画を「最初のカルト映画(として認識されたもの)」として推す声は現在でも多い。それ以前の作品で現在カルト映画と認められているものは、後世の評価としてカルト映画と認識された作品、ということになる。
また、1970年代以降「ミッドナイトムービー」と呼ばれて深夜上映されたアート系映画と、「グラインドハウス映画」と呼ばれる老朽した映画館で二本立て・三本立てで上映されたエクスプロテーション系のB級映画の二つが、アメリカにおける「カルト映画」の大きな潮流となっている[1]。
『スター・ウォーズ』のように、今ではカルトというよりメインストリーム映画の扱いを受けているものもある。
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[編集] カルト映画に見られる特徴
一般にカルト映画と呼ばれるものにはいくつかの特徴があり、それ故に興行的に大ヒットを収めるケースは少ない。しかしながらその特徴故に一部のマイノリティからは熱狂的な支持を受ける作品である。また難解なシナリオ、生理的嫌悪感を催したり社会通念的にマイノリティであるテーマで内容的に世間との軋轢を生み、社会通念上好ましくないとされる作品も少なくなく、場合によっては上映禁止やフィルムの没収、廃棄などもおこなわれるケースがあり、それが更に作品のカルト度を高める結果に繋がる場合がある。[要出典]
[編集] カルト映画一覧
以下に、カルト映画と呼ばれる作品を公開年順に列挙する。()内は特筆ない限り監督。
1920年代
[編集] 1930年代
- 全米からサーカス等で活躍する畸形の人物を集めて撮影された。試写会では途中で逃げ出す観客が続出し、試写を観たせいで流産したとMGMを訴える女性も現れたため、MGMは特に過激と思われるシーンをカットしたが、それでも各地で上映禁止となり、興行的には制作費の約半分程度しか回収できないという惨敗に終わった。監督のブラウニングはこの作品で事実上引退に追い込まれ、映画は1960年代に再評価されるまで顧みられる事はなかった[4]。
1950年代
- 宇宙人が、地球人の爆弾開発をやめさせるために地球の死者を甦らせるというSFホラー。あまりのつまらなさに上映権の買い手がつかず[要出典]、結局テレビ局に権利を安く買いたたかれた結果、深夜テレビで繰り返し放送され、一部でカルト的な人気を得た。ティム・バートンやクエンティン・タランティーノに影響を与えた。1976年に「ゴールデン・ターキー・アワード」という本の中で「史上最低の映画」として紹介され、伝記映画『エド・ウッド』で注目を浴びた。
1970年代
- 特に主演のディバインが犬の糞を食べるシーンがある。
- 黄金郷を求めてジャングルに入った人間たちの悲劇を描く作品。大いなる野望を抱きつつ、破滅に向かう主人公をクラウス・キンスキーが演じている。『地獄の黙示録』(フランシス・フォード・コッポラ監督)に影響を与えた。
- 狂言自殺を趣味としている19歳の少年と、天衣無縫な79歳の老女との恋愛物語。ジャン・ルイ・バローが舞台劇にし、日本でも1977年に公演された。
- ハーダー・ゼイ・カム[9](ペリー・ベンゼル)
- 当時は無名だったジミー・クリフを主演とした映画。当時の映画には珍しくBGMがレゲエということもあって、本作の影響でレゲエが大流行した。全編16mmの手持ちカメラで撮影されているのも特徴。
- 1957年にウィスコンシン州プレインフィールドで実際に発生したエド・ゲインによる猟奇殺人事件をモデルにしたホラー映画。
- ロッキー・ホラー・ショー[11](ジム・シャーマン)
- 公開当初は興行的に失敗したものの、ニューヨークへの輸出をきっかけにブレイクした。
- デヴィッド・リンチが私財を投じて製作した、長篇映画デビュー作。始めは深夜に上映されたことから、レイトショーの基盤となった作品である[要出典]。
- 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に続く、ジョージ・A・ロメロのゾンビ映画三部作の一つ。大量のゾンビから逃れるため、ショッピングセンターで篭城することになった人間たちの戦いを描いたホラー映画。
1980年代
- フィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作とした作品。日本での劇場公開はふるわなかったものお、根強いファンをもつカルト映画となる[15]。その後のビデオの普及によってSF映画の金字塔と絶賛された[15]。
- 公開当時は酷評され興行成績も振るわず、大失敗作との汚名をつけられていたが、レンタル開始とともに人気がじわじわと広がり、さらに本国アメリカでは黒人層などからの熱狂的支持を受け、再評価された。
- レポマン[17](アレックス・コックス)
- ローンを滞納した車を回収するレポマンの仕事に就いた青年の姿を描く。
- 10億円もの費用をかけて製作されたアニメーション作品。日本のアニメーションが本格的に海外進出する足がかりになった作品である。
関連項目
- B級映画
- カルトアニメ
[編集] 脚注
- ^ 別冊映画秘宝『グラインドハウス映画入門』、洋泉社、2007年8月、ISBN 978-4862481900
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第22位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第3位
- ^ 柳下毅一郎 『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』 青土社、2003年12月、84-85頁。ISBN 978-4791760978。
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第12位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第5位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第46位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第4位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第30位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第6位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第2位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第14位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第27位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第9位
- ^ い ろ SFマガジン2008年1月号5ページ
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第8位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第7位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第13位
- ^ 『Entertainment Weekly』2003年5月23日号の“The Top 50 Cult Movies”で第22位
最終更新 2009年11月3日 (火) 16:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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