カルロス・セクレタリオ
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| セクレタリオ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | カルロス・アウベルト・オリベイラ・セクレタリオ | |
| ラテン文字 | Carlos Secretário | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1970年5月12日(39歳) | |
| 出身地 | サン・ジョアン・ダ・マデイラ (アヴェイロ県) | |
| 身長 | 174cm | |
| 体重 | 68kg | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | RSB | |
| 利き足 | 右 | |
| 代表歴 | ||
| 1994-2002 | 35 (1) | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
カルロス・アウベルト・オリベイラ・セクレタリオ(Carlos Alberto Oliveira Secretário, 1970年5月12日 - )はポルトガル出身の元サッカー選手。ポジションはDF。
[編集] 経歴
1989-90シーズンにFCペナフィエルでスーペル・リーガ1部デビュー。FCファマリカン、スポルティング・ブラガに移籍した後、1993-94シーズンにFCポルトへ移籍。1994年にはポルトガル代表デビューを果たす。1996年にはポルトガル代表としてユーロ96に出場。同年レアル・マドリードに移籍するが、ファビオ・カペッロ監督の構想から外れ、翌シーズンは古巣のFCポルトに復帰。2000年にはEURO2000に出場。チームは惜しくも準決勝でフランス代表に敗退する。この頃から怪我などが原因で徐々にクラブでの出場機会が少なくなり、2002年の日韓ワールドカップでは代表入りを逃す。またジョゼ・モウリーニョが監督就任後はパウロ・フェレイラにポジションを奪われ出場機会が激減し、クラブとしては2003-04シーズンにUEFAチャンピオンズリーグで17年ぶりの優勝を飾るが、セクレタリオは同シーズン限りで退団。翌シーズン、2部のFCマイアでプレーし、現役を引退した。
肉体的や技術的に飛びぬけた能力は持っていないが、攻守においてバランスの取れた右サイドバックである。
[編集] 所属クラブ
- 1989-1991
FCペナフィエル 64試合2得点
- 1991-1992
FCファマリカン 31試合2得点
- 1992-1993
スポルティング・ブラガ 31試合2得点
- 1993-1996
FCポルト 86試合6得点
- 1996-1997
レアル・マドリード 13試合
- 1998-2004
FCポルト 129試合
- 2004-2005
FCマイア(2部) 24試合
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最終更新 2009年6月1日 (月) 16:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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