カルロ・アバルト
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カルロ・アバルト(Carlo Alberto Abarth、1908年11月15日 - 1979年10月24日)は、オーストリア出身のレーサー及び技術者であり自動車メーカーアバルトの創始者である。
[編集] 経歴
カール・アバルト(Karl Abarth)としてオーストリアのウィーンの裕福な家庭に生まれる。若い頃から機械、そしてスピードへの興味が強く自転車レースを通じて才能を発揮し始める。学校卒業後はオートバイ関連の仕事に情熱を注ぎ、20歳にて自身初のオートバイの設計製作をした。
1928年4月、オートバイレースに初参加するが、驚異的なスピードで走ったことで、ベテラン勢から恨みを買いチームを去ることになる。
1929年、優れたメカニックとしてアバルト(Abarth)の名を冠した軽量のオートバイを製作し、レーサーとしても好成績を収めていく。
1930年、レース中の事故により重傷を負いレースへ参加できなくなるが、サイドカーという活路を見出し、オリエント急行との競争にて勝利し、名声を高める。
1939年、第二次大戦の勃発と共にイタリアへ移住しカルロ・アバルト(Carlo Abarth)と名乗る。
1946年、トリノにあるポルシェのイタリア代理店のチシタリアで技術者として活動していたが会社の経営状態は思わしくなかった。
1949年、自らアバルト社(ABARTH&C.)設立。紋章は自らの星座であるサソリであった。 マフラーを始めとするチューニングパーツ販売と主としてフィアット車をベースとしたスポーツカーやレーシングカーを販売し、1950年から1960年代にかけての20年の間に113の国際記録とレースに於いて7400以上もの勝利を獲得しアバルトの名声は広まり伝説と化した。
最終更新 2009年6月8日 (月) 17:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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