カレー・バッシング

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カレー・バッシング(Curry Bashing)とは、オーストラリアシドニーメルボルンで多発した10代の白人青少年によるインド留学生襲撃多発事件を示す。名前の由来は白人青少年グループがインド人を襲撃する時に使う「レッツ・ゴー・カレー・バッシング(Let’s go Curry Bashing!)」という合言葉に因む。

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[編集] 経緯

オーストラリア政府は人口増加を目的に1980年代からは白豪主義を撤廃し、多文化主義の多民族共存国家をスローガンとして世界中から移民を受け入れて来た。21世紀になると人口が爆発的に増加傾向のあるインドからの移民・留学生も急激に増え始め、留学生だけでも8万人以上となり、その多くがシドニーとメルボルンに在住した。そして職種によってはインド人が独占する職場も見受けられるようになり、インド人を良く思わない風潮が出始め、ついには新聞でも「カレー臭い」「シャワーを浴びろ」などインド人を差別する表現も目立つようになった。

オーストラリアでのインド人の被害者は2009年6月初めから三年前までに約1500人が襲われ、メルボルンはその一年前に遡る期間に70件を上回る襲撃事件が発生し、5月31日にはインド人留学生数千人が抗議の座り込みを行った。一方シドニーでも4月だけで襲撃事件は約20件も発生していたが、そのほとんどの学生は告発して面倒が起こり永住権が取れなくなる事を恐れ警察に届け出なかった。

[編集] 影響

これらインド人留学生襲撃の一連の事件はインド本国でも早々に伝わり、インド人のオーストラリアへの反感も強まった。2009年6月1日にインドのマンモハン・シン首相がオーストラリアのケビン・ラッド首相と電話で対談、事態の速やかな収拾を要求した。翌2日にはインドのデリー大学で抗議デモが起こり、インドを代表する俳優、アミターブ・バッチャンクイーンズランド大学からの名誉博士号授与を断りブリスベンの映画祭の出演も辞退した。

シヴ・セーナー党のバール・タークレー総裁は「政府はただちにインドに進出しているオーストラリア企業の責任者を召喚し、一連の襲撃が収拾しないかぎり、今までのようなビジネス活動は望めないと申し渡すべきだ。また、IPL(インドのプロ・クリケットリーグ)のチームからオーストラリア人選手を外すべきだ」と発言した。

被害が多発している地域ではインド人留学生が自警団を組織して徘徊しはじめた。8日には地下鉄駅周辺で自警していたインド人グループが過去に仲間を襲ったレバノン人グループの男に逆襲する事件も起こった。ラッド首相は6月10日のラジオ放送で事件の背景は人種差別ではないと強調し、オーストラリアは今でも世界有数の安全国だとして平静を呼びかけ、事件の鎮静化をはかった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月18日 (金) 08:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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