カンザスシティ・ロイヤルズ
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| カンザスシティ・ロイヤルズ Kansas City Royals |
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| 創設: 1969年 | |
| 所属リーグ | |
| 歴代チーム名 | |
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| 歴代本拠地 | |
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| 収容人員: 38,177人 | |
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| 永久欠番 | |
| 5, 10, 20, 42 | |
| 獲得タイトル(獲得年) | |
| ワールドシリーズ優勝 (1回) | 1985 |
| リーグ優勝 (2回) | 1980 • 1985 |
| 地区優勝 (6回) | 1976 • 1977 • 1978 • 1980 1984 • 1985 |
| ワイルドカード | なし |
| 球団組織 | |
| オーナー: デビッド・グラス | |
| GM: デイトン・ムーア | |
| 監督: トレイ・ヒルマン | |
カンザスシティ・ロイヤルズ(Kansas City Royals、略称:KC)は、アメリカMLB、アメリカンリーグ中地区所属のプロ野球チーム。本拠地はミズーリ州カンザスシティにあるカウフマン・スタジアム。
目次 |
[編集] 概要
シーズン成績の詳細については年度別成績一覧を参照
1969年から拡張球団としてシアトル・パイロッツ(現ミルウォーキー・ブルワーズ)とともにアメリカンリーグに参入。1年目は地区4位(6チーム中)に沈んだが、3年目となる1971年には勝率5割を達成。8年目の1976年には初の地区優勝を達成。その後、1980年代までは強豪チームの一角としての地位を確保。1976年からの10年間に7回プレーオフに出場、プレーオフを逃した年もすべて地区2位か3位(7チーム中)、とほぼ毎年優勝争いに加わった。
その間、1981年に来日し、ジョージ・ブレットの強打で日本のファンにも強い印象を残した。1985年には、セントルイス・カージナルスとのワールドシリーズで、1勝3敗の不利から逆転し、初のワールドチャンピオンに輝いた。パイロッツが1年目から大きくつまずき、1年でミルウォーキーに移転、その後も低迷を続けたのとは対照的に、安定した強さを誇り続けたため「拡張球団の理想」とされた。
ところが1990年代以降は、チームの象徴的存在であったブレットの引退と前後するようにチームは下降線をたどってゆく。かつての栄光は見る影もなく、1996年にチーム史上初の最下位に沈み、2002年から2006年までの5年間で4度シーズン100敗を記録するなど、まさに暗黒時代を迎えている。しかしこうしたチーム状況を逆手にとって、有望な若手選手を育成し、積極的に起用している。ジョニー・デーモン、ジャーメイン・ダイ、カルロス・ベルトランら数々の有名選手がこの球団から飛躍のきっかけをつかみ、他球団へと巣立っていった。
[編集] 球団の歴史
[編集] 球団創設
1955年から1967年までカンザスシティにはカンザスシティ・アスレチックス(現在のオークランド・アスレチックス)が本拠地を構えていたが、1967年のシーズン限りでアスレチックスはオークランドに移転する。1年をはさんだ1969年、メジャーリーグの球団拡張に伴ってカンザスシティに新たなチームが創設されることとなった。初代オーナーにはユーイング・カウフマンが就任し、チーム名はカンザスシティ・ロイヤルズに決定。本拠地球場はアスレチックスが使用していたのに引き続きミュニシパル・スタジアムとなった。また同年には東西2地区制が導入され、ロイヤルズはアメリカンリーグ西地区に所属することとなった。
チームの初試合は4月8日、ミネソタ・ツインズを本拠地に迎え、延長12回の末に4対3でサヨナラ勝ちを収めた。なおこの試合では新人のルー・ピネラが5打数4安打の固め打ちの活躍をみせている。また翌4月9日も延長17回までもつれ込み、最終的に4対3で2試合連続のサヨナラ勝ちとなった。しかしその後は負けが込むようになり、最終的に69勝93敗で地区4位で1年目のシーズンを終えた(逆に開幕2連敗を喫したツインズはこの年に地区優勝を果たしている)。また開幕戦で大活躍だったピネラはシーズンでは打率.282を記録し、新人王に輝いている。
1970年は65勝97敗と前年を下回る成績となり、シーズン途中にはボブ・レモンが監督に就任する。翌1971年にはレモン監督の下で85勝76敗と初めて勝ち越してシーズンを終えた。1973年にはジャック・マッケオンが監督に就任(マッケオンは2003年に74歳というメジャー史上3番目の高齢でフロリダ・マーリンズの監督を務め、チームをワールドシリーズ制覇に導いている)。また本拠地球場もロイヤルズ・スタジアムに移した。ロイヤルズ・スタジアムは広い外野と人工芝を持つ球場で、ロイヤルズの選手たちはここで持ち前の機動力野球を存分に発揮した。この頃にはジョージ・ブレット、フランク・ホワイトといった若手選手も台頭し始め、チームも安定した戦いぶりをみせる。しかし当時の西地区はアスレチックスが全盛期を誇っており、ロイヤルズはアスレチックスに次ぐ2番手という位置づけだった。
[編集] 強豪球団として
1975年のシーズン途中でマッケオンに代わりホワイティ・ハーゾグが監督に就任。ハーゾグの下でチームの機動力や守備力はさらに昇華し、ロイヤルズにはブレットやホワイトに加え、ウィリー・ウィルソン、エイモス・オーティス、アル・コーウェンズ、ハル・マクレーといった機動力と守備力を兼ね備えた選手たちが名を連ねた。1976年には2位アスレチックスを振り切って初の地区優勝。同年にはブレットが打率.333で首位打者に輝いた。リーグチャンピオンシップシリーズではニューヨーク・ヤンキースと対戦したが、2勝2敗で迎えた最終戦でサヨナラ負けを喫してしまった。1977年には102勝60敗という圧倒的な成績で地区2連覇、翌1978年もカリフォルニア・エンゼルス、テキサス・レンジャーズを振り切り、地区3連覇を果たした。しかし続くリーグチャンピオンシップシリーズではいずれの年もヤンキースに敗れ、三度ヤンキースにリーグ優勝を阻まれることとなった。
1979年は地区2位に終わり、翌1980年には新たにジム・フレイが監督に就任する。同年にはブレットがシーズン終盤まで打率4割を維持し、最終的に打率.390という高打率を記録(戦後ではアメリカンリーグ最高)、またウィルソンも球団記録となる133得点、230安打を記録した。彼らの活躍もありチームも4度目の地区優勝を果たし、リーグチャンピオンシップシリーズでは再びヤンキースと相まみえた。そしてヤンキースに2連勝し王手をかけた第3戦、ヤンキースのクローザーだったリッチ・ゴセージからブレットが逆転の3ランを放ち、初のリーグ優勝を決めた。しかしワールドシリーズではマイク・シュミット擁するフィラデルフィア・フィリーズに2勝4敗で敗れ、ワールドチャンピオンはならなかった。
1981年にはストライキによってシーズンが前後期制となり、前期は20勝30敗と不調が続いた。そのため後期にはフレイに代わり、前年までヤンキースの監督を務めたディック・ハウザーが監督に就任する。その後チームも盛り返して後期優勝を果たすものの、前期優勝したアスレチックスとのディビジョン・シリーズでは3連敗で敗れ去った。1982年、1983年と2年連続で地区2位だったが、1983年のシーズン途中には有名な「パインタール・バット事件」が起こっている。またシーズン後にはウィルソン、ヴァイダ・ブルーらロイヤルズの4選手によるコカインの使用が発覚し、ウィルソンを除いた3選手に対して1年間の出場停止処分が下った。
[編集] 初の世界一
1984年、ブレット・セイバーヘイゲンが19歳でメジャーデビュー。この年は防御率3.48、10勝11敗という成績を残し、その才能を見せ付けた。またチームも3年ぶりに地区優勝を果たすが、リーグチャンピオンシップシリーズでデトロイト・タイガースに3連敗を喫した。翌1985年にはセイバーヘイゲンが防御率2.87、20勝6敗でサイ・ヤング賞を獲得すると、ブレットも打率.335・30本塁打・112打点と素晴らしい成績を残す。チームもシーズン終盤までエンゼルスと激しい首位争いを演じたが、最終的に1ゲーム差で逃げ切って6度目の地区優勝を決めた。リーグチャンピオンシップシリーズではトロント・ブルージェイズと対戦し、1勝3敗と追い込まれたが、その後は3連勝でリーグ優勝を決めた。2度目の挑戦となったワールドシリーズではセントルイス・カージナルスと対戦。このシリーズでも1勝3敗と追い込まれたが、第6戦での誤審(世紀の誤審を参照)も味方しロイヤルズが2連勝。最終戦ではセイバーヘイゲンが完封勝利を収め、創設17年目にして初のワールドチャンピオンに輝いた。
1986年のシーズン途中にはハウザーが体調不良によって監督を辞任。マイク・フェラーロが代行監督を務めたが、この年は76勝86敗と負け越してしまう。翌1987年6月17日にはハウザーが51歳という若さで亡くなり、同年にはハウザーの背番号である10番が永久欠番に指定された。この間1986年にはボー・ジャクソンがメジャーデビュー。マルチアスリートとして同時期にNHLのオークランド・レイダーズでもプレーし話題を呼んだ。また1990年にはブレットが打率.329で首位打者を獲得し、3つの年代(1976年、1980年、1990年)で首位打者を獲得した唯一の選手となった。しかしこの年には地区6位(7チーム中)に沈み、翌1991年も地区6位となった。1993年限りでブレットも引退、それ以外の選手も次々と退団し、チームの黄金時代は幕を閉じることとなる。
[編集] 長期低迷
1994年、アメリカンリーグ中地区に移動。この年はシカゴ・ホワイトソックスやクリーブランド・インディアンスと首位争いを演じていたが、ストライキによってシーズンが中断されてしまう。1995年は地区2位でシーズンを終えたが、首位インディアンスとは30ゲーム差という大差がついてしまった。そして1996年にはついに球団創設以来初めて地区最下位に沈み、翌1997年も64勝97敗と大きく負け越し、2年連続で最下位となった。1998年にはタンパベイ・デビルレイズとアリゾナ・ダイヤモンドバックスが新加盟することに伴いアメリカンリーグ中地区所属の球団をナショナルリーグに移籍することになった際、ロイヤルズはナショナルリーグ移籍球団の第一候補とされた。しかしロイヤルズはアメリカンリーグ残留を表明し、これは回避された(その代わり、ミルウォーキー・ブルワーズがナショナルリーグへ移籍した)。
2000年以降、チーム状況はより深刻なものとなる。2002年には初めてシーズン100敗(62勝)を記録し、シーズン中に監督が2人も交代する事態となった。2003年こそ勝率5割を上回ったが、2004年から2006年にも3年連続でシーズン100敗を記録し、いずれも断トツの最下位でシーズンを終えた。2007年はアレックス・ゴードン、ビリー・バトラーといった若手選手の奮起もあり、4年連続のシーズン100敗こそ回避したものの、69勝93敗で4年連続の最下位となった。2008年からは北海道日本ハムファイターズで監督経験のあるトレイ・ヒルマンが指揮を執る。また千葉ロッテマリーンズからフリーエージェントとなった薮田安彦投手を2年600万ドルの契約で獲得した。最終的にチームは地区4位となり、劇的な回復には至らなかったものの、5年連続の最下位は免れた。
[編集] チーム名の由来
royalとは「国王、王立の」といった意味だが、このロイヤルズのroyalは直接は地元カンザスシティで1899年から毎年行われている家畜祭(品評展示会に娯楽要素も含めたイベント)「American Royal (アメリカン・ロイヤル)」に由来して命名されている(なおアメリカン・ロイヤルの名称は、企画にあたり参考としたイギリスの王立農業学会が主催する品評展示会Royal Showに由来する)。後に誕生するNFLのチーフスやNBAのキングス(現サクラメント)はこのroyalというニュアンスを参考にしている。
[編集] 主な選手
[編集] 現役選手
[編集] 殿堂入り選手
- ジョージ・ブレット (George Brett)
- オーランド・セペダ (Orlando Cepeda)
- ハーモン・キルブルー (Harmon Killebrew)
- ゲイロード・ペリー (Gaylord Perry)
[編集] 永久欠番
- 5 ジョージ・ブレット (George Brett)
- 10 ディック・ハウザー (Dick Howser)
- 20 フランク・ホワイト (Frank White)
- 42 ジャッキー・ロビンソン (Jackie Robinson)
[編集] 傘下マイナーチーム
| クラス | チーム | 参加リーグ |
|---|---|---|
| AAA | オマハ・ロイヤルズ(Omaha Royals) | パシフィック・コーストリーグ(Pacific Coast League) |
| AA | ノースウェストアーカンソー・ナチュラルズ(Northwest Arkansas Naturals) | テキサスリーグ(Texas League) |
| A+ | ウィルミントン・ブルーロックス(Wilmington Blue Rocks) | カロライナリーグ(Carolina League) |
| A | バーリントン・ビーズ(Burlington Bees) | ミッドウェストリーグ(Midwest League) |
| Rookie+ | アリゾナリーグ・ロイヤルズ(Arizona League Royals) | アリゾナリーグ(Arizona League) |
| バーリントン・ロイヤルズ(Burlington Royals) | アパラチアンリーグ(Appalachian League) | |
| Rookie | アイダホフォールズ・チュカーズ(Idaho Falls Chukars) | パイオニアリーグ(Pioneer League) |
[編集] 外部リンク
- カンザスシティ・ロイヤルズ公式ウェブサイト
- チームの通算成績と情報 MLB, or ESPN, or Baseball-Reference , or The Baseball Cube
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| ワールドシリーズチャンピオン ロースター | ||||||
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最終更新 2009年8月3日 (月) 15:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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