ガイナーレ鳥取
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| ガイナーレ鳥取 | |
|---|---|
| 原語表記 | ガイナーレ鳥取 |
| 愛称 | ガイナーレ |
| クラブカラー | 黄緑 |
| 創設年 | 1983年 |
| 所属リーグ | 日本フットボールリーグ |
| ホームタウン | 鳥取市、倉吉市、米子市、境港市を中心とする鳥取県全県 |
| ホームスタジアム | とりぎんバードスタジアム |
| 収容人数 | 16,033 |
| 運営法人 | 株式会社SC鳥取 |
| 代表者 | |
| 監督 | |
| 公式サイト | 公式サイト |
ガイナーレ鳥取(ガイナーレとっとり、英: GAINARE TOTTORI)は、日本フットボールリーグ(JFL)に所属し、鳥取県をホームタウンとするサッカーのクラブチーム。
目次 |
[編集] 概要
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | ガイナーレ鳥取 |
| 本社所在地 | 〒683-0824 鳥取県米子市久米町253-1 |
| 電話番号 | 0859-37-3515 |
| 設立 | 2007年2月 |
| 業種 | サービス業 |
| 事業内容 | サッカークラブの運営 |
| 代表者 | 代表取締役社長 塚野真樹 |
| 資本金 | 6,445万円 |
| 外部リンク | http://www.gainare.net/ |
1983年、「鳥取教員団サッカー部」として設立。1989年クラブチーム化に併せて「SC鳥取」へ、2007年に現在の「ガイナーレ鳥取」に改称。 2001年、日本フットボールリーグに昇格を果たした。
ホームタウンは、設立当初は米子市を活動拠点としていたが、Jリーグ参入に向けての活動が本格化する2007年から鳥取県全域にまで拡大し、現在はトップチームを鳥取市、ユース・ジュニアユースチームを米子市に拠点を置き活動している。
チーム名のガイナーレ(GAINARE)は島根県の東部から鳥取県の西部にかけての方言(雲伯方言)で「おおきい」という意味の「がいな」とイタリア語の「SPERARE(願う)」もじったもの(参考:ガイナックス)。
チームカラーは黄緑。チームマスコットは鬼太郎。
ホームスタジアムはとりぎんバードスタジアムを本拠地として使用。準本拠地はどらやきドラマチックパーク米子東山陸上競技場。過去には鳥取県立布勢総合運動公園陸上競技場、松江市営陸上競技場、島根県立浜山公園陸上競技場でも年に数試合開催していた。
練習は主にコカコーラウエストスポーツパーク内で行われている。
運営業務は、NPO法人「やまつみスポーツクラブ」から、2007年2月より株式会社SC鳥取へ移管された。またこれに伴い、クラブ事務所を従来の米子市に加え鳥取市にも「東部事務所」として開設。
[編集] 歴史
[編集] 鳥取県リーグ・中国リーグ時代(1983年-2000年)
1983年、鳥取県内の教職員のチーム「鳥取教員団サッカー部」として誕生、鳥取県2部リーグに登録し優勝。
1989年、県リーグ降格を機に、鳥取県を代表するチームとなるべく、名称を「SC鳥取」へ変更した。その後は中国リーグ再昇格を果たすものの、1990年代はタレント不足もあり、中国リーグと県リーグ間の昇降格を繰り返した。
1998年に中国リーグへ再昇格。同年には鳥取県出身者で初のJリーガーで現在のクラブ代表である塚野真樹が選手として加入。その後強化が進み2000年、中国リーグ初優勝、同年地域リーグ決勝大会初出場し決勝ラウンドに進出、最終順位は4位となり自動昇格の2位以内は逃したが、社会人サッカー連盟推薦で日本フットボールリーグ(JFL)に昇格を果たした。
[編集] JFL時代(2001年-現在)
2001年、JFL参入。NPO法人「やまつみスポーツクラブ」の支援を受けることとなる。しかし、勝ち点は僅かに8の最下位に終わった。
2002年、前年と同じで第14節までは地域リーグへの降格圏内(15位以下)にとどまっていたが、15節16節とJFL昇格してから初の連勝を飾った。第17節は横河電機に敗れるもライバルだった静岡産業大学とジヤトコも負けたため奇跡的にJFLの残留を果たした。
2003年、より上を目指すため新戦力を大量に加入させ、愛称を公募により「ガイナーレ」とした。新戦力加入の結果、過去最高の10位となり初めてトップ10に入った。
2004年は逆に14位となり再び15位以下の入れ替え戦廻り寸前に戻った。
2005年と2006年は、ともに順位は振るわず一桁順位になることはなかなかできなかった。
成績低迷の理由はプロ選手がゼロで、アマチュアチームゆえに仕事で遠征に行けない選手がいて、ベストメンバーがなかなか組めなかった。
2007年、プロ化を目指し、チーム名を現在の「ガイナーレ鳥取」へ変更し、同年2月に運営団体を「株式会社SC鳥取」へ移管した。同年、Jリーグ準加盟申請を行い、認定される。 Jリーグ昇格条件の4位以内を目標として迎えたシーズンだったが、開幕戦でアルテ高崎に0-1の敗戦。結果的に高崎のシーズン唯一となる白星を献上してしまう。その後も開幕から5試合勝ちなし、得点はPKによる1点のみと完全にスタートに失敗。8月には成績不振を理由に水口監督が辞任、ヘッドコーチのヴィタヤが監督に就任する。就任2試合目からリーグ戦6試合負けなしと持ち直したかに見えたが、終盤3戦に3連敗。JFL昇格後最多の勝ち点を獲得したものの、順位は前シーズンを下回る14位に終わる。オフには引退、レンタル期間満了も含め13人の選手と契約を更新しないことを発表した。
2008年、前年度の成績低迷を受け、フロントは大規模なクラブ改革に着手する。元日本代表の小村徳男など元J1クラブ所属選手や外国人選手など、期限付き移籍も含め新たに選手をシーズン開幕前時点で15人獲得する。さらにトップチームの活動拠点を米子市かのら鳥取市へ移転、練習場をコカ・コーラウエストスポーツパーク(旧名・鳥取県立布勢総合運動公園)とするなど、クラブの環境改善を図る。 そして迎えた開幕戦、JFL参入8年目にして初の開幕戦勝利を収めると翌週の試合も勝利し開幕2連勝を飾った。しかし、前期3節以降は怪我人の多さもあって成績が低迷し、一時は4位との最大勝点差が14となった。その後、怪我で離脱していた選手が復帰すると共にチームも調子を上げ、後期16節終了時点で4位との勝点差を2まで縮めたが、後期17節(リーグ最終戦)の流通経済大学戦で敗れ4位との勝点3点差の5位が確定。JFL参入以降では最高順位だったものの、12月1日のJリーグ臨時理事会でJリーグ加盟が見送られる事になり2009年のJFL残留が確定した。
2009年、前年の悔しさを秘めてシーズンに突入した。補強も積極的に行い、ベガルタ仙台からGKシュナイダー潤之介、徳島ヴォルティスからFW阿部祐太朗とDF柴村直弥、湘南ベルマーレからFW梅田直哉を獲得した。さらにFC東京から期限付き移籍をしていたMF鈴木健児とFW小澤竜己を完全移籍で獲得した。前期は守備が安定したこともあって勝ち点30で2位と好位置をつけていたが、後期開幕前後に決定力不足がたたり4連敗を喫した。このため後期に入り、元日本代表のFW岡野雅行を完全移籍で、サンフレッチェ広島よりDF橋内優也を期限付き移籍で獲得した。 しかし、11月15日の鳥取での最終・ホンダ戦で完敗、続く22日のホンダロック戦もリードしながら引き分けとなり、自力でのJ2昇格(原則4位以内)が消滅。
[編集] チーム名変遷
- 1983年-1988年 鳥取教員団サッカー部
- 1989年-2006年 SC鳥取
- 2007年-現在 ガイナーレ鳥取
[編集] エピソード
2005年、期間限定であるが角川映画とユニフォームスポンサー契約を結び、同映画社の作品「妖怪大戦争」のロゴマークを背番号部分に挿入した。これは米子市に接する境港市出身の漫画家・水木しげるが同作品の監修を手がけていること、また『ゲゲゲの鬼太郎』がチームのマスコットとして採用されていることがきっかけとなったものである。なお、2009年には、鬼太郎のキャラクターはユニフォームからは撤退したが、チケット等には引き続きマスコットとしてあしらわれている。
- 業務提携
2006年、ヴィッセル神戸との提携関係を結んだ。ヴィッセルで出場経験の恵まれない中堅選手たちの実戦機会提供の強化を図ることが目的で、この提携に伴うガイナーレとヴィッセルの練習試合が2006年以降、何度か組まれた。しかしその一方で、2009年5月現在、そのような目的による選手の移籍は一例(2006年10月の原信生)しかなく、両者の提携関係は半ば有名無実と化しているのが実情である。
- 財政問題
2008年8月12日、プロ選手補強や事実上の本拠地移転の費用などの支出がかさんで債務超過となっていることが判明。これを受け、Jリーグ常務理事の佐々木一樹から成績面でのJ2昇格条件(4位以内)確保だけでなく、債務超過の解消と財務の健全化、経営基盤の強化が求められた。なお、運営者のSC鳥取によれば、J2に参加するためには、2008年11月末までに2億円の資金調達が必要であることが明らかになった。その後、行政や個人・団体から支援金が集まり、さらに鳥取県と鳥取市が出資した「バードスタジアム国際交流基金」からJリーグ参入条件であるJFL4位以内を条件に約7000万円の出資が決定し、2億円の資金調達に目処が立った。しかし、この年のJFL4位以内の確保に失敗し基金からの出資は事実上白紙撤回となった。なお、2008年シーズン終了時点でのクラブの累積赤字は7000万円となっている。運営元のSC鳥取は、2009年から身の丈運営でJリーグ参入を目指すことを表明している。[1][2]
[編集] 成績
| 年度 | 所属 | 監督 | 試合 | 勝点 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 順位 | チーム数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1983年 | 鳥取県2部リーグ | 4 | 12 | 4 | 0 | 0 | 優勝 | 5 | |
| 1984年 | 鳥取県1部リーグ | 5 | 9 | 3 | 2 | 0 | 3位 | 6 | |
| 1985年 | 5 | 15 | 5 | 0 | 0 | 優勝 | 6 | ||
| 1986年 | 8 | 22 | 7 | 0 | 1 | 優勝 | 5 | ||
| 1987年 | 中国サッカーリーグ | 12 | 7 | 2 | 1 | 9 | 6位 | 7 | |
| 1988年 | 16 | 18 | 5 | 3 | 8 | 7位 | 9 | ||
| 1989年 | 鳥取県1部リーグ | 10 | 27 | 9 | 0 | 1 | 優勝 | 6 | |
| 1990年 | 8 | 20 | 6 | 2 | 0 | 2位 | 6 | ||
| 1991年 | 中国社会人リーグ | 15 | 8 | 2 | 2 | 11 | 8位 | 8 | |
| 1992年 | 14 | 16 | 4 | 4 | 6 | 5位 | 8 | ||
| 1993年 | 14 | 12 | 3 | 3 | 8 | 7位 | 8 | ||
| 1994年 | 14 | 16 | 4 | 4 | 6 | 7位 | 8 | ||
| 1995年 | 鳥取県1部リーグ | 8 | 18 | 6 | 0 | 2 | 優勝 | 6 | |
| 1996年 | 10 | 23 | 7 | 2 | 1 | 優勝 | 6 | ||
| 1997年 | 10 | 30 | 10 | 0 | 0 | 優勝 | 6 | ||
| 1998年 | 中国社会人リーグ | 14 | 6 | 2 | 0 | 12 | 8位 | 8 | |
| 1999年 | 14 | 15 | 5 | 0 | 9 | 6位 | 8 | ||
| 2000年 | 15 | 33 | 11 | 0 | 3 | 優勝 | 8 | ||
| 2001年 | JFL | 山本康彦 | 30 | 8 | 2 | 2 | 26 | 16位 | 16 |
| 2002年 | 17 | 15 | 4 | 3 | 10 | 13位 | 18 | ||
| 2003年 | 塚野真樹 | 30 | 37 | 10 | 7 | 13 | 10位 | 16 | |
| 2004年 | 30 | 22 | 5 | 7 | 18 | 14位 | 16 | ||
| 2005年 | 吉川尚男 | 30 | 33 | 9 | 6 | 15 | 12位 | 16 | |
| 2006年 | 木下桂 | 34 | 36 | 7 | 15 | 12 | 11位 | 18 | |
| 2007年 | 水口洋次/ヴィタヤ・ラオハクル | 34 | 39 | 10 | 9 | 15 | 14位 | 18 | |
| 2008年 | ヴィタヤ・ラオハクル | 34 | 57 | 17 | 6 | 11 | 5位 | 18 | |
| 2009年 | 34 | 18 |
[編集] 受賞歴
- チーム
- 2001年:日本フットボールリーグ奨励賞
- 2001年:日本フットボールリーグ特別賞
- 個人
[編集] JFL対戦通算成績
2009年後期8節終了時
| 対戦チーム | 勝ち | 引分 | 負け |
|---|---|---|---|
| Honda FC | 2 | 2 | 12 |
| FC刈谷 | 6 | 4 | 6 |
| ソニー仙台FC | 2 | 7 | 8 |
| 横河武蔵野FC | 4 | 2 | 10 |
| 佐川印刷SC | 7 | 1 | 6 |
| アルテ高崎 | 4 | 4 | 3 |
| 三菱水島FC | 6 | 2 | 1 |
| 流通経済大学 | 5 | 0 | 4 |
| FC琉球 | 5 | 2 | 0 |
| ジェフリザーブズ | 3 | 2 | 3 |
| SAGAWA SHIGA FC | 0 | 1 | 5 |
| TDK SC | 4 | 2 | 0 |
| ニューウェーブ北九州 | 1 | 3 | 0 |
| MIOびわこ草津 | 3 | 0 | 1 |
| FC町田ゼルビア | 1 | 0 | 1 |
| V・ファーレン長崎 | 1 | 0 | 0 |
| ホンダロック | 3 | 1 | 1 |
| 対戦チーム | 勝ち | 引分 | 負け |
|---|---|---|---|
| 大塚製薬 | 0 | 0 | 7 |
| ザスパ草津 | 0 | 0 | 2 |
| 愛媛FC | 0 | 2 | 7 |
| ロッソ熊本 | 1 | 2 | 1 |
| FC岐阜 | 0 | 0 | 2 |
| 栃木SC | 2 | 6 | 7 |
| カターレ富山 | 0 | 0 | 2 |
| ファジアーノ岡山 | 1 | 0 | 1 |
| 対戦チーム | 勝ち | 引分 | 負け |
|---|---|---|---|
| 静岡産業大学 | 1 | 0 | 2 |
| アルエット熊本 | 1 | 0 | 2 |
| プロフェソール宮崎 | 0 | 1 | 0 |
| ジヤトコ | 3 | 0 | 2 |
| FC京都BAMB1993 | 3 | 0 | 2 |
| 国士舘大学 | 1 | 2 | 4 |
| 佐川急便東京SC | 2 | 1 | 8 |
| 佐川急便大阪SC | 1 | 4 | 4 |
| アローズ北陸 | 2 | 4 | 7 |
| YKK AP | 1 | 5 | 7 |
[編集] 選手・スタッフ
- ガイナーレ鳥取の選手一覧を参照。
[編集] 下部組織・ファミリー
- ガイナーレ鳥取ユース
- 2008年に設立。米子松蔭高校と提携し、人材育成に取り組んでいる。
- ガイナーレ鳥取ジュニアユース(中学生チーム・2007年までは「SC鳥取ヴェルドール」の名称で活動)
- SC鳥取プエデジュニアユース(中学生チーム)
- SC鳥取プエデジュニア(小学生チーム)
- SC鳥取フィオーレ(女子チーム)
- SC鳥取ドリームス(OB主体チーム)
- 2008年より、鳥取県社会人リーグ2部に参戦。同年にリーグ優勝し、2009年から1部に昇格。2009年天皇杯鳥取県代表。
[編集] スタジアム
現在は下記の2箇所を使用している。
- 本拠地 : とりぎんバードスタジアム (鳥取市、サッカー専用スタジアム。)
- 準本拠地 : どらやきドラマチックパーク米子東山陸上競技場 (米子市)
2006年までは東山陸上競技場を本拠地としていた。2007年シーズンは鳥取バードスタジアム(現とりぎんバードスタジアム)をメインで9試合を行った(他布勢と米子は4試合ずつ)。2008年は鳥取市の開催をとりぎんバードスタジアム(14試合)に一本化。米子は前年同様4試合となる。2009年は、とりぎんバードスタジアムでは13試合(前年から1試合減)、東山陸上競技場では5試合(前年から1試合増)が開催される。
また、過去には下記を使用していた。
- コカ・コーラウエストスポーツパーク陸上競技場(旧名称・鳥取県立布勢総合運動公園陸上競技場、鳥取市)
- 松江市営陸上競技場(島根県松江市)
- 島根県立浜山公園陸上競技場(島根県出雲市)
なお、チームは「東山陸上競技場」をJリーグ公式戦開催規格(スタンド増設やナイター設置など)への改修を提案しているが、米子市の財政難もあり、現状では難しい。
[編集] ユニフォーム
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[編集] チームカラー
- チームカラーは黄緑。この色は、鳥取県の名産品である二十世紀梨が元になっている。
[編集] ユニフォームスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 提出年 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 胸 | 大山黒牛TMC | 大山黒牛 | 2008年- | |
| 背中 | ガイナーレ鳥取応援団 | ガンバロウ鳥取 | 2009年- | |
| 袖 | ピュアシティ | PURE CITY | 2009年- | |
| パンツ | 山陰合同銀行 | 森を守ろう | 2008年- | 2006年-2007年までは胸 |
[編集] ユニフォームサプライヤー
[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表
| 年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
| 2001年 | OUランド・ホテル | ケイズ | ? | ? | Mizuno |
| 2002年 | OUランド・ホテル | ケイズ | 米子商工会議所 | ? | Mizuno |
| 2003年 | OUランド・ホテル | ケイズ | ? | ? | hummel |
| 2004年 | OUランド・ホテル | ケイズ | ? | ? | hummel |
| 2005年 | OUランド・ホテル | ケイズ | 妖怪大戦争 | ? | hummel |
| 2006年 | 森を守ろう | ケイズ | OUランド・ホテル | OUランド・ホテル | hummel |
| 2007年 | 森を守ろう | OUランド・ホテル | 吾左衛門寿し(株式会社米吾) | マックスサポート コールサポート |
hummel |
| 2008年 | 大山黒牛 | - | - | 森を守ろう | hummel |
| 2009年 | 大山黒牛 | PURE CITY | ガンバロウ鳥取 | 森を守ろう | hummel |
[編集] スポンサー
- オフィシャルスポンサー
- 大山黒牛
- ガンバロウ鳥取(ガイナーレ応援団)
- 山陰合同銀行
- PURE CITY
- 日本海新聞
- OUランド(皆生温泉観光)
- ミオ・ファティリティ・クリニック
- エプソンイメージングデバイス
- 米子松蔭高校
- サンヨーグループ
- 養和病院・仁風荘
- ヒュンメル
- 天使のララ
- コカ・コーラウエスト
- ケイズ
- NTT docomo
- グッドヒル
- 株式会社 山陽
- 堀田石油
- 日本海ケーブルネットワーク
- 中海テレビ放送
- 中海ケーブルプラス電話
- 永瀬石油
- 吉野・三宅ステーションクリニック
- オートフレンド
- たなか小児科医院
- Honda Cars 山陰中央
- 近畿日本ツーリスト
- 中国電力
- パジャ
- 高島病院
- 入江公認会計士事務所
- 財団法人鳥取県体育協会
- やまね青果
- 鳥取信用金庫
- よなごしんきん
- 大幸株式会社
- 岡田商店
- 山陰酸素
- 日通旅行
- 鳥取日産自動車販売
- 皆生グランドホテル天水 華水亭
- 花のれん とれとれ市場日本海
- ネットワンシステムズ
- とっとり花回廊
- 山陰放送
- 富士製薬工業
- 因幡環境整備株式会社
- 宮崎医院
- au by KDDI
- 大山ハム
- 朝日新聞
- 辻田耳鼻咽喉科
- 電子チケットぴあ
- 公園遊びスポンサー
[編集] 関連項目
- Jリーグに将来参加を目指しているチーム
- テレポート山陰
- 三村ロンド、田子千尋 - 2人共に、2007年より湘南ベルマーレと掛け持ちでスタジアムナビゲーターを務めている。
- 稲田茂 - エフエム山陰アナウンサー。SC鳥取時代にスタジアムDJを担当していた。
- 中国ダービー
- 栃木サッカークラブ(栃木SC) - ガイナーレ鳥取同様、教員団チームを母体としているチームで2009年よりJリーグに参戦する。
- 中国・四国Jクラブ情報懇談会
- 日本交通 (鳥取県) - SC鳥取時代より長年にわたり選手輸送を担当している。
[編集] 外部リンク
[編集] オフィシャル
[編集] スポンサー
[編集] メディア
[編集] 脚注
- ^ 日本海新聞 「ガイナーレ来季方針 身の丈経営でJ再挑戦」 2008年12月2日掲載
- ^ 山陰中央新報 「ガイナーレ「J再挑戦」明言」 2008年12月2日掲載
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最終更新 2009年11月24日 (火) 15:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ガイナーレ鳥取】変更履歴






