ガス灯

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ガス灯(がすとう)はガス燃料燃焼による照明

かつては室内灯としても使われたが、換気の問題などから、現在は街路灯としての使用が主である。

目次

[編集] 種類

[編集] 魚尾灯

初期にガスを空気を少なくして燃やし裸火の炎の光を利用する、一文字灯やノズルを平たくした魚尾灯があった。この当時のガス灯は一灯あたり、16燭光のものが標準的であったようである。白熱電球が発明された事により廃れる。

[編集] 白熱ガス灯

ガスマントルの発明により、一灯の出力が40燭光程度にまで伸びた物。タングステン電球が普及するまでは相当数が用いられた。従来の裸火のガス灯と区別する為に白熱ガス灯という。現在、見ることのできるガス灯は総てがこのガス灯である。

ガスマントルは、カール・ヴェルスバッハの発明によるものである。人絹の織物に硝酸セリウム・硝酸トリウムを含浸させたもので、一旦火を付け灰化させるとガスの炎で発光する。

[編集] 歴史

昔から天然ガスは灯火や燃焼などに用いられていたが、照明としてのガス灯器具を最初に製作したのは、スコットランド人のウィリアム・マードックであり、1797年イギリスマンチェスターにおいてガス灯を設置している。

日本においても18世紀頃には、既に越後地方において「陰火」(いんか)として天然ガスの存在が知られており、ガスを灯火として用いた最古の記録としては、安政の大地震以前に南部藩の医師であった島立甫が、亀戸の自宅においてコールタールから発生させたガスを灯火として燃焼させたことが記されており(石井研堂『明治事物起原』より)、その後も反射炉の燃焼ガスや鉱山石炭ガスを燃焼させて灯火として燃やした例などがある。

1857年安政4年)には鹿児島県鹿児島市仙巌園において、既存の石灯籠にガスの管を繋ぎ、照明としてガスを燃焼させた。この装置の製作を命じたのは島津斉彬であり、藩内各地において同様の装置を設置する構想も立てていたが、翌年の急逝で構想は流れた。

明治時代に入ってから本格的な西洋式ガス灯の照明器具が用いられるようになった。 嚆矢は1871年(明治4年)大阪府大阪市造幣局周辺においてで、機械の燃料として用いていたガスを流用する形で工場内および近隣の街路にてガス灯が点灯された。その時使われたガス灯の器具は現在も残されている。

翌年の1872年(明治5年)9月1日に、神奈川県横浜市の伊勢山下石炭蔵跡(現在の中区花咲町・本町小学校あたり)に横浜瓦斯会社が造られガス灯が一般事業として運営されるようになり、同年9月29日にガス灯が横浜の大江橋(桜木町駅近く現在の国道16号橋)から馬車道・本町通界隈に設置された。横浜市立本町小学校内にガス灯が保存されている。

その他、屋内用の照明としても普及が見られるが、官公庁や裕福な家庭が中心であり、一般家庭にはあまり普及せず、石油ランプが一般的であった。

その後、白熱電球の発明と配電システムの普及により、屋内用の照明としてのガス灯は廃れていく事になるが、後述する通り街灯としては現在も僅かだが使用がみられる。またガス灯の燃料としての都市ガスの供給設備などのインフラは、調理用や暖房用のガス器具への燃料供給設備として、その後も整備が続けられ、現在に至る。

[編集] ガス灯が設置されている地域・場所

ガス灯は電球の発達によって廃れていったが、現在もモニュメントとして照明にガス灯を使用している地域がある。なお現存する最古のガス灯は兵庫県神戸市相楽園旧ハッサム住宅前にあり、これは1874年神戸居留地に設置されていたものである。以下に、その他、ガス灯が設置されている場所を挙げる(ガス灯型電気照明は除く)。

[編集] 灯外内管・灯内内管

都市ガスの配管において、使用者の敷地内のガス設備を供給内管と言うが、ガスメーターを挟んで、道またはボンベからメーターまでを灯外内管と言い、メーターから器具までの管を灯内内管と言う。それはガス灯が盛んだった時代にガス灯内のガス管に使われていた名称の名残である。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月15日 (日) 03:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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