キアヌ・リーブス

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キアヌ・リーブス
Keanu Reeves
生年月日 1964年9月2日(45歳)
出生地 レバノン, ベイルート
国籍 カナダ
イギリス
アメリカ合衆国
ジャンル 俳優
活動期間 1986年 -
活動内容 1994年:『スピード
1999年:『マトリックス
主な作品
スピード
マトリックス』シリーズ
コンスタンティン

キアヌ・リーヴスKeanu Reeves、本名:Keanu Charles Reeves1964年9月2日 - )は、レバノンベイルート生まれ、カナダアメリカイギリスの三重国籍の映画俳優

目次

[編集] 経歴

彼はカナダアメリカイギリス三重国籍を持っているが、トロント育ちであるため自分のことをカナダ人とみなしている。無宗教である。名前は、彼の叔父ヘンリー・キアヌ・リーブスから取って名付けられ、「キアヌ」はハワイの言葉で「山からの涼風」を意味する。また別に、この語は「絶えず神の意識に集中する者」という意味も持つ。彼のエージェントは、彼が初めてハリウッドに来たとき、名前が「外国的」すぎるという理由で、映画俳優業の初期の映画のクレジットの名前を、時々「K.C. Reeves」と載せていた。

父親はハワイ出身のアメリカ人地質学者[1]で、祖先にアイルランド中国ハワイアンポルトガルの血統を持つ[2]。母親はイングランド人の元ダンサーである。父に初めて出会ったとき、母はベイルートで働いていた。父はハワイヒロ国際空港ヘロインを売っていたとして投獄されている間、無技術の労働者として働きながら高校卒業資格を取得した。父は、キアヌが3歳の頃に妻と家族を捨てたため、キアヌは現在彼との一切の関係を持っていない。

また、彼には女性の恋人がいたが、彼との子を妊娠したものの死産し、その恋人自身も後に事故死した[3] 。また妹も白血病のため[4]、現在ハワイのホテル屋上のコンドミニアムで医師が24時間体制で見守る環境で療養している。また他に、父違いの1986年トロント生まれカリーナ・ミラーと、母違いの1980年ハワイ生まれのエマ・ローズ・リーブスの、二人の姉妹がいる。

彼は不安定な子供時代、世界中の多くの義父たちと暮らした。1966年に両親は離婚し、母は衣装デザイナーになり、オーストラリアニューヨークシティへと転々と移り住んだ。そこで母はハリウッドブロードウェーの監督のポール・アーロンと出会い、結婚トロントに移り住み、1971年に離婚、ロック促進家ロバート・ミラーと結婚、1980年に離婚した。4番目の夫ジャック・ボンドは、美容師であり、1994年には結婚生活の終わりを迎えている。祖父・祖母たちとナニーベビーシッターホームスクール家庭教師)たちが、キアヌとその姉妹の子守りをした。

彼はトロントで主に育ったが、5年の間は、退学処分を受けたen:Etobicoke School of the Artsを含む、4つの高校に通っていた。退学処分を受けた理由について、冗談半分に「だって僕はだらしなく雑然としていたし、良く走り回っていたからね。ただ少し荒れていて手に負えなかったし、嘘をつき過ぎた。一般的に言われる『学校で一番よく油が注された機械』ではなかった。ただ彼らを妨害してたんだと思うよ、多分。」と語る。学生時代は、学問よりもホッケーにおいて優れた能力を発揮し、学問の発達は失読症により困難だった。通った高校の内の一つen:De La Salle College "Oaklands"では、輝かしいゴールキーパーとして成功していたため、仲間は彼を「The Wall(壁)」と名付け、MVPに投票した。彼はその頃、カナダのホッケーのオリンピック選手になることを夢見ていたと語る。その高校を去った後、俳優業の傍ら学業ができるフリースクール(Avondale Alternative)に通ったが、中退している。その後も彼が高校卒業資格を得ることは無かった。また、ホッケーの養成学校からの誘いもあったが、俳優の道を選んでいる。

[編集] 仕事と私生活と報道

1991年にロックバンド「ドッグスター」を結成しベースを担当する。来日公演も行った。しかし、ライブで観客にボールを投げつけられる映像が残っているなど当初の受けはあまり良くなかったようである。現在ドッグスターは冬眠中で、ドラマーのロブ・メールハウス、ギタリストのポーリー・コスタ、ボーカルのレベッカ・ロードと共に「ベッキー」というバンドでベースを担当していた。しかし、2006年には音楽活動を取りやめたことが報じられた[5]

その後1993年5月5日にカリフォルニア州ロサンゼルスで、飲酒運転の容疑で逮捕、翌1994年、映画『スピード』に主役として出演。一躍有名になるが、自分のポリシーにこだわり、『ディアボロス』『死にたいほどの夜』という映画に専念するとの理由で『スピード2』の出演を断る。その後、いくつかの映画に出演していたものの、すっかり影を潜めていた。しかし、『マトリックス』(1999年)に出演後、再び脚光をあびた。

アメリカの一部メディアで、彼の性的指向について「ゲイバイセクシャル」、「ゲフィン・レコードの社長と同性結婚」などと報道されたことがある。しかし、この時期の前後に『マイ・プライベート・アイダホ』という同性愛を描いた映画に出演したことが、これらの記事にも影響を与えた可能性があるともいわれる。それらの報道に対しては、否定も肯定もせずノーコメントを通し、本人は「弁護士を立てるほどじゃない、笑って無視すればいい」と語っている。

[編集] 趣味

大変なバイク好きで、ノートン製のバイク2台の他ハーレー・ダヴィッドソン、オフロード用のバイクなど複数台のバイクを所有しており、現在でもバイクに乗る姿が目撃されている。一方で転倒、事故も数回起こしており、特に『マトリックス』のクランクイン前に首や脊椎を痛める大事故を起こし、手術が必要なほどの重傷を負った。術後、首にギプスをしたまま映画のアクションシーンの訓練をしている姿が『マトリックス』の特典映像にも見られた。車は黒いポルシェを所有しているが、友人と出かける時に乗る程度で埃をかぶっていることが多いらしい。『マトリックス』シリーズが完結したあと、「映画の成功は特殊効果チームのおかげ」と言い、映画に関わったクリエーター達全員にハーレー・ダヴィッドソンをプレゼントしたという逸話もある。

[編集] 日本でのお気に入り

日本の帝国ホテルが大変お気に入りで、映画のプロモーションで来日の際はほぼ必ず宿泊する[6]。映画の中で「シャツをクリーニングに出したい。できれば、帝国ホテルのやつを」というアドリブを入れた事もある。また、大のラーメン(特に味噌)好きとしても知られる[7]。来日した時には必ずラーメン屋に立ち寄り、はしごすることもしばしばで、ひいきの店まであるという。彼の代表作ともいえる『マトリックス』の劇中でも、「あの店のヌードルが美味いんだ」というセリフがある。 大阪が大好きで、2008年12月の来日時には橋下徹大阪府知事を表敬訪問した。ハリウッドの大スターが大阪府知事を訪問したのは、これが初めてである。

また、「日本に似てる奴がいる」との話を聞きつけ、来日した際その似ている張本人、ロックバンドPENICILLINのベーシストGISHOに実際に会ったという。キアヌ本人も似ていることを認め、GISHOのことを"My friend!"と呼んでいる。

[編集] 出演作品

公開年 邦題
原題
役名 備考
1985 Letting Go 学生
One Step Away ロン・ペトリー
1986 栄光のエンブレム
Youngblood
ヒーヴァー
ドリーム・トゥ・ビリーヴ
Flying
トミー・ワーニック
リンゼイ・ワグナーのヤング・アゲイン
Young Again
17歳の時のマイク・ライニー
アンダー・ブルー
Under the Influence
エディ・タルボット
Act of Vengeance ブディ・マーティン
リバース・エッジ
River's Edge
マット
ザ・ブラザーフッド
Brotherhood of Justice
デレク
おもちゃの国のクリスマス
Babes in Toyland
ジャック
1988 パーマネント・レコード
Permanent Record
クリス・タウンセンド
旅立ちの季節/プリンス・オブ・ペンシルベニア
The Prince of Pennsylvania
ルパート・マーシェッタ
ミッドナイトをぶっとばせ
The Night Before
ウィンストン・コネリー
危険な関係
Dangerous Liaisons
ル・シュヴァリエ・ラファエル・ダンスニー
1989 ビルとテッドの大冒険
Bill & Ted's Excellent Adventure
テッド・“セオドア”・ローガン
バックマン家の人々
Parenthood
トッド・ヒギンズ
1990 殺したいほどアイ・ラブ・ユー
I Love You to Death
マーロン・ジェームズ
ラジオタウンで恋をして
Tune in Tomorrow
マーティン・ローダー
1991 ハートブルー
Point Break
ジョン・“ジョニー”・ユタ
ビルとテッドの地獄旅行
Bill & Ted's Bogus Journey
テッド・“セオドア”・ローガン
マイ・プライベート・アイダホ
My Own Private Idaho
スコット・ファーヴァー
Providence エリック
1992 ドラキュラ
Bram Stoker's Dracula
ジョナサン・ハーカー
1993 から騒ぎ
Much Ado About Nothing
ドン・ジョン
リトル・ブッダ
Little Buddha
シッダールタ王子/ブッダ
Poetic Justice ホームレスの男 クレジット表記なし
ミュータント・フリークス
Freaked
飼い主の少年 クレジット表記なし
カウガール・ブルース
Even Cowgirls Get the Blues
ジュリアン・ギッチェ
1994 スピード
Speed
ジャック・トラヴェン
1995 JM
Johnny Mnemonic
ジョニー
雲の中で散歩
A Walk in the Clouds
ポール・サットン
1996 チェーン・リアクション
Chain Reaction
エディ・カサリヴィッチ
フィーリング・ミネソタ
Feeling Minnesota
ジャック・クレイトン
1997 死にたいほどの夜
The Last Time I Committed Suicide
ハリー
ディアボロス/悪魔の扉
The Devil's Advocate
ケヴィン・ロマックス
1999 マトリックス
The Matrix
トーマス・アンダーソン/ネオ
Me and Will 本人
2000 リプレイスメント
The Replacements
シェーン・ファルコ
ザ・ウォッチャー
The Watcher
デヴィッド・アレン・グリフィン
ギフト
The Gift
ドニー・バークスデール
2001 スウィート・ノベンバー
Sweet November
ネルソン・モス
陽だまりのグラウンド
Hardball
コナー・オニール
2003 マトリックス・リローデッド
The Matrix Reloaded
トーマス・アンダーソン/ネオ
アニマトリックス
The Animatrix
トーマス・アンダーソン/ネオ
マトリックス・レボリューションズ
The Matrix Revolutions
トーマス・アンダーソン/ネオ
恋愛適齢期
Something's Gotta Give
ジュリアン・マーサー
2005 コンスタンティン
Constantine
ジョン・コンスタンティン
サムサッカー
Thumbsucker
ペリー・ライマン
ナオミ・ワッツ プレイズ エリー・パーカー
Ellie Parker
本人
2006 イルマーレ
The Lake House
アレックス・ウィラー
スキャナー・ダークリー
A Scanner Darkly
ボブ・アークター
2008 フェイク シティ ある男のルール
Street Kings
トム・ラドロー
地球が静止する日
The Day the Earth Stood Still
クラトゥ
2009 50歳の恋愛白書
The Private Lives of Pippa Lee
クリス・ナドー

[編集] 脚注(出典)

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[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月29日 (日) 07:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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