キッズ・リターン
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| キッズ・リターン | |
|---|---|
| 監督 | 北野武 |
| 製作 | 森昌行 柘植靖司 吉田多喜男 |
| 脚本 | 北野武 |
| 出演者 | 金子賢 安藤政信 森本レオ 石橋凌 山谷初男 他 |
| 音楽 | 久石譲 |
| 撮影 | 柳島克己 |
| 編集 | 北野武 太田義則 |
| 配給 | オフィス北野 ユーロスペース |
| 公開 | |
| 上映時間 | 108分 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| allmovie | |
| IMDb | |
『キッズ・リターン』は、1996年に公開された日本映画。シンプルなストーリーとしっかりした画面構成が淀川長治に絶賛された。
目次 |
[編集] 概要
北野武の第6作目となる監督作品。オフィス北野とバンダイビジュアルによる製作。
さまざまな青年たちが大人の世界に踏み込み、さまざまな現実に直面する模様を描く。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
[編集] あらすじ
落ちこぼれの高校生マサルとシンジは、高校が受験ムードになっても悪戯やカツアゲなどをして勝手気ままに過ごしていた。ある日、カツアゲの仕返しに連れて来られたボクサーに一発で悶絶したマサルは、自分もボクシングを始め舎弟のシンジを誘うが、皮肉にもボクサーとしての才能があったのはシンジだった。
ボクシングの才能がないと悟ったマサルはボクシングをやめ、以前にラーメン屋で出会ったヤクザの組長のもとで極道の世界に入り、二人は別々の道を歩むことになる。高校を卒業しプロボクサーとなったシンジは快進撃を続け、マサルは極道の世界で成り上がってゆくが…。
[編集] 出演者
- ミヤワキ マサル - 金子賢
- タカギ シンジ - 安藤政信
- ヤクザの組長 - 石橋凌
- 担任の教師 - 森本レオ
- ジムの会長 - 山谷初男
- ハヤシ(ジムの先輩) - モロ師岡
- ヒロシ(おとなしい高校生…劇中この名前は出てこない) - 柏谷享助
- サチコ - 大家由祐子
- サチコの母 - 丘みつ子
- 組の若頭 - 寺島進
- ヤクザの親分(会長) - 下条正巳
- タクシーの客 - 大杉漣
- ヒロシのはかりの会社の上司 - 平泉成
- カズオ(ラーメン屋の息子でヤクザの子分) - 津田寛治
- 橋田先生 - 芦川誠
- 南極五十五号(漫才コンビ) - 北京ゲンジ
- ボクシング練習生 - 水島新太郎
- ボクシング練習生(ジャブを教える優しい先輩) - 松本理寛 (現在…松本匠)
- マサルにかつあげされる高校生 - 宮藤官九郎
- マサルにかつあげされる高校生 - 菊川浩二
- ハナヤマ(不良三人組のリーダー)- 矢部享祐 (現在…やべきょうすけ)
- 不良三人組の一人(短髪) - 大塚義隆 (現在…大塚よしたか)
- 不良三人組の一人(金髪) - 翁和輝
- ヒロシのタクシー会社の上司 - 日野陽仁
- イーグル飛鳥(ジムのチャンピオン) - 吉田晃太郎
- シゲさん(ジムのトレーナー) - 重久剛一
- ジムのトレーナー - 倉崎青児
- ジムのトレーナー(色白の若い人) - 梅津正彦 (【当時】J.Bスポーツクラブ副会長・【現在】ヨネクラボクシングジムトレーナー)
- 組長を自転車から打つヤクザ - 卜字たかお
[編集] 受賞歴
- 第51回毎日映画コンクール・日本映画優秀賞
- 第39回ブルーリボン賞・監督賞
- 第7回文化庁優秀映画作品賞・長編映画部門
- 第6回日本映画プロフェッショナル大賞・監督賞
- 第11回高崎映画祭・最優秀作品賞、最優秀新人男優賞(金子賢、安藤政信)
- (第70回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第2位、ヨコハマ映画祭日本映画ベストテン第1位)
- 1996年カンヌ国際映画祭監督週間正式出品作品
[編集] メモ
- 1994年のバイク事故で死に直面したことが作品の世界観に大きな影響を与えた。事故から生還し、ブランクを経て撮影された復帰作。
- 復帰作とあって、プロデューサーの森昌行は「北野武の復活」のアピールのために慎重に企画を立ち上げた。本作の企画が出たとき、他のスタッフからは「ソナチネのリベンジをすべきだ」という声が挙がったが、森はバイオレンス路線での復活は時期尚早として拒否し、本作を選んだ。そして、北野に対しては、クランクイン前に脚本の改稿を何回も行わせた。
- 「ビートたけし」(北野武)本人は出演していない。北野が出演していない作品は『あの夏、いちばん静かな海。』と『Dolls』、そして本作の3作品。
- 本作で登場する学校は、サレジオ学院高等学校が1995年4月に川崎市宮前区鷺沼から横浜市都筑区南山田に移転した際の跡地を利用したものである。作品中に登場する職員室の扉にある落書き"浜崎のウンコ野郎"の"浜崎"は、サレジオ学院に実際に勤めていた教員の名前である。”小川覚えてろよ”の”小川”も実際に勤めていた教員の名前である。[要出典]
- 北野は漫才ブームの頃から「いつか『レイジング・ブル』のようなボクシング映画を撮ってみたい」と語っており、この構想の一端は本作で実現することとなった。本作の中で二人がジムに入門し、やがて異なる道を歩んで行くくだりは、北野がボクシングを習い始めた時代に活躍していた東洋フェザー級チャンピオン・関光徳のエピソードから着想を得ている。また、ラストシーンで二人が交わす台詞は、世界王座復帰に執念を燃やしていた辰吉丈一郎に贈られたものでもある。[要出典]
- 本作でデビューした安藤政信の出世作として知られる。また、金子もこの映画を機に俳優として飛躍した。
- ハヤシのモデルは武が若いころにいた漫才師で、武が飲みに誘われたのを撮影があることを理由に断ったら「芸人は飲むんだよ。面白い奴は面白いんだよ。」と言われ、結局ついていって飲んで失敗したことがあったという。[1]
- 安藤は元ボクサーとのボクシングの試合の撮影で鼻先にパンチをもらい、撮影後、楽屋で鼻が曲がって泣いて落ち込んでいるときに武から「役者生命に支障はない、一生喰っていけるから」と言われ慰められた。[2]
- 安藤のボクシング指導は実際にトレーナーで映画にも出演した梅津正彦がJ.Bスポーツクラブで行った。[3]
- トレーナーの梅津はこの映画の構想を撮影の5年前に武から聞かされている。[3]
- 最後のシンジの試合のダウンシーンは演技ではなく、撮影終了後、実際に医者が呼ばれ控室で処置がされた。[3]
- 金子は安藤より一つ年下である。
- レーザーディスクでは22分のメイキング版が出ているが、DVDではメイキングシーンは収録されていない。
- この映画の完成度の高さは週刊朝日でも取り上げられた。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月14日 (月) 23:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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