キャッチ・アズ・キャッチ・キャン

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キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(Catch As Catch Can, 以下、本項ではCACCと表記)とは、レスリングの流派の一つである。フリースタイル・レスリングや現代のプロレスリングの主要な源流の一つと考えられている。ただし歴史的・地域的に競技形態や技術の内容は変化している為、現在のCACCと19世紀のCACCを同一視することは出来ない。キャッチ・レスリング、または単にキャッチとも呼ばれる。

本項ではCACCの原型である「ランカシャー・スタイル」も含めて解説する。

目次

[編集] 特徴

「ランカシャー・スタイル」に関して言うと、19世紀の時点でサブミッション(関節技、絞め技など広く相手から降参を奪う技)が使用されていたこと、これに関連してピンフォールの他、サブミッションによる勝利(Submission Fallと呼ばれていた。サブミッションでそのまま降参させるのか、戦闘不能にした後でフォールを奪うのかは定説が無い)での試合決着が存在していたことが、大きな特徴であると那嵯涼介は論じている[1]。これについて那嵯は、16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで出版された徒手格闘技の教本中に数多くのサブミッションが紹介されていることを指摘し、本来、ヨーロッパの民俗レスリングにおいてサブミッションは一般的なものであったが、それが危険な技術と見なされて次々に封印され、最後まで残っていたのがランカシャー地方のレスリングだったのではないかとの見方を示している[1]

試合は通常はリングを使用し、時間無制限で行われる[要出典]。勝敗はタップアウトまたはピンフォールで決まる。

[編集] 技術体系

「スタンド・グラウンド・コントロール」という言葉に集約される多彩なテイクダウンと、ブレイクダウングラウンドポジションでの崩しの技術)、ピンフォール技)、そして他のレスリングとは一線を隔するサブミッションの技術体系を持つ。その多くは現代のプロレスレスリング総合格闘技グラップリングの技術にも影響を与えている。

テイクダウンには、シングルレッグ・テイクダウンスープレックスサルト(捻りを加えた反り投げ)、スロイダー(相手の腕を前から掴んでの投げ)、ラテラル(相手の胴をクラッチしての蹴手繰り)などがある。

サブミッションには、ハーフネルソン、ハーフハッチ、アームロックヒールホールドヘッドロックなどがある。

ピンには、体固めエビ固めなどがある。

[編集] 歴史

[編集] 起源

ブリテン島で伝統的に行われていたレスリング競技のうち、イングランド北部のランカシャー地方で発達した流派、いわゆる「ランカシャー・スタイル」がCACCの元々の形であった。CACCという語は本来、「ランカシャー・スタイル」の別称である[要出典]。なお、「ランカシャー・スタイル」の起源はアイルランド島である。

「ランカシャー・スタイル」が伝統的にどのような場で実践されていたのかについては、はっきりしたことは判っていない。那嵯涼介ビル・ロビンソンの証言を紹介しながら、イングランドでボクシング・デー(拳闘の「ボクシング」の意味ではない。同項目参照)に興業として行われていた「オール・イン(All In)」と呼ばれる徒手格闘(ロビンソンによればCACCに拳による打撃を加えたような競技とされる)のようなプライズファイト(賞金試合)と、「ランカシャー・スタイル」の関連について推論を展開しているが、詳細については「判然としないが、これは今後の研究課題としたい」と結んでいる[2]

[編集] アメリカ合衆国における発展

19世紀後半、ランカシャー地方からアメリカ合衆国に向かった移民たちにより、「ランカシャー・スタイル」はアメリカ合衆国に伝播することとなった。1880年代には既に「アメリカンCACC王座」なるタイトルも存在していたことが文献から知られている。

この時期の著名なレスラーとしてトム・コナーズやジョー・アクトンらが挙げられる。特にコナーズは「カラー・アンド・エルボー・スタイル」[3]の選手であったマーティン・バーンズにランカシャー・スタイルの技術を伝えたことで、20世紀のプロレスリングに大きな影響を与えたとされる。

バーンズは現役引退後、コーチとして数多くのレスラーを育てたが、その中にはフランク・ゴッチなど超一流の選手も含まれていた。那嵯は、この時期のアメリカにおいてカラー・アンド・エルボー・スタイルやグレコローマン・スタイル、柔術などの技術がランカシャー・スタイルと混淆したと考えている。カール・ゴッチはこの時期のアメリカにおけるCACCを「アメリカン・キャッチ」と呼んでいる[4]

[編集] イングランドにおける展開

前節で見た「アメリカン・キャッチ」は、20世紀初頭にジャック・カーキークらによってイングランドに持ち込まれ、広範な人気を博すこととなった。既にグレコ・ローマン・スタイルのトップレスラーであったジョージ・ハッケンシュミットが新たにCACCの技術を学び、CACCルールでの試合に臨んだとのエピソードも伝えられている。しかし、この時期のイングランドにおけるCACCの試合は関節技を用いないものが主流であった。ちなみに1908年には前田光世もロンドンにおいてCACCのトーナメント大会に参加している。

こうした状況を変えたのが、日本出身で不遷流の技術を持つ[5]柔術家、谷幸雄(1880年-1950年)である。谷は1899年にイングランドに渡ると1910年代中頃までCACCのレスラーたちと賞金をかけた柔術の試合を行い、1918年にロンドンで柔術の道場を開いた。谷がもたらした柔術の技術の一部はCACCにも取り入れられたと推測されている。逆に前田たちの手により欧州各国や中南米、ブラジルなどへ普及された柔術は、純然たる古来のものから姿を変え、CACCなどレスリングの技術も取り入れられた新しい柔術スタイルであった可能性も示唆している。また、谷による柔術の試合の影響もあり、CACCにおける関節技の試合での使用が再び解禁されたのではないかとの見方も提出されている。アメリカの著名なプロレス史家マーク・ヒ一イットは「CACCと柔術は、片方が一方的に与え続ける親子の関係ではなく、互いの長所を分かち合う兄弟のような関係」と例えている[6]

[編集] ビリー・ライレージム

ビリー・ライレージムも参照のこと。

こうしてCACCはイングランドのプロレスリングの中に確固たる地位を築いたが、中でも後進に大きな影響を与えた選手がビリー・ライレーである。ライレーは第二次大戦中には既にウィガンにレスリング・ジムを開設しており、このジム(Snakepit=蛇の穴との別称で知られる)からはジョージ・グレゴリーやビル・ロビンソン、カール・ゴッチ[7]ダイナマイト・キッドといった名選手が生まれている[8]

[編集] 日本における受容

日本のプロレスリング選手がCACCの技術を受容する過程において大きな影響力を持ったのが、カール・ゴッチであった。ゴッチは1950年代にウィガンのビリー・ライレージムでCACCを学んだ後、1959年モントリオールで活動し、同年10月よりオハイオ州に転戦[9]。やがて力道山が死ぬと、日本プロレスのコーチとして招聘される。

ゴッチはその後も新日本プロレスでコーチ活動を続け、アントニオ猪木藤波辰巳藤原喜明前田日明西村修船木誠勝鈴木みのるらを指導した。ゴッチの教え子達は特にCACCの技術に拘りを持ち、前田は1984年UWFを、船木、鈴木は1993年パンクラスを立ち上げ、藤波、西村はドラディションを主宰するなどそれを前面に押し出した活動を継続している。

またビル・ロビンソンも1969年から1970年にかけて国際プロレスの契約選手として日本に滞在した他、1999年からは再び日本に移住し、宮戸優光と共に高円寺のレスリングジム「U.W.F.スネークピットジャパン」のコーチとしてCACCの技術を教えている。

[編集]

  1. ^ 那嵯涼介「危険で野蛮なレスリング:キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの起源」『G Spirits』vol.9、辰巳出版、2008年、50-51ページ
  2. ^ 那嵯涼介「危険で野蛮なレスリング:キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの起源」『G Spirits』vol.9、辰巳出版、2008年、52ページ
  3. ^ アイルランド島の民俗レスリングで、「ランカシャー・スタイル」同様、現代のプロレスリングの源流の一つとされる。現代のプロレスリングの基礎的な技術の一つであるロックアップはカラー・アンド・エルボー(collar and elbow)とも呼ばれる。
  4. ^ 本節の出典は那嵯、前掲書、52-53ページ
  5. ^ 1920年に講道館の段位取得
  6. ^ 那嵯、前掲書、54-55ページ。
  7. ^ カール・ゴッチは1951年から1959年までウィガンを本拠地としていたとされるが、斎藤文彦はカール・ゴッチが関節技の技術の基礎を学んだのは、この時期であったと断定している(斉藤文彦『みんなのプロレス』ミシマ社、2008年、113-114ページ)。
  8. ^ ただしキッドに関してはレスリングを始めた当初に短期間ライレージムへ通った事があったという程度で、その他のレスラーと比較すればその関係はやや希薄である。
  9. ^ それまでカール・クラウザーと名乗っていた彼が「カール・ゴッチ」のリングネームを使用するようになるのはこの時で、オハイオ州のプロモーターであるアル・ハフトの考案である。「ゴッチ」のファミリーネームは前出のフランク・ゴッチのそれを流用したもの(斉藤、前掲書、115ページ)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月12日 (水) 06:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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