キロロリゾート

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キロロリゾートとは、北海道余市郡赤井川村に在るリゾート施設。三井不動産リゾートの100%子会社である株式会社キロロアソシエイツが運営している。

目次

[編集] 概要

朝里岳北西斜面のスキー場キロロスノーワールドを中心として、ホテル3棟、温泉施設等がある。自動車で新千歳空港から約2時間、札幌市から1時間あまり、小樽市から約40分ほどの距離にあり、ニセコルスツと並び、札幌近郊の人気スキーリゾートの一つである。

近年はスキーシーズンに韓国香港台湾を中心としたアジア各国からの観光客が増加しており2004年-2005年シーズンは約9000人の外国人観光客が訪れた[1]台湾ではテレビCMも放映された。

通年型リゾートでありスキーシーズン以外も温泉ハイキング、近隣のゴルフ場などで楽しむことができる。また、札幌・小樽周辺を周遊するツアーの宿泊に使用されることもある。キロロゴルフクラブ(譲渡され現在はレラゴルフクラブ)という元同系列のゴルフ場があるが、場所は離れており隣接はしていない。

[編集] キロロ/Kiroroの由来

キロロの名称は、当地および周辺の地名とは全く関係ない。開業当初、ヤマハリゾートらは「こころ」を意味するアイヌ語を基にした造語であるとアナウンスしていたが、「心」を示すアイヌ語は「ラム(ram)」であり、造語としてどのような経緯のうえ生成されたのか詳細は不明。現在は公式サイトやパンフレット類では由来に直接触れていないが、「こころ」というキーワードはよく用いられている[1][2]

なお、キロロと読む地名としては北海道内では浦幌町に貴老路、本別町に嫌侶があり、それらの由来は、1.キロ-オ-ル,kir-o-ru,人が踏み固めた広い道,山田秀三知里真志保説、2.キロロ,kiroro,勢力,永田方正説、3.ピ-ヲロ,pi-oro,小石・多い,松浦武四郎説、とされる[2]

1998年デビューの女性デュオKiroroは、キロロリゾートに遊びに来たときの思い出からグループ名を付けた。

その縁で1998年9月にはタイアップ契約。2004年4月にはキロロリゾートで、kiroroのファンの集いとコンサート「ゆんたくさびら vol.3」が開催された。

[編集] 沿革

  • 1987年 ヤマハと赤井川村が「赤井川森林レクリエーション協議会」を設立[3]。事業は北海道初の「ヒューマン・グリーン・プラン」の第1号に認定された。
  • 1988年4月 ヤマハ北海道リゾート開発株式会社設立。
  • 1988年6月 赤井川村、ヤマハ、ヤマハ発動機野村不動産住友生命保険等の各社が出資し株式会社赤井川森林レクリェーション開発公社設立。
  • 1991年7月 公社を株式会社キロロ開発公社に名称変更。
  • 1991年12月 スキー場、、マウンテンホテル、スノーモービルワールドがオープン
  • 1992年12月 スキー場にゴンドラが新設
  • 1993年7月 キロロゴルフクラブ(ゴルフ場)がオープン
  • 1993年12月 ホテルピアノ、キロロタウンがオープン
  • 1995年6月 ヤマハ北海道リゾート開発を解散。業務はヤマハリゾートに移管。
  • 1996年6月 温泉施設、チャペルがオープン
  • 2000年7月 キロロ開発公社のヤマハの持株比率が61.6%から94.3%になる。
  • 2001年10月 ホテル運営、スキー場運営を行う株式会社キロロアソシエイツ設立。
  • 2003年3月 赤井川村がキロロ開発公社の株式をヤマハに売却。ヤマハの100%子会社となる。
  • 2003年10月 経営不振のためキロロゴルフクラブを閉鎖。
  • 2004年7月 リフトとマウンテンホテルを保有していたキロロ開発公社がヤマハと合併。累積損失12億円を実質補てん。
  • 2006年12月 閉鎖していたゴルフ場を宮本土建工業株式会社(小樽市)の子会社「株式会社レラゴルフクラブ」に譲渡。
  • 2007年7月 ヤマハがリゾート部門の大部分を三井不動産へ事業譲渡。キロロアソシエイツは三井不動産リゾートの100%子会社となる。

[編集] 脚注

  1. ^ 2005年12月8日 日本経済新聞
  2. ^ 「山田秀三著 - 北海道の地名」,「本多貢著 - 北海道地名分類字典」
  3. ^ 当時、ヤマハはリゾート事業拡大を図るとともに、製造販売しているスキー板のイメージアップのためにもスキー場開設を目指していた。

[編集] 参考

最終更新 2009年3月31日 (火) 23:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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