キンカン素人民謡名人戦

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キンカン素人民謡名人戦
ジャンル 音楽番組
放送国 日本
制作局 フジテレビジョン
出演者 歴代司会参照
キンカン素人民謡名人戦
放送時間 火曜14:00~14:40(1961年2月-1967年9月)
火曜日14:00~14:30(1967年10月-1969年3月)
土曜日14:00~14:30(1969年4月-1982年9月)
土曜日10:00~10:30(1982年10月-1989年3月)
土曜日11:00~11:30(1989年4月-1992年3月)
土曜日8:00~8:30(1992年4月 - 最終回)
放送期間 1961年2月14日~1993年5月29日
キンカン民謡セレクション
放送時間 土曜日8:00~8:30
放送期間 1993年6月5日~1994年9月25日
キンカン民謡ふるさとめぐり
放送時間 金曜日16:00~16:30
放送期間 1994年10月7日~1995年9月29日

キンカン素人民謡名人戦(きんかんしろうとみんようめいじんせん)は、フジテレビ1961年2月14日から1993年5月29日までの毎週土曜日に製薬会社・キンカン(金冠堂)が単独提供して放送された視聴者参加の民謡による歌合戦番組。ここでは「キンカン民謡セレクション」と「キンカン民謡ふるさとめぐり」も記する。

目次

[編集] 概要

  • 大阪市にある放送局・毎日放送(MBS)の長寿番組だった『素人名人会』の民謡版ともいわれる内容の番組だった。当初は毎週火曜14時からだったが、後に土曜14時→土曜の午前中(10時→11時→8時)に移動した。
  • スタート当初は東京タワーにあったサテライトスタジオからの公開生放送だったが、後にフジテレビの新宿区河田町にあった本社・放送センターからの録画放送(撮って出し)となった。東京タワー時代は白黒放送だったが、河田町に移ってからカラー放送になった。
  • 半年に一度の「決勝大会」は日本青年館での公開録画であった。
    • もともと平日14時は、東京タワー内のサテライトスタジオから放送する、クイズを中心にした日替わりバラエティ『タワーバラエティ』(1959年、フジテレビ開局と同時に開始)が放送されており、当番組もその中の一本だった。だが、1968年ごろから各番組の視聴率にムラが出てしまったため、1969年4月より全番組を『勝抜きスピードクイズ』に統一して帯形式にする事になり、そのため当番組は土曜14時に移動する事になったのである。なお『タワーバラエティ』は、1971年4月より『スーパーバラエティ』と改名しながらも継続したが、1972年3月に終了した(この1年後に同枠で『ひらけ!ポンキッキ』が開始する事となる)。
  • 司会は、スタート当初は漫才師の青空千夜・一夜が担当するが、ほどなくして漫談家の三和完児に交代。以後三和が長期に渡って務めたが、1976年に不祥事を起こし急遽降板。その後、桂米丸高崎一郎らが毎回週替りで代理司会を務めた後、鈴木ヤスシ江戸家小猫と引き継がれた。
  • 番組テーマ曲は、キンカンのCMソング「キンカンの唄」(唄:雪村いづみ・ダークダックス、作詞:藤浦洸、作曲:服部正)をアレンジしたもので、歌は入っていなかった。
    • ただし三和完児時代は末期を除き、OPでは歌入りヴァージョンのものが流され、それに合わせて、出演者や審査員がお辞儀をする演出があった。1988年3月31日放送の特別番組「フジテレビ30年史」に於いて、当時の最長放送期間番組としてこの番組が取り上げられた時は、このシーンが流された。
  • 毎週、番組のエンディングでは、三和完児時代は早口で「肩こり・神経痛にキンカン、虫刺され・痒み止めにキンカンでお馴染みの『キンカン本舗』がお送りしましたキンカン素人民謡名人戦!では、また来週!ごきげんよう!」とコール→客席から拍手→客席の山崎栄二社長に画面が切り替わり、社長のお辞儀→キンカンのCM→提供クレジット…という流れだった(三和降板後はエンディングの挨拶の後、観客拍手から提供クレジットまで変わらない)。提供クレジットの部分はフジテレビのアナウンサーが「この番組は、ご家庭の常備薬キンカン、キンカン本舗の提供でお送りいたしました。キンカン素人民謡名人戦(決勝大会、ゲスト大会の際はこれを付け加える)を終わります」と言う。

[編集] キンカンの創業者と意外な関係

提供していたキンカンの創業者・山崎栄二が民謡好きだったことで始まった。観客席の真ん中には必ず座っていた。

[編集] ルール

毎週6人の挑戦者が民謡による自慢ののどを競い合い、審査員の合計得点(三和完児時代は歌い終えた後即座に発表するが、鈴木ヤスシ、江戸家小猫時代は番組最後に発表となる。なお、鈴木時代は一時的に観客も審査に加わっていた)でその中から2名が勝ち抜けとなり月末に行われる準決勝(1名のみ勝ち抜け)を経て、半年に一度行われる決勝大会に出場し、頂点である「名人位」(グランドチャンピオン)を達成すると、賞状、ゴールデントロフィーが授与された。夏休みに行われる子供特集はいわゆる即戦即決方式である。

[編集] ゲストコーナー

審査の集計中である後半には民謡歌手によるゲストコーナーがある。また、決勝大会の翌週には、ゲスト大会も行われた。

[編集] 飛び入りコーナー

ゲストコーナーのあと、審査発表の前にはスタジオ観覧者が競う「飛び入りコーナー」もあった。太鼓が鳴ったら合格となり、合格すると本戦に出場ができる。但し、が鳴ったら不合格である。また、鈴木が司会をしていた頃、全員不合格となった時に合格のたすきを床に叩き付けて投げ捨てていたことは大変有名。

[編集] 番組の終了とその後

1989年4月、土曜朝10時台にワイドショー番組「THE WEEK」が開始するのに伴い、放送時間が土曜朝11時~11時30分に移動、さらに1992年4月には「THE WEEK」が11時30分まで拡大するのに伴い朝8時~8時30分に移動するも、裏番組に押され視聴率が低迷。参加者が減少したことや音楽番組の衰退期も重なり、番組改編期でもない1993年5月に60人目の(番組が設定する)名人位が出たことを機に32年3か月で終了となった。なお放送32年3ヶ月は、1996年に『ミュージックフェア』に抜かれるまで、フジテレビの最長寿番組だった。
その後は『キンカン民謡セレクション』と題して、民謡歌手のライブに特化した内容に移行するが、2年も持たず、1994年9月に終了、1994年10月からは金曜日午後4時~4時30分に放送時間を移動し『キンカン民謡ふるさとめぐり』に変更されたが、裏番組に苦戦し1995年9月に終了。これによりキンカン提供によるフジテレビの民謡番組シリーズ枠は34年7か月で終了した。

[編集] 歴代司会者

[編集] 素人民謡名人戦(1961.2~1993.5)

  • 初代:青空千夜・一夜-1961.2.14~同年.?
  • 2代:三和完児-1961.?~1976.03
  • 3代:(代理司会・・・桂米丸、高崎一郎、鈴木ヤスシ、三代目江戸家猫八多々良純獅子てんや・瀬戸わんやなどが毎回交替で担当)-1976.04~1976.06
  • 4代:鈴木ヤスシ-1976.07~1985.03
  • 5代:江戸家小猫(後の四代目江戸家猫八、司会)・ゆずき香乃→江戸家まねき猫(アシスタント)-1985.04~1993.05

[編集] 民謡セレクション(1993.6~1994.9)

[編集] 民謡ふるさとめぐり(1994.10~1995.9)

[編集] 審査員(素人民謡名人戦)

  • 町田佳声(初代審査委員長)
  • 掛川尚雄
  • 佐藤松子(二代目審査委員長)
  • 小島美子
  • 佐々木久子
  • 三隅治雄
    ほか

[編集] フジテレビ系のネット局

[編集] 他系列のネット局

  • 青森放送(日本テレビ系列)
  • 岩手放送(現・IBC岩手放送。TBS系列) - 岩手めんこいテレビ開局まで
  • 山形テレビ(テレビ朝日系列) - 1993年3月まではフジテレビ系列だったが、ネットチェンジのため途中打ち切りとなった。
  • テレビユー山形(TBS系列) - 1993年4月から2ヶ月間のみ
  • 山梨放送(日本テレビ系列)
  • 新潟放送(TBS系列)-新潟総合テレビ開局まで
  • 北日本放送(日本テレビ系列) - 富山テレビ開局まで
  • 静岡放送(TBS系列)-テレビ静岡開局まで
  • 西日本放送(日本テレビ系列) - 岡山放送の香川県乗り入れスタートで途中打ち切り
  • 広島テレビ放送(日本テレビ系列) - テレビ新広島開局まで。放送当時はフジテレビ系列との完全クロスネットだった
  • 山口放送(日本テレビ系列) - 途中打ち切り。本来ならTBS系列とフジテレビ系列およびNETテレビ(テレビ朝日)系列(後にテレビ朝日系列を離脱)のテレビ山口で放送されるのが自然だが、編成上の都合から山口放送で放送された。
  • 高知放送(日本テレビ系列) - 途中打ち切り
  • 四国放送(日本テレビ系列) - 途中打ち切り
  • 大分放送(TBS系列) - 本来はフジテレビ系列と日本テレビ系列およびNETテレビ(テレビ朝日)系列のクロスネット局であるテレビ大分で放送されるのが自然だが、編成上の都合から大分放送で放送された。
  • 宮崎放送 (TBS系列) - テレビ宮崎開局まで
  • 南日本放送(TBS系列) - 素人民謡名人戦終了時まで。本来はフジテレビ系列のネット局であるKTS鹿児島テレビが放送するべきであったが、番組開始当初は開局されておらず、鹿児島テレビ開局後も引き渡されることなく南日本放送で放送され続けた。

[編集] 関連項目


[編集] 番組の変遷

フジテレビ系 火曜14時~14時40分
【タワーバラエティ】
前番組 番組名 次番組
わたしの自慢
キンカン素人民謡名人戦
(1961年2月~1967年9月)
キンカン素人民謡名人戦
(14:00~14:30)
※10分短縮
芸能ハイライト
(14:30~14:40)
月~金
フジテレビ系 火曜14時台前半枠
【タワーバラエティ】
キンカン素人民謡名人戦
(14:00~14:40)
キンカン素人民謡名人戦
(1967年10月~1969年3月)
勝抜きスピードクイズ
※月~金
フジテレビ系 土曜14時台前半枠
ドラマ再放送枠
(直前は「水のように」)
キンカン素人民謡名人戦
(1969年4月~1982年9月)
サタデーイベントアワー
(13:00~14:25)
映画レーダーI
(14:25~14:30)
フジテレビ系 土曜11時台前半枠
ホームジャーナル
(11:00~11:15)
メイコとあなたの税ミナール
(11:15~11:30)
キンカン素人民謡名人戦
(1989年4月~1992年3月)
THE WEEK
(10:00~11:30)
フジテレビ系 土曜8時~8時30分枠
キンカン素人民謡名人戦
(1992年4月~1993年5月)

キンカン民謡セレクション
(1993年6月~1994年9月)
フジテレビ 金曜16時台前半枠
Super Kids Zone ポンキッキーズ
(平日8:00-8:30に移動)
キンカン民謡ふるさとめぐり
(1994年10月~1995年9月)

最終更新 2009年11月13日 (金) 10:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【キンカン素人民謡名人戦】変更履歴

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