クミコ
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クミコ(1954年9月26日 - )は、茨城県水戸市生まれ(母親の里帰り出産による)の歌手。以前の名は高橋久美子、高橋クミコ。血液型はB型。早稲田大学教育学部卒業。
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[編集] 略歴
演劇を志し早稲田大学に入学するが、不条理劇の中で唄うシーンがあり、唄で表現することに目覚め劇団を退団。大学卒業前、友人に誘われバンドにピアノニストとして参加。その後、バンドを辞めたその友人の代わりにボーカルを担当する。
1978年24歳の時「ヤマハ・ポプコン」こと第16回「ヤマハポピュラーソングコンテスト」の予選を勝ち抜いて(「関東甲信越大会」では歌詞を忘れてしまったが、何かが評価されて先に進めた)、つま恋本選会に出場。ボーカルを斉藤久美子(後のクミコ)がつとめた「ホンキートンク」の「どしゃぶり ずぶぬれ しどろもどろ」は優秀曲に入選する。同年日本代表の1人に選ばれ、第9回「世界歌謡祭」にソロ歌手、斉藤久美子として出場したが、予選で落選し本選に進めなかった。この時のグランプリ曲は円広志の「夢想花」だった。
レコード会社から予定されていた収録済みのデビュー盤はボツになり、挫折を味わう。その後長い間、小さなスペースで少数の熱心なファンや永六輔などの支援者に支えられながら唄い続けた。ホール・コンサートがメインの活動となるのは2003年秋以降である。
1982年6月、27歳の時、日本におけるシャンソニエの老舗だった銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロデビューする。1987年、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の日本初演にアンサンブルの一員として出演。同年7月に高橋久美子の名でLPアルバム『POKKOWA PA ?』をリリース。32歳での遅いデビュー盤だった。
1980年代後半から「渋谷ジァン・ジァン」に出演し始め、10時劇場『六輔七転八倒九百円十時』へのゲスト出演、10時劇場「高橋久美子の唄う『音楽図鑑』」、「世紀末コンサート」 、「高橋クミコの『ステキな唄』」シリーズなどを1999年まで続ける。ほかには新橋「アダムス」などのシャンソニエや青山円形劇場、南青山MANDALAが主な活躍の場所だった。パントマイムのマルセ太郎、俳優の篠井英介との共演も行う。
1996年、「茶目子の一日」や「お定のモリタート」など、昭和の名曲や快・怪作を歌うアルバム『世紀末の円舞曲(ワルツ)』を東芝EMIよりリリース。
一般に知られるようになる最初のきっかけは2000年の『AURA』。『世紀末の円舞曲(ワルツ)』とライヴを聴き「街角の歌姫」クミコの唄に感動した作詞家・松本隆のプロデュース・全編作詞になるアルバムだった。
さらなる大きな転換点はavex io移籍後の初アルバム『愛の讃歌』に収録された、バルバラのシャンソンに詩人の覚和歌子が原詞を離れて作詞した「わが麗しき恋物語」という曲で、2002年、48歳の時。ニッポン放送のアナウンサー・上柳昌彦が『うえやなぎまさひこのサプライズ!』で取り上げるなど、ラジオやテレビの番組によってクミコを知らない人々にも紹介されることとなる。たまたま聴いて涙してしまったと評判が広まり、じわじわと世に知られるようになっていった。
その後も覚和歌子作詞になる「わたしは青空」(作曲/三木たかし)、「さよならを 私から」(作曲/荻原慎太郎、佐々木聡作。韓国の若手人気歌手、イ・ギチャンが「セサラム(三人)」と題してカバー)、「人生のメリーゴーランド」(作曲/久石譲)などの話題作が続いている。
2007年2月には『十年 ~70年代の歌たち~』をリリース。イッセー尾形、江國香織、大石静、残間里江子、椎名誠、立木義浩、筑紫哲也、弘兼憲史、藤原美智子、吉永みち子が選出した“クミコに歌わせたい思い出の70年代の歌たち”10曲をクミコ流の解釈で表現。また中島みゆき書き下ろしの「十年」も話題となった。
7月にはそれまでの集大成となるCD8枚+DVDの『コンプリート・クミコ・ボックス~二十五年~』をリリース。絶版になっていたかつての音源も復刻された。9月には映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』の公開に合わせて『クミコ meets ピアフ』をリリースし、エディット・ピアフの唄を本格的に取り上げた。
2008年3月には『友よ! ~あの出発ち(たびだち)を“青春”と呼ぼう~』をリリース。70年代中心の男歌10曲をカバー、福岡の同世代の主婦、智子がクミコに提供した新曲「ブラボー!」も収録されている。
2009年2月には手紙の朗読と歌で綴る舞台『ミュージカル仕立ての歌語り「届かなかったラヴレター」Vol.1』をミュージカル界の貴公子井上芳雄と二人で共演した。同公演に合わせて新曲「届かなかったラヴレター」と「車輪」(デュエット曲)が、作詞/覚和歌子、作曲/三木たかしによって作られた。2009年5月11日に亡くなった作曲家・三木たかしの遺作となった。
シャンソン歌手と形容されることもあるが、レパートリーにはシャンソンより、オリジナル、戦前戦後の日本と世界の歌謡曲やポビュラーソングが多い。 美しく明晰な日本語で、ジャンルを問わず本当に唄いたいものだけを唄ってきた。
唄とお喋りの大きな落差や、独特の感性で綴られる文章もファンの人気が高い。
[編集] シングル
- 接吻(2000年 カップリング「鳥の歌」東芝EMI)
- お帰りなさい(2001 カップリング「情熱」東芝EMI)
- 幽霊・わすれな歌(2002 avex io)
- わが麗しき恋物語(2003 avex io)
- さいごの抱擁(2003 avex io)
- わたしは青空(2004 カップリング「口づけ」avex io)
- さよならを 私から(2005 カップリング「ほほえみの唄」avex io)
- 届かなかったラヴレター(2009 カップリング「車輪」井上芳雄とデュエット avex io)
[編集] アルバム
- POKKOWA PA ?(ポッコワ・パ 1987 Sound World)
- MACHI(1994 イースタンゲイル)
- 世紀末の円舞曲(1996 東芝EMI)
- AURA(2000 全曲作詞・松本隆 東芝EMI)
- 愛の讃歌(2002 avex io)
- 愛しかないとき(2003 avex io)
- イカルスの星-越路吹雪を歌う(2004 avex io)
- わたしは青空-2004 コクーン・ライヴ(2005 CD及びDVD avex io)
- クミコ・ベスト−わが麗しき恋物語(2006 avex io)
- 十年~70年代の歌たち~(2007 avex io)
- コンプリート・クミコ・ボックス ~二十五年~(2007 CD8枚+DVD avex io)
- クミコ meets ピアフ(2007 avex io)
- 友よ! ~あの出発ち(たびだち)を“青春”と呼ぼう~(2008 avex io)
[編集] 著書
- ヘコタレナイ―人生はまわり道したっていいじゃない(主婦と生活社 2003.10)
- わが麗しき歌物語(講談社 2007.3)



