クライド・トンボー

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発見した準惑星
(134340) 冥王星 1930年2月18日
発見した小惑星
(2839) アネット 1929年10月5日
(2941) オールデン 1930年12月24日
(3310) パッツィ 1931年10月9日
(3583) バーデット 1929年10月5日
(3754) キャスリーン 1931年3月16日
(3775) エレン・ベス 1931年10月6日
(3824) ブレンダリー 1929年10月5日
(4510) ショーナ 1930年12月13日
(4755) ニッキー 1931年10月6日
(5701) バルタック 1929年10月26日
(6618) 1936 SO 1936年9月16日
(7101) 1930 UX 1930年10月17日
(7150) 1929 TD1 1929年10月11日
(8778) 1931 TD3 1931年10月10日

クライド・ウィリアム・トンボー(Clyde William Tombaugh, 1906年2月4日 - 1997年1月17日)はアメリカイリノイ州生まれの天文学者カンザス大学天文学の学士号(1936年)、修士号(1939年)を取得。

目次

[編集] 業績

[編集] 冥王星の発見

天王星海王星の軌道に影響を与えていると考えられた未知の惑星を探索していたパーシヴァル・ローウェルのもとで1929年より観測をはじめ、ローウェルの死後は彼の遺志を受け継いでアリゾナ州フラッグスタッフローウェル天文台で新惑星の捜索を続ける。その際には当時最新鋭の技術であったブリンク・コンパレーター (Blink comparator) を使用した。彼は1万枚以上の写真を撮影し丹念に精査し、その結果、1930年2月18日冥王星を発見した。

[編集] 冥王星以後

発見された冥王星は、当初の予想より小さく、ローウェル天文台長はトンボーに掃天観測の継続を指示した。彼は全天の70パーセントをブリンク・コンパレーターにより観測した。結局新惑星は見つからなかったが、冥王星のほかに、彼は生涯に14の小惑星を発見した。これは冥王星探索の副産物であった。そのうち、(2839) アネット、(2941) オールデンは娘と息子から、(3310) パッツィは妻パトリシアから、その他5個は彼の孫たちから名を取っている。

[編集] 逸話

また、UFOにも関心を持っていた。1950年代には軍の要請でUFOの調査をしていたといわれる。

トンボーはニューメキシコ州ラス・クルーセス (Las Cruces) で90歳で死去した。

彼の遺灰の一部は、2006年に打ち上げられた冥王星探査機ニュー・ホライズンズに収められた。

惑星」「準惑星」「太陽系小天体」が定義され、冥王星が惑星から準惑星に変更された2006年(8月24日)は、奇しくも彼の生誕100年目であった。 「冥王星の分類変更」について、パトリシア夫人は日本のマスコミ(報道ステーション)の問いかけに「彼は優れた科学者ですから、どのような決定も受け入れるでしょう」とコメントを寄せた。

小惑星 (1604) トンボーは彼の名にちなむ。

最終更新 2009年10月21日 (水) 17:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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