クリスティアン・ヴルフ

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ヴルフ(2007年4月)

クリスティアン・ヴルフChristian Wilhelm Walter Wulff, 1959年6月19日‐)は、ドイツ政治家。所属政党はドイツキリスト教民主同盟(CDU)。2003年よりニーダーザクセン州首相を務める。

[編集] 経歴

オスナブリュック生まれ。早くもギムナジウム在校中の1975年ドイツキリスト教民主同盟(CDU)に入党。同党の青少年組織であるSchüler Unionで活動し、1978年から1980年までその全国代表を務める。1979年にオスナブリュック大学に入学して経済法を重点に法学を学ぶ。在学中もCDUの青年組織Junge Unionで活動し、1979年から1983年までその代表委員を務め、1983年からはニーダーザクセン州代表を務めた(‐1985年)。また1984年から同州のCDU代表部に入る。1987年、第一次法曹試験に合格。1990年に第二次法曹試験(国家司法試験)に合格、弁護士資格を取得した。

1986年、オスナブリュック市議会議員に当選(‐2001年)。1989年から同市議会でCDU議員団長を務める。1994年、ニーダーザクセン州議会議員に初当選し、CDUの州代表および州議会党議員団長に就任。1998年11月には直前の連邦議会選挙で敗北したCDUの、4人の副党首の一人に抜擢された。1994年の州議会選挙では州首相候補としてドイツ社会民主党(SPD)の現職ゲアハルト・シュレーダー州首相(のち連邦首相)に挑戦したが敗れ、1998年にも挑戦したが敗北した。シュレーダーが連邦首相に転出した後の2003年3月、州議会選挙で現職のジグマール・ガブリエル州首相率いるSPDを破ってついに州首相の座を手に入れた。ヴルフ内閣はCDUの閣僚7人と自由民主党(FDP)の閣僚2人からなる連立政権である。

州首相就任当初は財政立て直しのため、社会保障の縮小を含む大規模な緊縮財政を行った。とりわけ教育費は大きく削られたが、その結果州の新たな負債は彼の就任当初から半減し、2007年には、2001年以降では初めて州憲法の規定する負債に頼らない州予算案を立てることができた。その他州の学制を改革してアビトゥーアの受験可能学齢を引き下げたり、行政管区(Regierungsbezirk)を廃止して州行政を各自治体と州政府の二段階制に改めるなどの改革を行った。その他警官を増員して治安向上に努めたり、職業訓練の機会を増やした点もその業績として挙げられている。ニーダーザクセン州首相は地元に本社のあるフォルクスワーゲングループの監査役を兼ねているが、2007年3月にヴルフは11億5千万ユーロを投じて同社の株5%を取得し、ニーダーザクセン州の持ち株比率を25%まで引き上げ、同社経営に対する州政府の発言権を大きくする旨を言及した。

早くも1995年にはダボス会議で「明日のリーダー100人」に選出されていたが、現在ヴルフはCDUの中で将来の連邦首相候補としてもっとも有力であると取り沙汰されている。2007年に行われた世論調査では、ドイツでもっとも人気の高い政治家の一人に入った。またニーダーザクセン州の政治家の中でももっとも人気が高い。2008年1月に行われた州議会選挙では議席を減らしながらもヴルフの連立与党が過半数を制し、同じく連邦首相候補と目されたヘッセン州ローラント・コッホ州首相をしり目に、党内での「未来の連邦首相候補」の地位を固いものとした。

宗派はカトリック。一女をもうけた前夫人とは2006年に離婚し、現在はコンチネンタルAGの広報官だった女性とハノーファーに暮らしている。2007年に上海同済大学より名誉博士号。2006年には「ネクタイの最も似合う男性」に選出されている。

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先代:
ジグマール・ガブリエル
ニーダーザクセン州首相
2003年 -
次代:

最終更新 2008年2月6日 (水) 15:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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