クレオパトラ・テア

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クレオパトラ・テアをあしらった硬貨。裏側には二重となった豊穣の角が刻まれており、さらに古代ギリシャ語の文字、「ΒΑΣΙΛΙΣΣΗΣ ΚΛΕΟΠΑΤΡΑΣ ΘΕΑΣ ΕΥΕΤΗΡΙΑΣ」と刻まれている。「ΖΠΡ」はセレウコス朝の187年を意味しており、紀元前126–125のことである。

クレオパトラ・テア(ギリシャ語: Κλεοπάτρα Θεά、英:Cleopatra Thea紀元前164年?-紀元前121年)はセレウコス朝シリアの女王(在位紀元前126年または紀元前125年-紀元前121年)。プトレマイオス朝エジプトのプトレマイオス6世、クレオパトラ2世の娘。シリア王アレクサンドロス1世バラス、デメトリオス2世ニカトル、アンティオコス7世シデテスの妻となる。

[編集] 生涯

紀元前150年、セレウコス朝でデメトリオス1世ソテルとアレクサンドロス1世バラスの王位を巡る内戦が発生すると、プトレマイオス6世はバラスを支援し、娘クレオパトラ・テアと結婚させた。バラスとの子がアンティオコス6世ディオニュソスである。

バラスは勝利したものの、まもなくデメトリオス2世ニカトル(同1世の子)に敗北し、テアはニカトルと結婚した(紀元前145年)。ニカトルとの子がセレウコス5世フィロメトル、アンティオコス8世グリュポスである。ニカトルがパルティアとの戦闘で捕虜となってから、ニカトルの弟アンティオコス7世シデテスと結婚し、アンティオコス9世キュジケノスをもうけた。

シデテスがパルティアに殺害されてニカトルが復位するものの、反乱が続き、ニカトルは簒奪者アレクサンドロス2世ザビナスの軍に敗走、妻テアの命令で殺害された(紀元前125年)。

テアは女王として権力を掌握し、息子セレウコス5世フィロメトルを即位させるも、対立し殺害した。フィロメトルに続きグリュポスを擁立するが、まもなく対立し、毒殺を図って逆に毒殺された(紀元前121年)。


先代:
デメトリオス2世ニカトル
セレウコス朝君主
紀元前125年 - 紀元前121年
次代:
アンティオコス8世グリュポス

arz:كليوباترا ثيا

最終更新 2009年8月18日 (火) 08:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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