グアム

グアムの最新ニュースをまとめて検索!

座標: 北緯13度27分 東経144度47分 / 北緯13.45度 東経144.783度 / 13.45; 144.783

曖昧さ回避 この項目では、米領グアムについて記述しています。国家連合のGUAMについては「GUAM」を、その他の用法については「グアム (曖昧さ回避)」をご覧ください。

世界 > オセアニア > ミクロネシア > アメリカ合衆国 > 米領グアム

グアム
Guam
グアムの旗
紋章
地域の標語 : "Where America's Day Begins"
地域の歌 : Fanohge Chamoru(グアムの国)
グアムの位置
公用語 英語チャモロ語
主都 ハガニア
最大の都市 ハガニア
政府
知事 フェリックス・ペデス・カマチョ
首相等 不明
面積
総計 549km²202位
水面積率 0%
人口
総計(2003年 163,941人(N/A
人口密度 299人/km²
建国 不明
通貨 不明(USD
時間帯 UTC +10(DST: 不明)
ccTLD gu
国際電話番号 1-671

グアムGuam) は、太平洋である。1898年米西戦争からアメリカ合衆国領土になった。1941年から1944年までは、日本軍占領統治していた(当時は「大宮島(おおみやじま)」と呼ばれていた)。経済面では、アメリカ軍日本からの観光客が重要な位置を占めている。

目次

[編集] 歴史

恋人岬からタモン湾を望む

グアム島に人類が住み着いたのはB.C.3000年~2000年ごろで、東南アジア系民族チャモロ人マレーシアインドネシアフィリピンから航海カヌーに乗って移住してきたことに始まると考えられている。

1521年マゼランがヨーロッパ人として初めてグアム島に到達。1565年にレガスピが来島してスペインの領有を宣言し植民地となり、1668年にサン・ビトレスを中心としたイエズス会布教活動のため訪れるようになって以後、キリスト教文化が定着するようになった。

1898年にアメリカとスペインの間で勃発した米西戦争にアメリカが勝利し、同年のパリ条約によりグアム島はフィリピンプエルトリコとともにアメリカ合衆国に割譲された。

1941年12月8日に太平洋戦争が勃発。日本海軍真珠湾攻撃の5時間後(日本時間午前8時30分)、グアムへの航空攻撃を開始した。同月10日日本が占領したが、1944年8月に米国が奪還(グアムの戦い)した。以後、戦争終結までアメリカ軍日本本土の爆撃拠点として活用された。

1950年合衆国議会によりグアム自治法 (Guam Organic Act of 1950) が制定され、「アメリカ合衆国自治的・未編入領域 (organaized unincorporated territory)」という政治的地位となり、スキナーが初の民間人知事となった。現在まで米軍の太平洋戦略上、重要な基地のひとつとしてグアム島は活用され、近年は日本からの観光客を中心とした観光地リゾート地として発展を遂げている。

タモン湾越しに望む恋人岬

[編集] 地理

マリアナ諸島最大の島で、その南西端に位置する。海底火山によってつくられた。北部は珊瑚礁に囲まれた石灰質の平坦な台地で、南部は火山の丘陵地帯である。最高所はラムラム山で標高406m。

年間平均気温は約26℃

[編集] 気候

海洋性亜熱帯気候に属しており、年間を通して高温多湿。「常夏」といわれ、ほぼ1年中海水浴が楽しめる。6~12月が雨季、1~5月が乾季。雨季にはスコールが降る。

[編集] 主要都市

[編集] 政治

アメリカ合衆国準州大統領選挙の参政権は持っていない。ストローポール(擬似投票)が行われるが、選挙結果には反映されない。

1968年以降は公選によって選ばれた知事が内政執行にあたる。かつてはアメリカ海軍による軍政だった。国家元首はアメリカ合衆国大統領。

グアム議会を形成。議会は立法院のみの一院制

1972年以降、合衆国議会下院に、本会議での議決権のない代表を1名選出している。

米国が全面的に防衛権を持つ。このために土地を収用することもできる。

自主憲法草案が上程されたが、1979年の住民投票で否決された。その後も米国連邦政府による独立や自治の勧告は無視して、大国との特権的な関係から得られる利益を選んでいる。

現在でも国際連合非自治地域リストに掲載されている。

なお、現在、グアムにおいては死刑制度は廃止されている。

[編集] 経済

通貨アメリカ合衆国ドル(USドル)。ただし現在では日用品や土産等の購入に関し、多くの場合、少額(おおよそ100ドル以内)であれば、日本円でも通用する店舗が増えつつある。

米軍の基地関連産業とアメリカ政府からの補助金、観光業、農業漁業が主要な経済基盤で、1980年代前半まで米軍への依存度が高かったが、米軍基地の縮小に伴い、近年は観光業が産業の大部分を占め、島民の約60%が観光業に従事している。

年間100万人以上の観光客が訪れるが、観光収入の9割以上が日本からの観光客によるもので、日本への依存度が高い。近年は特に和食料理店など、日本の外食企業の参入も多くみられる傾向にある。

2006年にグアムの携帯電話事業者であるグアムワイヤレス・グアムセルラーをNTTドコモが買収・統合し、2008年ドコモパシフィックと社名を変更しており、国際ローミング(WORLD WING)を使って、FOMAサービス及びiモードサービスが利用できるようになっている(ただしPulse Mobileなど他の事業者によるローミングと扱いは基本的に一緒)。

[編集] 軍事

島の面積の1/3をアメリカ軍用地が占めている。グアム島は、朝鮮台湾南沙諸島フィリピンインドネシアオーストラリアとあらゆる場所に緊急展開できる戦略上の要地であり、米準州でもあるので、西太平洋の礎石として、世界戦略を見据えた軍事拠点化を進めてきた。2004年には、グアム島周辺を調査した中国人民解放軍海軍漢級原子力潜水艦が行き帰りに日本の領海侵犯を行った漢級原子力潜水艦領海侵犯事件が発生した。

島の北部には3,000m級滑走路が2本あるアンダーセン空軍基地が存在する。ここには現在常駐する戦闘機部隊は存在していないが、しばしば飛来する。現在、B-52戦略爆撃機B-2が配備されている。極東有事の際には、アメリカ本土やハワイなどから前線派遣された航空部隊の重要な出撃拠点になる。

島の西部には、アメリカ海軍も使用しているアプラ港があり、ロサンゼルス級原子力潜水艦が事実上の母港としており、将来的にはオハイオ級原子力潜水艦も配備される予定である。これらは第7艦隊隷下にある。

在日米軍再編の影響により、沖縄本島に駐屯しているアメリカ海兵隊7,000人がグアムに移駐する予定であり、キャンプ瑞慶覧から司令部も移転する予定である。この部隊の受け入れのための費用を日本政府が59%負担することで日米両政府が合意した。上記の基地移転には先住民の一部から反発がおきているが、大半の住民はかつて米軍基地が縮小された事で経済的に大きな打撃を受けたため基地・観光による経済的観点から賛同している。

[編集] 交通

訪島手段として飛行機船舶があるが、飛行場グアム国際空港はアプラ港がある。アプラ港はミクロネシア最大の港。

島内の交通機関はバスタクシーのみで鉄道はない。バスは、観光地をまわるトロリーバスなどを運行しているグレイラインバスや「ショッピングセンター」はDFSギャラリア・マイクロネシアモール・グアムプレミアムアウトレットや小規模なものではタモンサンズプラザなどがありホテル旅行会社が運行するザ・ショッピングバス、シャトルバスを運行するアイバスなどがある。

サイパン島と同様に、島内では九州産業交通の現地法人であるグアム産交が貸切バス事業を行なっていたが、九州産業交通の産業再生機構活用による事業再編の一環として売却されている。航空便で到着する乗客の7割が日本国籍である(2006年現在)。

[編集] 住民

[編集] 民族・人種・出自構成

[編集] 言語

公用語英語チャモロ語であるが、日本からの観光客による収入が島の大部分の収入を占めていることから日本語も使われており、日本語を理解できる住民がかなり多い。島では、あちこちの店に日本語が使われている。

[編集] 芸術・文化

ラッテ・ストーン。家の土台だったとか宗教行事に使われた物ではないかと言われているが未解明。
  • 伝統的な文化としてチャモロ文化がある。踊りではミクロネシアダンスが有名。
  • グアムの芸術文化に関する機関として「グアム芸術文化省」(Kaha)がある。
  • ミクロネシア連邦チューク州のプルワット環礁との結びつきが強く、プルワット出身の航法師が伝統的な航海カヌーによる航海術を教えている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


ace:Guam

最終更新 2009年11月16日 (月) 15:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【グアム】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!