グレナダ
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- グレナダ
- Grenada
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(国旗) 国章 - 国の標語 : The Land, The People, The Light
(英語: 国土、国民、光) - 国歌 : グレナダ万歳

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公用語 英語 首都 セントジョージズ 最大の都市 セントジョージズ 独立
- 日付イギリスより
1974年2月7日通貨 東カリブ・ドル(EC$)(XEC) 時間帯 UTC -4(DST: なし) ccTLD GD 国際電話番号 1-473
グレナダは、カリブ海の小アンティル諸島南部に位置する英連邦王国の一国たる立憲君主制国家である。島国であり、海を隔てて北にセントビンセントおよびグレナディーン諸島、北東にバルバドス、南にトリニダード・トバゴとベネズエラが存在する。首都はセントジョージズ。
グレナディーン諸島の一部にグレナダ領グレナディーン諸島として、カリアク島やプティト・マルティニーク島などの島々を領有している。1983年に起きたクーデターによる混乱でアメリカ軍などのグレナダ侵攻があり、国際的な注目を集めた。
目次 |
[編集] 国名
正式名称は英語で、Grenada(グレナダ)。
日本語の表記は、グレナダ。
グレナダとは、柘榴を意味するスペイン語のGranada(グラナダ)に由来している。セントビンセント・グレナディーンのグレナディーン諸島も同語源である。
[編集] 歴史
[編集] 先コロンブス期
[編集] 植民地時代
- 1498年 クリストファー・コロンブスにより発見される。
- 1650年 フランスが植民地化。
- 1674年 フランス人が定住を始める。先住民を大量虐殺したと言われている。
- 1714年 フランスは、カカオ、綿花、コーヒーを栽培した。プランテーションで労働する奴隷はアフリカから輸入した人々で、彼らの3分の2は過酷な労働条件のために死亡したとされる。
- 1762年 英国がフランスに代わって植民地化。
- 1783年 ヴェルサイユ条約によって正式に英国の領土になる。
- 1950年 普通選挙導入。
- 1967年 自治政府が生まれる。労働党が選挙に勝ち、独立を宣言。
[編集] 独立以降
- 1974年 英連邦王国として英国から独立。エリック・ゲイリーが首相に就任。
- 1979年 親ソ連、キューバ派のニュージュエル運動(NJM)を率いるモーリス・ビショップがゲーリー首相の外遊中に無血クーデターを起こし、首相に就任。人民革命政府を樹立した。革命政府によってキューバとの関係が強化される。
- 1983年 10月に政権内のクーデターでビショップ首相らが処刑される。同月、レーガン合衆国大統領が「西半球の癌」と呼んでいたキューバのカストロ政権、ニカラグアのサンディニスタ政権と共にグレナダのニュージュエル運動政権もアメリカ合衆国に敵視されていたことを反映して、これらのアメリカ大陸の左翼政権への牽制の意味を込めたアメリカ合衆国とカリブ海諸国の軍事侵攻がなされ、人民革命政府は崩壊し、親米政権が樹立される。
- 1984年 選挙により、新国民党政権が成立する。
- 2003年 選挙により、国民民主会議政権が成立する。
[編集] 政治
グレナダは立憲君主制(英連邦王国)、議院内閣制をとる立憲国家である。現行憲法は独立前年の1973年12月19日に制定され、1974年2月7日の独立に伴い施行されたもの。
国家元首は国王だが、英連邦王国のため、イギリスの国王がグレナダの国王を兼ねる。国王の職務を代行する総督は、国王により任命される。政治の実権は行政府たる内閣にあり、その長である首相は総督が任命する。この任命は通常、下院総選挙後に多数派を構成した政党の指導者に対して成される。閣僚は首相の指名に基づき、総督が任命する。総督による任命は形式的なものである。
立法府たる議会は両院制で、上院と下院により構成される。上院は13議席で、全議員が任命によって着任する。その任命は、10議席が政府、3議席が野党指導者によって成される。下院は15議席で、全議員が直接選挙(小選挙区制)によって選出される。両院とも任期は5年。
二大政党制であり、リベラル系の国民民主会議(NDC)と保守系の新国民党(NNP)の力が強い。グレナダ統一労働党(GULP)など他の小政党も存在するが、二大政党の勢力を覆すほどの勢力は持っていない。
[編集] 地方行政区分
詳細は「グレナダの行政区画」を参照
6郡と1属領区に分かれている。
- セント・アンドリュー(Saint Andrew)
- セント・デビッド(Saint David)
- セント・ジョージ(Saint George)
- セント・ジョン(Saint John)
- セント・マーク(Saint Mark)
- セント・パトリック(Saint Patrick)
- 1属領区はグレナディーン諸島にあるグレナダ属領のカリアク島やプティト・マルティニーク島などである。
[編集] 地理
ウィンドワード諸島最南端に位置している。グレナダ本島は面積約310Km²ほどの火山島で最高峰セント・キャサリン山(840m)があり、付近の島々、特にグレナディーン諸島の一部の島々なども属している。
主な島々
- グレナダ島
- グローバー島
- ホッグ島
- カリビジニ島
- バード島
- サンディ島
- グリーン島
- パールス・ロック
- ロンドン・ブリッジ島
- ロンド島
- カーユ島
- ザ・シスターズ島
- ダイアモンド島
- レ・タンテ島
- カリアク島
- マヤブ島
- ホワイト島
- サリン島
- フリーゲート島
- ラージ島
- プティト・マルティニーク島
- プティ・サン・バンサン島
- プテット・ドミニク島
[編集] 経済
国旗の左側にナツメグの実が描かれていることからもわかるように、ナツメグの生産が比較的さかん。2005年時点において2747トン(世界第6位、シェア3%)に達する(FAO)。 他の農産品はバナナ、クローブ、シナモン、ココアなど。
観光業も有望で、1979年に樹立した人民革命政府は観光事業の近代化に着手した。グレナダ侵攻後の親米政権樹立後はアメリカ合衆国資本が進出し、1984年の国際空港の完成以来発展を続けている。
日本外務省によると、グレナダの消費税率27.5%は、世界で最も高い税率である(2005年3月現在)[2]。
[編集] 交通
山岳道路はしばしば雨で流される。ポイント・サリンス国際空港の建設にはアメリカ合衆国の資金援助が行われた。
[編集] 軍事
1983年に国軍は解体され、現在はグレナダ警察軍が国防を行っており、755人が在勤している。これとは別にグレナダ沿岸警備隊があり、哨戒艇4隻を保有している。
革命時代はグレナダ人民革命軍が存在し、グレナダ侵攻の際およそ1200名の兵士がいた。
[編集] 国民
住民の8割以上はアフリカ系であり、ヨーロッパ人により連れて来られた奴隷の子孫である。その他、南アジア系やヨーロッパ人などもいる。
言語は英語が公用語であり、広く使われている。フランス語が混じったパトワと呼ばれるクレオール語を話すものもわずかながら存在する。
宗教は、ローマ・カトリックが6割程度を占めている。残りは、ほとんどプロテスタントである。
[編集] 文化
グレナダ出身のカリプソ歌手として、マイティ・スパロウが挙げられる。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2月9日 | 独立記念日 | Independence Day |
[編集] 脚注
- ^ い ろ は に IMF Data and Statistics 2009年7月19日閲覧([1])
- ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/world/ranking/shohizei.html
[編集] 参考文献
- 二村久則、野田隆、牛田千鶴、志柿光浩『世界現代史35 ラテンアメリカ現代史Ⅲ』山川出版社、2006年
[編集] 関連項目
- グレナダ関係記事の一覧
- グレナダ侵攻
[編集] 外部リンク
- 政府
- グレナダ政府 (英語)
- 日本政府
- 日本外務省 - グレナダ (日本語)
- 在トリニダード・トバゴ日本国大使館 - 在グレナダ大使館を兼轄 (英語)
- 観光
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最終更新 2009年11月4日 (水) 06:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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