ゲゲゲの鬼太郎

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ゲゲゲの鬼太郎(ゲゲゲのきたろう)は幽霊族の少年鬼太郎(きたろう)を主人公とする水木しげるによる漫画作品。また、それを原作とした一連の作品群の総称。 主人公が妖怪達と繰りひろげる物語

目次

[編集] 概要

[編集] 誕生の経緯

1933年から1935年頃にかけて、民話の『子育て幽霊』を脚色した、伊藤正美作の富士会の『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』という紙芝居が存在し、『黄金バット』をも凌ぐほどの人気であった。

1954年、紙芝居の貸元である阪神画劇社と紙芝居作者として契約していた水木は、同社社長・鈴木勝丸に前述のハカバキタローを題材にした作品を描くよう勧められた(加太こうじは、加太が『ハカバキタロー』の話を水木にしたと述べる)。作者承諾の上で、水木はオリジナルの紙芝居『蛇人』『空手鬼太郎』『ガロア』『幽霊の手』の4作を仕立てた。これが鬼太郎シリーズの原点である。

だが、奇抜な展開で評判を呼んだ『空手鬼太郎』を除き、鬼太郎シリーズはそれほど人気が出ず、それ以降は製作されなかった。この水木版紙芝居の鬼太郎作品は現存しないが、伊藤版の一部は加太こうじの『紙芝居昭和史』などの書籍で部分的に見ることが出来る。ちなみに鬼太郎が墓場から生まれた片目の子供という設定(『蛇人』より)と目玉おやじの登場(『空手鬼太郎』より)はこの頃からである。

その後、貸本漫画家に転身した水木は、1959年に兎月書房発行の怪奇短編マンガ誌『妖奇伝』に「幽霊一家」を発表。ここで現在の鬼太郎の基礎が定まることになる。この時期の鬼太郎はまだ人間の味方ではなく、関わった人々に怪奇な結末をもたらす不吉な少年というモチーフで、この路線は後年楳図かずおが発表した『猫目小僧』などに継承されている。『妖奇伝』第2号には第2作「幽霊一家 墓場鬼太郎」が掲載される。だが『妖奇伝』は一般には全く人気が出ず廃刊に。ただし、鬼太郎シリーズは熱心な読者からのファンレターがあり、1960年に同じく兎月書房から『墓場鬼太郎』と題した怪奇短編マンガ誌上で、「地獄の片道切符」(第1巻)「下宿屋」(第2巻)「あう時はいつも死人」(第3巻)などのシリーズ諸作が発表された。ちなみに「下宿屋」ではねずみ男がシリーズに初登場している。

それまで水木は兎月書房の専属に近い形だったが、経営難の兎月書房からは原稿料が一切支払われなくなり、憤慨した水木は長井勝一の三洋社に移籍。『鬼太郎夜話』シリーズ「吸血木と猫娘」「地獄の散歩道」「水神様が町にやってきた」「顔の中の敵」を順次発表した。以前に書いた「幽霊一家」から「顔の中の敵」までは一連の物語になっており、後年にガロ版「鬼太郎の誕生」及び『鬼太郎夜話』としてリメイクされている。しかし、5冊目「カメ男の巻」を出す段階で三洋社の社長が入院、そのドサクサで原稿が行方不明となり、「カメ男の巻」は幻の作品となってしまった。

一方、兎月書房は『墓場鬼太郎』の発行を続け、鬼太郎シリーズの続編を竹内寛行に描かせていた。やがて水木は兎月書房と和解し、1962年には読切作品『怪奇一番勝負』『霧の中のジョニー』を描く。しかしその後、兎月書房も倒産。水木は、1964年にかけて佐藤プロで、読みきり作品『おかしな奴』、『ボクは新入生』、『アホな男』を発行。桜井昌一の東考社でも『霧の中のジョニー』の続編と予定されていた『ないしょの話』を発行した。この頃になると初期の不幸を呼ぶ少年から、後の少年誌に登場する様な親しみやすいキャラクターへと変貌している。

[編集] メジャー化

1965年、劇画路線を推進していた『週刊少年マガジン』で読み切り作品『墓場の鬼太郎』「手」が掲載された。鬼太郎作品、初の大手出版社雑誌掲載である。当初は不定期掲載で人気も出ず、3話で打ち切りを検討された。だが夏休みが終わる時期に、当時の貸本読者や大学生たちからの激励の葉書が届き、打ち切りは回避された。

当時、『週刊少年マガジン』の編集長だった内田勝の著書『「奇」の発想』によると、『鬼太郎』はずっと読者投票の最下位で、「人気を出そう」とテレビ化しようとしたが、「妖怪もので、タイトルが墓場ではちょっと……スポンサーが付かない」と東映の渡邊亮徳(当時の東映常務取締役テレビ事業部長)に説得され、まず、『悪魔くん』の連載およびテレビ化がされたという。その後、主題歌とタイトルを、「墓場の鬼太郎」から「ゲゲゲの鬼太郎」に変更、日本テレビとフジテレビが興味を示し、結局はフジテレビに決まった。大下英治 著書『日本ジャパニーズヒーローは世界を制す!」等に書かれている。

『悪魔くん』の成功により、水木しげるが人気作家になったため、1967年からは正式な連載作品となる。内容も「怪奇物語」から「正義の鬼太郎が悪い妖怪を退治する」という少年誌向けの内容にシフトし、現在の鬼太郎の原型がようやく完成するに至り、徐々に人気を増していった。妖怪という言葉がひんぱんに用いられる様になったのもこの頃からである(貸本時代にはほとんど使われていなかった)。貸本時代の作品のリメイクも多く、「霧の中のジョニー」を「吸血鬼エリート」に、「おかしな奴」を「陰摩羅鬼」に、「ボクは新入生」を「朧車」に、「ないしょの話」を「大海獣」にと、多少内容をアレンジして再執筆している。また連載時は折からの怪獣ブームの影響が色濃く、怪獣映画さながらの「大海獣」や「妖怪獣」、「毛羽毛現」の恐竜、「白山坊」のモスラのような容姿の巨大蛾などが登場するのもこの時期の特色である。

やがて安定した人気を得た本作は1968年に、タイトルを『墓場の鬼太郎』から『ゲゲゲの鬼太郎』にかえることでスポンサーの了解を得て、テレビアニメ化を果たす。それに合わせて1967年『少年マガジン』11月12日号から作品名を『ゲゲゲの鬼太郎』と改題。水木の代表作として広く知られる様になっていった。アニメの大ヒットから、怪獣ブームが妖怪ブームへと移っていき、雑誌では妖怪特集が組まれ、テレビでも妖怪アニメや特撮が流行るようになるなど、ブームの火付け役ともなった。

また少年漫画誌のみならず、アニメ化に伴って、講談社の『たのしい幼稚園』などの幼年誌の連載も始まる。鬼太郎は子供たちのヒーローとして活躍する一方、貸本時代からのファンや青年向けに『月刊ガロ』で貸本時代のリメイク「鬼太郎の誕生」や「鬼太郎夜話」、『週刊宝石』にはベトナム戦争を題材にした「鬼太郎ベトナム戦記」などの劇画作品にも登場した。

1969年、人気絶頂の最中に『少年マガジン』の連載が終了。翌1970年の『別冊少年マガジン』7月号では連載終了の作品の主人公を描く「その後のまんがスター」という企画があり、南方に渡り最後は平和に暮らす鬼太郎という「その後のゲゲゲの鬼太郎」が掲載された。

[編集] 長期シリーズ化

連載やアニメ放映の終了後も、人気は衰えず、ブームが冷めやらぬ1971年に再びテレビアニメ化された事に合わせて、小学館の『週刊少年サンデー』で新作が描かれた。当時は漫画家が少年週刊誌において、他誌で仕事をすることはよくあったものの、連載された作品自体が他誌で連載されるというのは珍しかったという。またこのシリーズでは『少年マガジン』においてゲスト妖怪として登場していた猫娘と設定は同じものの容姿が微妙に違う猫子というキャラをレギュラーとして登場させている。他にこのシリーズの特色として、鬼太郎を中心としたチームで戦うこと(「釜鳴り」など)が多くなったこと、それまでブレーンとしての存在だった目玉親父が身を挺してまで子供の為に妖怪と奮戦するようになったこと(「逆モチ殺し」「まぼろしの汽車」「死神」「目目連」など)などが挙げられる。

少年サンデーでの連載の終了後は、1976年双葉社の少年アクションに『鬼太郎の世界おばけ旅行』で諸外国で冒険する鬼太郎の活躍を描いた。1977年には週刊実話にて、鬼太郎一連の原作でも最も特異な、大人向けの『続ゲゲゲの鬼太郎』『新ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』『新ゲゲゲの鬼太郎』が連載される。青年となった鬼太郎の物語で、チャンチャンコをやめて縞模様のセーターを着た鬼太郎の容姿もさることながら、酒や煙草、色事に目を眩ませる怠惰ぶりや、堕落して酒浸りなうえ卑猥になった目玉のおやじなど、少年誌でヒーロー化したキャラクターが大胆に変更されたところが特徴。全般に卑猥な性表現が多い。さらに鬼太郎が野球や相撲へ挑戦していくなどの作風は、少年誌の制約から解放された水木の奔放さが出たエピソード群となった。そもそもヒーローでは無かった貸本時代への先祖帰りともとれる。こうした内容から波紋を呼んだ問題作の『続』だが、際どい内容は少々ありつつ、少年誌時代に立ち戻った『新』を執筆しており、『続』は水木自身の楽屋落ちといった位置づけで見られることが多い。なお『続』以降の週刊実話での作品は『その後のゲゲゲの鬼太郎』というタイトルで扶桑社より文庫化された(別冊少年マガジン掲載の短編『その後のゲゲゲの鬼太郎』とは無関係)。

[編集] 近年の動向

1985年夏にフジテレビの「月曜ドラマランド」で実写版「ゲゲゲの鬼太郎」が放映され、またその年の10月からはアニメ第3シリーズがスタート、玩具メーカーや出版社とのタイアップ、原作の現代風アレンジなどで、本シリーズは大人気を博した。結果、同時期に再び週刊少年マガジンで新作(俗に『新編ゲゲゲの鬼太郎』と呼ばれる)を、終了後は掲載誌を移動し月刊少年マガジンで『ゲゲゲの鬼太郎 地獄編』が連載された。また水木自身の筆ではないがコミックボンボンにて『最新版ゲゲゲの鬼太郎』(以下『最新版』と略)が水木プロの作画により連載された(『最新版』の単行本は当時に第20話までを収録した4巻まで出たが、以降の4話分が収録されず、また再版もされず未だ商用単行本としては未完)。またこの頃には新レギュラーとして"シーサー"が登場する。アニメ版が長期化したことから、掲載されたばかりの新作も逐一アニメ化されていき、シーサーもアニメレギュラーキャラクターとして取り上げられた。

アニメ終了後、1990年からはコミックボンボンで『鬼太郎国取り物語』が連載スタート。勧善懲悪のわかりやすいストーリーながら、当時のバブル時代の社会風刺を上手くからめた作品として、ファンからも評価の高いシリーズとなった。また連載中に本作を元にした4度目のアニメ化の話が持ち上がったが実現せず、4期アニメは子どもたちの間に学校の怪談ブームが起こった1996年開始となった。

1996年、ビッグゴールド誌において、久々に『鬼太郎霊団』第一話が掲載される。鬼太郎たちはこの世のバランスを司る調停者であるという、新解釈シリーズの予定だったが、キャラクター版権の都合で一回で休止。第二話は翌年漫画サンデーに掲載され、これが現状最後の水木による鬼太郎漫画作品となる。

現在は連載作品としては休止状態にあるが、各種イベントなどのために作者(及び水木プロ)がイラストなどを描き下ろすことが稀にある。

水木本人は現在、復刊された文庫版「墓場の鬼太郎」の帯に「かびくさいマンガです…」と、やや自嘲的なことばを寄せている。

[編集] 派生漫画作品

2004年には「コミックボンボン」でほしの竜一作画による「ゲゲゲの鬼太郎R 妖怪千物語」が連載され、連載終了後から2007年に第5期アニメ化に際して「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪千物語」と題し設定を若干変更して再び連載されている(なお、第5期アニメのキャラクターデザインやストーリー構成に影響した点も見られる)。一時期Rとしてのボンボン連載時での鬼太郎の表紙絵の髪の色が銀髪になっていた事がある。恐らくコナミでの原作鬼太郎の色に合わせて銀髪に変えられたと思われる。その後はアニメ化に合わせた形で表紙では茶髪になっている。なおボンボン休刊のため現在ほしの版はテレビマガジン(増刊など)で連載している。

[編集] 登場人物

ゲゲゲの鬼太郎の登場人物」を参照

[編集] 映像化作品

本作は過去から現在に至るまで定期的に映像化されているが、テレビ番組と して製作された作品は一貫してフジテレビで放映されており、フジテレビと東映が製作している。2007年4月には松竹によって初めての劇場版実写映画化が成され、全国ロードショーされた(後述)。

2008年1月からは『ゲゲゲ~』の原形的作品である『墓場鬼太郎』がアニメ化され、フジテレビ系深夜アニメ枠「ノイタミナ」にて放送開始されている。(詳細は別項を参照)

[編集] テレビドラマ

月曜ドラマランド ゲゲゲの鬼太郎

1985年8月5日19時30分~20時54分フジテレビ系放映。

ラスボスとしてのぬらりひょんやヒロインの登場などテレビアニメ3作目以降の要素を最初に盛り込んだ作品である、また原作に先駆けて砂かけ婆が砂太鼓を使う(劇中で説明がなく唐突だった為原作での登場まで詳細不明であったのだが)。ボスのぬらりひょんは人間変身時は女性という設定で、「ボンデージ姿の夏樹陽子VS鬼太郎」という奇妙な戦いが前座的に繰り広げられた。その後の霊界での戦いは東映が製作に関わっている故か、採石場で戦ったり、鬼太郎が光の玉となって飛び回る等(着地のポーズも込みで)、宇宙刑事シリーズの様であった。

長らく市販ソフト化されず“幻の作品”化していたが2007年8月3日にDVD化。22年越しの初ソフト化となった。

[編集] キャスト

[編集] スタッフ

[編集] ビデオ映画

『妖怪奇伝ゲゲゲの鬼太郎 魔笛エロイムエッサイム』

1987年ビデオ発売。『悪魔くん』との映像における共演が実現。

元々、東映の吉川進プロデューサーにより、『TVオバケてれもんじゃ』の後番組として鬼太郎の実写のテレビシリーズが企画され、山崎晴哉をメインライターに実現を図っていたが、アニメ化を主張し続けるフジテレビの反対により、テレビシリーズは頓挫し、月曜ドラマランドで3作製作する予定へ変更され、結局テレビシリーズとしてはフジの意向通りにアニメ3作目が放映開始されたため、それと平行する形で最終的にこの作品に結実する。

月曜ドラマランド版同様、DVDが2007年8月3日に発売された。

[編集] キャスト

[編集] スタッフ

[編集] 実写映画版(松竹

『ゲゲゲの鬼太郎』

ゲゲゲの鬼太郎 (実写映画)」を参照

[編集] ラジオドラマ

1970年代にニッポン放送系で放送された連続ドラマ。

[編集] ラジオドラマ版キャスト

[編集] ゲーム

[編集] パチンコ・パチスロ

[編集] パチンコ

  • CRゲゲゲの鬼太郎(2000年、藤商事
  • CRおいっ鬼太郎(2003年、藤商事)
  • CRゲゲゲの鬼太郎3(2006年、藤商事)

[編集] パチスロ

[編集] 小ネタ

[編集] 境港市関連

水木しげるロード
水木の故郷である鳥取県境港市の境港駅を出て東側に延びる商店街には「水木しげるロード」がある。ロードに沿って妖怪オブジェが並び、水木ロード郵便局(既存局を改称)もある。境港市の七つの郵便局で「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターが入った風景印を押印することもできる。設置されていた86体の妖怪を100体にするために1体100万円としてスポンサーを募集し、2006年には120体となった。水木しげるロードの最終地点には「水木しげる記念館」も開設されている。
住民票
鳥取県境港市では、住民票等の用紙にゲゲゲの鬼太郎や仲間の妖怪のイラストを透かしで入れている。ちなみに、境港市以外の住民でも、住基ネットに接続している自治体に住民票を置いていれば、この用紙で住民票(正確には写しの交付)を取ることができる(有料。申請時に運転免許証などの公的証明書が必要)。
霊番ホーム
JR西日本境線の列車の一部には、鬼太郎たちがラッピングされている。また、境港線の始発駅である米子駅境港線ホームは0番線だが、それをもじって「霊番ホーム」と表記されていた。しかし、2005年4月25日に発生したJR福知山線脱線事故を受けて、「多くの死傷者が出たのに『霊』の字は好ましくなく、事故関係者の心情に配慮する必要がある」との判断で同年5月に自主的に撤去された。JR西日本では当初、鳥取県や沿線自治体と共同で境線各駅に妖怪名の愛称をつけたり、妖怪にちなんだ装飾を駅に施す「妖怪路線化」事業を計画していたが、これについても「霊番ホーム」と同様の理由で当初予定していた2005年7月15日から11月3日に延期した。
鬼太郎バス
日本交通の高速バス(米子-大阪、京都、広島)・貸切バス、境港市のコミュニティバスはまるーぷバスで鬼太郎バスが運行されている。(同じく鬼太郎バスを称する調布市のコミュニティバスも存在する。下記参照)
鬼太郎タクシー
わかとり交通(鳥取県境港市)で鬼太郎タクシーが運行されている。
鬼太郎フェリー
隠岐汽船(境港・七類-隠岐諸島)で鬼太郎フェリーが運航されている。
鬼太郎像
2006年7月13日鳥取県境港市にある「大漁市場なかうら」で左手にズワイガニを抱え、右手を振っている日本一巨大な7.7メートル、90トンの鬼太郎像が完成する。
ガイナーレ鳥取
Jリーグ入りを目指しているJFLのサッカークラブ。鬼太郎とぬりかべがマスコットキャラクターになっている。サブキャラクターからぬりかべが採用されたのは、サッカーのゴールキーパーのイメージに合っているからとのこと。
ゲゲゲの鬼太郎カード
鬼太郎飛行機
鬼太郎が描かれたYS-11
2008年に境港市に所在する航空自衛隊美保基地が開庁50周年を迎えて、同基地に所属するC-1輸送機YS-11輸送機T-400練習機に一反木綿に乗った鬼太郎が描かれた。

[編集] その他諸々

  • 社会風刺や哲学思想の濃い大人向けの漫画であり、最初に『週刊少年マガジン』に掲載された時には、当時勧善懲悪の少年漫画や児童漫画が主流だったため連載開始数話で打ち切りが決定するが、大学生からの「鬼太郎のおかげで漫画を卒業せずにすみました。」という手紙で免れたという逸話がある。
  • 観光バス飛行機の座席に備えてあるエチケット袋(吐寫物用の袋)を、俗に「鬼太郎袋」と呼ぶ(「ゲゲゲ」だけに。『ちびまる子ちゃん』から登場した語。正式な名称ではないので、「鬼太郎袋」といっても通じないこともある)。
  • 東京地下鉄千代田線の主力車輌である6000系は、デビュー時は珍しい左右非対称の前面デザインを採用し、それが片目の様に見えることから「ゲゲゲの鬼太郎」という愛称が付けられたことがある(但し、現在は鉄道ファン相手でも通じない場合が多い)。
  • 愛・地球博会場内に「水木しげるのゲゲゲの森」という店舗が出展された。
  • 鬼太郎ヘアーが確立。髪を伸ばして思いっきりアシンメトリー(非対称)に分ける髪型のことを指す。当初『鬼太郎バング』と名付けられたが、『鬼太郎ボブ』と言う髪型もある。これは、ウェーブやカールなどでふわふわしたイメージの鬼太郎バンク(ボブ)のことを指す。また、寝癖などで髪の毛が立っていると、妖怪アンテナが立っているといわれる。
  • 作中で度々登場するメガネの男は作者が世話になったという桜井昌一がモデル。大抵は大人だが子供で登場するときもある。河本準一次長課長)は彼のモノマネを得意芸としている。
  • 1998年に放送されたスズキコマーシャルではきたろうが本作の主題歌『ゲゲゲの鬼太郎』の替え歌を歌っていた。
  • 江戸東京たてもの園内にはパンフレットに載っていない鬼太郎の家がある。
  • 2006年8月11日の25時-27時にニッポン放送にてゲゲゲの鬼太郎のオールナイトニッポンが放送された。
  • ミュージシャンの桑田佳祐は、いずみたく作曲のアニメ版オープニング曲を最高の名曲と絶賛しており、渋谷ハチ公前でゲリラライブを行った時、一番初めにこの曲を弾き語りした。
  • たけし軍団ダンカンビートたけしから名前を命名してもらう時に、不清潔だったことから「ねずみ男」か「ふんころがし」にしろと言われ、「ふんころがし」を選び、一時そう呼ばれていた。
  • バンド・人間椅子のベーシスト鈴木研一は、ねずみ男の衣装で演奏を行っていたことで知られている。
  • 水木しげるのゆかりの地、東京都調布市のコミュニティバス調布市ミニバスには「鬼太郎バス」の愛称がつけられ、鬼太郎と鬼太郎ファミリーのイラストでラッピングされている。仙川駅発着の鬼太郎バスは外装だけでなく、料金箱にも目玉オヤジのステッカーが貼られている。(仙川発着系統は一般車輌で代走の場合あり。)
  • FC東京のホームゲームで、『ゲゲゲの鬼太郎』とコラボしたイベント「ゲゲゲの鬼太郎Day」が年一回行われている。

[編集] 書籍情報

現在、絶版となっていないものに関して表記。

角川文庫発行分
貸本時代の作品を目次や表紙も含めて再編集し復刻したもの。
週刊実話掲載作品、ポプラ社の雪姫ちゃんシリーズ、80年代マガジン版の作品を抜粋して収録。五行思想に基づき順に土、金、水、木、火とテーマ分けされている。
過去にポプラ社より全5巻が発売されたものの、長らく品切れ状態にあった90年代コミックボンボン連載作品。
1974年、学習研究社より「学研劇画文庫・日本の妖異」シリーズとして企画・刊行された描き下し作品。脚色は企画を担当した宮田雪
映画版のノベライゼーション(原案:水木しげる/著:沢村光彦)
映画版のノベライゼーション(原案:水木しげる/著:沢村光彦)
講談社発行分
少年マガジン初連載時のシリーズを、誌面からの復刻により雑誌掲載時のまま収録したもの(これまでの単行本では数話連続する物語の繋ぎの部分や広告の入った頁などが描き直されていた)。当時の特集記事なども巻頭にカラーで再録。
5期アニメ開始にあわせて、掲載紙であったコミックボンボンのレーベルより初刊行。
水木プロ協力、ほしの竜一による漫画作品。
原作者自身による小説版。1985年に発行された講談社X文庫版(全3巻)の復刻。
中央公論新社発行分
改稿版「鬼太郎の誕生」、ガロ版「鬼太郎夜話」、マガジン版単行本仕様、サンデー版、少年アクション連載の「おばけ旅行」など収録。
現在、第1期・9巻まで発売。中央公論社愛蔵版より初期マガジン版を除いたもの。
ちくま文庫発行分
初期マガジン版の単行本仕様、サンデー版を中心に収録。
ガロ版「鬼太郎夜話」収録。
「お化け旅行」収録。
様々な未収録劇画集。鬼太郎作品は、これまで単行本未収録だった『週刊実話』掲載「幽霊家主」、現時点最後の水木執筆鬼太郎作品「阿部奉連想」「セクハラ妖怪いやみ」を収録。
文藝春秋発行分
  • 鬼太郎のベトナム戦記 水木しげる特選怪異譚2 2000年3月25日発行 ISBN 9784160999220
「ベトナム戦記」、「鬼太郎対悪魔くん」、「妖怪ロッキード」、「蓮華王国」収録。
この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 参考資料

  • 長井勝一『「ガロ」編集長 -私の戦後マンガ出版史』(1982年筑摩書房)
  • 水木しげる『コミック昭和史 第7巻 講和から復興』(1994年講談社)
  • 足立倫行『妖怪と歩く 評伝・水木しげる』(1994年、文藝春秋)
  • 大下英治『日本ヒーローは世界を制す』(1995年角川書店) - 東映テレビ部の渡辺亮徳に取材したノンフィクション。
  • 辻真先『TVアニメ青春記』(1996年実業之日本社) - アニメ版のシナリオライター
  • 『マンガ地獄変』(1996年、水声社) - 竹内寛行版の『墓場鬼太郎』の全話紹介。
  • 『妖怪まんだら 水木しげるの世界』(1997年世界文化社)
  • 大泉実成『消えたマンガ家3』(1997年、太田出版) - 竹内寛行の取材。
  • 『ゲゲゲの鬼太郎解体新書 -水木しげるvs.京極夏彦』(1998年、講談社)
  • 内田勝『「奇」の発想 -みんな『少年マガジン』が教えてくれた』(1998年、三五館) - 「週刊少年マガジン」編集長の回想録。
  • 水木しげる『ほんまにオレはアホやろか』(2002年新潮社)
  • 江下雅之『マンガ古書マニア -漫画お宝コレクション1956-2002』(2002年、インターメディア出版)
  • 串間努『少年ブーム -昭和レトロの流行もの』(2003年晶文社) - 怪獣ブームから妖怪ブームの流れ。
  • 水木しげる『鬼太郎大百科』(2004年小学館) - 1980年同社刊『鬼太郎なんでも入門』の改題。
  • 竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』(2006年、講談社) - 紙芝居のハカバキタロー。
  • 貸本マンガ史研究会『貸本マンガRETURNS』(2006年、ポプラ社)

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月10日 (木) 09:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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