コミネオートセンター

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株式会社コミネオートセンター
Komine Auto Center Co.,Ltd.
種類 株式会社
略称 コミネ[1]
本社所在地 〒125-0051
東京都葛飾区新宿4-10-15
設立 1957年9月19日
業種 その他製品
外部リンク http://www.komine.ac/
  

株式会社コミネオートセンターは、東京都葛飾区に本社を置く、レーシングスーツなどのライディングギアを製造する企業で[2]、略称は「コミネ」である[1]。コミネは1950年代にはバイクの製造も行っていた[3]。また、レーシングライダーのスポンサーになもなり、根本健はコミネ製のライディングギヤ[4]を身に付けて、全日本ロードレース選手権1973年シニアクラス・チャンピオンとなった[5]

目次

[編集] ライディングギア

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[編集] コミネ製バイク

コミネは1950年代バイクの製造も行っていた。当時のコミネ本社は東京都台東区御徒町に、工場は東京都墨田区吾妻町にあり、社名は「小峰バイク工業(株)」、のちに「小峰自動車工業(株)」となる[3]

主なバイク[6]

[編集] 沿革

(本節「沿革」の参考文献:コミネオートセンター・ウェブサイト[2]、『日本モーターサイクル史』p23 - p58) バイク好きの小峰新助が1947年昭和22年)に東京都台東区で自転車とタイヤの卸売業を創業する。

1950年代初頭にはホンダ藤沢武夫(専務)からカブF[7]の販売総代理店を委任される。その後、ホンダが独自の販売網を確立したため総代理店の位置付けから規模縮小の申し出を受け、これを機にコミネはホンダとの関係を絶つ。1953年昭和28年)に社名を「小峰バイク工業(株)」に変更し、コミネ製初のバイクであるジャイアントを発売する。1950年代はバイクメーカーが日本に無数に存在する時代であったが、中小メーカーはホンダなどの大手メーカーに太刀打ちできず、その後多くのメーカーがバイク製造から撤退・廃業していった。コミネもバイク製造から撤退し、バイク用品の製造へと事業転換する。

1967年昭和42年)にはコミネ製ヘルメットがバイク用ヘルメット規格としては世界で最も厳格な基準を採用するスネル財団の規格スネル68に合格する。1980年代の日本はバイクブームが起き、ライダーの急増に対応してチェーン店数を増やして25店に達っする。しかしバブル景気崩壊後にライダー数の激減に伴い売上げも激減したために経営改革の一環としてチェーン店を全店閉鎖し、バイク用品の製造・卸売に専業することにして販売網の展開を図り、現在はドイツ東南アジア諸国、韓国香港にもコミネ用品取扱店がある[8]

[編集] 年表

  • 1947年4月:小峰商会創業。
  • 1953年:小峰バイク工業株式会社に改組。
  • 1957年:小峰自動車工業株式会社に改称。
  • 1961年:株式会社コミネオートセンターに改称。
  • 1967年:コミネ製ヘルメットがスネル財団(アメリカ)の規格「スネル68」に合格。
  • 1980年代 - 1990年代初頭:コミネ・チェーン店が25店に達する。
  • バブル景気崩壊後:チェーン店を全店閉店し、バイク用品の製造・卸売を専業とする。

[編集] 参考文献

[編集] 脚注

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  1. ^ コミネオートセンター / 企業理念、閲覧日 2009年11月23日(月)、より。
  2. ^ コミネオートセンター / 沿革、閲覧日 2009年11月23日(月)、より。
  3. ^ 日本モーターサイクル史』(p107)より。
  4. ^ ヘルメットレーシングスーツグローブブーツ --『グランプリを走りたい』(p91)より。
  5. ^グランプリを走りたい』(p91)より。
  6. ^日本モーターサイクル史』(p153)より。
  7. ^ 主な仕様 - 空冷2ストローク単気筒50ccエンジン出力 1.3ps/3,600rpm、トルク 0.2kgm/3,000rpm、最高速度 35km/h、ペダル始動 --『日本モーターサイクル史』(p140)より。
  8. ^ コミネオートセンター / 取扱店舗、閲覧日 2009年11月24日(火)、より。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年12月5日 (土) 08:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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