ゴダイヴァ夫人
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ゴダイヴァ夫人(Lady Godiva、990年頃 - 1067年9月10日?)は11世紀イギリスの女性。マーシア伯レオフリックの夫人で、自身も後に領主となった。夫レオフリックの圧政を諌めるためコヴェントリーの街を裸で行進をしたという伝説が残っている。
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[編集] 伝説
イングランドに伝わる伝説によると、夫レオフリックの圧政に苦しむコヴェントリーの領民を哀れみ、彼女はことあるごとに夫を諌めたという。美しい妻の度重なる要請にうんざりしたレオフリックは、彼女を諦めさせるため、「裸で馬に乗り城下を巡回するのであれば言い分を認めよう」と応えた。しかし夫の思惑に反し、彼女は「当日は外出せず戸や窓を閉めよ」とする布告を発した上で、本当に裸身で馬に乗り城下を練り歩いた。
領民たちは彼女を支持し、布告の通り屋内に引き籠った。しかし、ひとり仕立て屋のトムという男がこっそり夫人の裸身を覗き見たために、神罰を受けて失明した(ピーピング・トム)。レオフリックは彼女との約束を守り苛政を改めたといわれる。
なお、この伝説にはいくつかの類型が存在し、それぞれで多少ことなった内容になっている。13世紀頃の最も古いものでは、裸で騎乗した彼女はコヴェントリーの市場の端から端までを走り抜け、その間人々の注目を集めたとしており、さらに言えば「ピーピング・トム」の逸話が盛り込まれたのは17世紀に下ってからである。また、「裸で」という言葉の解釈にも諸説あり、「長い髮が効果的に体を隠していた」「下着のようなものは身に着けていた」「貴族の象徴である装飾や宝石類を外した格好だったことを『裸で』と言い表した」など複数の説がある。ただし、彼女の時代の"naked"という語は「いかなる衣服も身につけず」という文字通りの意味であり、それ以上の比喩的な使い方があったわけではなく、後付がましい解釈である感も否めない。また、領民のためではなく、自らの懺悔のために行ったという説もある。
[編集] 史実
マーシア伯レオフリック(968年-1057年)の妻。名前の綴りは一定しない。アングロサクソン名はGodgifuまたはGodgyfuであり、これは「神の賜物」を意味する。Godivaはラテン風の綴りである。12世紀末にまとめられたイーリー(Ely)の年代記 Liber Eliensis に現れる同名の人物と同一人物であるとすれば、ゴダイヴァはレオフリックと結婚する前は未亡人であったことになる。
レオフリックもゴダイヴァも共に信仰活動に熱心で、Roger of Wendoverによって書かれた12世紀の記録によると、1043年にレオフリックがコヴェントリーにベネディクト会修道院を建立した陰には、ゴダイヴァの強い影響があったとされる[1] 。下って1050年代には、ウスターのセントメアリー修道院への土地の寄進状において、またリンカーンシャーのストウセントメアリーにおける教会堂の建立の記録においても、ゴダイヴァの名はレオフリックの名と連記されている[2][3] 。さらに夫妻の名前はレオミンスター、チェスター、マッチウェンロック、エヴェシャムの教会堂の後援者として記録されている[4]。
1057年にレオフリックと死別した後、未亡人としてノルマン・コンクエスト後まで生き延びた。ウィリアム1世による検地台帳「ドゥームズデイ・ブック」には、ノルマン人によるイングランド征服後もわずかながら残ったアングロサクソン人領主の一人として、また唯一の女性領主として記されている。ただし土地調査が行われた1086年には既にゴダイヴァは死去していたとする説もあり[5]、1066年から1086年の間に死去したとする説、1067年9月10日をゴダイヴァの命日とする説など、諸説ある[6]。また、ゴダイヴァの墓所についても、夫の隣に埋葬されたとする説、すでに現存しないエヴェシャムの教会に埋葬されたとする説など、諸説ある。
[編集] ピーピング・トム
ピーピング・トム(Peeping Tom)は英語の俗語で、覗き魔のこと。ゴダイヴァ夫人の裸身を覗き見た上記の男の名に由来する。日本語の同意の俗語「出歯亀」(でばがめ)に相当。
[編集] 関連情報
- 欧米では、増税反対のために街頭抗議デモを行う場合に、ゴダイヴァ夫人の故事にならい、スキンカラーのボディスーツをまとった女性が白馬にまたがり、ねり歩くパフォーマンスを行うことがある。
- SF作家ロバート・A・ハインラインは、「効果的なパフォーマンス」「印象的な出来事」の例として、ゴダイヴァ夫人の故事を頻繁に引用している。
- ベルギーのチョコレートメーカー「ゴディバ」の社名およびシンボルマークはゴダイヴァ夫人に由来する。
- 小惑星(3018)のゴダイヴァは、彼女に因んで命名された。
- ノースロップ・グラマンF-14トムキャット戦闘機の偵察機バージョン(偵察ポッドを搭載)は、ニックネームがピーピング・トムである。
[編集] 脚注
- ^ Anglo-Saxons.net, S 1226
- ^ Anglo-Saxons.net, S 1232
- ^ Anglo-Saxons.net, S 1478
- ^ The Chronicle of John of Worcester ed. and trans. R.R. Darlington, P. McGurk and J. Bray(Clarendon Press: Oxford 1995), pp.582-583
- ^ K.S.B.Keats-Rohan, Domesday People: A prosopography of persons occurring in English documents 1066-1166, vol.1: Domesday (Boydell Press: Woodbridge, Suffolk 1999), p.218
- ^ "A History of Penn and its People", Wolverhampton History & Heritage Society
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月23日 (日) 11:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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