ゴールデン洋画劇場

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ゴールデン洋画劇場
ジャンル 映画番組
放送国 日本
制作局 フジテレビ
出演者 #概要参照
ゴールデン洋画劇場(金曜日)
放送時間 金曜日21:00-22:54
放送期間 1971年4月2日-1981年3月27日
オープニング ゴールデン洋画劇場テーマ
ゴールデン洋画劇場(土曜日)
放送時間 土曜日21:00-22:54
放送期間 1981年4月4日- 2001年9月29日
オープニング ゴールデン洋画劇場テーマ
ゴールデンシアター
放送時間 土曜日21:00-22:54
放送期間 2001年10月6日- 2003年9月27日

特記事項:
作品によっては放送開始・終了時間が異なる場合があった。


ゴールデン洋画劇場(ゴールデンようがげきじょう)は、かつてフジテレビ系列で放映されていた映画単発特別番組枠2001年10月6日放送分より「ゴールデンシアター」としてリニューアルした。

目次

[編集] 概要

放映開始は1971年4月2日で、基本放送枠は金曜日21:00(以下全て日本時間)から22:54だったが(1981年3月27日まで)、1981年4月4日からは土曜日に移動された(放送時間は金曜日時代と同様。また、1995年10月 - 1996年9月の間フライングスタートで20:59開始の頃もあった)。

当初は、放送作家タレント前田武彦が映画解説者として1971年4月23日放送分より起用されたが、1973年6月に同局の看板番組だった「夜のヒットスタジオ」放送内でいわゆる「共産党バンザイ発言」事件を起こした責任を取り、止むなく同月22日放送分をもって降板、その後暫くは毎回ゲストが交替で解説を担当。同年10月5日放送分より俳優・タレントの高島忠夫が2代目の解説者として起用され、約25年間にわたり同番組の顔として登場していたが、1998年夏に重度のうつ病を冒し療養に専念するため同年7月25日放送分をもって急遽番組を一時降板、一時期は解説がいなくなっていた。その後、ホンジャマカのメンバーでタレント・司会者の恵俊彰を起用し、高島忠夫が復帰するまで解説者として務めた。1999年7月、解説に復帰したが、2001年9月にうつ病が再発し正式に降板、そして10月にリニューアルを迎えた。ただし、後述の解説なしの例外として「シベリア超特急」が放送された際は水野晴郎が、2001年1月13日の「インデペンデンス・デイ」が放送された際にお笑いコンビ極楽とんぼと、「ラヂオの時間」(1999年頃放送)が放送された際に三谷幸喜監督が解説を担当したことがあった。その後、後述の「ゴールデンシアター」では関根勤も一度解説を勤めている。

番組のタイトルどおり映画専門の番組ではあるが、2000年11月25日に特別企画として「中国からの贈りもの 若者たち 私たちの留学生活 - 日本での日々〜」といったドキュメンタリー番組が放送されたこともあった。

この番組の系譜は、その後2001年10月6日から2003年9月27日までの2年間「ゴールデンシアター」として放送された後、現在の「プレミアムステージ(現・土曜プレミアム)」へと受け継がれているが、こちらでは解説者は設けていない。また新番組では映画以外の作品を特別企画として放送することがあるほか、大作の場合には20:00頃から開始して、20:00頃のバラエティ番組を休止することもある。

[編集] タレント吹き替え

1970年代までは、今につながるジャッキー・チェン石丸博也や他局が吹替にタレントを起用する中、プロの声優人で良質な吹替えを制作していたが、土曜に移行し他局のサスペンス劇場やドラマ等で平均視聴率的に苦戦しだした1981年頃から、フジテレビでは話題性を集めるためプロの声優ではなくタレントを起用するいわゆる「芸能人吹き替え」も数多く製作した。これは洋画の放映権料が高額のため、タイアップを取るなどして予算を確保するための苦肉の策でもあった。

例として織田裕二三宅裕司を起用した「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や妻夫木聡竹内結子を起用した「タイタニック」などが挙げられる。中には野際陽子の「エイリアン」、下條アトムエディ・マーフィー宮川一朗太マイケル・J・フォックス等の成功例もあったが、一方で散々な出来のものも多く、視聴者からの抗議も多かった。特に「タイタニック」ではあまりの苦情の多さに、フジの公式ページの掲示板がダウンし、担当した2人の競演するドラマの製作現場でもその話題は禁句とされるほどであったという。

[編集] タレント吹替の主な作品

よく間違えられる「プリティ・ウーマン」の石田純一浅野ゆう子版はフジ制作ではなくTBS制作で同局の「長男の嫁」の番宣吹替である。間違えられる理由はこの2人がよくフジドラマに出ていたためと思われる。ちなみに同作のフジ制作版は、地上波初放送のあおい輝彦版である。

[編集] タレント解説

高島忠夫が病気療養のため降板していた時期の主な解説者(※ゴールデンシアター期を含む)

[編集] 放映ネット局

[編集] 補足

  1. ^ 当時フジテレビとの同時ネット枠だった土曜9時台に移行したのを機に同時ネット開始。
  2. ^ キー局ネットが土曜日に移行後もそのまま金曜21:00より放映(6日遅れの時差放送。当時、裏番組の『土曜ワイド劇場』をテレビ朝日から同時ネットしていたため)。その後打ち切り→「土曜ロードショー」として土曜深夜に異時ネット。1993年10月大分朝日放送開局に伴うテレ朝枠移行によりネット再開。

[編集] オープニング

  • 1971年4月 - 1981年3月:初代(クリント・イーストウッドら海外の映画スターのブロマイドのコラージュを表示するアニメーション→タイトルロゴ表示)オープニング・アニメーション・フィルム制作=グループ・ダート、作曲・高沢智昌「ゴールデン洋画劇場テーマ」
    • タイトルの上段(※ゴールデンの"ゴ"が強調されたスタイル)と下段(※小さく洋画劇場)に挟まれた輝きは小さく直後にアニメで浮き上がるスタイルが使用された。
  • 1981年4月 - 1996年3月:2代目(城→鳩→戦車→姫→馬→刑事→宇宙船→踊り→初恋→海→タイトルロゴ表示)監督・和田誠、作曲・八木正生「ゴールデン洋画劇場のテーマ」
    • タイトルに挟まれた輝きは大きくアニメに入らずフェイド・アウトしていた。
  • 1996年4月 - 1997年3月:3代目(男女がワインを飲み、そのワイングラスに宇宙とタイトルロゴが浮かび上がるアニメーション)年代不明作曲 立原摂子「YESTERDAY S DREAM(『ゴールデン洋画劇場』タイトルテーマ)」
    • タイトルに挟まれた輝きは廃止。かわりにアニメで浮き上がるものが採用された。
  • 1997年4月 - 2001年9月:4代目(2代目を模した作り。ハートマークの緞帳が上がり、ビルの上にヘリコプターが飛ぶ。→舞踏会→炎の中を歩くロボット→墓場→骸骨が出る。→2人の恋人が歩く。→夕陽のガンマン風のシーン→星空→タイトルロゴ表示)佐山雅弘「『ゴールデン洋画劇場』テーマ」
    • 3代目と同じである。

[編集] 備考

  • 「洋画劇場」ということで、放送される映画は原則として洋画というスタンスだった。そのため邦画を放送するときは「特別企画」という言葉が付け加えられていた。
  • 放送開始からしばらくはエンディングで映画雑誌スクリーンロードショーの最新号プレゼントの告知がされていた。
  • 前田武彦が初代解説者であると謳っているが、フジテレビサイドでは初代からずっと高島忠夫が解説をしていたという都市伝説があるらしい。
  • 1980年代中頃迄、1クールごとに同番組の放送予定リストとその作品の解説が載っているパンフレットを視聴者プレゼントとして発行していた。
  • 当時、番組スポンサーだったNECのパソコン、PC-6601SRの広告に当番組のオープニングシーンがディスプレイの画面に出ていた。
  • カルトQという深夜で人気を博したクイズ番組に「2代目のゴールデン洋画劇場のオープニングの戦車の番号は?」という本当にマニアックなクイズが出たことがある。

[編集] 予告ナレーション

[編集] 常連作品

[編集] 洋画

[編集] 邦画

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月21日 (土) 04:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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