サウスダコタ州
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- サウスダコタ州
- State of South Dakota
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(州旗) (州章) - 州の愛称: ラシュモア山の州
The Mount Rushmore State -
州都 ピア 最大の都市 スーフォールズ 州知事 マイク・ラウズ 公用語 英語 面積
- 総計
- 陸地
- 水域全米第17位
199,730 km²
196,541 km²
3,191 km² (1.6%)人口(2003年)
- 総計
- 人口密度全米第46位
764,309人
3.83人/km²合衆国加入
- 順番
- 加入年月日
40番目
1889年11月2日時間帯 UTC -6, -7
DST -5, -6緯度 北緯42°29' - 45°56' 経度 西経98°28' - 104°3' 東西の幅 340 km 南北の長さ 610 km 標高
-最高標高
-平均標高
-最低標高
2,207 m
670 m
294 m略称 (ISO 3166-2:US) US-SD ウェブサイト サウスダコタ州政府
サウスダコタ州(South Dakota SD)は、米国の中北部にある州。グレートプレーンズ(大平原)に属し、州の北はノースダコタ州に、東側はミネソタ州とアイオワ州に、西側はモンタナ州とワイオミング州に、南側はネブラスカ州に接している。州の中央にはミズーリ川が南北に流れている。
州都はピア市。最大の都市は、ミネソタ州、アイオワ州との州境に近いスーフォールズ市。
バッドランズ国立公園や、4人の大統領の顔のモニュメントで有名なラシュモア山国立記念公園など、観光資源が豊富な州。他にも、クレイジー・ホース記念碑、ウィンドケーブ国立公園、ジュエルケーブ国定記念物、カスター州立公園などが、訪れる人の多い観光地。ウォール・ドラッグストアなど、民間主導で運営されている観光地・名所も少なくない。
自然が豊富で多くの観光客が訪れる州という華やかな面がある一方、ゴールドラッシュ期にはインディアンと白人との激しい抗争が繰り返された州でもある。全米で最も経済的に貧しい州であり、現在でも、インディアン保留地(Reservation)の貧困は、サウスダコタ州が抱える大きな問題として残っている。
サウスダコタの名前は、インディアン部族のダコタ族(スー族)の言葉「ダコタ(仲間)」に由来する。
目次 |
[編集] 歴史
詳細は「サウスダコタ州の歴史」を参照
[編集] 地理
サウスダコタ州はノースダコタ州と北部、ネブラスカ州と南部、アイオワ州及びミネソタ州と東部、並びにワイオミング州及びモンタナ州と西部が接している。Frontier Stripの6州の1つである。
ミズーリ川はサウスダコタ州の中央部を通って流れている。ミズーリ川の東部は氷河で形作られた低い丘と湖である。肥沃な農場地域として使用されている。ミズーリ川の西部は深い渓谷と起伏して続く平原から成る地帯である。
サウスダコタ州は4つの主要な陸地地域:ドリフトプレーリー(Drift Prairie)、ディセクテッドヒル・プレーンズ(Dissected Till Plains)、グレートプレーンズ、及びブラックヒルズ(Black Hills)から成り立っている。
国立公園局(National Park Service)の管轄地域は以下が含まれる:
- バッドランズ国立公園
- Jewel Cave National Monument(カスター近郊)
- Lewis & Clark National Historic Trail
- Minuteman Missile National Historic Site(Southwestern)
- Missouri National Recreational River
- ラシュモア山国立記念公園(Keystone)
- ウインドケーブ国立公園(Hot Springs)
[編集] 人口動勢
| 人口推移 | ||
|---|---|---|
| 年 | 人口 | 変動率 |
| 1860年 | 4,837 | — |
| 1870年 | 11,776 | 143.5% |
| 1880年 | 98,268 | 734.5% |
| 1890年 | 348,600 | 254.7% |
| 1900年 | 401,570 | 15.2% |
| 1910年 | 583,888 | 45.4% |
| 1920年 | 636,547 | 9.0% |
| 1930年 | 692,849 | 8.8% |
| 1940年 | 642,961 | −7.2% |
| 1950年 | 652,740 | 1.5% |
| 1960年 | 680,514 | 4.3% |
| 1970年 | 665,507 | −2.2% |
| 1980年 | 690,768 | 3.8% |
| 1990年 | 696,004 | 0.8% |
| 2000年 | 754,844 | 8.5% |
サウスダコタ州の人口重心はGann Valleyがある、バッファロー郡となっている[1]。
アメリカ合衆国統計局によると、2005年現在、サウスダコタ州は前年より5,312人、または0.7%増加し、2000年より21,093人、または2.8%増加した、人口775,933人と概算された。これは19,199人(出生56,247人、死亡37,048人)と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者3,222人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は3,957人増加する事となり、合衆国内部の移住者は735人減少する事になる。
この州の人種的な構成は:
サウスダコタ州の5つの最大祖先グループは:ドイツ系(40.7%)、ノルウェー系(15.3%)、アイルランド系(10.4%)、インディアン(8.3%)、イギリス系(7.1%)である。
サウスダコタ州の人口の6.8%は5歳以下、18歳以下26.8%と報告され14.3%は65歳以上である。女性はおおよそ人口の50.4%を占めている。
[編集] 宗教
サウスダコタ州の住民の宗教的関係は:
- キリスト教 – 91%
- 他の宗教 – 1%
- 無宗教 – 8%
[編集] インディアン部族
もともとこの地は、「グレート・スー・ネイション(偉大なスーの国)」として、西部で最大最強の略奪狩猟民族、スー族(ダコタ族、ナコタ族、ラコタ族)の領土である。現在も、同地で保留地(Reservation)を領有するインディアン部族はスー族のみである。
19世紀後半、この州でもインディアンと入植者の土地を巡る争いは苛烈を極め、アメリカ合衆国は「悪いインディアンのスー族」の制圧をフロンティアの最後の主題と位置づけた。米軍のウィリアム・テクムセ・シャーマン将軍は、「野蛮人のスー族は、年齢や男や女、子供の区別なく、一人残らず殺すべきならず者だ」として、徹底した掃討戦を行った。
アメリカ合衆国政府はスー族を保留地に囲い込むために、国策として専門の漁師を西部に送り込み、スー族や平原インディアンが「兄弟」と崇め、彼らが命の糧とするバッファローの絶滅政策を採った。大陸横断鉄道の建設が大平原に始まるとバッファローの生態的移動経路が変えられ、さらに鉄道が完成すると、白人たちは車窓から手当たり次第にバッファローを射殺した。こうして平原のインディアンはますます飢えた。
バッファローの組織的な駆逐虐殺によって、19世紀初頭に数千万頭いたバッファローは1890年にはわずか750頭になっていたのである。こうして食の道を断たれた完全狩猟民のスー族は、保留地でアメリカ政府の配給する食料に頼る生活を受け入れざるを得なくなった。突然狩猟文化を破壊され、農耕文化を強要されたスー族の社会は完全に崩壊した。そもそも同州の土地は農耕に不向きなため、現在でも彼らの保留地には産業といったものはほとんどない。
1968年にミネソタ州のオジブワ族が組織した、スラム育ちの若者たちによる「アメリカインディアン運動(AIM)」は、1970年代にアメリカ合衆国のインディアンに対する民族浄化政策に全米規模で反旗を翻した最大級の組織である。スー族は、このAIMに結成直後から参加共闘することとなった。AIM運動家でスポークスマンのラッセル・ミーンズ(Russell Means)は、AIM以前からのスー族権利回復運動の代表的なラコタ族インディアンとして知られる。また、合衆国によるキリスト教化に抗った伝統派の宗教者が多く、レイムディアーやマシュー・キング、ヘンリー・クロウドッグといったスー族の長老宗教者たちは「インディアン寄宿学校」で伝統文化を奪われたAIMの若者たちに請われてインディアンの伝統儀式の指導を行い、1970年代の権利回復運動のなかの精神的支柱となると同時に、全米のインディアン部族の伝統宗教復活に尽力した。
オグララ・スー族は1973年の「ウンデッド・ニー占拠」の際に、また2007年にはラコタ・スー族が「ラコタ共和国」の独立国家宣言を行っている。
ヤンクトン・スー族は、米国陸軍工兵隊((USACE)が保養地域として占領している二つの土地の、部族への返還を求めている。工兵隊は2005年、この土地の所有権をサウスダコタ州に譲渡した。これに反対するヤンクトン・スー族は「アメリカインディアンの墓地の保護と遺物の返還法(NAGPRA)」に基づき、所有権譲渡無効を訴え、異議申し立てを行っている。2005年9月30日、連邦地方裁判所は、「この土地に関してスー族に実害は無く、連邦政府にはNAPRAに基づく義務は生じない」と判定、スー族の訴えを却下した。
以下は同州でアメリカ連邦政府から公認されているスー族の保留地と部族会議、所属部族である。
≪ダコタ族≫
- 「フランドリュー・インディアン保留地」
- 「フランドリュー・サンテ・スー部族会議」
- 「ムデワカントン族」
- 「ワーペクテ族」
- 「ワーペトン族」
- 「トラバース湖インディアン保留地」
- 「シセトン=ワペトン・スー部族会議(シセトン=ワペトン・オヤテ)」
- 「シセトン族」
- 「ワーペトン族」
- 「スタンディングロック・インディアン保留地」
- 「スタンディングロック・スー部族会議」
- 「上ヤンクトネイ族」
- 「ハンクパパ族」
≪ダコタ・ナコタ族≫
- 「クロウ・クリーク・インディアン保留地」
- 「クロウ・クリーク・スー部族会議」
- 「下ヤンクトネイ族」
- 「ヤンクトン・スー・インディアン保留地」
- 「ヤンクトン・スー・事務と請求部族委員会」
- 「ヤンクトン族」
≪ラコタ族≫
- 「ローズバッド・インディアン保留地」
- 「ローズバッド・スー部族会議(シチャング・オヤテ)」
- 「シチャング族」
- 「オグララ族」
- 「下ブルーレ・インディアン保留地」
- 「下ブルーレ・スー部族会議」
- 「シチャング族」
- 「オグララ・スー部族会議」
- 「シャイアン川インディアン保留地」
- 「シャイアン川・スー部族会議」
- 「ミネコンジュー族」
- 「シハサパ族(ブラックフット族)」
- ※モンタナ州のブラックフット族(シクシカ族)とは関係ない
- 「オオヘヌンパ族(ツー・ケットル族)」
- 「イタジプチョ族(サンザーク族)」
- 「パインリッジ・インディアン保留地」
- 「オグララ・ラコタ族」
- 「オグララ族」
- 「シチャング族」
[編集] ララミー砦の条約と、「偉大なるスーの国」
同地のスー族は、アンドリュー・ジャクソン大統領の民族浄化政策である「インディアン移住法」による保留地への強制移住を最後まで拒絶した、アメリカ合衆国に対する19世紀西部のインディアン部族の最大反抗勢力だった。
西部に押し寄せる白人入植者の流れはもうだれにも止められず、カリフォルニア州の金の発見に伴う白人の幌馬車隊は、インディアンの保留地に入り込み、平原インディアンの命の糧であるバッファローを勝手に殺してインディアンの怒りを買うこととなった。
インディアン保留地では、内務省BIAの白人監督官のサボタージュ、横領詐取が飢餓を生み、インディアンの不満は限界点に達していた。ユリシーズ・グラントは対西部インディアンの「和平委員会」を結成した。宣教師を中心とし、穏健派も交戦派も参加したこの「和平委員会」は、1868年にワイオミング州ララミー砦で結ばれた「ララミー砦条約」で、スー族の聖地ブラックヒルズ(パハ・サパ)周辺の全域を白人の立ち入りが許されない「スー族固有の不可侵の領土である」と盟約した。この際の条約の文言は、以下のようなあいまいなものだった。
「ブラックヒルズ一帯は、太陽が光り輝き、草が生えている間は、スー族のものである」
この文言にはまた、「インディアンがそれを返したくなるまでは」という一文が書き添えられていた。このララミー砦条約は数年後に、対インディアン戦で悪名高かったカスター中佐がブラックヒルズで金鉱を発見すると、あっという間に破棄された。ブラックヒルズ近辺には白人が押し寄せ、「偉大なるスーの国」はたちまち白人入植者の圧力によって散り散りに分断されていった。スー族にとって「ララミー砦条約」を巡る法廷闘争は部族の主権に関わる、21世紀の今日に至っても係争中である譲れない重要事項である。
1970年8月29日、マドンナ・サンダーホ-ク、マーサ・ファーストホース、マクシーン・ボルドーらスー族の女性運動家が「ララミー条約」に基づく権利として「ラシュモア山」とブラックヒルズのスー族による所有権の再確認、また「ラシュモア山」から「クレイジー・ホース山」への改名を求め、同山で座り込み抗議を行った。
1971年6月6日には、再びスー族による占拠が決行され、オグララ・スー族AIMのリーマン・ブライトマンやラッセル・ミーンズ、またレイム・ディアーら長老宗教者、インディアンの老若男女が1か月以上に渡って野営生活を行った。彼らは州や連邦と局の妨害をかわして同山頂上にAIMとスー族の旗を掲げ、「ブラックヒルズ一帯はスー族の領土である」との宣言を行った。この「ラシュモア山占拠」は全米に中継報道され、報道陣の前で、ラッセル・ミーンズらAIMスー族はワシントンの頭に小便をかけてみせた。
1980年6月30日、連邦最高裁判所は半世紀にわたるスー族の訴えに対し、アメリカ政府による「ララミー砦条約」の違反と、「ラシュモア山」を含む「ブラックヒルズ」一帯の部族の占有権を認めた。しかし裁判所はこの土地の返還要求は却下し、1億ドルを超える賠償で応じる裁定を下した。スー族はこれを断固拒否している。
2009年8月29日、歴史的な「ラッシュモア山占拠」から39周年に当たるこの日、同山で再びインディアンによる大規模占拠が決行された。国連先住民会議の支援を受けたAIMや多数のインディアン団体による占拠隊は、オバマ大統領へのインディアンへの領土返還とスー族政治犯レナード・ペルティエの即時釈放を訴えた。
[編集] インディアン・カジノ
サウスダコタ州でのインディアン・カジノは、すべてスー族によって運営されている。営業実績は隣州ミネソタ州の「シャコペー・ムデワカントン・スー族」の「ミスティック湖畔カジノホテル」に大きく差をつけられており、「シャイアン川スー族」部族会議は現在、保留地外の州中央部のオアヘ湖畔での部族カジノ開業を計画している。
2008年7月、「シャイアン川スー族」が大きな期待を寄せるこの国境外部族カジノ計画についてサウスダコタのマイク・ラウンズ知事は「聞いていない」とコメントした。ラウンズ知事はインディアン部族による保留地外でのカジノ開設案に反対しており、先行きは不透明である。
- 「スタンディング・ロック・スー族」
- 「熊の兵士のビンゴ場」
- 「グランド川カジノ」
- 「シャイアン川スー族」
- 「CRSTビンゴ場」
- 「シセトン・スー族」
- 「ダコタ・コネクション・カジノ」
- 「シセトン・ワペトン・スー族」
- 「ダコタ・スー・カジノ」
- 「ダコタ魔法のカジノ」
- 「ヤンクトン・スー族」
- 「ランダル砦カジノ」
- 「シチャング・スー族」
- 「黄金のバッファロー・カジノ」
- 「クロウクリーク・スー族」
- 「北極星カジノ」
- 「パインリッジ・オグララ・スー族」
- 「子供たちの村のビンゴ場」
- 「平原の風のカジノ」
- 「ローズバッド・カジノ」
- 「フランドリュー・サンテ・スー族」
- 「ロイヤル川カジノ&ビンゴ場」
[編集] 主要な都市
- Aberdeen
- Brookings
- デッドウッド
- ヒューロン(Huron)
- Lead
- マディソン(Madison)
- ミッチェル(Mitchell)
- ピア - 州都
- ラピッドシティ
- スタージス(Sturgis)
- スーフォールズ
- Sturgis
- Watertown
- Yankton
[編集] 行政と法律
サウスダコタ州政府は行政、立法、及び司法の3つで成り立っている。現在の知事はMike Roundsである。
現在、議会は州上院35名並びに州下院70名で構成される。サウスダコタ州は35選挙区で構成されており、またサウスダコタ州はアメリカの州の中で唯一、人工中絶を完全に違法化した州としても有名である。
[編集] 経済
アメリカ合衆国経済分析局によると、サウスダコタ州の州総生産高は2004年に294億米ドルであった。一人当たりの収入は合衆国内で37番目、合衆国平均以下の13.08%である、2004年に26,894米ドルであった。人口の13.2%は貧困線以下である。
[編集] 教育
[編集] 単科及び総合大学
- w:Augustana College -- Sioux Falls
- w:Black Hills State University
- ダコタ州立大学
- w:Dakota Wesleyan University
- ヒューロン大学
- w:Mount Marty College
- w:National American University
- w:Northern State University
- Oglala Lakota College
- Presentation College
- Sinte Gleska University
- w:South Dakota School of Mines and Technology
- サウスダコタ州立大学
- スーフォールズ大学
- サウスダコタ大学
- USDSU
- w:Yankton College
[編集] スポーツチーム
- ラピッドシティ・フライングエースズ - インドアフットボール, National Indoor Football League
- スーフォールズ・カナリーズ - 野球, ノーザンリーグ
- スーフォールズ・スカイフォース - バスケットボール, NBAデベロップメントリーグ
- スーフォールズ・スピットファイア - サッカー, USL Premier Development League
- スーフォールズ・ストーム - インドアフットボール, United Indoor Football
[編集] 日本との関連
[編集] 州の象徴など
- 州の鳥 - コウライキジ
- 州の魚 - ウォルアイ
- 州の花 - セイヨウオキナグサ
- 州の木 - ブラックヒルズトウヒ
- 州のモットー - Great Faces. Great Places.
- 州の愛称 - 「ラシュモア山の州」「コヨーテ州」「サンシャイン州」
[編集] 日本の姉妹都市
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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pnb:ساؤتھ ڈیکوٹا
最終更新 2009年11月17日 (火) 17:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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