サザエさん

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曖昧さ回避 この項目では、漫画の『サザエさん』について記述しています。テレビアニメの『サザエさん』については「サザエさん (テレビアニメ)」を、1956年の映画については「サザエさん (1956年の映画)」をご覧ください。
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サザエさん』とは、長谷川町子漫画、およびそれを原作とするテレビアニメである。また、その主人公である「フグ田サザエ」の呼び名である。

目次

[編集] 作品解説

原作漫画は新聞連載の4コマ漫画である。1946年(昭和21年)4月22日福岡地方新聞夕刊フクニチ』で連載を始めたが、長谷川が東京へ引越しするために連載を打ち切った。漫画の舞台は博多でサザエは独身だったが連載を打ち切るときにサザエがマスオと結婚している。長谷川の家族が東京桜新町へ引っ越した後は、『夕刊フクニチ』で連載を再開。舞台も東京へ移り、マスオが磯野家に同居する。

掲載紙は間もなく『新夕刊』に移り、『夕刊朝日新聞』(朝日本紙とは別扱の新興紙)・『朝日新聞』の夕刊を経て、1951年(昭和26年)4月16日からは『朝日新聞』の朝刊に移る。1974年(昭和49年)2月21日の連載をもって3年間の休載に入るが、そのまま打ち切られた。本作は連載が6477回に及んだ。

長谷川の作品の出版は、姉妹社が行ってきたが、長谷川の死後の1993年4月に廃業し絶版となり、版権は長谷川町子美術館が継承している。後に朝日新聞社から文庫本(全45巻)と「長谷川町子全集」が出版されている。なお、本作の単行本の出版に際しては、新聞掲載前日に起こった出来事の理解が必要な回、初期連載作品で現在とは登場人物の設定が異なる回、やむをえない理由で不適と判断された回などは省かれている場合がある。なお、朝日新聞社版でも姉妹社版から若干の作品が省かれている。清水勲著『サザエさんの正体』(平凡社、1997年)によると、姉妹社版で連載から省かれた作品数は700点余り、朝日新聞社版で姉妹社版から省かれた作品数は15点である。なお姉妹書に『古きよきサザエさんの世界』(いそっぷ社、2002年)がある。

ストーリー漫画ではなく、一貫した舞台、人物が登場する比較的独立したエピソードからなる。時代背景を象徴する内容が多いのもひとつの大きな特徴となっている。

単行本の発行部数は姉妹社版が7000万部以上、朝日新聞社版が1600万部以上に達する。日本の新聞連載漫画としては最大のベストセラーである。妹長谷川洋子による回想記『サザエさんの東京物語』(朝日出版社、2008年)がある。

アメリカでも、『The wonderful world of sazae-san』というタイトルで翻訳出版され、人気を博した。その際一部のコマが反転されている。

[編集] 関連書籍

寺山修司が本作をテキストに1972年に発表した「サザエさんの性生活」等を所収。
  • 1992年に東京サザエさん学会『磯野家の謎 サザエさんに隠された69の驚き』(飛鳥新社、のち集英社文庫やパンドラ新書:日本文芸社で再刊)という本が出され、200万部を超える大ヒット。続編『磯野家の謎おかわり』(集英社文庫で再刊)も出された。本作に新たなスポットを当てて、人気復活に大いに貢献し、その後数年続く「謎本ブーム」の火付け役になった。ただ本作と食い違う記述が、多々見られ批判も多かった。翌年にはビデオ版も発売されたが、著作権者の許可を得なかったため訴えられており絶版にしている。
  • 類似本に『サザエさんの秘密』(世田谷サザエさん研究会、データハウス刊、1993年)があり、数度装丁を変え重版されている。続編として『サザエさんの悲劇』(世田谷サザエさん研究会、データハウス刊、1993年)が刊行されたが、内容に『磯野家の謎』の批判が多く含まれており抗議を受けたためか、装丁を変えた版は出なかった。
  • 新書では2008年に民俗学者鳥越皓之『「サザエさん」的コミュニティの法則』(生活人新書日本放送出版協会)が出されている
  • 朝日新聞の土曜版「be」で、毎週1本の作品から当時と現代との違いを比較する「サザエさんをさがして」と言う記事が連載されており、2005年から2009年にかけ朝日新聞出版で4冊出されている。基本的に刊の単行本の収録作をそのまま掲載しているが、夕刊フクニチでの最終回など単行本未収録の回が掲載された事もある。

[編集] 著作権問題

サザエさんの単行本をコピーした、いわゆる海賊版が国内に出回っていた事がある。(サザエさんうちあけ話より)

無許可でキャラクター画を使用した「サザエさんバス事件」以後、本作は他の長谷川作品以上に版権管理が厳しくなり、版権を管理する長谷川町子美術館に画像使用許可などを申請しても門前払いされていた時期があった。1992年にシングルCDとして再発されたアニメ主題歌シングルも、ジャケットにキャラクターの画像が使用されていない。

長谷川の死後、マイラインJAコカコーラなどのCMで、アニメのものを中心とした本作のキャラクター画を使用されることが多くなってきている。ただし、まだ長谷川町子が健在の時にハウス食品からサザエさんふりかけ等の商品が発売されていた。

インターネットに関しては、現在でもフジテレビ内アニメ版の公式ページや、キャラクターをCM起用しているJAバンクのページに、CM映像などキャラクターが掲載されたことが無い(フジテレビも放送内で、JAバンクも宣伝広告にURLを表記したことがない)。

[編集] キャラクター商品

本作のアニメが放映開始された当初は、本作の版権元はキャラクター商品の許諾を全くしない方針だった。なぜこのような方針を取ったのかは不明だが、放映当時はマルサン商店今井科学の倒産で玩具業界ではキャラクター商品は敬遠されていた。

サザエさんバス事件の判決が出た1976年にタカラが初めて商品化した。タカラは同年の年末商戦における「最大の関心事」と位置づけ、人形から貯金箱まで幅広く商品を展開。しかしあまり売れなかった。業界では「人間キャラは売れない」というジンクスがあり、本作もそれを証明することになった。このジンクスを打ち破るのは『ちびまる子ちゃん』である。

ハウス食品から1984年に「サザエさんちのふりかけ」「サザエさんちのお茶漬け」が、1985年に「サザエさんちのおにぎり」が発売され、1990年代前半まで発売が続けられた。「サザエさんちのふりかけ」は、「サザエさんちの」と銘打っているにもかかわらず、パッケージにもテレビCMにもサザエの姿だけがなかった。「サザエさんちのおにぎり」のパッケージ・テレビCMにはサザエが登場していた。また、明治製菓から1984年にスナック菓子として「かつおくん」と「わかめちゃん」が発売され、こちらは、サザエ、カツオ、ワカメの3人でテレビCMに登場している。

非売品ではあったが、80年代には、スポンサーである東芝からもグッズが多数出ており、東芝専門の街の電器屋さんなどで商品を買うと、主にサザエがプリントされた財布などを進呈するというフェアもあった。

2006年7月15日、お台場のフジテレビ本社ビルに、サザエさんのキャラクター商品を扱う専門店「サザエさんのお店」が開業した。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] その他

  • 近隣に長谷川が長年居住し本作の舞台となった事、長谷川町子美術館が1985年に開館した事にちなみ、桜新町商店街振興組合が音頭をとって東急田園都市線の桜新町駅前から国道246号へとつながる「中通り」が1987年に「サザエさん通り」と改称された。歩道にはサザエさんが描かれた看板もある。ほとんどが原作の時の絵になっている。
  • 舞台の沿線となる東京急行電鉄の広告キャラクターに採用されたこともある。
  • 京都大学の日本史の問題に出題された。他にも慶應義塾志木高等学校芝浦工業大学柏中学高等学校(高校)の入試問題にも出題されたことがあり、家庭科をはじめとする教科書でも本作が題材となる事が多い。
  • 朝日新聞東京本社ビルのある東京都中央区築地5丁目には、「磯野家(いその)」という名の寿司屋がある(所在地は、築地5-2-1の築地市場内)。
  • 1998年に発行されたお年玉つき年賀はがきの東京地方版にサザエさんが描かれた。漫画・アニメキャラクターがお年玉つき年賀はがきに描かれるのはこれが最初。
  • 2007年4月26日、長谷川が住んでいた福岡県福岡市百道浜1丁目(住所上は早良区西新6丁目)に『磯野広場』ができ、「サザエさん発案の地」の記念碑が建てられた。記念碑には『サザエさんうちあけ話』からの引用が記載されている。
  • 磯野家は世田谷区桜新町3-51に住所が仮定されている。
  • 単行本の第1巻はB5判の横綴じだったが、書店の店頭に並べにくいということですべて返品され、姉妹社は当時の日本出版配給から出入り禁止を言い渡された。その結果長谷川の自宅は返品された単行本に占拠される事態となった。そこで判型をB6判に変更した第2巻を出したところ読者には好評で問題の第1巻にも注文が入るようになり、この事態は解消された。姉妹社の廃業までこの判型が踏襲され、第1巻も後にB6に変更された。

[編集] 連載の履歴

[編集] 主な登場人物

出典は基本的に現行の朝日新聞社版を参考にする。詳細についてはサザエさんの登場人物を参照。

フグ田サザエ
福岡県生まれの磯野家の長女。この漫画の主人公。特徴的な髪型は当時の流行にあわせている。単行本1巻で東京に引っ越し、単行本2巻でフグ田マスオと結婚しタラオをもうける。
性格は快活でそそっかしく、よくカツオと取っ組み合いの喧嘩をしている。
磯野カツオ 
磯野家の長男で小学生。アニメ版では一貫してかもめ第三小学校5年3組となっている(ワカメも同様)。髪型は基本的に丸刈り。連載開始当初は、ワカメの面倒をよく見ているちょっと抜けているお兄さん、といった雰囲気を持っていた。連載後半になるにつれ、現在のアニメ版のようなズル賢く機転の利く腕白坊主となり、口も達者となり登場回数も格段に多くなる。漫画界における「世渡り上手」の代表的キャラクター。
原作においては、学校での生活や友達関係が描かれる事はほとんどない。
磯野ワカメ 
磯野家の次女。原作漫画では最終的に小学1年生で7歳の設定だがアニメでは小学3年生。原作とアニメ版において最も性格が異なる。性格は天真爛漫で、非常に活溌である。アニメ版では「優等生」になっていて存在感も薄いが、原作では立場が逆であった。連載中盤まででは、サザエに次いで登場回数の最も多いキャラクターであり、話の「オチ」を担うこともかなり多い。
磯野波平 
磯野家の大黒柱で、3姉弟の父。年齢は54歳[1]。職業はサラリーマン(事務職)で、会社は銀座晴海通り沿いにある。
初期の役職は「局長」であったがいつの間にか降格しており、後期には平社員となっていた。アニメでは家族の家長として威厳があるが、原作においては威厳がなく、家族を叱るシーンもあまり多くなく、登場回数も必ずしも多くない。しかし登場した時は、話の「オチ」を担当している。性格はかなり抜けていて、お茶目なところがある。そのため、子供に威厳を示そうとするも、その情けないキャラゆえにカツオに逆に手玉にとられることも多い。
磯野フネ 
波平の妻。アニメではほとんど怒らないが、原作では性格は厳しく、激しい気性の持ち主である。家族を叱る回数も波平より多い。
また、波平の陰口を言ったり、喧嘩中は波平にちょっとした嫌がらせをするなどアニメではあまり見られない陰湿な一面もある。
フグ田マスオ
2巻でサザエと結婚したサラリーマン。結婚当初はサザエとタラオとのフグ田家3人で磯野家の近所にある借家に住んでいたこともあり、2巻において大家と喧嘩し追い出されたため磯野家と同居。現在に至る。アニメではかなり気の弱い夫となっているが、原作では磯野家に対して主張する時もある。
基本的にはいい兄貴分であるのでカツオとワカメに慕われている。
勤めている会社は当初は郊外だったが、後に有楽町に移る。当初は平社員だったが、後に係長に昇進。その時の年齢は32歳。二浪した後に大学を卒業。実家は大阪で、時々出てくる母親は大阪弁を話す。
フグ田タラオ
サザエとマスオの長男。2巻から登場。赤ん坊コンクールで2等賞を貰ったことがある[2]。アニメでは大人しく物分りの良い「いい子」だが、原作では若干乱暴者である。サザエさんに背負われるなどして登場回数こそ少なくないが、セリフがほとんど無い。カツオ、ワカメはごく初期[3]において、タラちゃんの前では自分たちのことをそれぞれ「おじちゃん」、「おばちゃん」と称していた。
波野ノリスケ
波平の妹の三男(波平の甥、サザエの従兄弟)。体型はやや太り気味。新聞社に勤務し、8巻から12巻の間押しかけ同然に磯野家に居候する。波平や新入社員に借金を頼みこんだこともあるなど図々しい性格でちゃっかり屋であるが、その人柄の良さからか、磯野家の面々から嫌われてはいないようである。12巻で入江(旧姓)タイ子とお見合い結婚。結婚後は「東アパート」という所に住む。恐妻家である。14巻で子供をもうける。この子はアニメではイクラとなっているが、原作においては劇中で名前は出てこない。アニメでは伊佐坂先生の担当記者でもあるため、平日の昼間でもよく隣の磯野家に現れる。
波野タイ子
ノリスケの妻。旧姓は入江。結婚当初は身のこなしが上品であった。しかし登場回数が少ないからか、結婚後は時に太っていたりと、容姿に変遷が見られる。アニメ版のような家族ぐるみの付き合いは描かれていない。

連載当時は動物を飼育している家庭も多く、本作にもニワトリヤギなどが多く登場する。特にニワトリは非常に多く登場し、波平が飼っていたニワトリを絞めてご馳走の鳥鍋にするシーンや、イタズラをしたカツオやワカメがお仕置きとしてニワトリ小屋に閉じ込められるシーンもある。ネコイヌも多く登場し、磯野家は「ミー公」という名のネコを一時期飼っている。なおアニメに登場する磯野家の飼い猫・タマは原作ではレギュラーではない。犬の名前は「ジョン」が多い(他、「エルザ」「太郎」という名前の犬も登場)。カツオがカナリヤ伝書鳩ハムスターを、ワカメが金魚を、サザエが「マイク」というリスを飼っていたこともあった。なお、カツオは飼っているペットを挙げて「扶養家族手当」として小遣い値上げを訴えた事がある。

また、長谷川の他作品からは『似たもの一家』の主人公の一家も登場する。伊佐坂家はアニメでは磯野家の隣家だが、原作では10巻にわずかに登場するに過ぎない。 本作にはキャラクターとして特定の名前が与えられていないが、非常に多く登場する人々がいる。たとえば相撲が好きだった作者は、相撲をネタにした話をしばしば用いている。

いわゆる浮浪者のように、社会的に恵まれない人や「俺ぁ、刑務所から出てきたばっかりなんだ」という決まり文句で磯野家の門を叩く押し売りや、穴のあいた服にヒゲ面の泥棒強盗など、どこか憎めない犯罪者も非常に多く登場する。なお、泥棒が多く登場するのは、作者の自宅に何度も泥棒(主に空き巣)が押し入ったためであると言われている。

実在の人物が登場することもしばしばあった。例えば、その当時の総理大臣はほとんど登場している。作者の長谷川自身も度々登場している。

[編集] 執筆時のエピソード

長谷川は、西日本新聞社の絵画部に所属していた。その後1946年、同社から新しく発行された『夕刊フクニチ』で彼女は連載漫画を頼まれた。自宅の近所である百道海岸付近を妹と散歩しているときに、本作の家族構成や名前を思いついた。当初は作者自身は、アルバイトのつもりでやっていた、と語っている。

その後、作者の引越しと合わせ磯野家も東京に引越した。1951年に「ブロンディ」の後を承けて朝日新聞の朝刊を飾る事になる。

連載末期には月曜日が休みとなった。

[編集] 作風とその変化 

連載期間が極めて長期にわたったため、作風の変化も当然見られる。

初期から中期にかけては、ときおり「落語的」などと評されるように、ほのぼのとした雰囲気ととぼけた味わいのなかに、ときおり読者の度肝を抜くような「オチ」やブラックユーモアが用意されていることが多い。また、新聞漫画のなかでも台詞がかなり少ない部類に入り、絵による表現力と、歯切れの良い展開、4コマの緊密な構成力でも読者を笑わせた珠玉のギャグマンガといえる。原作ファンの間でも、概してこの時期の作品の人気が高いようである。

また中期までは、もちろんその時代の雰囲気をかなり反映しながらも、新聞漫画としては時事を直接のテーマとして描くことはかなり少なく、あくまでも各キャラクターの活躍が中心であった。この連載期間では、しばしばマスオ、タラオ、ノリスケなどの新キャラクターが登場したり、日常生活から離れた出来事(サザエの就職、マスオやフネの実家への旅行、箱根ヨーロッパへの観光など)がたびたび描かれたが、これらによって作者は「ネタ切れ」を回避していた、と考えることもできる。

連載が長くなるにつれ、作者長谷川町子自身『サザエさん』から他の作風へと興味が移っていった。彼女は自伝『サザエさんうちあけ話』のなかで「子供にも無害なヒューマニズム(ヒューマニタリズム)には飽きた」[4]「書き手にとっては取材範囲が限られるのが苦しい」[4]と言っている。このときに生まれたのが『いじわるばあさん』(1966年)である。しかし、『サザエさん』終盤期の連載は依然として続いていて、そこには初期の作風との顕著な相違が見られる。たとえば、説明的な台詞の数がかなり増したこと、多くの話がカツオ中心となったこと、各キャラクターの描写が減って時事をネタにした話が圧倒的に増加したこと、これらに伴ない4コマ漫画としての構成自体が変化していったことなどが挙げられる。

また、テレビ放映開始(1969年)とほぼ時を同じくして、連載漫画ではカツオにかなり汚い言葉を言わせるようになったり、作風がかなり殺伐とするなどの変化もよく指摘される。

[編集] 漫画以外のメディア化

[編集] メディア化の概略

[編集] 舞台版

[編集] 江利チエミ特別公演「サザエさん」

[編集] チエミ喜劇「決定版サザエさん」

[編集] コマ・ファミリー劇場「夏休みだよ!!サザエさん」

  • 脚本:安永貞利
  • 演出:松浦竹夫
  • ショウ場面構成・演出:西山博行
  • 公演期間:1978年8月1日〜23日
  • 公演会場:新宿コマ劇場
  • 出演
  • 同時上演:「スタージンガーとダンガードA」(原作=松本零士、構成・脚本=三好道明、演出=新美正雄・中込綏彦、出演=ささきいさお・こおろぎ '73・かおりくみこ・堀江美都子・大杉久美子・水木一郎)

[編集] 音楽劇「サザエさん」

[編集] 音楽劇「サザエさん」(再演)


[編集] 実写版の配役

  • 1948年・1950年に製作された映画
  • 1956年に製作された映画
    • サザエさん (1956年の映画)を参照。本作では主題歌の他にテ・キエロ・ディヒステが挿入歌としてクライマックスで使われている。

[編集] ドラマ

TBS 金曜21:00 - 21:30枠
前番組 番組名 次番組
チエミ大いに歌う
サザエさん(実写版)
チエミとともに

[編集] CM

[編集] 江崎グリコ『OTONA GLICO ~25年後の磯野家~』シリーズ(2008年〜)

磯野家の先祖の法事で親族が集まる事から始まるCMオリジナルストーリー。 原作ではなくアニメ版の世界をベースとしている。BGMもアニメ版のOP、EDテーマをアレンジしたものが使用されている。

なお、CM中には波平やフネ、サザエ、マスオが一切登場しないため、放映当初は磯野家の誰か(特に波平かフネのどちらか)が亡くなったのではないかと噂されていたが、江崎グリコの広報によると「ご先祖様の法事であり、存命です」と説明している[5]

ワンパク小僧の容姿は変わらず未だ野球好きで、大学のテスト(地理)では0点を取ったり相変わらず勉学が苦手だった様だが、磯野家の長男としての自覚はあるようである。職業は不明(一説によれば無職である)。独身。

法事に現れたタラオとイクラを優しく気遣い、カツオとも仲良く接する等、こちらもワカメのイメージを踏襲しているが容姿は端麗に成長している。大手百貨店のエレベーターガール。独身。カツオとワカメは25年を経過しても磯野家で一緒に生活している。

  • タラオ(28歳):瑛太

マイペースに生き、移動たこ焼き屋を一人で営んでいる。彼はいつかはチェーン展開しようと大志を抱いているが、イクラからは「それは無いな」といわれている。

タラオに負けないように頑張った成果が結実し、ベンチャー企業「イクラネット (IKURA.net)[6]」のCEOに就任、高級一戸建てやスーパーカーランボルギーニ・ムルシエラゴ)、ヘリコプターを所有する等、CM中では出世頭となっている。カツオの事を『カツオ兄さん』と呼ぶ[7]

  • タマ(3代目)

再会篇と兄妹の今篇に登場。やはり白猫である。

2009年からのカツオ篇に登場するメガネの男性。中島と思われるが公式には明らかにされていない。「花沢不動産」と書かれた自動車[8]が背後に映っているため、花沢さんと結婚して婿入りしている可能性もある。

※年齢は2009年放送時の演者自身のものでもある。

※CM放送開始以降、ラジオ放送版を含む全篇がオトナグリコサイトで視聴可能。ラジオ放送版も基本的にテレビCM版の内容を踏襲しているが、テレビ版と異なるエピソードもある。声の出演は以下の通り。

[編集] 脚注

  1. ^ 1965年12月16日掲載話(姉妹社版47巻/朝日新聞社版31巻)
  2. ^ 5巻
  3. ^ 2巻
  4. ^ 長谷川町子 『サザエさんうちあけ話・似たもの一家』 朝日新聞社、2001年、ISBN 4-02-261340-8 91頁。
  5. ^ 実写版「25年後の磯野家」CM サザエさん役は誰なのかで議論沸騰、J-CASTニュース、2008年9月22日
  6. ^ CM中でイクラが差し出した名刺によると、「イクラネット」は東京都港区六本木(番地は30丁目で架空の住所)にある「イクラビルディング (ikurabuilding)」というビルに入居している。
  7. ^ ちなみに小栗と瑛太はプライベートでも仲が良い。
  8. ^ CMでは分かりづらいがサイトのムービーで確認できる。

[編集] 関連項目

先代:
ブロンディ
朝日新聞朝刊連載漫画
1951 - 1974
次代:
フジ三太郎

最終更新 2009年11月21日 (土) 03:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【サザエさん】変更履歴

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