サッカー文化
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サッカー文化(さっかー ぶんか)とは、複数の個人や団体が選手やファン(サポーター)などといった形でサッカー競技に携わる事によって構成され、その国、または地域で固有に育まれたサッカー競技に関するスポーツ文化の事である。
また、言葉の用法としてはその国や地域などにおいてサッカーがスポーツ競技として、人々から長い年月に渡って幅広く親しまれているという意味を込めて使われる場合もある。サッカー競技が成熟した社会。
目次 |
[編集] 組織
[編集] FIFAと各大陸連盟
サッカーの世界は国際サッカー連盟(FIFA)を頂点に、その傘下に属する欧州サッカー連盟(UEFA)・南米サッカー連盟(CONMEBOL)・アジアサッカー連盟(AFC)・アフリカサッカー連盟(CAF)・北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)・オセアニアサッカー連盟(OFC)の6つの大陸連盟と、更にその傘下に属する200以上の国と地域単位で組織された各国サッカー協会によって構成されている。なお、例外的に独立問題などの理由でFIFAに加盟していない国や地域もごく少数ながら存在する。
また、FIFAに加盟している各国のサッカー協会は必ず、当該大陸の大陸連盟にも同時に加盟している。例えば、日本のサッカー競技を統括している日本サッカー協会(JFA)はアジアサッカー連盟に加盟している。
[編集] 地域連盟
FIFAや大陸連盟の他にも、東アジアサッカー連盟の様に周辺の各国サッカー協会で組織された地域連盟も世界各地に存在している。しかし、こちらは大陸連盟の管轄ではなく、FIFAの直接的な管轄下となる。
[編集] IFAB
「国際サッカー評議会」(IFAB)とは、主にルール制定などといったサッカー競技に関する重要な条項を決定する機関である。なお、この機関はFIFAではなく、イギリス国内にある4協会(イングランドサッカー協会・スコットランドサッカー協会・ウェールズサッカー協会・北アイルランドサッカー協会)らによって設立された為に、FIFAからは4名の代表者をIFABへと派遣はしているものの、FIFAの傘下組織ではない。
[編集] 選手協会
各サッカーリーグごとにプロサッカー選手を会員とした選手協会が設立されている場合がある。主に、サッカー選手の立場からの意見を発信する事などを目的に設立されている。ちなみに、Jリーグの選手協会は「Jリーグ選手協会」(JPFA)である。なお、イングランドの「プロフットボール協会」(PFA)の会員による投票によって決められる「PFA年間最優秀選手賞」と「PFA年間最優秀若手選手賞」、「PFA年間ベストイレブン」を受賞する事はイングランドでプレーする全ての選手にとっては大変名誉な事である。
[編集] クラブ連合
FIFAやUEFAへ対抗するために欧州の各サッカ-クラブによって設立されたのが「G-14」である。ただ、2008年1月にFIFAやUEFAと和解した為に解散、新たに「欧州クラブ協会」(ECA)が設立された。
[編集] 試合
サッカーの試合(公式戦)は、一般的にサッカーやラグビーなどに使用を限定した球技専用スタジアムやサッカーピッチを備えた屋外多目的競技場などで、FIFAや各大陸連盟、各国サッカー協会の傘下にあるプロリーグ運営団体などが主催するリーグ戦やカップ戦、または対戦する当該チーム同士などによる小規模で主催する練習試合などを通して行われている。
ところで、対戦形式によってはダービーマッチと呼ばれる対戦形式が組まれる事があり、選手やサポーターのみならず、国内外のサッカーファンの注目を集める事もある。なお、試合会場ではマッチデープログラムと呼ばれる出版物が有料や無料の形で提供されている。
[編集] 日程
サッカーの競技日程は主に「春秋シーズン制」(3月頃 - 同年12月頃の約10ヶ月間)と「秋春シーズン制」(8月頃 - 翌年5月頃の約10ヶ月間)の大きく2種類に分けられ、更に詳細な競技日程はその国の気候や試合数、FIFAワールドカップなどといった国際大会の有無、他競技との兼ね合い等で決定される。加えて、試合の開催日は隔週の土曜日・日曜日・水曜日のいずれかに1-2試合程度で開催されるのが一般的である。
なお、欧州ではほとんどの国々が「秋春シーズン制」を採用しているが、ロシアなどの極めて厳しい寒冷地域や南米のブラジル、アルゼンチンなどといった国々では主に「春秋シーズン制」を採用している場合が多く、日本国内ではJリーグを始めとした多くのプロアマリーグは「春秋シーズン制」を採用しているが、天皇杯や全国高等学校サッカー選手権大会は「秋春シーズン制」を採用している。
ちなみに、FIFAのゼップ・ブラッター会長がアメリカ合衆国のMLS側に対して、「春秋シーズン制から秋春シーズン制への変更」を促したが、MLS側はカナダや北米大陸の冬場の天候が厳しい事を理由に変更を拒否した事がある[1]。また、ドイツではサッカー専門誌などが現地の厳しい冬場の天候を理由に現行の秋春シーズン制に対して異議を唱えた事もある[2]。
また、この他にもFIFAが定める「インターナショナル・マッチデー」(通称:国際Aマッチデー)という制度がある。これは、かつては各国サッカー協会が選手自身やクラブの都合にあまり関係なく自由に選手を招集してきたものの、1995年のボスマン判決以降は選手の移籍が国際的に行われる様になり、クラブ側が選手に対して払う給料なども高額になった為に、所属先のクラブ側と招集した各国サッカー協会の間でトラブルが頻発する様になった[3]。
そこで、この様な事態を重く見たFIFAは新たに同制度を設け、年間約10日間前後(約7試合前後)は各国サッカー協会が優先的に選手を公式戦や国際親善試合に招集する事を可能にした。なお、この期間内でクラブ側が所属選手の招集を拒否をするとFIFAから何らかの罰則が下される事があり、クラブ側が各国サッカー協会側に公式戦は開催日より5日前まで、国際親善試合は開催日より2日前までに選手を戻さなければならないが、選手がケガなどをした場合はクラブ側に対して金銭的な補償は無い[4]。ただし、各国サッカー協会が選手を戻せるのは年間7回までが限度である。
[編集] リーグ戦
リーグ戦については、FIFAが承認した国や地域のサッカー協会は傘下に一つだけ、基本的には現地のサッカー協会が管轄・運営するFIFA公認のサッカーリーグを持つ事が許される。ちなみに、日本の場合はJリーグ。
また、それらのサッカーリーグは大抵の場合は男女別に分かれてプロフェッショナルやアマチュアなどの形態で運営されているのが一般的である。なお、FIFAや各大陸連盟の主催するクラブチームやナショナルチームの大会にはFIFAが承認した国や地域のサッカー協会に籍のあるチームや選手しか出場する事が出来ない。
なお、野球やバスケットボールなどといった他の球技は競技の発祥国であるアメリカのMLBやNBAが「唯一にして世界最高峰のプロリーグである」と言われているが、サッカー界の場合はサッカー競技の世界的な普及率や歴史、競技団体の構造的な違い等から、いくつかの著名なサッカーリーグが欧州や南米において存在している。特に人気や実力の面で共に世界最高水準にあるとされているのが、スペインのプリメーラ・ディビシオン(リーガ・エスパニョーラ)、イングランドのプレミアリーグ、イタリアのセリエAの3リーグで、俗に欧州3大サッカーリーグとも呼ばれている。また、これらの他にもドイツのブンデスリーガ(1部リーグ) 、オランダのエールディヴィジ、フランスのリーグ・アン、ブラジルのブラジル全国選手権 、アルゼンチンのプリメーラ・ディビシオンなどがある。
[編集] カップ戦
カップ戦には男女別に分かれて、主にクラブチームとナショナルチームを対象にしたカップ戦があり、その中でも更に、天皇杯やJリーグカップの様に各国のサッカー協会やリーグ主催で自国のチームを対象に行われるカップ戦(国内カップ戦)、UEFAチャンピオンズリーグやUEFA欧州選手権の様に各大陸連盟主催で加盟国のチームを対象に行われるカップ戦(大陸選手権)、FIFAワールドカップやFIFAクラブワールドカップの様に国際サッカー連盟主催で加盟国のチームを対象に行われるカップ戦(世界選手権)、東アジアサッカー選手権の様に国際サッカー連盟直属の地域連盟主催で加盟国のチームを対象に行われるカップ戦(地域選手権)、上記のいずれにも属さないその他のカップ戦などに分けられる。
なお、これらのカップ戦の中にはある一定の出場制限を設けているカップ戦もある。例えば、夏季オリンピックの男子サッカー競技はその代表的な例で、FIFAワールドカップと開催意義を区別するためにオーバーエイジ枠選出の選手以外は23歳以下の選手のみが出場を許されている。ただ、それとは逆に選手強化の目的であえて年齢制限を設定しているカップ戦もあり、FIFA U-20ワールドカップやAFCユース選手権などはその典型的な例である。
ちなみに、世界中にあるカップ戦の中で世界的に最も有名なものが、4年に1回開かれるFIFAワールドカップである。このカップ戦で優勝する事は世界中のサッカー選手にとって最も名誉な事であるが、それゆえに競技レベルも非常に高く、大陸予選を通過して本大会に出場する事自体が並大抵の事ではない。また、4年に1回しか開かれない事もあって、世界的な名選手であってもFIFAワールドカップで優勝する事は簡単な事ではない。
ちなみに、FIFAワールドカップ以外にも欧州大陸地区限定で行われているカップ戦は欧州各国だけでなく、その他の大陸地区でも人気が高く、UEFAが各加盟国のクラブチームやナショナルチームを対象にして「欧州王者」のチームを決める大会であるUEFAチャンピオンズリーグやUEFA欧州選手権は日本などでも人気があるカップ戦である。
[編集] 練習試合
リーグ戦やカップ戦などの公式戦以外で学校単位や企業単位などといった形で編成されているチーム、いわゆるアマチュアチームが試合を行う場合には単に「練習試合」と呼ぶのが一般的であるが、プロフェッショナルチームが試合を行う場合にはアマチュアチームの様に練習試合ではなく、「プレシーズンマッチ」と呼んでいる。
また、ナショナルチームの場合には「国際親善試合」と呼ばれている(ちなみに、日本サッカー協会が主催している日本代表の試合は「キリンチャレンジカップ」となっている)。なお、日本ではこの国際親善試合の事を別名で「テストマッチ」と呼ぶ事があるが、これはラグビーのナショナルチームの対戦時に使うのが正しい用法であり、サッカーの場合は「フレンドリーマッチ」と呼ぶのが正しい用法である。
[編集] 施設
サッカー競技が盛んに行われている欧州や南米などのサッカーの試合は、街中や交通アクセスが整備されている郊外に建設されたサッカーやラグビーなどに使用を限定した球技専用スタジアムで行われているのが一般的である。そんな国々のスタジアムは街や地域のシンボルであり、街とスタジアムはワンセットで存在している。また、それらの国々のスタジアムには教会やお城と共通する一種の役割があり、すべて個性的な顔をしている為にふたつと似たものは存在しない。
なお、スタジアムの収容人数も各国によって若干違う。例えば、スペインやイタリアのスタジアムは一度に平均4~7万人をスタジアムに収容する事ができるが、その中でもカンプ・ノウに至っては一度に9万8600人も収容することが出来る。逆に、イギリスのスタジアムは平均2~4万人までしか収容できず、イギリスにあるスタジアムの中でも大型なスタジアムの部類に属するオールド・トラッフォードでも、一度に6万7000人までしか入らない。ただ、近年では6~7万人規模ではあるが以前のものと比べても、イギリスで新築されるスタジアムは次第にエミレーツ・スタジアムの様な大型のものになって来ている。
[編集] 歴史
元々、現在の様なスタジアムが登場する以前は「ピッチの周囲に盛り土をして単にイスを置くだけ」という簡素な作りであったが、1899年にスコットランド出身の建築家であるアーチボルド・リーチがアイブロックス・スタジアムを設計してから状況が一変する。それまでは上述の様な形がごく一般的であったが、リーチは観客席の地面を試合が見易い程の傾斜を付けた上にコンクリートで地面を固めて、更に観客席の周囲に二階席や観客席全体を覆う屋根と観客席の安全バーを設けるというこれまでに無い利便性や安全性などを重視した設計をして英国中に衝撃を与えた。その後もリーチはオールド・トラッフォードやハイバリーといった英国中の名立たるスタジアム設計を次々と手がけて、現在のサッカースタジアムの基礎を形作った。特にリーチが設計した数多くあるスタジアムの中のひとつのクレイヴン・コテージは、日本の文化財に該当する英国の「指定建造物」に指定されている。
また、1989年に起きたヒルズボロの悲劇はスタジアム建設に大きな影響を与えた。死者95人という大惨事となったこの事故後、当時のイギリス政府はテイラー判事を団長とした調査団を作り、「国民的ゲームであるサッカーを安全に楽しく観戦するためには、全てのスタジアムの大改築が必要」とのテイラー報告書に基づいて、立見席を全て椅子席に改築した。
そして、近年では欧州のスタジアム建築の流れは、アムステルダム・アレナがオープンした1996年を機に大きく変わった。その後はザンクト・ヤコブ・パルクの様にスタジアムの中にはショッピングセンターといった、その他の要素をふんだんに取り入れた多機能型が続々と誕生しており、これまでの利便性や安全性に加えて採算性までもが追求される現代では単なる体育の専門施設では時代に適合しなくなった。その為、欧州のスタジアムでは2000年代の初頭から各地でスタジアムの大型化が進んでいる。
[編集] 日本
日本のスタジアムは欧州や南米などに比べると少々見劣りする。日本国内では1960年に日本で初めてとなる球技専用スタジアム(サッカー専用球技場)として、さいたま市大宮公園サッカー場が完成したが、そもそも日本には野球場以外の球技専用スタジアムがほとんどなく、ドーム球場や国内にある数少ない球技専用スタジアムをホームスタジアムにしている一部を除く、ほとんどのJリーグのクラブは主に国民体育大会などの本来は別の目的で建設され、稼働率確保の意図もあり陸上競技場の機能も備えた屋外多目的競技場をほぼそのままの形でホームスタジアムとして指定して主催試合を行っているのが現状である[5]。また、2002 FIFAワールドカップの開催を機に多くのスタジアムが新設されたが、その多くは交通アクセスが大変不便な条件下にある屋外多目的競技場である為に、Jリーグのクラブが利用している現在のホームスタジアムでは新設や既存に関係なく、施設の利用者が交通アクセスや試合観戦などの面において何らかの不便を強いられる事も少なくない[6]。
[編集] 食事
日本と違って欧州などにはスタジアムでゆっくり食事を摂る習慣はなく、試合直前まで界隈やスタジアム内のバーにたむろし、ビールを片手にフライドポテトやホットドッグ、ソーセージ、コロッケなどのジャンクフードをつまみながら仲間と盛り上がるというのが一般的である。ただ、例外としてスペインでは試合中でもヒマワリの種を食する習慣がある。
日本では、一般的にサッカー観戦はレジャーのひとつである。主に売店で売られている食べ物としては、焼きそばといった屋台メニューや地元の郷土料理、ファーストフードチェーン店のハンバーガーなどといったほぼ全国共通のメニューを始め、中にはホームチームの選手や監督、さらには「相手を食う」という意味でアウェーチームにまつわるユニークなメニューまでもがあり、スタジアム内やその周辺では実に多様性に富んだ種類の食べ物が売られている。
[編集] 音楽
大規模なサッカー大会やプロサッカーリーグといったリーグ戦やカップ戦などの試合では、選手がスタジアムのピッチへ入場する際にアンセムを流す事が多い。特に、これらの中でもFIFA主催の国際大会で流される「FIFA Anthem」やUEFAチャンピオンズリーグで流される「UEFA Champions League Anthem」は有名である。ちなみに、FIFA主催の国際大会では「FIFA Anthem」を通常の場合は使用しているが、2002 FIFAワールドカップの際には「アンセム-2002 FIFA World Cup (TM) 公式アンセム」という楽曲が使用された。なお、上記とは別にクラブ単位でホームゲーム専用のアンセムを制作している事も多い。
また、「You'll Never Walk Alone」の様にサポーターソングとして世界中のサポーターの間で長年親しまれている楽曲もある。
[編集] その他
UEFAは加盟各国のスタジアムの中から、UEFAが設けている一定の基準をクリアしたスタジアムに5つ星や4つ星などの格付けを行っており、5つ星にはUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦、4つ星にはUEFAカップの決勝戦を行う権利を認めており[7]、逆にこれら以外のスタジアムには上記の権利を一切認めていない。また、世界中に数多くあるスタジアムの中にはその国で「サッカーの聖地」と称されているスタジアムがある。日本では「国立霞ヶ丘陸上競技場」がそれにあたるが、世界ではイギリスにある「ウェンブリー・スタジアム」が幅広く知られている。ただ、現在のウェンブリー・スタジアムは2007年に新しく新築されたもので、1923年からイングランド代表のホームやFAカップの決勝戦などとして長年使用され、2003年に取り壊された旧ウェンブリー・スタジアムとは違う。
[編集] チーム
日本では、主に都市や地域単位で編成されているチーム(クラブチーム)、企業単位で編成されているチーム(実業団チーム)、学校単位で編成されているチーム(同好会や部活動)等に分けられる。また、国籍単位で編成されるナショナルチーム(日本代表)や、期間限定でJリーグオールスターサッカーや慈善試合(チャリティーマッチ)などの目的で特別に編成される選抜チームもある。
[編集] 本拠地
サッカーでは本拠地の事をプロ野球地域保護権にあたる「フランチャイズ」とは言わず、「ホームタウン」と呼んでいる。これは、各々のサッカークラブの成り立ちがその地域と密接な関係があり、現在でもその地域の社会において密着した活動をしているからである。なお、日本でもJリーグがJリーグ百年構想を掲げて様々な社会的活動をしている。
[編集] 名称
元々、欧州各国に本拠地を置くサッカークラブは行政区分や職業、学校、教会などの共通の交流機会を持った人々が主体となって結成された例が多く、これらの中にはクリケットやラグビーなどといった他の競技からサッカーへ移行したチームや共通の行政区分内で異なるチーム同士がかつて合併した影響で現在の様な名称になったチームも多く、チームの名称でそのチームが持つ起源や変遷をうかがい知る事も出来る。
なお、欧州各国に本拠地を置くサッカークラブの名称の後には「フットボールクラブ」(Football Club)の略称である「FC」や「クラブ・デ・フットボール」(Club de Fútbol)の略称である「CF」を付けている例が多いが、これらがマスコミ報道などで一般的に表記される事はあまり無く、普段は地域名や愛称のみで呼ばれる事が殆どである。その一方で、日本や韓国、中国に本拠地を置くサッカークラブの名称には「地域名+愛称」や「地域名+企業名+愛称」の例が多いが、これは北米プロスポーツの影響や実業団チームを母体にチームをクラブチーム化したからである。
ちなみに、日本国内においてはスポーツ活動を“教育の一環”や“企業の福利厚生”、“親会社の広告塔”として学校や企業を中心 にして取り組んできた経緯があった為に、Jリーグが目指していた「地域に根ざしたスポーツクラブ」という欧州的なスポーツクラブの運営方法は、当時の企業スポーツ全盛下にあったJSL所属の実業団チームを抱える親会社などからはなかなか理解してもらえなかったので、日本サッカー協会内のプロリーグ検討委員会は原則として普段使用するチーム名は「地域名+愛称」の「チーム呼称」としながらも、親会社への妥協案として正式な名称を「運営法人名」、「チーム名称」、「チーム呼称」の3種類に分けた。
- 例:ジェフユナイテッド千葉の場合
- 運営法人名 「株式会社 東日本ジェイアール古河サッカークラブ」
- チーム名称 「ジェフユナイテッド市原・千葉」
- チーム呼称 「ジェフユナイテッド千葉」
[編集] エンブレム
サッカークラブにおけるエンブレムは一般的に紋章(シンボル)の意味で使用されている。また、エンブレムのデザインは主にそのクラブの名称や歴史、チームカラーなどを参考にして制作されているが、日本のプロ野球や北米プロスポーツが使用しているペットマークと違ってデザインを頻繁に変更する事はあまり無い。
[編集] 経営
サッカークラブの運営形態としては、イタリアやイングランドなどで一般的な株式会社形態とスペインやドイツなどで一般的な非営利団体形態(総合型地域スポーツクラブ)の2種類に大きく分ける事が出来る。また、フロントの主な業務としてはビッグクラブとプロビンチャ(中小規模のクラブ)でその運営規模や名称、役割などには多少の違いが見られるものの、経営陣の下に「強化・育成」、「運営・渉外」、「広報」、「営業・マーケティング」、「総務・経理」の5部門に分けられる。
なお、北米のプロスポーツと同様に膨大な運営資金を必要とするサッカークラブの経営にはオーナーのポケットマネーに頼る場合が多く、オーナーを中心とした「オーナー経営」が一般的である。その為、場合によっては「ゼネラルマネージャー(GM)」(チームによっては「テクニカルディレクター」や「フットボールディレクター」等と呼ばれる場合もある。)がチームの強化といった運営面でオーナーと同様な権限を持つ事もあるが、通常の場合においては経営トップであるオーナーがクラブの重要な意思決定を下している事が多い。
ところで、スペインやドイツなどで一般的な運営形態である非営利団体形態(総合型地域スポーツクラブ)はサッカークラブの他にも、バスケットボールや野球といった他競技のプロ・アマチームをいくつか擁している事が多く、こういった場合にはサッカークラブもその一部門でしかない。また、一般的にはそのチームのオーナーが会長などの役職名で経営トップを務めている事が多いが、FCバルセロナの様に経営トップを会員(ソシオ)による定期的な選挙によって選出している事もある。
ちなみに、チームの経営手法は各国によって若干異なっている。例えば、イタリアやスペインといったいわゆる「大陸側」では、選手の補強や放出などといったフロント業務は主にGMなどといった身分の人間が行っている。しかし、イングランドでは昔から監督がチーム作りの全権を握っていたために、選手の補強や放出といったフロント業務も監督自身が行っていた。ただ、イングランド国内でも2005年以降辺りからは選手や監督、フロントスタッフなどの国際化(大陸化)がプレミアリーグ所属のクラブを中心にして顕著に行われている為、他国の様な監督業務と補強業務の分業化が進んでいる。
収入構造については各国のサッカーリーグによって事情は若干違っているものの、サッカークラブの主な収入源としては「試合の入場料収入」、「テレビやラジオなどの放映権料収入」、「レプリカユニフォームやグッズなどのロイヤリティー権料収入」、「ユニフォームや試合会場などでのスポンサー権料収入」、「オーナーからの出資による収入」、「所属選手放出による移籍金収入」などがある。なお、この中で最も大きいのが「テレビやラジオなどの放映権料収入」、「ユニフォームや試合会場などでのスポンサー権料収入」、「オーナーからの出資による収入」の3つで、これらでの収入源の差がビッグクラブとプロビンチャで大きな収入格差が出来る。
ちなみに、フォーブス誌が独自の基準で調査した「2003-2004シーズン クラブ評価額ランキング」では、ヨーロッパで最も資産価値が高いサッカークラブは1351億800万円のマンチェスター・ユナイテッドFCである。その他、マンチェスター・ユナイテッドFCは営業利益でも114億1560万円で1位、総収入でも340億2000万円で1位である。
マンチェスター・ユナイテッドFCの場合、「マンチェスター・ユナイテッド公開株式会社」の傘下にグッズ販売の「マンチェスター・ユナイテッド・マーチャンダイズ社」、飲食店や販売店の「ユナイテッド・ケータリング社」、チームの「マンチェスター・ユナイテッドFC」の3社がある。なお、マンチェスターユナイテッド公開株式会社は1991-2005年までロンドンの株式市場に株式公開をしていたが、2005年にマルコム・グレーザーが1566億円で発行済み株式の76%を保有し、同会社の上場を廃止にした。
- マンチェスター・ユナイテッドFCの収入源
- 一般入場券・食事付などの高額入場券セットなどの入場料収入
- 会議室、食堂などのスタジアム施設の利用料収入
- 博物館の拝観料収入
- 売店・ショップ・クラブメンバーズショップでの収入
- クジ・賭けでの収入
- テレビ、ラジオ、MUTVなどの放映権料収入
- 所属選手放出による移籍金収入
- プログラム、クラブ誌などの書籍料収入
- 広告・スポンサー権料収入
- 年金、クレジットカードなどの金融商品収入
[編集] 監督
サッカーの監督はその国のチームによって、チームから与えられている権限が少々異なる。一般的に監督が行う仕事としては、選手への戦術・技術指導や戦術立案、試合中における采配などを主に行うが、イギリスではこれらの仕事の他に選手の補強や放出なども監督自身が行っているので、監督の事をイギリスでは他国の様に「ヘッドコーチ」ではなく、「マネージャー」と呼んでいる。
基本的にサッカーの監督は一部の例外を除いて、基本的に一つのチームでの任期が短い“短命政権”が多い。これは、サッカー界では監督の更迭や辞任が多いからである。そのような理由としては以下の様な事が挙げられる。まず、サッカーが他の競技に比べると監督の采配が試合へ及ぼす影響力が大きく、監督の采配次第でチームの成績が大きく左右される事。次にチームの首脳陣や現場との戦術方針などでの軋轢で両者の関係が著しく悪化してしまい、結果として監督としての業務を遂行する事が極端に難しくなってしまう事などが主に挙げられる。また、その他にも病気や家族の事情などといったやむを得ない理由での辞任などもある。つまり、これらの理由でチームの成績が低迷すれば、一般的に下部リーグなどへの昇降格制度を採用しているサッカー界(特にプロサッカーリーグに所属するプロサッカークラブ)では、下部リーグ降格が将来的なクラブの財政にまで大きな影響を及ぼしかねないのである。
監督の中には“名将”と呼ばれる監督も出現する事がある。古くはトータル・フットボールを具現化したリヌス・ミケルスなどがおり、近年ではアレックス・ファーガソンやアーセン・ベンゲル、ジョゼ・モウリーニョなどといった個性的な監督が知られており、試合中の采配だけでなく、彼ら同士の口頭による場外乱闘戦もサッカーの見所である。
日本では、Jリーグ開幕が開幕した1990年代は主にオズワルド・アルディレスやトニーニョ・セレーゾなどの外国籍の監督がJリーグのトップチームの監督を務める事が多く、日本人はトップチームのコーチや下部組織で監督を務めるのが主流であったが、2000年代の初頭に入ると以前に比べ、岡田武史や反町康治などの日本人監督の台頭も次第に見られる様になった。
[編集] 選手
サッカー選手はその契約体型などによって、他のスポーツと同様にアマチュア契約のサッカー選手(アマチュア選手)とプロフェッショナル契約のサッカー選手(プロサッカー選手)、その他(社員選手など)に分けられる。Jリーグでは基本的に選手契約条件を満たした者に対してのみ、Jリーグの公式戦に出場できる資格を与えている。なお、Jリーグに籍を置いている選手の事を一般的にJリーガーと呼んでいる。また、学校に在学しながらJリーグの公式戦に出場している学生を俗称で「高校生Jリーガー」などと呼んでいる。
日本では、Jリーグが誕生するまでは一部の選手(スペシャル・ライセンス・プレーヤー)を除くとアマチュア選手が一般的であった。しかし、1993年にJリーグが誕生してからは日本でもプロサッカー選手という職業が一般的になった。なお、「プロサッカー選手を取り巻く環境の改善に取り組む」などの目的で組織されたJリーグ選手協会やJリーグキャリアサポートセンタ-(CSC)がある。また、それらの団体主催でシーズンオフ後に戦力外になった選手の合同トライアウトや引退した選手の進路サポート、現役選手の職業体験などを行っている。
海外では、新人選手のデビュー年齢は平均で17歳~18歳で日本とほとんど変わらないが、海外ではそれ以下の年齢であっても、クラブからある程度の実力が認められれば年齢に関係なくデビューすることも多い。しかし、日本では学校を卒業した後にクラブへ加入するのが一般的である。ただし、近年ではクラブからある程度の実力が認められれば、在学中であっても、Jリーグの下部組織や学校のサッカー部に籍を置きながら「特別指定選手」や「2種登録選手」に指定されてJリーグの公式戦に出場する事も可能で、彼らの中にはクラブとプロ契約を結ぶ者もいる。
[編集] 収入
サッカー選手の収入には、主に所属クラブから貰う報酬(給料)による収入や個人契約の広告出演料による収入、映像作品や著作本などからの印税収入があり、人気や実力を兼ね備えた選手になれば所属クラブからもらう報酬だけでも数億円に達する。また、ナショナルチームに選出されると、日本代表の場合では1試合あたりで20万円程の報酬が選手に支払われる。
クラブから貰う報酬に関しては、「年俸」と「出場給」に大きく分けられ、更に年俸を月給に換算すると「基本給」と「勝利給」に分かれる。なお、「勝利給」とは所属するチームが試合で勝った事を条件に支払われる報酬の事で、クラブの財政事情によって異なるが、「ホームで勝利した場合」と「アウェーで勝利した場合」でも金額が違うのが一般的である。また、「出場給」とはクラブが規定した1試合あたりの出場時間を満たした事を条件に支払われる報酬の事で、金額もクラブによって様々である。ちなみに、これらの他にもクラブによっては各ポジションの特性を生かした「特別給」というものがあり、そのポジションにおいて年間を通して一定の活躍をした場合に限って支払われる報酬もある[8]。
[編集] 移籍
サッカー選手の移籍はFIFAによって基本原則が決められており、これに基づいて各国協会(Jリーグの場合は日本サッカー協会)が詳細なルールを定めている。
移籍の制度としては、合意した移籍金を支払って保有権ごとに他チームへ移籍する「完全移籍」と、短期間の期限を設けて移籍先のチームが移籍元のチームにレンタル料を払って移籍する「レンタル移籍(ローン移籍)」などがある。なお、サッカー界では人材や金銭によるトレード移籍は基本的にドラフト制度やフリーエージェント制度といったものが存在しない事、1回での契約年数が平均5年以内程と短期間な事、レンタル移籍といった制度などがある事から北米プロスポーツ界程には活用していない。
ところで、一般的に「プロサッカー選手はプロ野球選手などといった他のプロスポーツ選手と比べると、頻繁に所属チームを変えている。」というイメージを持たれているが、現在の様な形になったのは1995年12月に欧州司法裁判所で下されたボスマン判決以降の事である。
[編集] 育成
サッカー界では主に学校の部活動単位と地域のサッカークラブ単位の2種類で選手育成が行われており、各国によってその構造や考え方が若干異なっている。例えば、欧州諸国では育成システムの中で技術的、戦術的なトレーニングをする事で優秀な選手を作り出そうとしているが、逆に南米諸国では試合形式などの実践的なトレーニングを中心に戦術的な規律やメンタル、基礎的な体力トレーニングを指導する。また、日本や韓国などのアジア諸国では基本的に部活動に頼った学校依存型の育成システムが一般的である[9]。
[編集] フランス
この分野で最も大きな成功を収めた国がフランスで、ナショナルチームの成績が低迷していた1970年代に、フランス政府とフランスサッカー連盟、クラブの共同出資により、どのクラブにも属さない若手選手を育成する目的で1974年にINF(国立サッカー研究所)をフランス中部のヴィシー(当時)の他、全国6箇所に設立し、同施設の最高責任者にあたる「ディレクトール・テクニーク・ナシオナル」を国家公務員待遇にした。また、その一方でフランス国内にあるクラブ側も育成の重要性を認識し、60年代末頃にはASサンテティエンヌやFCナントが育成センターを設置したが、その後は1部に所属している全てのクラブに育成センターの設置が義務付け、クラブの利害に縛られないINFと各クラブの伝統にのっとって特徴ある選手を育てるクラブの育成センターの両輪で選手を育成した。その結果、ナショナルチームは1994 FIFAワールドカップの本大会出場は逃したものの、自国開催の1998 FIFAワールドカップでは優勝した。なお、現在では2部の全てのクラブでも育成センターの設置が義務付けられ、フランス全土に41箇所ある。また、各クラブでは「育てて高く売却する」という考え方が現在では広く一般的になり、各クラブのスカウト網はフランス全土に留まらず、アフリカや中東、東ヨーロッパなどからも若い選手を獲得して指導している。ちなみに、フランスの育成センターの大きな特徴の一つとして挙げられるのが育成センター内で学校教育を受けられる点がある。これは、育成センターが市内の高等学校といった教育機関と提携しているためで、一部のクラブでは教師を雇って育成センター内で学校教育を行い、大学入学資格を取得できるようにしている。もちろん、トレーニング費用や寮費、食費などと同様に学費もクラブが負担している。
[編集] イングランド
イングランドでは元々、クラブは純粋にプロチームを運営・強化する為の組織だった事から、総合スポーツクラブの様にクラブの傘下に選手を育成する下部組織がなかった。その為、育成は専ら学校の部活動で行われていたのでラグビ-が盛んな学校に行くか、サッカーが盛んな学校に行くかという選択は競技選択の上で大きな岐路だったが、この様な方法では限界があり、ヨーロッパ大陸諸国との試合で勝てなくなってしまった。そこで、イングランドサッカー協会(FA)が選手育成に乗り出し、幾つもの試行錯誤の末にセンター・オブ・エクセレンス(地域トレーニングセンター)という学校をイングランド全土の53箇所に設立した。しかし、これは十分に機能しなかった事から現在ではアカデミー制度に移行している。ちなみに、このアカデミーは各クラブによってイングランド全土の39箇所で運営されている施設であり、FAの定める一定の条件を満たしたクラブにのみ同施設の設置と運営を許されている。クラブは近隣の少年を募集し、トレーニング行う。クラブはその見返りとしてアカデミーの選手に対する契約の優先権を得る事が出来る。更に、16歳になると、優秀な選手はスカラーシップとして契約し、17歳からはプロ契約も可能となる。こういったクラブのアカデミーはホームタウンの周辺に何箇所か作られ、周辺の公立学校と提携しているので学校教育も行っている。また、近年ではイングランドのクラブで働くフランス人が多くなった影響で、イングランドのクラブにフランス式の組織や方法論が次第に導入され始めており、多くのクラブが育成センターの建設を進めている。
[編集] イタリア・スペイン
イタリアとスペインの育成には共通点が多い。例えば、各クラブが2歳ごとの年齢別のユースチームを持ち、それぞれ地域リーグに所属して公式戦を行うシステムになっており、サッカー連盟の指導というよりは各クラブの方針に基づいた独自の育成を採っている。また、選手の獲得に関してもスペインではその様な制限はないものの、イタリアでは国内であっても遠い地域から選手を獲得する事を禁止している。その為、チームの選手には地元や近郊出身の選手が多い事から地元の選手は各家庭からクラブに通っており、教育も地元の学校に通学している。なお、選手獲得の制限が無いスペインの地方出身者は寮に泊まって提携校に通っている。ちなみに、イタリアの名門クラブはフランスの様に地元自治体からの助成金が支給される等といった様な優遇策が無い事や1990年代に国内外の一流選手の獲得・放出を繰り返すマネーゲームに溺れた事から育成にあまり熱心ではなく、どちらかといえば資金が限られている中小のクラブ(プロビンチャ)の方が名門クラブに自クラブの選手を高額な移籍金と引き換えに移籍させて経営を成り立たせている事から熱心である。
[編集] アルゼンチン
アルゼンチンのクラブではトップチーム・2軍・3軍までは年齢制限が無く、4軍から9軍までは1歳毎の区切りでチームが作られている。その中でプロの1部リーグと同じ顔のクラブが顔を揃えて年齢ごとのリーグ戦が行われており、年齢別の年間チャンピオンが決められ、4軍から9軍までの全てのカテゴリーのリーグ戦の勝ち点制によってユース年代のチャンピオンも決めている。
[編集] 日本・韓国・中国
日本の場合、かつては学校による育成が主流であったが、現在では学校の部活動とJリーグクラブの下部組織、地域のサッカースクールやクラブチームの3種類(3本柱)に分けられる。学校の部活動は従来の通り、小学校・中学校・高校・大学の4段階に分けられるが、名門の高校サッカー部に至ってはJリーグの下部組織にも負けないほどの設備を備えている所も多く、優秀な選手をJリーグクラブや日本代表に数多く輩出している。Jリーグクラブの下部組織は基本的に、Jリーグ運営のサッカースクール(小学校年代)・ジュニアユース(中学校年代)・ユース(高校年代)の3段階に分かれているが、その詳細な組織構成は各クラブによって異なる。なお、地域のサッカースクールやクラブチームのほとんどは中学生年代までを対象としたチームである。ただ、小学生~高校生の間に一貫してひとつの組織に所属している例は少なく、多くの選手はこれらの3本柱を往復している例が普通である。
ところで、この他にもU-12、U-14、U-17を対象とした「ナショナルトレセン」という日本サッカー協会によるトレーニングセンターもある。これは、地区トレセン・47都道府県トレセン・9地域トレセン・ナショナルトレセンの4段階からなっている。また、21箇所のJリーグクラブに設置された育成センターから構成される「Jリーグ・アカデミー」は本部の統括の下、①5歳から21歳までの一貫した指導②育成年代の指導者の充実③トレーニング環境の改善・充実④メディカル体制の充実などを掲げている。そして、これらとは別にフランスのINFをモデルに作られたエリート教育機関・養成システムの「JFAアカデミー福島」も整備している。
韓国の場合、蹴球協会に登録されるのはプロ選手や代表選手を目指す一部のエリート選手のみで、エリート選手になる為にはまず各地域にある指定校のサッカー部に入部しなければならない。だが、これまでは小学校の全国大会でベスト4に入らなければ、中学校の指定校のサッカー部には入れず、更にそこで全国大会ベスト4に入らなければ高校の指定校のサッカー部には入れなかった。また、学歴重視の韓国ではほとんどの選手は高校を卒業したら大学へと進学するのが一般的だった。ただ、今まではこういった「四強制度」以外のルートは原則的に認められていなかったが、これでは大器晩成型の選手はふるい落とされてしまうなどの矛盾が多かったために、Kリーグクラブの下部組織の整備やKリーグクラブと高校サッカー部の提携(縁故制度)、四強制度から八強制度への緩和などが進められている。また、最近ではクラブが資金を出してブラジルなどへ海外留学させる事例も増えている。
中国の場合、従来は学校による育成が主流だったが、1994年のプロリーグ発足を機に各地に財閥をスポンサーとするプロクラブが次々と生まれ、各クラブは育成のための下部組織を充実させた。財政状況にはかなりの格差はあるものの、芝生のトレーニング場を整備して、主にセルビア人などの東ヨーロッパ出身のプロコーチが指導にあたっている。また、プロ選手の育成を目的としたサッカー学校も全国に急増しており、選手たちは寮生活を送りながらサッカーのトレーニングに励んでいる。
[編集] 選手寿命
一般的なサッカー選手の全盛時は他のスポーツに比べて非常に短い。日本におけるJリーガーが引退する年齢は平均で20代半ばであり、30歳を超えている選手はベテランと呼ばれる。理由としては、格闘技に例えられるほどハードな競技であり、特に膝に対する負担が非常に大きい。ベテラン選手では膝の故障を一切していない選手は珍しいほどである。 また、体力的にもハイパワーで常に動き続ける競技なので、体力の低下がそのままパフォーマンスの低下につながる。 一般的に単純な体力のピークは20代前半とも言われる。
[編集] 代理人
サッカーにおける代理人としての種類には、選手側と契約して「チーム・スポンサーとの交渉」や「選手生活のサポート」をする代理人とクラブ側と契約して「有望な選手へのスカウト・交渉活動」をする代理人がいる。なお、クラブ側と契約する代理人は更にクラブ側に直接所属して活動をする代理人とクラブ側と代理人業務の契約をしてスカウト活動をする代理人(現地に在住しながら定点観測的に選手情報を契約しているクラブ側に提供している)の2種類に分ける事が出来る[10]。
また、代理人業務は「選手の親類・知人」、「引退選手」、「弁護士」などが一般的に務める場合が多いが、Jリーグでは規定でFIFA公認の資格を持つ者か弁護士に限定している。ちなみに、FIFA公認代理人の認定は各国のサッカー協会に委ねられている。
ちなみに、代理人と契約するか否かはFIFAなどで明確に規定しているわけではないが、一般的に現役のプロサッカー選手やプロサッカー選手として契約する若手のアマチュアサッカー選手は代理人(エージェント)を通してクラブ側と交渉などをする事が一般的である。これは、代理人を通す事によって、肉体的・精神的な選手への負担を軽減すると共に、クラブ側と公平な立場で円滑な交渉を進める事が出来るからである。
[編集] 審判員
詳細は「審判員 (サッカー)」を参照
[編集] 観戦者
サッカーの世界では、自分の贔屓のチームを応援する人々を「ファン」ではなく、サポーターと呼ぶ。彼らは一般的な試合観戦者とは違い、贔屓にしているチームの選手が着ている物と同じ種類の市販されているレプリカユニフォームやチームをあしらったタオルマフラーなどを身につけて応援しているのが特徴的で、その中でも自分の贔屓のチームを特に熱心に応援するサポーターを「応援の核をなすサポーター」という意味でコア・サポーターと呼んでいる。彼らは大小幾つかの集団(ウルトラス)を形成し、スタジアムの中である種の独特な雰囲気を醸し出している。
しかし、彼らの中にはフーリガンと呼ばれる一部の好戦的な人々がスタジアムの中や周辺におり、彼らが試合の前後や最中に起こす数々の反社会的な行為はサッカー界の問題のひとつでもある為、イングランドやドイツでは議員立法によるスタジアムの大幅な基準強化によるスタジアム内の監視体制やフーリガンの取り締まりを行っている。
応援方法については、太鼓などの楽器を使って自分のチームのチャント(応援歌)を歌ったり、楽器をほとんど使わずに声のみでチャントを歌ったりとその応援方法は国によって大きく異なっている。なお、日本では試合が始める前から試合が終了するまでの間、ほとんど休まずにサポーター集団がゴール裏で楽器を鳴らしてチャントを歌いながら飛び跳ねるという形が主流である。
[編集] 表彰
サッカー界には現役の選手・監督・審判などを対象に、FIFAワールドカップ終了後にFIFAによって選出される「FIFAワールドカップの各賞」など、報道関係者によって選出される「FWA年間最優秀選手賞」や「バロンドール」など、選手によって選出される「PFA年間最優秀選手賞」と「PFA年間最優秀若手選手賞」など、監督によって選出される「FIFA最優秀選手賞」や「UEFA年間最優秀選手」など、大陸連盟によって選出される「アジア年間最優秀選手賞」などがある。なお、日本ではシーズン終了後に合わせて「Jリーグアウォーズ」が1年に1回開かれ、MVPや得点王などを表彰している。
また、上記以外にはその国や地域のサッカー界に大きく貢献をした引退選手や功労者を対象にした「イングランドサッカー殿堂」や「日本サッカー殿堂」など、各試合のマッチコミッショナーによって選出される「Jリーグ マン・オブ・ザ・マッチ」など、FIFAや各大陸連盟などの記念事業として1回限りで選出される「FIFA 100」などがある。
[編集] 報道
日本では新聞(一般紙、スポーツ新聞)やサッカー専門誌などに代表される活字媒体、それに加えてラジオやテレビ、インターネットなどに代表される放送・通信媒体のマスメディアがサッカーの試合中継や速報、評論などを行っている。なお、試合中継には莫大な放映権料が主催者側やクラブ側に対して支払われるので、クラブ側にとっては大きな収入源の一つにもなっている。また、サッカーを専門的に扱っているメディアを「サッカーメディア」と呼び、そういった場で試合や選手、監督などの評論をしている評論家はマスメディアで自身を「サッカージャーナリスト」や「スポーツジャーナリスト」等といった肩書きで名乗っている場合が多い。
ちなみに、各国のサッカー評論は全体的な傾向としては厳しく、強豪国にもなると試合で良い結果を収めてても、試合内容が悪ければ監督や選手が批判にさらされる事も少なくない。特に、スポーツ新聞(スポーツ記事専門)のガゼッタ・デロ・スポルト(イタリア)やマルカ(スペイン)、レキップ(フランス)などは厳しい評論で有名で、イギリスで発行されている大衆紙のザ・サン、デイリー・ミラー、タイムズなどに至っては、サッカーの評論以外にも選手や監督の人間関係や私生活などといったゴシップ記事も幅広く扱っている。その一方で、これら厳しい評論の傾向にある海外のマスメディアと比べると、日本の評論は賛美や擁護の記事が目立つ事が多く、たとえ批判的な記事であっても単に感情的なものに終始していると言われている[11]。また、取材対象も欧州や南米ではナショナルチームよりもクラブチームの動向を中心に報道を行っているが、日本は逆である。
[編集] 問題点
サッカー界に関わる人口は世界規模のものである。それゆえに国際社会やスポーツ界が抱えている問題点がそのままサッカーの場にも表れる事がある。
[編集] 薬物問題
薬物問題については、サッカー界のみならず、スポーツ界全体が抱える問題の中で最も深刻である。
- 代表的な例
- 1994年6月、1994 FIFAワールドカップの大会期間中にアルゼンチン代表(当時)のディエゴ・マラドーナは禁止薬物のエフェドリンが体内から検出され、無期限の出場停止を命じられて同大会から追放された。
- 2004年10月、アドリアン・ムトゥにドーピング検査で陽性反応が出た。この為、当時所属していたチェルシーFCを解雇された。
- 2003年3月、実際にドーピングを行っていた訳ではないが、リオ・ファーディナンドがイングランドサッカー協会が課したドーピング検査を受けなかった為に一時は「ドーピング疑惑」まで囁かれた。なお、彼にはその後に「8ヶ月間の試合出場停止」と「罰金1000万円」の厳罰が下されたが、所属チームは出場停止期間も「週給1300万円」を払い続けた為にサポーター達からはチームに批判が集まった。
[編集] 人種差別問題
人種差別については、欧州の選手・監督・解説者・サポーターなどによる、特にアジアやアフリカ、中南米選手に代表される有色人種に対する発言・行為は深刻である。しかし、国際サッカー連盟等の国際機関はそれらを容認しておらず、侮蔑的な応援を行った者(サポーターも含む)のいるチームに対しては罰金・無観客試合などの厳しい罰則を科すといった厳しい処分が行われている。
- 代表的な例
- 2004年9月、レアル・マドリードの監督だったホセ・アントニオ・カマーチョを同監督の辞任にまで追い詰めた首謀者とされているロベルト・カルロス・ダ・シウバに対して、同チームのサポーター集団である「ウルトラ・スール」がボールへと触れる度にサルの鳴き声を真似たサルのものまねを行う[12]。
- 2004年11月、以前から人種差別的な発言が多いとされているスペイン代表監督のルイス・アラゴネスがイングランド代表との親善試合を行った際にホセ・アントニオ・レジェスに対して、「あの‘black shit’(アンリ)よりもお前の方が上だということを、イングランドの奴らに思い知らせてやれ」といった侮辱的な表現でティエリ・アンリに対する人種差別的な表現で指示を行ったとされた。また、同親善試合の試合中にはアシュリー・コール、ショーン・ライト=フィリップス、リオ・ファーディナンドらイングランド代表の黒人選手がボールを持つ度に、スタンドからサルの鳴き声を真似たサルのものまねの大合唱が沸き起こった[13]。
- 2005年5月8日、バレンシアCFvsFCバルセロナ戦でバレンシアCFのサポーターがFCバルセロナのサミュエル・エトオに対して、サルの鳴き声を真似たサルのものまねを行う。
[編集] 暴力問題
暴力については、サッカー界に限ったことではないが、スポーツは選手も観客も興奮させる。興奮状態の人間が大勢いれば、ちょっとしたきっかけから暴動に発展することもある。サッカー界で有名なものにはフーリガン問題があり、著名な出来事としてはヘイゼルの悲劇などが挙げられる。また、上記の様な形にまで発展しなくても、小さな暴力事件は頻繁に発生している。ちなみに、サポーター同士だけでなく、選手もこうった暴力の犠牲になってしまう場合も少なくない。また、身代金目的によるサッカー選手の親族の誘拐などもしばしば起こっている。
- 代表的な例
- 1994年、1994 FIFAワールドカップの試合でオウンゴールを与えてしまった選手がを終えて母国への帰国後に何者かに射殺される。(エスコバルの悲劇)
- 2007年11月11日、アレッツォ近郊(イタリア中部トスカーナ州)の高速道路のサービスエリアでラツィオサポーターとユベントスサポーター間でトラブルが勃発。現場介入したパトロール中の交通警察官の発砲によりラツィオサポーターの1人が死亡した。また、その後もベルガモやローマなどで一部のサポーターによる暴動が相次いだ。
- 2005年4月、UEFAチャンピオンズリーグ準決勝ACミランvsインテル・ミラノ戦の2ndレグで1-0とACミランがリードしていた時に一部のインテル・ミラノのサポーターが投げ込んだ発炎筒がACミランのジーダに当たった為に試合が24分間に渡って一時中断された。その後、試合は一時再開されたものの、試合再開後もインテル・ミラノのサポーターが発炎筒を投げ続けた為に試合は結局中止された。なお、2試合合計で3-0と勝ったACミランが準決勝に進出した。
[編集] 八百長問題
八百長については、競技の性質上から見て審判の影響力が他競技よりも比較的少ないが、サッカーの試合自体が世界的に賭博の対象[14]にもなっている為に深刻である。また、八百長の目的が賭博の他にも特定のチームの成績を上げようする目的で行われる事もある。
- 代表的な例
- 1993年、1992-1993シーズンのリーグ・アンにおいてオリンピック・マルセイユのベルナール・タピ会長主導で行われた同チームとヴァランシエンヌFC戦の八百長行為が発覚。なお、同チームは2部リーグ降格と1992-1993シーズンのリーグ・アン優勝、1992-1993シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ王者としての活動する権利を剥奪された。
- 2005年2月、ブンデスリーガ2部リーグの試合でロベルト・ホイツァー主審らがクロアチア賭博組織のメンバーであるアンテ・サピナから約135万円の金銭を受け取った見返りに試合で有利な判定などを行った。その後、彼らには執行猶予付きの懲役2年の判決などが下された。
- 2006年6月、ユヴェントスのGM職に当時就いていたルチアーノ・モッジらが審判を組織的に買収・脅迫し、ユヴェントスに有利な判定を行うように指示をした。(カルチョ・スキャンダル)
[編集] 代理人問題
代理人については、本来は各国サッカー協会に認定されたFIFA公認の代理人でなければならないが、中には無許可で詐欺的な代理人業務を行う者も後を絶たない。
- 代表的な例
- 内戦や政治的な混乱による貧困の中にいるアフリカ諸国の子供を標的にした金銭的な搾取行為[15]。
[編集] 誤審問題
判定については、誤審が問題になっている。元々、サッカーは他競技に比べても、試合の展開が速いという競技上の性格や選手の意図的な誘引行為が少なくないという事から誤審が発生しやすい競技であったが、近年は特に誤審が発生しやすい状況下にある。これは上記の理由に加えて、昔と比べても審判のレベルが低下している事や映像技術の目まぐるしい発達によって、今まで目視ではなかなか確認しにくくかった場面が映像によって目視でも十分確認が出来るようになったからである。ただ、FIFAや各国サッカー協会などはこの様な問題に対して、ハイテク装置導入の検討[16](ビデオ判定やボールの中にマイクロチップを埋め込むなどした方法の赤外線判定)や審判向けの講習会を開くなどして改善を試みているが一向に改善されていない。それどころか、マスコミやサポーター達は極度の誤審アレルギーからテレビや新聞、ネットなどで盛んに“判定ミス狩り”を行うようにまでなっている[17]。
- 代表的な例
- 1986年6月22日、1986 FIFAワールドカップ準々決勝戦のアルゼンチン代表vsイングランド代表戦、後半4分にイングランド代表DFがピーター・シルトンへバックパスを送った瞬間、マラドーナがペナルティーエリア内に走り込んだ。焦ったシルトンとマラドーナとの競り合いになったが、マラドーナはボールを素早く左手で叩き、ボールはそのままゴールした。イングランド代表の選手はマラドーナのハンドを主張したが、審判はマラドーナのゴールを認めた。(神の手ゴール)
- 1966年7月28日、1966 FIFAワールドカップ決勝戦のイングランド代表vs西ドイツ代表戦、延長戦の前半にイングランド代表のジェフ・ハーストがシュートを放ち、クロスバーに当たりほぼ真下に跳ね返った後、西ドイツ代表の選手によってクリアされた。しかし、ゴールを確認できなかった主審は線審に確認を求め、線審は得点が決まったと伝えた為にイングランド代表が3ー2とリードした。西ドイツ代表側はこの判定に猛然と抗議したが覆らなかった。
- 2002年5月31日から6月30日までに開催された2002 FIFAワールドカップにおける一連の誤審。
- 2005年3月、Jリーグ(J1)第1節の横浜F・マリノスvsジュビロ磐田戦、ロスタイムにジュビロ磐田の福西崇史の手に当たったボールがそのままゴールした。横浜F・マリノスの選手は審判に抗議をしたが覆らなかった。
[編集] 経営問題
経営については、近年は欧州のサッカー界を中心に問題になっているのがチームの債務超過や経営破綻である。これは、主に1990年代後半に起こった放映権料の高騰とボスマン判決による選手の移籍環境の変化で、当時は欧州で資金力のある名門チームを中心にしてシーズンオフや1月の移籍期間になると、チームの間で数億円クラスの高額な移籍金になった移籍案件の取引が毎年の様に行われ、中にはジネディーヌ・ジダン(7200万ユーロ、約97億円)のケースの様に、移籍金の額が日本円で約50~100億円にまで上昇した選手の移籍案件までもが稀に取引された事もあった。しかし、2004年頃には放映権料収入が頭打ちとなってしまった為に、欧州では選手補強にかかった資金を回収しきれなくなったチームが続々と債務超過になり、経営破綻するチームも出てきた。
しかし、その様な状況を変えたのが2000年代初頭からの新興国を中心とした世界的な好景気である。この世界的な好景気で台頭したロシアや中東諸国の企業家や投資家によって、欧州の各国サッカーリーグのクラブチームやスタジアム建設も投機的な対象になり、特にFAプレミアリーグのチームやスタジアム建設を中心に次々と彼らによる買収やスポンサー契約が成立したが、その中でもロシアの有力なオリガルヒであるロマン・アブラモヴィッチによるチェルシーFC買収は世界的な話題となった。しかし、2008年にはアメリカ合衆国から発した世界的金融危機の影響で彼らからの投資は激減、彼らの投資に頼っていたクラブチームやスタジアム建設は大きな見直しを迫られた。
- 代表的な例
- 2002年、1990年代後半の放漫経営の影響でフィオレンティーナが経営破綻。
- 2002年、自身の放漫経営の影響やオーナー企業の経営危機などからSSラツィオに給料の未払いなどの経営危機が起こる[18]。
- 2007年、放漫経営の影響でリーズ・ユナイテッドAFCが財政難に陥り、約84億円の負債を抱えて破産申請。
[編集] 健康問題
健康については、ナショナルチームやクラブチームの試合増加による選手のケガや突然死などが次第に頻発する様になり、所属選手のケガによる損害賠償を巡って、ナショナルチームによる国際試合を主催したFIFAや各国サッカー協会などを相手としたクラブチームによる裁判も発生するようになった。なお、2006 FIFAワールドカップでマイケル・オーウェンが負傷して、1シーズンを棒に振った際には所属先のニューカッスル・ユナイテッドFCに対してイングランドサッカー協会(FA)がオーウェンの欠場期間中に週10万ポンド(約2100万円)を補償した例もある。
- 代表的な例
- 2003年、フランスで開催されていたFIFAコンフェデレーションズカップ2003準決勝のカメルーン代表vsコロンビア代表戦で、後半27分にマルク・ヴィヴィアン・フォエが心臓発作で倒れて急死する。
- 2004年、モロッコで開催されたモロッコ代表vsブルキナファソ代表の親善試合でモロッコ代表のアバデルマジド・ウルメルスが全治8ヶ月の重症を負った。その後、所属先のシャルルロワSCが「昨季のチームの成績低下はウルメルスの負傷が原因である。」としてFIFAに対して補償を求めたが、FIFAは「何の因果関係も無い」とシャルルロワSCの主張を否定した為に両者の示談交渉は決裂したので、シャルルロワSCはFIFAを相手取って裁判を起こした。その後、裁判は欧州司法裁判所まで持ち込まれたが、2008年2月15日にFIFAとG-14の和解を受けて告訴は取下げられた。
- 2005年、フランス代表vsコスタリカ代表の親善試合でフランス代表のエリック・アビダルが負傷した。その後、所属先のオリンピック・リヨンがFIFAに対して補償を求めたが、FIFAは補償を拒否した為にウルメルスの件と同様に裁判へと発展した。しかし、2008年2月15日にFIFAとG-14の和解を受けて告訴は取下げられた。
- 2007年、セビージャFCに所属していたアントニオ・プエルタがリーガ・エスパニョーラのヘタフェCF戦で前半35分にそのまま意識を失って倒れる。その後、一時は意識を取り戻すものの再度意識を失って、そのまま入院先の病院で亡くなった。
[編集] 世界の事情
他の競技と比べてもサッカーは世界規模で親しまれているが、その中心的な役割を果たしているのが欧州大陸と南米大陸で、それら大陸の競技レベルの高さや興行的な規模の大きさは他の大陸とは格段の差がある。また、その様な事情からFIFAの運営はこれらの大陸出身者が要職を占めている事の方が多い。ただ、それらの大陸に属する全ての国々でこういった事がいえるという訳ではなく、フランスやイタリア、スペイン、オランダ、ドイツ、ブラジル、アルゼンチンなどといった世界大会での高成績や著名な選手を数多く生み出している「サッカーの強豪国」や「競技発祥の地」とされているイギリス4協会に集中している[19]。
[編集] イギリス
イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの4地域で構成されるイギリスは「近代サッカーの母国」と呼ばれているが、ナショナルチームの最高成績はイングランド代表が自国開催となったW杯イングランド大会で初優勝したのみである。
イギリスでは、サッカーはもともとラグビーと同じく中流階級の師弟が通うパブリックスクールで近代競技として成立したが、その過程は労働者階級の娯楽として発展していった。ただ、当時のイギリスの継続的な不況からくる労働者階級の人口の割合と、それ以外の階級者も観戦していたということを注意しなければならない。なお、ラグビーは同じイギリス国内のウェールズや北アイルランドなどで盛んに行われている。
イギリス国内にある「イングランドサッカー協会」(The FA)・「ウェールズサッカー協会」(FAW)・「スコットランドサッカー協会」(SFA)・「北アイルランドサッカー協会」(IFA)の4協会は全て、国際サッカー連盟(FIFA)よりも早く発足していた。その為、これら4協会は当初、「4協会の独立性の維持」や「アマチュア規定の解釈の相違」などの理由からFIFAへの加盟と脱退を繰り返していたが、後に「国内の地域単位での加盟」という加盟国の中では唯一の特例でFIFAに加盟したので、それぞれ地域協会ごとにナショナルチームとサッカーリーグを持っている[20]。また、夏季オリンピックのサッカー競技とFIFAや欧州サッカー連盟(UEFA)が主宰する各種国際大会(FIFAワールドカップ・EURO 欧州選手権・UEFAチャンピオンズリーグ・UEFAカップ・FIFA U-20ワールドカップやUEFA U-21欧州選手権などの年代別国際大会)には地域協会単位でのクラブチームやナショナルチームを参加させており、さらには7人いるFIFA副会長の一人はこの4協会から選ばれるなど、他にもいくつか特権的な地位が与えられている。
「近代サッカーの母国」という事もあって、1940年代まではFIFAワールドカップに一度も出場していないにも関わらず、イングランドサッカー協会に至っては自分たちを「世界最強」と謳っていた。だが、初めて参加した1950 FIFAワールドカップでは、FIFAワールドカップ本大会における初めての試合となったアメリカ合衆国代表戦に0-1で敗れ、結局は1勝2敗という成績でグループリーグ敗退という結果に終わっている。ちなみに、世界最古に行われた国際試合は1872年11月30日のスコットランドのグラスゴーにて行われたスコットランド代表とイングランド代表の一戦である。
かつて、イングランドなどのイギリス各地ではフーリガンという暴力的なサッカーファンの存在が大きな社会問題だった。特に、彼らが原因となったヘイゼルの悲劇は近代サッカー史上に残る程の大惨事で、こういった相次ぐフーリガン絡みの事件や事故を重く見た政府は1980年代にフーリガン規制法を制定し、スタジアムの大幅な安全基準の見直しなどを行った。現在では各スタジアムの試合運営スタッフがスタジアムの至る所に監視カメラを設置し、特定のサポーター(フーリガン)に対する厳重な監視や入場制限を行い、近年ではスタジアムではそれまで頻発していたフーリガン絡みの事件や事故の件数が減少した[21]。
近年、好調なイギリス経済と共にイングランドサッカーの環境が大きく変わろうとしている。ロマン・アブラモヴィッチのチェルシーFC買収を筆頭に、タクシン元タイ首相のマンチェスター・シティFC買収、有名なアメリカ人富豪であるマルコム・グレーザーのマンチェスター・ユナイテッドFC買収などといったイングランドサッカークラブの買収が相次いでおり、その影響で国内外の有名選手を中心とした選手の流動が1990年代以前と比べると激しくなった。その結果、UEFAチャンピオンズリーグやUEFAカップなどではイングランドサッカークラブの活躍が目立っている。しかし、その一方でスタジアムの中には観戦ツアーで訪れた国内外の観光客や企業の接待などで訪れた観客などといった富裕層による観戦増加が目立つようになったが、逆に高額になったチケットを購入する事が出来ない労働者階級のサポーターによる観戦は減少傾向にある。また、プレミアリーグは放映権料の値上げや中国などの経済的新興国を中心とした積極的な世界市場への進出という拡大路線の下に運営を行っている[22]。
[編集] イタリア
イタリア代表は国際大会で数々の輝かしい成績を残しており、1934 FIFAワールドカップ、1938 FIFAワールドカップ、1982 FIFAワールドカップ、2006 FIFAワールドカップ、UEFA欧州選手権1968で優勝している。なお、愛称は「アズーリ」(Azzurri)である。また、クラブチームでもイタリア国内にはUEFAチャンピオンズリーグなどの国際大会で数々の輝かしい成績を残してきたインテルナツィオナーレ・ミラノ、ACミラン、ユヴェントス、ASローマなどといった多くの強豪チームが本拠地を置いている。
ただ、近年はフーリガンによる暴力事件や2006年に起きた「カルチョ・スキャンダル」などがイタリアの社会問題にまでなっている。また、イタリアのサッカーに対する批評の特徴として、愛の鞭とも自虐的とも捉えられる厳しい批評が挙げられる。欧州ではイタリアに限ったことではないが、イタリアの毒舌ぶりは特筆すべきものがあり、特にナショナルチームへの評価は常に厳しい。故に、監督や選手たちはセリエAやイタリア代表でプレーするにあたっては、凄まじいプレッシャーの中で闘うことを余儀なくされる。
[編集] スペイン
スペインでは国内の歴史的な背景の影響もあって、スペイン代表よりもスペイン国内にあるクラブチームの方が注目を集めている。中でも、FCバルセロナとレアル・マドリードによる「エル・クラシコ」は全世界のサッカーファンが注目する一戦である。また、アスレティック・ビルバオは地元の出身者だけで構成されたチームに拘っている事で知られている。
その反面、スペイン代表は1964年に1964 欧州ネイションズカップで優勝しただけで、それ以降はFIFAワールドカップなどの国際大会では優勝候補に毎回上がるものの、なかなか優勝する事は出来なかった。しかし、2008年に開催されたUEFA欧州選手権2008では優勝している。
[編集] ドイツ
ドイツ代表は、1954 FIFAワールドカップ、1974 FIFAワールドカップ、1990 FIFAワールドカップで優勝しており、UEFA欧州選手権でもUEFA欧州選手権1972、UEFA欧州選手権1980、UEFA欧州選手権1996で優勝している。
なお、ドイツ国内にあるクラブチームではバイエルン・ミュンヘンが有名である。
[編集] オランダ
オランダは強豪国のひとつではあるものの、FIFAワールドカップでの優勝経験はまだ無い。ヨハン・クライフが率いてトータルフットボールで席捲した1974 FIFAワールドカップも準優勝に終わった。優勝したのはオランダトリオ(ミラントリオ)が在籍したUEFA欧州選手権1988のみである。なお、オランダ代表の愛称は「オレンジ軍団」。
ところで、オランダは選手だけでなく、優秀な監督も世界に送り出している。主に「トータルフットボール」を具現化したリヌス・ミケルスを始め、選手としても名手だったヨハン・クライフや有能な若手を育成してアヤックスに数々の栄冠をもたらすと共に再び黄金時代を築いたルイス・ファン・ハール、韓国代表やPSVアイントホーフェンという比較的に戦力が劣るチームを「ヒディンク・マジック」とも呼ばれる手腕で躍進させたフース・ヒディンクなどがいる。
なお、オランダ国内にあるクラブチームではアヤックス・アムステルダムやPSVアイントホーフェン、フェイエノールトが有名である。
[編集] フランス
ミシェル・プラティニ、ジネディーヌ・ジダン、ティエリ・アンリなどの世界的な名選手を輩出した強豪国であり、国際サッカー連盟(FIFA)の初代会長を務めたロベール・ゲランもフランス人である。
また、自国開催となった1998 FIFAワールドカップでは決勝戦でブラジルを倒して大会初優勝を成し遂げた。フランス代表の愛称は「レ・ブルー」(Les blues)である。
[編集] アルゼンチン
アルゼンチンはブラジルと共に両雄をなすサッカー強豪国である。アルゼンチンはブラジルと並んで世界のサッカー史に名を残す名手を数多く輩出しており、古くはアルフレッド・ディ・ステファノやマリオ・ケンペスなどが有名であるが、そんな中でもディエゴ・マラドーナが世界的に有名である。
アルゼンチン代表の愛称は「セレステ・イ・ブランコ」(水色と白)、あるいは「アルビセレステ」(空色と白)で、1978 FIFAワールドカップと1986 FIFAワールドカップで優勝している。
ちなみに、首都であるブエノスアイレスに本拠地を置く、リバープレートとボカ・ジュニアーズによる「スーペルクラシコ」は南米大陸地区のみならず、世界でも有名なダービーマッチのひとつである。なお、アルゼンチンでは「バビーフットボール」と呼ばれる現在のフットサルに似た競技が非常に盛んである。
[編集] ブラジル
詳細は「ブラジルのサッカー」を参照
[編集] 日本
詳細は「日本のサッカー」を参照
[編集] アメリカ合衆国
詳細は「アメリカ合衆国のスポーツ#サッカー」を参照
[編集] 関連項目
- 各国のサッカー
- 世界の女子サッカー
- 国際サッカー連盟
- FIFA非加盟協会会議
- サッカーリーグ一覧
- サッカーの国際大会一覧
- 日本のサッカー大会一覧
- サッカー選手一覧
- サッカー代理人一覧
- エスコートキッズ
[編集] 参考書籍
- 『欧州サッカースタジアムガイド』 野辺優子、斉藤健仁 えい文庫
- 『フットボール株式会社 ~プロサッカークラブ運営の“仕組み”と“からくり”~』 ワールドサッカーダイジェスト 6月16日号 日本スポーツ企画出版社
- 『全世界サッカー読本~世界114カ国のフットボール事情をナビゲート~』 東邦出版
- 『スポーツ・スピリット21⑧ イングランドサッカー・「黄金の軌跡」』 ベースボール・マガジン社
- 『世界のサッカーエンブレム完全解読ブック』 野辺優子、斉藤健仁 えい文庫
- 『世界のサッカーエンブレム完全解読ブック2』 野辺優子、斉藤健仁 えい文庫
- 『世界のサッカーエンブレムFILE』 斉藤健二 エイムック1783
[編集] 脚注
- ^ 「MLS改めてシーズン春秋制維持を強調」sportsnavi.com
- ^ 「ドイツなども『春秋制』を熱望? サッカー専門誌が『秋春制』に異議。」ナリナリドットコム
- ^ 大住良之「52. ワールドカップ南米予選がもう始まる理由」NIKKEI NET
- ^ 大住良之「163.代表とクラブ 高まる軋轢(あつれき)」NIKKEI NET
- ^ 「スコアカード - Soccer 『観客との一体感を生むサッカー専用スタジアム。』」 Nunber Web 文・浅田真樹
- ^ 「集客の見込めるスタジアム」 ワールドサッカー観戦記
- ^ 「[杉山茂樹ワールドコラム] カンポをめぐる狂想曲 Form:横浜 『横浜スタジアムに格付けを。』」 NumberWeb
- ^ 専修大学大学院経済学 青木梓「プロサッカー選手の労働市場と賃金制度」専修大学 (pdf)
- ^ 後藤健生「[図解で読む]各国育成システム徹底比較。」2003年1月23日Sports Graphic Number 567
- ^ 「代理人とは何者なのか!?」木村元彦 『季刊 サッカー批評 』2005年 双葉社
- ^ 「32 日本サッカー批評 ~我々は惨敗を直視する~」サッカー批評 双葉社
- ^ 「レアルマドリーの真実『人種差別とサッカーの悲しい関係』」 Number Web 文・木村浩嗣
- ^ 「欧州サッカーは立ち上がれるか? アンリが発起人となった、人種差別反対運動の背景。」 Number Web
- ^ 「インターネット賭博、取り締まり困難でまん延」 サーチナ
- ^ 「アフリカの夢と現実」 Tifosissimo!!! archive
- ^ 「サッカーW杯、疑惑判定防止にハイテク利用の道は開けるか?」2006年6月20日 CNET Japan
- ^ sportsnavi.com
- ^ 「ラツィオが経営危機 サッカーセリエA」共同ニュース 2002年11月9日
- ^ 『サッカーの敵』 サイモンクーパー、柳下穀一郎、後藤健生 2001年
- ^ 大坪正則「イギリスのサッカー協会」スポーツ経営最前線
- ^ 水野正明「フーリガンに対する一考察」(pdf)
- ^ 大住良之「32.『プレミア』のクラブはなぜ買われるのか」NIKKEI NET
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最終更新 2009年11月23日 (月) 00:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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