サッポー

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サッポー
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文学
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サッポー、或はプサッポーサッフォー(希・アッティカギリシア語 Σαπφώ, Sappho, アイオリスギリシア語 Ψάπφω, Psappho、紀元前7世紀末-紀元前6世紀初)は、古代ギリシアの女性詩人

[編集] 生涯

生前から詩人として著名であり、シチリア島シュラクサイに亡命の時期に、彫像が立てられたともいう。またプラトンはサッポーの詩を高く評価し、サッポーを「十番目のムーサ」とも呼んでいる。

歴史学(パピルス)上ではっきりしているのは、サッポーは、紀元前596年にシチリア島に亡命し、その後、レスボス島に帰国した事実のみである。 サッポーの『生涯』は『伝説』の域を出ず、歴史学的に(パピルス文献学上)不明で、一説に拠ると『サッポー(の夫)(推定名「ケルキューラース」)は富裕な商人で、サッポーは夫とともに各地に頻に旅行した...』ともあるが、アルカイオスとの友愛(残存詩片から確認)は存続し、仮令『男友』は多けれども、一度夫と『結婚』し、一女『クレイス』を生み、かなり早い時期に夫と死別、その後は寡婦を徹したとの説がその才媛の勝気な詩作からの類推に拠り有力視されている。また、サッポーはアルカイオスと異なり、政治には自身の詩作上において関わず、主観の方向は内的情熱に傾倒し、亡命の際以外、政治への関与は避けた。

またサッポーはある種の学校を作り、若い娘たちを生徒として、文芸・音楽・舞踊を始めとする教育を行った。サッポーの詩のうちの一部は、その生徒のために書かれたものである。

サッポーの作品には5脚の3行と2脚の1行からなる四行詩が多く、この形式はサッポー詩体として知られる。またその詩の内容は好んで恋愛を主題とする。古来サッポーの作として著名なものに「アプロディテへの讃歌」がある。

恋愛詩人としてのサッポーは古代ローマ時代にもよく知られ、オウィディウスは抒情詩「愛について」の中で「いまやサッポーの名はあらゆる国々に知られている」(Ars Amatoria, 第28行)と述べている。

その一方で後世にはサッポーの作品は頽廃的であるとみなされ、さまざまな非難を浴びた。すでにローマ時代にもサッポーは非難の的となっていたが、キリスト教の隆盛とともに、サッポーの詩は異教的頽廃の代名詞ともされ、多くの作品が失われた。非難の中にはサッポーを貶めるため、サッポーを同性愛者とするものもあった。そのため Sapphic (サッポー風の)は女性同性愛者を呼ぶのにも用いられた。今日、女性同性愛者を呼ぶ一般的な呼称である「レスビアン」もサッポーがレスボス島出身であることに由来し、その誤解(曲解)から、同島の現代の一般名称はミティリーニ島の名称に好んで替えられて呼ばれている。

[編集] 日本語で読める文献

  • 『サッフォー詩集』(原文のギリシア語と対訳の全詩集)八木橋正雄(1980年:本邦初出)(八木橋正雄刊)
  • 『サッフォー 詩と生涯』 沓掛良彦 (1988年)(平凡社)(再刊:2006年;再刊版は「水声社」刊)
  • 『ギリシア・ローマ抒情詩選』 呉茂一(1948年初版) (岩波文庫)(抜粋かつ抄訳のみ)(複刻2008年;複刻は「複刊ドットコム」刊)

[編集] 外部リンク

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最終更新 2009年11月12日 (木) 09:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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