サマリア人
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サマリア人(さまりあびと)とは、イスラエル人と、アッシリアからサマリアに来た移民との間に生まれた人々とその子孫のことをいう。
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[編集] 概要
サマリアは北の王国、イスラエルの首都であったが、アッシリア王サルゴン2世の攻撃により紀元前721年に陥落。住民は捕囚の民となり指導的地位にあった高位者は強制移民により他の土地に移され[1] 、サマリアにはアッシリアからの移民が移り住んだ。このときイスラエル王国の故地に残ったイスラエル人と、移民との間に生まれた人々がサマリア人と呼ばれた。
彼等はユダヤ人にイスラエル人の血を穢した者といわれ迫害を受けていた。また、捕囚から後、アッシリアの宗教とユダヤ教が混同したものを信じ、ユダヤ教に対抗して特別な教派を形成していたため、ユダヤ人はサマリア人を正統信仰から外れた者達とみなし、交わりを嫌っていた。実際、サマリア人はヘレニズム時代、ナーブルスのサマリア神殿にギリシアの神の像を持ち込んだこともあった。また、ユダヤ人によって聖地エルサレムから閉め出されていたため、ゲリジム山に神殿を建てていた。
新約聖書にもしばしば登場し、イエスの福音を受け入れたものも多かった。また、イエスも彼等を迫害の対象とはせず、「隣人」として受け入れていた。ただ、サマリア人がイエス一行に宿を貸さなかった時には、弟子たちは町を焼き払おうと進言し、イエスに止められている。しかし、皮肉にもイエスの教えを奉じたキリスト教徒によって迫害され、東ローマ帝国はキリスト教の教会を建てるためにゲリジム山を占領し、サマリア人を虐殺したという。
現在、和睦が成立し、ユダヤ教徒の一派として認められている。
ところでサマリア人の人口は、長年の迫害や同族内での結婚が続いた結果、2007年現在で700名余りにまで減少した。特に男性の結婚難が深刻で、近年ではロシアや東欧に新婦となる女性を求める動きが見られるが、伝統的なサマリアの習俗への服従等が足かせとなって、思うようにはいっていないようである。
[編集] 善きサマリア人
[編集] 逸話の内容
有名なイエスの説法に、「善きサマリア人」の逸話がある。
ある律法の専門家が立ち上がり、彼を試そうとして言った、「先生、わたしは何をすれば永遠の命を受け継げるのでしょうか」。
イエスは彼に言った、「律法には何と書かれているか。あなたはそれをどう読んでいるのか」。
彼は答えた、「あなたは、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神なる主を愛さなければならない[2]。そして、隣人を自分自身のように愛さなければならない[3]。」
イエスは彼に言った、「あなたは正しく答えた。それを行ないなさい。そうすれば生きるだろう」。
しかし彼は、自分を正当化したいと思って、イエスに答えた、「わたしの隣人とはだれですか」。
イエスは答えた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗たちの手中に落ちた。彼らは彼の衣をはぎ、殴りつけ、半殺しにして去って行った。たまたまある祭司がその道を下って来た。彼を見ると、反対側を通って行ってしまった。同じように一人のレビ人も、その場所に来て、彼を見ると、反対側を通って行ってしまった。ところが、旅行していたあるサマリア人が、彼のところにやって来た。彼を見ると、哀れみ[4]に動かされ、彼に近づき、その傷に油とぶどう酒を注いで包帯をしてやった。彼を自分の家畜に乗せて、宿屋に連れて行き、世話をした。次の日、出発するとき、二デナリオンを取り出してそこの主人に渡して、言った、『この人の世話をして欲しい。何でもこれ以外の出費があれば、わたしが戻って来たときに返金するから』。さて、あなたは、この三人のうちのだれが、強盗たちの手中に落ちた人の隣人になったと思うか」。
彼は言った、「その人にあわれみを示した者です」。
するとイエスは彼に言った、「行って、同じようにしなさい」。– 『ルカによる福音書』第10章第26~37節
祭司やレビ人が見て見ぬふりをしたのは、両者は祭礼に拘わる人物であり、人命救助より祭礼を優先したとする説。また、同じく祭礼に拘わる人物には「死体に触れてはならない」禁忌があり、被害者がもし死んでいたならば、禁忌に反することになることを恐れたためという説がある。
このことから、「善きサマリア人」とは、「そのことによって、自分が不利益を被るリスクを顧みず人助けをする行為」を指すようになった。
[編集] 影響と現在
マーティン・ガードナーとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、共にこの逸話を人種差別否定の思想として紹介している。
ガードナーは『奇妙な論理〈1〉—だまされやすさの研究』早川書房、ISBN 4150502722で「イエスが愛されるべき真の「隣人」の例としてサマリア人を選んだのは、古代エルサレムではサマリア人は軽蔑された少数民族だったからだということを、悟る人はほとんどいない」(136頁)と指摘。(原著はアメリカ合衆国で出版されたものなので、その読者に対し)「「サマリア人」のかわりに「黒人」をおいたときはじめて、あなたはこのたとえ話の意味を、当時キリストのことばをきいた人々が理解したとおりに、理解するはずである」(前掲、同)と主張した。
また、キングの『愛するための強さ』によれば、黒人差別の実態として、ある黒人大学生バスケットボールチームの交通事故の例を挙げている。 3人が負傷し、救急車が呼ばれたが、白人の隊員は「黒人にサービスするのは私の方針ではない」と搬送を拒んだ。通りすがりの運転手に搬送を引き受ける者がいたが、搬送先の病院の医者は「われわれはくろんぼをこの病院には入れない」と受け入れを拒んだ。やむなく50マイル離れた黒人専用病院に搬送したが、既に1人は死んでおり、残る2人も30分後に息を引き取ったという。これは、救急隊員や医者が特に悪人なのではなく、ただ黒人の隣人になることを拒んだということなのである。1968年4月3日(キング暗殺の前日)には、「レビ人は、『もしわたしが旅人を助けるために止まったならば、わたしはどうなるか』という疑問を持ち、サマリア人は逆に、『もしわたしが旅人を助けなかったならば、彼はどうなってしまうか』という疑問を持ったのです」[5]と指摘している。
現在、アメリカ合衆国などで導入されている善きサマリア人の法とは、窮地の人を救うために善意の行動をとった場合、救助の結果につき重過失がなければ責任を問われないという趣旨の法である。
[編集] 神学生への実験
1990年代、プリンストン大学の心理学者、ジョン・M・ダーリーと、ダニエル・バッソンが、神学校の学生を相手に次の実験を行った[6]。内容は、学生に聖書のテーマに基づく短い即興の談話を依頼するというもので、学生が会場に向かうと、途中に行き倒れた人がいる。つまり「善きサマリア人」の状況を再現して、その反応を見るという実験だった。実験にあたり、以下の変化を付けた。
- 学生の、神学校への志望動機について、宗教を個人の精神的な充足の手段と思うか、日常生活に意味を見いだすための実践かを尋ねた。
- 依頼する談話の内容を、職業としての聖職者と宗教的使命の関係を主題とするものと、「善きサマリア人」のたとえ話を主題にするものに分けた。
- 会場に送り出す際、「あ、遅刻だ。向こうでは数分前からきみを待っている。急いだ方がいい」と言う場合と、「まだ数分の間があるが、そろそろ出かけた方がいいだろう」と言う場合に分けた。
ここでどの学生が「善きサマリア人」を演じたかを予測して貰うと、「志望動機が実践的で、善きサマリア人のたとえ話を談話の主題にした学生」との答えが大半を占めた。
しかし、どちらの要素も大勢に影響は与えておらず、最後の「急いでいるかどうか」が学生の行動を左右していた。すなわち、遅刻だと言われたグループが行き倒れた人を見て立ち止まった割合は10%、数分の間があると言われたグループは63%だった。つまり、善きサマリア人のことを考えているはずの神学生でも、行動しているときのその場の背景(つまり、遅刻するかどうか)ほど重要ではなかったのである。
[編集] 年表
[編集] 有名なサマリア人
- ユリアヌス・ベン・サバル Julianus ben Sabar
- ババ・ラッバー Baba Rabba
- アンドロニクス・ベン・メシュッラム Andronicus ben Meshullam
- シモン・マグス Simon Magus
[編集] 脚注
- ^ 当時捕囚は被征服民族を支配する上で一般的な方法だった。
- ^ 『申命記』第6章4節から5節「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」
- ^ 『レビ記』第19章18節「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」
- ^ 佐藤研「キリスト教はどこまで寛容か(その1)」『福音と世界』2007年8月号、新教出版社、p.41 には「腸(はらわた)のちぎれる想い」とある
- ^ 「"I've Been to the Mountaintop" by Dr. Martin Luther King, Jr.」(英語)
- ^ マルコム・グラッドウェル、高橋啓訳、『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』、飛鳥新社、2000年2月、pp196-199。ISBN 978-4870313941、絶版。文庫版は『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』、ソフトバンククリエイティブ、2007年6月23日、ISBN 978-4797338126
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年10月26日 (月) 12:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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