サミー・デイヴィスJr.

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Sammy Davis Jr.
サミー・デイヴィスJr.
1989年
1989年
本名 Samuel George Davis, Jr.
生年月日 1925年12月8日
没年月日 1990年5月16日(満64歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州
国籍 アメリカ合衆国
民族 アフリカ系アメリカ人
職業 俳優歌手、エンターテイナー
ジャンル 歌、ダンス
活動期間 1928年1990年
活動内容  映画、歌手
公式サイト 公式サイト
主な作品
映画
キャノンボール
『オーシャンと十一人の仲間』 

サミー・デイヴィスJr. (Sammy Davis Jr. 、- ジュニア、本名:Samuel George Davis, Jr. 、1925年12月8日-1990年5月16日)は、アメリカ歌手俳優、エンターテイナー。

目次

[編集] プロフィール

[編集] 生い立ち

ニューヨーク州ハーレム地区ボードヴィル・ショー巡業を生業とする一家に、アフリカ系アメリカ人の父とプエルトリコ系の母の間に生まれた。

幼少の頃から音楽楽器ダンスのレッスンを受け、3歳のときに初舞台に立つ。巡業でアメリカ中を転々としていたため、通信教育で高校卒業資格を取得する。

[編集] スターダムに

1944年には徴兵されアメリカ陸軍に入隊し、第二次世界大戦に一兵卒として参戦したものの、その経歴から、兵士向けのショーなどを行う慰問部隊に配属された。

1954年に初のレコードをリリースし、その高いエンターテイメント性と音楽的才能が幅広い層から高い評価を受けて全米で大ヒット作となり、一躍全米レベルでのスターダムにのし上がった。また歌だけでなく、その抜群のリズム感を生かした素晴らしいタップ・ダンスの魅力、またフレッド・アステアフランク・シナトラなどの、他の歌手やエンターテイナーの物真似芸も得意とし高い人気を得た。

[編集] 「シナトラ一家」

公民権パレード参加中のサミー(1963年)

1950年には、当時人気絶頂であったフランク・シナトラに見出され、シナトラとディーン・マーティンピーター・ローフォードらとともに「シナトラ一家」(「ラット・パック」)を組み、シナトラがネバダ州ラスベガスに所有するカジノホテル、「サンズ」を中心にツアーを行ったほか、『オーシャンと十一人の仲間』(後にジョージ・クルーニーブラッド・ピットアンディ・ガルシアなどの出演でリメイクされた『オーシャンズ11』のオリジナル)などの映画に出演した。

この頃はアメリカ国内において公民権運動が徐々に高まりつつあったが、中西部などを中心にまだまだ白人による人種差別が激しく、多くのホテルやレストランが客として受け入れることを拒んでいたアフリカ系アメリカ人であるサミーを一家に入れて「サンズ」のショーに出演させることに反対するものが多かった。

しかしシナトラはサミーの音楽センスを高く評価していた上に、新興移民のイタリア系であることから、自ら人種差別を受けることも多く人種差別を嫌悪していたため、周囲の反対を押し切ってサミーをシナトラ一家に迎え入れた。

[編集] アメリカを代表するエンターテイナー

リチャード・ニクソン大統領とともに(1973年)

「オーシャンと十一人の仲間」以降も、「七人の愚連隊」などの映画に出演した他、ラスベガスなどでのショーやテレビへの出演などを通じて20世紀のアメリカを代表するエンターテイナーの1人として世界的に活躍した。

しかし、1954年に交通事故で左目を失明したり、当時まだ人種差別が法律で認められていたアメリカにおいて、様々な歴史的経緯からアメリカ合衆国において差別をされているユダヤ教徒アフリカ系アメリカ人の混血であるがゆえに、さまざまな場面で過酷な人種差別を受けるなど、成功の影で苦労も多かった(これに抗議してか、後にユダヤ教に再改宗している。この点はアルノルト・シェーンベルクと似ている)。

[編集] 日本での活躍

1963年に初来日して以降、フランク・シナトラやライザ・ミネリとの共演を含め、生涯を通じて数回の来日公演を行った他、1973年に放映されカンヌ国際広告祭でグランプリを受賞したサントリーホワイトテレビCM出演を通じて、お茶の間でもおなじみの顔となった。また、主演作の多くが公開されたこともあり、俳優としてもおなじみであった。

[編集] 日本公演

12月19日,20日 NHKホール、21日 新高輪プリンスホテル飛天の間
2月23日 大阪城ホール、25日 東京ベイN.Kホール

[編集] 死去

1990年にカリフォルニア州ビバリーヒルズにある自宅で喉頭ガンで死去した。64歳。亡骸はカリフォルニア州グレンデールにある墓地に埋葬されている。

[編集] 代表出演作

  • ポギーとベス (1959年)
  • オーシャンと十一人の仲間 (1960年)
  • 第三の脱獄(1962年)
  • 荒野の3軍曹(1962年)
  • 七人の愚連隊(1963年)
  • 三文オペラ (1963年)
  • 君は銃口/俺は引金(1968年)
  • ジェームズ・ディーンのすべて/青春よ永遠に(1975年)
  • キャノンボール(1980年)
  • キャノンボール2(1983年)
  • ザッツ・ダンシング! (1984年)
  • タップ(1989年)
  • アルフ(名前だけ登場 基本的にアルフ本人が名乗る偽名の一つ)

[編集] 代表作

  • ベスト・オブ・サミー・デイビス
  • アット・タウン・ホール
  • サミー・デイヴィスJr.&カウント・ベイシー
  • イッツ・マジック
  • ムード・トゥ・ビー・ウード

[編集] 受賞

[編集] 関連項目

[編集] 外部サイト

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月26日 (木) 05:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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