サレジオ工業高等専門学校
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サレジオ工業高等専門学校(-こうぎょうこうとうせんもんがっこう)は東京都町田市にある高等専門学校。 全国唯一の技術系ミッションスクールとして歴史と伝統を誇る。とりわけ、ビジュアル情報工学科は日本で最初にラテン語辞書を印刷した印刷(工学)科を承継し、多数の著名な同窓生を輩出している。また、国内外のソーラーカーレース、鳥人間コンテスト、ロボットコンテスト等の出場校としても有名。2007年のロボットコンテストではロボコン大賞、特別賞(本田技研工業)を受賞した[1]。
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[編集] 沿革
- 1934年 カトリック修道会のひとつであるサレジオ会により、東京育英工芸学校として現在の杉並区に創立(学校設立代表者ヴィンチェンツォ・チマッティ師)。印刷科を設置許可。
- 1935年4月 学校開学
- 1938年 木材工芸科を増設
- 1940年 財団法人組織とし、帝都育英学院となる
- 1942年 甲種工業学校に昇格、帝都育英工業学校となる
- 1947年 学制改革により帝都育英学院中学校を併設
- 1948年 学制改革、帝都育英工業高等学校になる
- 1949年 電気科を増設
- 1951年 学校法人帝都育英学院と改称
- 1960年 校名を育英工業高等学校・育英中学校と改称
- 1963年 法人名を学校法人育英学院と改称、育英高等専門学校を開設、改称し、印刷工学科、電気工学科、工業意匠学科の3科設置。
- 1965年 育英工業高等学校を廃校する
- 1967年 改組、育英工業高等専門学校となる。工業意匠学科を工業デザイン学科と改称
- 1975年 印刷工学科をグラフィック工学科と改称
- 1978年 グラフィック工学科印刷研究館落成
- 1988年 情報教育センター設置。男女共学の実施
- 1989年 電子工学科・情報工学科設置認可
- 1990年 電子工学科・情報工学科新設、5学科編成。育英中学校廃止認可
- 1997年 グラフィック工学科をビジュアル情報工学科に改称。工業デザイン学科をデザイン工学科に改称
- 1998年 サレジアン文化技術交流センター(SITEC)落成
- 2005年3月 育英高専杉並校舎を閉鎖。東京都町田市のグランネットタウン地区に移転、デザイン、電気、電子、情報の4学科編成となる。サレジアン文化技術交流センター(SITEC)のみ杉並キャンパスとして残る。
- 2005年4月 現校名に改称。
- 2008年4月 電子工学科を機械電子工学科と改称。
[編集] 校是
- 「神は愛なり Loving Kindness」
- 「技術は人なり Human Technology」
- 「真理は道なり Living Truth」
[編集] 校歌
[編集] 学科
- デザイン学科
- 機械電子工学科
- 電気工学科
- 情報工学科
専攻科(生産システム工学専攻)
[編集] 著名出身者
- 江藤俊哉 - ヴァィオリニスト、 元桐朋学園大学学長
- 由良拓也 - レーシングカーデザイナー
- Alex Enthoven - ベルギーを代表する工業デザイナー
- 辻伸一 - アニメーション映画監督
- 川端宏 - タツノコプロ所属の作画監督
- 松原明徳 - 東映動画所属のアニメーター、演出家
- 菊池英一 - 俳優
- 根本研二 - フジテレビ美術部所属の美術セットデザイナー
- 大橋弘 - 写真家
- 関一由 - フジテレビ・エグゼクティブプロデューサー 映画プロデューサー
- 成田信夫 - テレビ朝日・プロデューサー、ディレクター
- 大地丙太郎 - アニメーション監督、演出家
- 山田耕民 - プロダクトデザイナー
- 藤丸篤夫 - 昆虫写真家
- 佐藤敏明 - NECモバイルターミナル事業部チーフクリエイティブディレクター
- 市川和男 - ソニークリエイティブセンタージェネラルマネージャー
- 高田公平 - インテリアデザイナー、デザインプロデューサー
- 内谷正文 - 俳優、声優、ナレーター
- 岩崎一郎 - プロダクトデザイナー
- 木村タカヒロ - イラストレーター
- 常盤響 - 写真家、グラフィックデザイナー、DJ
- 成瀬未亜 - 声優、原画家
- 石黒猛 - プロダクトデザイナー、舞台美術家、現代美術作家
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月21日 (土) 07:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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