サンプリング

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曖昧さ回避 この項目では、ポピュラー音楽の表現技法について記述しています。信号処理については「標本化」を、統計については「標本調査」をご覧ください。

音楽におけるサンプリング: sampling)は、過去の曲や音源の一部を引用し、再構築して新たな楽曲を製作する音楽製作法・表現技法のこと。または楽器音や自然界の音をサンプラーで録音し、楽曲の中に組み入れることである。

サンプリング技法の誕生と発展は資金や演奏技術を持たない音楽家にも高品質な音楽を制作することを可能にし、ヒップホップなどの新しい音楽ジャンルの隆盛を支えた。

目次

[編集] 概要

[編集] ヒップホップ

ブレイクビーツ」も参照

ヒップホップやR&Bポップスにおけるサンプリングとは、既存(過去)の音源から音(ベース音等)や歌詞の一部分を抜粋し、同じパートをループさせたり継ぎ接ぎするなど曲の構成を再構築することで名目上別の曲を作り出す手法のこと。あくまで曲の一部分を引用するだけなので、基本的な歌詞やメロディーラインをそのままなぞるカバーアレンジとは別物である。 このようにして作られた曲は多種多様の細工やコラージュが施され、中には原曲の雰囲気をまったくとどめていない曲も多々ある(サンプリング#1990年代以降を参照)。一方で、メロディーラインや歌詞を大きく変えることなくほぼそのまま引用したりするだけのパターンも見受けられ、このような曲は通称「(その)まんま使い」と呼ばれる。また、元曲(元ネタ)があまりに有名な曲だったりすると「大ネタ使い」と呼ばれる。この製作技法はヒップホップから誕生し、現在では他ジャンルの音楽でもよく使われている。

[編集] 電子音楽

サンプラー」も参照

電子楽器電子音楽で、実際の自然音や楽器音(例えば工場の音やガムラン、人の声など)等をサンプラーでサンプリングして利用する場合があり、この方法で得られた音源をサンプリング音源と称する。広義の録音であるが、より細分化して素材として扱っている。PCM方式を採用するシンセサイザーなどの電子楽器は、音源部に記録されているサンプリング音源を再生することで音を出している。当初、ヒップホップ以外における「サンプリング」とはほとんどこの意味で用いられたが、時代が下るとヒップホップ同様、既存の楽曲から一部引用して新たな楽曲を制作する手法のことも指すようになった。

[編集] 歴史

[編集] サンプリング前史

ミュジーク・コンクレート」および「レゲエ#ヴァージョンの発明」も参照

ドイツの映画監督ワルター・ルットマンが1930年6月13日に発表したラジオ番組『Weekend』はサウンドトラックを切り貼りし、コラージュした実験的な作品であった[1]

フランスの電気技師ピエール・シェフェール1948年頃から作曲家ピエール・アンリと共に人の声、動物の声、鉄道の音、自然界の音、都市の騒音などを電気的・機械的に変質させた種々の実験的作品を作った。これらはミュジーク・コンクレートと呼ばれた。また、ジョン・ケージカールハインツ・シュトックハウゼンリュク・フェラーリといった作曲家達もコラージュや電子音を取り入れた作品を作っていた[2]

ポピュラー音楽の製作において「過去の楽曲の再利用」が初めて行われたのは1960年代後半のジャマイカであった[3]1967年頃から同一のリディムを複数の歌手、ディージェイが使いまわして録音したり、エンジニアダブ処理をするといった手法が一般化していた[4]

[編集] ヒップホップにおける発展

クール・ハークDJによってブレイクビーツが生み出された。

1979年、シュガーヒル・ギャングはシックの「Good Times」をサンプリングした楽曲「Rapper's Delight」を発表する。これはブレイクビーツを使用した世界初のヒット曲であり、ヒップホップという新たな音楽ジャンルを発展させる原動力となった。なお、同楽曲のリズム・トラックはサンプラーによってループされたり、レコードの2枚使いによるものではなく、シュガーヒル・ギャングのメンバーによって弾き直されたものであった。

1980年代中期にE-mu EMAXやAKAI S612、ローランドS10、カシオFZ1、BOSS RSD10など安価なサンプラーが発売されだすと、サンプリングはさらに一般化していった[2]1986年Run-D.M.C.が、ハードロックバンドのエアロスミスをサンプリングし、後にコラボレーションした曲「Walk This Way」は、MTVヘビーローテーションとなり、Billboard Hot 100のトップ5に入った最初のヒップホップの楽曲となった。ビースティ・ボーイズは、1987年のアルバム『Licensed to Ill』で、ブラック・サバスレッド・ツェッペリンの曲をサンプリングし、ヒットを記録。続く1989年のアルバム『Paul's Boutique』でもサンプリングが多用されヒットした。このことは、ヒップホップ界にブレイクビーツやスクラッチという手法以上に、サンプリングの可能性を見せた。

[編集] プログレッシブ・ロック、電子音楽における発展

フェアライトCMI

プログレッシブ・ロックや電子音楽の世界では、自然音や楽器音を取り込むという点では、メロトロンなどの電子楽器が1960年代より存在し、音声テープによる音響効果とともに長らく使用されてきてはいたが、1980年代に至りフェアライトCMIシンクラヴィアなど高性能なサンプリング機能を持つ楽器が登場すると、アート・オブ・ノイズ、キャバレー・ボルテールなどの多くのロック、ポップスミュージシャンがサンプリングを手法として使用した。1983年、プログレッシブ・ロックバンド、イエスはフェアライトCMIによるオーケストラル・ヒットを使用した楽曲「ロンリー・ハート」を発表、全米1位を獲得した[2]1981年にはイエロー・マジック・オーケストラがサンプラーLMD-649を使用したアルバム『テクノデリック』を発表した。ただし、これらはヒップホップにおける「他人の楽曲をそのまま利用する作業」と異なり、一種の音響効果、楽曲内における音自体の有用性を狙ったものであり、同じように「サンプリング」と呼称されていても両者の概念は異なる。

[編集] 1990年代以降

AKAI MPC 2000

1980年代半ばのRun-D.M.C.の商業的成功を経て、ヒップホップが一般的に認知された1990年代以降、マライア・キャリージャネット・ジャクソンなどの楽曲をはじめとして、R&Bダンスポップスなど他のジャンルでもサンプリングは当たり前のように使われるようになり、もはや世界中のポピュラー音楽を語る上で外すことの出来ない音楽制作技法となっている。Billboard Hot 100チャートでもサンプリングが使われている曲がしばしば上位を占めている。

さらに、サンプリングが特別な技法とは言えなくなり、また法的リスクも高まるに連れ、音楽家達は「何をサンプリングするか」よりも「どのようにサンプリングするか」を工夫し始めた。1992年頃、DJプレミアはサンプリングした元ネタをさらに細かく切り刻み再構築する「チョップ(Chop)」という技法を開発し、ギャング・スターナズ、ジェルー・ダ・ダメイジャなどの作品群をプロデュースした。テイ・トウワダフト・パンクは敢えて古い機材を使ったり、フィルターをかけたりして音質を劣化させた「ロー・ファイ」な音世界を作り上げた[2]

1996年にDJシャドウが発表したアルバム『Endtroducing.....』は、2001年にギネス・ワールド・レコーズによって「初の完全なるサンプリングアルバム」と認定された[5]

E-mu systems SP-1200

[編集] 日本での事例

日本ではRun-D.M.C.の「Walk This Way」(1986年)や、M.C.ハマーの「U can't Touch This」(1990年)の流行によりサンプリング手法が注目されていった。

1990年代に入ると、渋谷系アーティストであるピチカート・ファイブテクノ・ユニット電気グルーヴらがサンプリングを取り入れ楽曲を制作した。また、歌謡曲など邦楽からサンプリングのネタ(「和モノ」)を発掘する動きも加速し、和田アキ子かまやつひろしいずみたくらの再評価につながった[6]

1994年スチャダラパー小沢健二が共作した「今夜はブギーバック」はアン・ヴォーグの「Give It up, Turn It Loose」のコード進行を引用し、EAST END×YURIが発表した「DA.YO.NE」はジョージ・ベンソンの「Turn Your Love Around'」をサンプリングし、共にオリコンチャート最高15位[7]、最高7位のヒットを記録した[8]

これ以降、J-POPにおいてもサンプリングは徐々に浸透していったが、法的リスクの影響もあり、サンプリング技法が取り入れられる事は稀である[要出典]。また洋楽からのサンプリングだと元ネタの認知度が低いため、一部の音楽ファンを除くとサンプリング手法に注目が集まることはない[要出典]。また、邦楽からのサンプリングも少なからずあるが、元ネタの楽曲の影響が強かったりすると、途中の歌詞や曲の構成が原曲と全く異なっていても単なる「ラップ調カバー曲」として紹介されることも少なくない。(KICK THE CAN CREW「クリスマス・イブRap」[1]SEAMOルパン・ザ・ファイヤー[2][3]HALCALI「Re:やさしい気持ち」[4]など。) 安室奈美恵60s 70s 80s」のように洋楽からのサンプリング楽曲でもカバー扱いの報道をされることもあり[5]、情報を提供する側もカバーとサンプリングの区別がついていない状況も散見される。

[編集] 法的見地

アメリカ合衆国の法律事典『Black's Law Dictionary』は「音楽におけるサンプリング」を「サウンド・レコーディングのごく一部を取って新しいレコーディングの一部としてその部分をデジタル処理によって利用するプロセス」と定義している[9]

[編集] ビズ・マーキー事件

ビズ・マーキー

サンプリングが一般化するにつれ、他方ではこれは著作権の侵害にあたるという声があがり始めた。1991年、ヒップホップ・アーティスト、ビズ・マーキーはアルバム『I Need a Haircut』収録曲「Alone Again」でギルバート・オサリバンによる同名の楽曲をサンプリング使用した。これを知ったオサリバンは著作権の侵害としてビズと発売元のワーナー・ブラザーズを告訴し、同年12月16日全面勝訴。ビズのアルバムは小売店から回収された。これを通称「ビズ・マーキー事件」という[10]。なお、ビズは1993年に『All Samples Cleared』(訳:『全てのサンプリングが許可されました』)というアルバムを出し同事件を皮肉った。

また、1989年、ヒップ・ハウスグループ、ザ・クルーの「Get Dumb! (Free your body) 」はボイド・ヤーヴィスの「The music's got me」を部分的にサンプリングしていたが、これも1993年ヤーヴィスに訴えられ敗訴した[10]。これらの判例からアーティストはサンプリングの使用に際して代価を支払うべきという判例が確定した。

さらに、イギリスのテクノグループ、KLFも他人の曲を無許可でサンプリングするなど[要出典]、サンプリング手法が広まり始めたころは著作権問題を引き起こすことが多かった。

[編集] 合法的なサンプリングとは

これらの判例が出て以降、アメリカでは権利者に無断なサンプリングは違法とされたが、必ずしも全てのサンプリングが違法とされるわけではない。「法は些事に関せず (en:de minimis non curat lex) 」の観点から、質的、または量的に些細なサンプリングは著作権侵害責任を問われないし[11]、「フェアユースの法理」の観点から、元ネタとサンプリング楽曲の創作的表現における実質的類似性が立証されなければ著作権侵害責任は問われない[11]

また、これらの判例が出て以降、メジャーレーベルから発表されるサンプリング作品のほとんどは正規にライセンスされたものとなった。また、クラシック音楽などのパブリックドメイン音源からのサンプリングも多くなり、サンプリング用の著作権フリー音源集のCDなども発売されるようになった。

[編集] サンプリング技法を使いビルボードHOT100で1位を獲得した主な曲

[編集] 1993年以降

ジェームス・ブラウンの「Papa Don't Take No Mess」をサンプリング。
  • 「THIS IS HOW WE DO IT」/Montell Jordan(1995年、7週間1位)
スリック・リックの「Children's Story」をサンプリング。
  • 「Gangsta's Paradise」/クーリオ feat. L.V.(1995年、3週間1位)
スティーヴィー・ワンダーの「Pastime Paradise」をまんま使い。
トム・トム・クラブの「Genius Of Love」(1982年)が元ネタ。
アイズレー・ブラザーズの「Make Me Say It Again Girl」をサンプリング。
  • 「How Do U Want It」/2パック(1996年、2週間1位)
クインシー・ジョーンズの「Body Heat」の出だし部分をベース音としてループさせている。
  • 「Calfornia Love」/2パック feat.Kc&Jojo(1996年、2週間1位)
ジョー・コッカーの「Woman To Woman」をサンプリング。アルバム『All Eyez on Me』には別テイクが収録されている。
ビル・ウィザースの「Grandma's Hands」の前奏部分が元ネタ。
  • 「Can't Nobody Hold Me Down」/パフ・ダディ feat. Mase (1997年、6週間1位)
元曲はオールドスクールのクラシック、グランドマスター・フラッシュの「The Message」。
1979年のNo.1ソングハーブ・アルパートの「Rise」の間奏部分をサンプリング。
1983年の全米年間1位曲であるポリスの「見つめていたい」をまんま使い&大ネタ使い。
  • 「Mo Money Mo Problems」/ノトーリアス・B.I.G. feat. Mase Andパフ・ダフィ(1997年、2週間1位)
ダイアナ・ロスの「I'm Coming Out」(1980年)が元ネタ。
ワールド・フェイマス・サプリーム・ティームの「Hey D.J.」とトレチャラス・スリーの「The Body Rock」を掛け合わせてサンプリング。
シスター・スレッジの「He's The Greatest Dancer」(1979年)の出だし部分をまんま使い。
  • 「Wild Wild West」/ウィル・スミス feat. Dru Hill & Kool Mo Dee (1999年、1週間1位)
スティーヴィー・ワンダーの1位曲「I Wish」(1976年)の前奏部分をサンプリング。
他にも1976年の全米1位曲であるダイアナ・ロスの「Love Hangover」をサンプリングした「Freakin' It」、ウィスパーズの「And The Beat Goes On」をサンプリングした「Miami」、パトリス・ルーシェン「Forget Me Nots」のベースラインそのままの「Men In Black」、ザ・クラッシュ全米最大のヒットである「Rock the Casbah」をサンプリングした「Will 2K」など、ウィル・スミスの楽曲は大ネタ使い、まんま使いが多い。
  • 「Too Close」/Next(1998年、5週間1位)
カーティス・ブロウの「Christmas Rappin'」をサンプリングしている。
ステーシー・ラティソーの「Attack Of The Name Game」が元歌。

[編集] 2000年以降

  • 「BUTTERFLY」/Crazytown(2001年、2週間1位)
ミクスチャーロックの先輩格バンドであるレッド・ホット・チリ・ペッパーズ「Pretty Little Ditty」(1989年)をサンプリング。
  • 「Angel」/シャギー feat. Rayvon(2001年、1週間1位)
ニーナ・シモンの「Angel Of The Morning」とスティーヴ・ミラー楽団の「Shaggy Joker」をサンプリング。
Change1980年の代表曲「The Glow Of Love』」のインスト部分を繰り返しサンプリング。大ネタ使い。
ジェームス・ブラウンの60年代の曲「It's a Man's Man's Man's World」を弾き直している。
イエロー・マジック・オーケストラの「Firecracker」をサンプリング。リック・ジェームスの「Mary Jane」をサンプリングしたリミックスヴァージョン(Murder Remix)も人気がある。
デバージの曲「Stay With Me」を使った大ネタ使い。
デバージの楽曲はよくサンプリングに用いられ、特に「アイ・ライク・イット」(LL・クール・Jウォーレン・Gコモンなど)、「Stay With Me」(ノトーリアス・B.I.G. 、マライア・キャリーなど)はサンプリングソースに使われることが多い。[12]
  • 「Hot In Herre」/ネリー(2002年、7週間1位)
チャック・ブラウンの「Bustin' Loose」をサンプリング。
  • 「Dilemma」/ネリー feat.ケリー・ローランド (2002年、10週間1位)
パティ・ラベルの「Love, Need And Want You」をサンプリング。 ラベルのパートをケリー・ローランドが歌っている。
  • 「All I Have」/ジェニファー・ロペス feat.LL・クール・J(2003年、4週間1位)
1982年のデボラ・ロウズ 「Very Special」をサンプリング。
バリー・ホワイト「It's Only Love Doing It's Thing」の出だし部分が元ネタ。
シャイ・ライツの70年代の名曲「Are You My Woman (Tell Me So)」のパーカッション部分をサンプリング。
ルーサー・ヴァンドロスの「House Is Not A Home」をサンプリング。
  • 「Gold Digger」/カニエ・ウェストfeat.ジェイミー・フォックス(2005年、10週間1位)
レイ・チャールズの「I Got A Woman」(1955年)をまんま使い。映画「Ray/レイ」でレイ・チャールズの役を演じたジェイミー・フォックスを本人の代役に立てている。
ソフトセルの「Tainted Love」(1981年)をサンプリングしている。
ジェリー・リヴェラの「Amores Como el Nuestro」をサンプリング。
ベン・E・キングの「Stand By Me」をコラージュ。大ネタ使い。
  • 「Stronger」/カニエ・ウェスト(2007年、1週間1位)
ダフト・パンク「Harder, Better, Faster, Stronger」をサンプリング。この曲のPVにはダフト・パンクも出演した。
なお「Harder, Better, Faster, Stronger」自体エドウィン・バードソングの「Cola Bottle Baby」をサンプリングしており、いわばこの曲の孫使いにあたる。
日本でも2005年に流行したO-Zone恋のマイアヒ」をサンプリング。
デッド・オア・アライブの80年代のヒット曲「You Spin Me Round(Like a Record)」をサンプリング。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ The transparent tape music festival
  2. ^ 「サンプリングの17年」『ミュージックマガジン』1997年12月号、ミュージックマガジン
  3. ^ Henry Self "Sampling: A Cultural Perspective"
  4. ^ ロイド・ブラッドリー著、高橋瑞穂訳『ベース・カルチャー』シンコーミュージック、2008年、333-335ページ
  5. ^ "Guinness World Records 2001"Bt Bound, 2001,ISBN 978-0613342445
  6. ^ hmv.co.jp
  7. ^ ORICON STYLE
  8. ^ ORICON STYLE
  9. ^ Bryan A. Garner, editor, "Black's Law Dictionary 8th ed." (West Group, 2004) ISBN 0-314-15199-0.
  10. ^ 安藤和宏著『よくわかる音楽著作権ビジネス―基礎編 3rd Edition』リットーミュージック、2005年
  11. ^ 安藤和宏「アメリカにおけるミュージック・サンプリング 訴訟に関する一考察(1)
  12. ^ sxbd.net

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月10日 (火) 10:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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