サンマリノ
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- サンマリノ共和国
- Serenissima Repubblica di San Marino
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(国旗) (国章) - 国の標語 : Libertas (羅:自由)
- 国歌 : Inno Nazionale

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公用語 イタリア語 首都 サンマリノ 最大の都市 セラヴァッレ 独立 301年9月3日 通貨 ユーロ (€) ¹ ²(EUR) 時間帯 UTC +1(DST: +2) ccTLD SM 国際電話番号 378 - 注1 : 1999年以前の通貨は、イタリア・リラ
注2 : サンマリノのユーロ硬貨
サンマリノ(San Marino)は、イタリア半島の中部に位置する国家。首都は国名と同じくサンマリノ。周囲は全てイタリアで、世界で5番目に小さな国(ミニ国家)である。また、現存する世界最古の共和国である。
最近では環境保護活動も行っている(珊瑚、森林など)。
目次 |
[編集] 国名
正式名称はイタリア語で、Serenissima Repubblica di San Marino(セレニッスィマ・レプッブリカ・ディ・サン・マリーノ)。通称、San Marino(サン・マリーノ)。
公式の英語表記は、 Most Serene Republic of San Marino(モースト・セリーン・リパブリク・オヴ・サンマリノ)。通称、San Marino(サンマリノ)。「Serene」とは「清らかな」の意。
[編集] 歴史
- 4世紀 - イタリア半島の対岸ダルマツィア地方出身の石工マリヌス(聖マリノ)が、ローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教迫害を逃れるために、仲間と共にチタン山(現サンマリノ市のティターノ山)に潜伏。
- 951年 - 文献上に初めてサンマリノの存在が現れる。
- 1257年 - ギベリン(皇帝派)=グエルフ(教皇派)の闘争に巻き込まれ、ローマ教皇インノケンティウス4世より破門される(2年後、破門解除)。
- 1463年 - 近隣リミニのマラテスタ家の侵略に晒されるが独力で撃退、追撃を加え逆に領土を拡大。
- 1631年 - 教皇ウルバヌス8世より独立を承認される。
- 1739年 - アルベロニ枢機卿によって一時的に占領されるが、教皇クレメンス12世の勧告により独立を維持。
- 1815年 - ナポレオン戦争後のウィーン会議で、サンマリノの独立が再確認される。
- 1849年 - イタリア統一を目指すジュゼッペ・ガリバルディをオーストリア軍の追撃から匿う。
- 1854年 - 教皇ピウス9世が、ガリバルディを匿ったサンマリノを「自由主義者の巣窟」として糾弾。トスカーナ大公国に命じてサンマリノ共和国の教皇領併合を企てるが、失敗。
- 1862年 - イタリア統一の功労によって、イタリアと友好善隣条約を締結。独立が再確認される。
- 1947年 - 世界初の自由選挙による共産党政権が誕生する
- 1992年 - 3月2日、国連に加盟。
- 2007年 - F1の開催が完全に1カ国1開催遵守となるため、サンマリノGPの開催が取りやめとなる。
[編集] 政治
詳細は「サンマリノの政治」を参照
任期5年の議会である大評議会(Consiglio Grande e Generale)があり、定員は60名。行政は2名の執政(Capitani Reggenti)が取り仕切っている。執政の選出方法は、大評議会議員からの互選であり、任期は6ヶ月である。
町一つが主権国家になったも同然(都市国家)のサンマリノでは、国民全員が「顔見知り」であり、公平な裁判が出来ないという理由から、裁判官は全員外国人である。
[編集] 地方行政区分
サンマリノの領土は以下の9つのカステッロ(Castello,「城」の意)からなる。
- アックアヴィーヴァ(Acquaviva)
- キエザヌオーヴァ(Chiesanuova)
- サンマリノ(Città di San Marino)(live view)
- ボルゴ・マッジョーレ(Borgo Maggiore)
- ドマニャーノ(Domagnano)
- ファエターノ(Faetano)
- フィオレンティーノ(Fiorentino)
- モンテジャルディーノ(Montegiardino)
- セラヴァッレ(Serravalle)
大きな町の一つにドガーナがあるがセッラヴァッレのカステッロの管轄下にある。イタリアのコムーネと同様に役所所在地(capoluogo)の周囲にいくつかの分離集落(Frazione, pl. Frazioni)を有する。
[編集] 地理
イタリアのエミリア=ロマーニャ州のリミニ県とマルケ州のペーザロ・エ・ウルビーノ県に挟まれている。海とは接していないが23kmしか離れておらず、国土自体が高台にあるためアドリア海を眺望することはできる。大きさはニューヨーク市のマンハッタン島とほぼ同じ。
[編集] 経済
サンマリノは、欧州連合の正式な一員ではないものの、欧州議会における取り決めによりユーロの流通が認められている。国連加盟国である。面積では、世界で5番目に小さい共和国である。アメリカ大陸が発見される前に、すでにサンマリノ共和国初代大統領が就任していた歴史のある世界最古の共和国である。世界遺産にも認定されている。また、ユーロコインの片側に独自のデザインを使う権利を持っている。ユーロ流通以前のサンマリノ・リラはイタリア・リラと交換できた。流通量が少ないサンマリノ・ユーロはそれ以前のサンマリノ・リラと同様にコイン・コレクターの興味を引いている。サンマリノのGDPの50%以上は観光客(281万人、2004年)によるものであり、1997年には330万人以上が訪問している。その他の基幹産業は、銀行業、電子産業、窯業であり主な農産品はワインとチーズである。一人当たりの支出レベルや生活水準は、イタリアと同等である。サンマリノは、主に切手収集家向けの切手を発売しており、一定の収入源となっている。1985年に小さな地方空港が出来た。最近、海外との経済ネットワーク作りを国家をあげて力を入れている。特に、日本との経済交流、情報交換、サンマリノ企業が日本への進出および提携に力を入れている。日本企業がサンマリノ共和国へ進出する経済行為にも積極的である。サンマリノ共和国では、国内に金融機関が11あり、過去に倒産したことが国内では一度もない。サンマリノ共和国と日本との橋渡しは、日本サンマリノ通商協力機構がその役割を果たしている。サンマリノの法人税は17%と定額である。それ以外の税金はない。特に消費税は一切ないため、イタリア国内または、海外からの買い物観光客が多い。税率が低いため、海外からの企業進出も増加の傾向にある。
[編集] 農業
サンマリノにおける第一次産業の比率は0.4%と低い。農業従事者は1000人(2003年)であり国土の約20%が農地、さらに20%が牧畜に利用されている。主な栽培作物はブドウ、コムギ、野菜類である。林業はほとんど見られない。貿易統計が公開されていないため、輸出入に占める農業生産物の割合、品目は不明。
[編集] 鉱業
サンマリノには石材を除く鉱物資源は見られない。
[編集] 工業
サンマリノの工業はすべて軽工業に分類される。食品工業では、デザートワインとして用いられる甘口のモスカートワイン、オリーブ油、チーズなどが対象となる。繊維工業では、綿織物、染色業が見られる。窯業としては、陶器、タイル、レンガなど。
[編集] 国民
公用語はイタリア語。
宗教はローマ・カトリックが支配的である。
在留日本人は5名(2007年)。在日サンマリノ人は1名(2007年)。
2007年5月18日に世界保健機関(WHO)が発表した、2007年版の世界保健報告によると、2005年のサンマリノの平均寿命は男性が80歳で世界一、女性は84歳で3位。
[編集] 文化
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | ||
| 1月6日 | 主の公現 | ||
[編集] スポーツ
かつてF1サンマリノGPが行われていた事で知られた。実際にレースが行われていたのはイタリア国内にある麓の町イモラで、2007年度よりF1の開催が完全に1カ国1開催遵守となったため、サンマリノGPの開催は取りやめとなったが、二輪のロードレース世界選手権ではサンマリノGPが開催されており、イタリアのミサノ・サーキットで行われている。
プロサッカーリーグのカンピオナート・サンマリネーゼは1985年創設と比較的歴史は浅い。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 政府
- サンマリノ共和国議会 (イタリア語)
- 日本政府
- 日本外務省 - サンマリノ (日本語)
- 在イタリア日本国大使館 - 在サンマリノ大使館を兼轄 (日本語)
- 観光
- サンマリノ - ウィキトラベル
- サンマリノ政府観光局 (イタリア語)(英語)
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最終更新 2009年11月18日 (水) 11:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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