サーブ・900

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サーブ・900スウェーデン自動車製造会社のサーブ社がかつて製造販売していた中型乗用車。1960年代からの設計を継承する初代と、GM傘下に入りオペルの技術を多用して設計された二代目があり、特に欧米ではそれぞれClassic 900とNew 900として区別される。

目次

[編集] 歴史

[編集] 初代(1978年-1993年)Classic 900

サーブ・900(初代)
サーブ900i2ドアセダン 1987年以降
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドア/4ドア セダン
3ドア/5ドア ハッチバック
2ドア カブリオレ
エンジン 直列4気筒ガソリン
変速機 4速MT / 5速MT / 3速AT
駆動方式 FF
サスペンション 前:独立 ダブルウィッシュボーン
後:固定 5リンク
全長 4695mm(1985年ターボ16 4ドアセダン)
全幅 1690mm
全高 1425mm
ホイールベース 2515mm
車両重量 1331kg
先代 サーブ・99
-このスペック表は試行運用中です-

1967年にデビュー以来同社の主力車種となっていた99の発展型として、1979年モデルイヤーに登場した。

基本的な構造は主力マーケットである米国の衝突安全基準に対応するため99の車体前後を延長し、インテリアを新しくしたもので、ラウンドしたフロントウインドウ、低いサイドシルなど独特のボディ構造はもとより、野太い排気音など乗り味も従来の延長線上にあった。当初は3ドア・5ドアのハッチバックのみでスタート、1982年モデルから2・4ドアのノッチバック型を追加、1986年には2ドアカブリオレが追加され、翌87年にはノーズがスラント化されるフェイスリフトを受けた。

この間、エンジンにもターボチャージャーへのインタークーラー追加、DOHC16バルブ化など改良が加えられ、1993年秋にオペルベースの新型にバトンタッチされ生産終了するまで、99以来基本的に同一の設計のまま、改良を重ねて25年以上にわたり、90万8817台(内カブリオレ4万8888台)が生産されることとなった。

日本市場には西武自動車販売によってデビュー直後から輸入・販売されたが、99までのサーブ同様日本の路上では稀な存在であった。ちなみに日本に輸入された1号車を購入したのがテリー伊藤である[1]。しかし1980年代後半、作家五木寛之が自分の900を作品に取り上げ、広告のイメージキャラクターに登場したことを契機に人気が高まり、一時的なブームが起き、輸入台数は大きく伸びた。その後93年に代理権が長年ポルシェを手がけていたミツワ自動車の手に移った。



[編集] 2代目(1992年-1997年)New 900

サーブ・900(2代目)
3ドア・タラテガ
乗車定員 4人
ボディタイプ 3ドア/5ドア ハッチバック
2ドア カブリオレ
エンジン 直列4気筒またはV型6気筒ガソリン
変速機 5速MT / 4速AT
駆動方式 FF
サスペンション 前:独立 ストラット
後:独立 ビームアクスル
全長 4635mm(1993年カブリオレ2.3i)
全幅 1710mm
全高 1435mm
ホイールベース 2600mm
車両重量 1390kg
後継 サーブ・9-3
-このスペック表は試行運用中です-

初代にかわって1993年モデルイヤーに登場。1990年にサーブの乗用車部門がGMグループの傘下に入ったことを受けて、オペル・ベクトラをベースに内外装を(センターコンソールのイグニッションキーを含め)サーブ風に装った姉妹車となった。したがって構造的には1990年代のファミリーサルーンとしてごく常識的なものとなった。エンジンは従来からの4気筒2000-2300ccターボに加え、オペル・オメガと共通のV624バルブ2500ccも追加された。1998年モデルより、上級の9-5に波長を合わせ、マイナーチェンジを受け、9-3と改名された。

日本市場では引き続きミツワ自動車によって輸入されたが、初代の強烈な個性が薄れていかにもオペルの兄弟車という姿になったこともあって、一時のブームは沈静化し販売は低調であった。このためミツワはサーブの取り扱いを中止し、代理権は1997年以降ヤナセの手に移ることとなった。


[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 脚注

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  1. ^ 「間違えっぱなしのクルマ選び」(テリー伊藤・清水草一著、樂書館、2004年)pp.249 - 251


最終更新 2009年11月18日 (水) 17:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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