ザンジバル
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ザンジバル(Zanzibar)は、アフリカ大陸東海岸のインド洋に浮かぶザンジバル諸島に存在する地方を指す呼称である。現在では、大陸部のタンガニーカと連合して、タンザニア連合共和国を構成する主体の一つとなっている。ウングジャ島(ザンジバル島)、ペンバ島という二つの主要な島と周辺の小さな島々から構成されているザンジバル諸島と地理的には重複する。
白いさんご礁とヨーロッパやアラブの石造建築遺跡が多数残る。奴隷貿易・象牙貿易の拠点でもあった。2000年、世界遺産(文化遺産)に登録された。現在はタンザニアにおいて夕陽の名所として有名。
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[編集] 歴史
1499年、ヴァスコ・ダ・ガマがザンジバルを訪れる。以後、ポルトガル人が入植する。しかし、ポルトガル人は象牙や奴隷の売買を始めたオマーン人に追い出される。さらに1832年にはオマーンのスルタンがザンジバルに遷都を行う。1861年にオマーン本土と分離した独立国であるザンジバル・スルタン国となり、1890年にイギリスの保護領になるまでスルタンの支配が続く。
1963年、ザンジバルはイギリス連邦の一員として独立(ザンジバル王国)するが、スルタンの長年の支配に不満をもっていたアフリカ人がクーデターを起こす(ザンジバル人民共和国)。紆余曲折のあと、タンガニーカと合併し、『タンガニーカ・ザンジバル連合共和国』、その後名称を統合して『タンザニア連合共和国』となる。
このような歴史的背景のためか、タンザニアの大陸側からザンジバル島に入るためには、出入国手続きが必要となっている。
[編集] 政治
ザンジバルには大陸部から独立して広範囲な自治権が認められていて、独自の自治政府であるザンジバル革命政府が組織されている。ザンジバル革命政府大統領は、連合共和国第一副大統領を兼任することになっている。現在のザンジバル革命政府大統領は、タンザニア革命党のアマニ・アベイド・カルメ。
タンガニーカ同様、ザンジバルでも圧倒的な力を持つ政党は、かつて一党独裁を敷いていたタンザニア革命党(CCM)である。しかしザンジバルを支持基盤とする市民統一戦線(CUF)は、連合共和国議会やザンジバル議会において常に議席を獲得し、CCMに対抗する数少ない有力野党の1つとなっている。
[編集] 地理
[編集] アクセス
[編集] 関連項目
[編集] 出身有名人
[編集] 外部リンク
- 消滅した国々-ザンジバル
- Zanzinet(英語)arz:زانزيبار
最終更新 2009年8月5日 (水) 00:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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