シェルパ

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シェルパ(Sherpa)は、多民族国家「ネパール」東部に住む高地少数民族で、独自の言語シェルパ語を持つ。現代のネパールにおいてヒマラヤ観光全般に携わり、少数民族ながら、収入面で同国の平均年収や都市生活者の年収を上回ることでも知られる。

その居住地域は、エベレスト南麓(なんろく)側のふもとに位置する(ちなみに北麓側ふもとにはチベット高原が広がる)。この地は寒冷な高地であり本格的な農業は難しく、19世紀までは主に「放牧」や「他民族との交易」で生活していた。20世紀に入りヒマラヤ山脈登山の支援が収入源に加わるようになり、世界的にシェルパの名が知られるとともに20世紀半ば以降これが主な生業となった。

チベット語で、シェル(Sher)=東の、パ(pa)=人。シェルパ(Sherpa)は「東の人」を意味する。

シェルパの祖先は、その名が示すようにもともとはチベット東部地域に居住していたが、17世紀18世紀にその地を離れ、南に横たわるヒマラヤ山脈を越えて、ネパールに移住してきたとされる。

現在の人口は約15万人、ネパールの総人口約2950万人(2008年)の0.5%であり、居住地は、同国東部のクンブ地方でエベレスト南麓側に面している(北麓側は中国チベット自治区)。他に、インドのダージリンやシッキムにも住む。

シェルパが生きる現代の「ネパール」は、直近の国勢調査(2001年)で民族数が100にも達する『多民族国家』(下記関連項目参照)であり、また『多言語国家』でもある。公用語のネパール語に加え、政府・企業・教育機関では英語が多用されている一方で、各民族が各々の言語を持つといわれるほどで、シェルパも独自の言語シェルパ語を持ち、ネパール語・シェルパ語・英語に通じる者も多い。

シェルパが世界に知られるようになったのは、20世紀に入り外国人のヒマラヤ登山が始まってからである。高地に順応した身体を買われて荷物運び(ポーター)として雇われるようになった。その後、登山技術を磨いた彼らは案内人(ガイド)としても雇われるようになり、今では彼ら無しではヒマラヤ登山は成立しないと言われるほど重要な存在となっている[1]

登山案内人の職はネパールの平均収入と比べて高収入で、この職を得る競争は激しい。しかし死の危険も大きく、多くのシェルパが登山中に命を落としている。またこのような登山支援に加えて、ロッジ経営・通訳などヒマラヤ観光全般に従事している。

彼らのサポートを得られる上に、村には飛行場とヘリ発着場が作られた事により比較的簡単に登山が行われるようになり、それによって増加した登山客によって持ち込まれる多量のゴミなどによる環境破壊を危惧して、近年自然保護団体を組織している。

[編集] 用法

そもそも少数民族の名称に過ぎなかったシェルパは、ヒマラヤの現地人登山ガイドを表す一般名称ともなった。現在では、他の民族の出身者でもシェルパ族を名乗る場合があり、ヒマラヤに限らず登山の荷物運びや案内役をシェルパと称することがある。日本ではかつて強力(ごうりき)と呼ばれていた人々がシェルパと名乗っていることもある。その例として、『立山シェルパ村』というNHKドキュメンタリーがある。

これから派生して、主要国首脳会議(サミット)で本会議に先立って調整のための予備会議を行う側近・代理人もシェルパと呼ばれている。また、鉄道の急勾配区間で使用される補助機関車をシェルパと呼ぶこともある。

[編集] 脚注

  1. ^ 登山隊内のシェルパのリーダーはサーダと呼ばれ、登山隊員もその意見を尊重する。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月24日 (火) 08:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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