シティ・オブ・ロンドン

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シティ・オブ・ロンドン
City
グレーター・ロンドン内における位置
地理
行政上の地位 sui generis, City and Ceremonial County
面積
— 総面積
354位
2.9 km²
ONSコード 00AA
統計
人口
— 合計 (2007年推定)
— 人口密度
353位 (354地区中)
8,000人
2,759人 / km²
民族構成 84.6% 白人
6.8% 南アジア人
2.6% 黒人
2.0% 中国人
政治
行政府 テキスト参照
市長 David Brewer CMG
立法府 Non-political
選出下院議員 マーク・フィールド
ロンドン市議会
— メンバー
City and East London
ジョン・ビッグス
公式サイト http://www.cityoflondon.gov.uk


シティ・オブ・ロンドン(City of London)は、単にシティ(the City)とも呼ばれ、ロンドンの起源となる地域であり、大ロンドンの東部に位置する。シティー内部にはセントポール大聖堂があり、イングランド銀行をはじめ大銀行、保険会社、株式取引所などが密集する金融の中心である。シティの境界線は中世からほとんど変わっておらず、広さは1マイル四方(実際は1.12 mile² / 2.90 km²)のごく狭い地域である。登録人口はおよそ8,000人(2007年推定)、昼間人口は約30万人である。

目次

[編集] 歴史

現在のUKのローマ人による侵略は43AD頃にが始まった。彼らの、現在のシティにおける本来の意図はテムズ川に橋を掛け、既にあったコルチェスターやセント・アルバンズ、リンカーンなどのローマ人居住区間の行き来を可能にすることであった。この時の橋が1750年までテムズ川唯一の橋であり、現在のロンドン橋である。 しかしイングランド南部の比較的海に近いテムズ川は、川幅も深さも十分にあることから海からの船の乗り入れや、国内の物資の輸送に非常に便利であることがわかり、50AD頃に川の北岸に居留地を作り、ロンドニウム(Londinium)と名付ける。以後、商業地区として次第に発展してゆく。

[編集] 市長

シティ・オブ・ロンドンの市長はロード・メイヤー(Lord Mayor)、ロンドン市長と呼ばれ、任期は1年であり毎年9月29日のミカエル祭に選挙が行われる。自治都市の伝統から、英国国王がシティー内に立ち入る際には市長の許可を必要とするほどの格式を誇るが、実際は名誉職にすぎない。2000年に再設置された大ロンドン庁首長(大ロンドン市長)もロンドン市長と呼ばれることがあるので、注意が必要である。シティの市庁舎はギルド・ホールと呼ばれる。

シティの超高層ビル群

[編集] 警察

シティは、独自の警察組織(ロンドン市警察、City Police of London)を持つ。ロンドンのその他の地域は、首都警察 (Metropolitan Police Service、本部はニュー・スコットランドヤードとして知られる) が管轄している。

[編集] 名所

シティの紋章

[編集] 通り・広場など

  • アルダスゲート
  • アルドゲート
  • ビショップスサイド
  • チープサイド
  • クリップルゲート
  • フリート・ストリート
  • グレイスチャーチ・ストリート
  • ホルボーン
  • ラドゲイト
  • ムーアゲート
  • ニューゲート
  • スレッドニードル・ストリート

[編集] 外部リンク

公式サイト
その他
地図

最終更新 2009年10月23日 (金) 20:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【シティ・オブ・ロンドン】変更履歴

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