シムカ (自動車メーカー)
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シムカ(Simca )は1934年にイタリア人、アンリ・ピゴッツィ(Henri Théodore Pigozzi 、1898-1964年)が自動車メーカーとして設立した会社。クライスラーがヨーロッパ進出のため1963年に買収し、1970年にはイギリスのルーツ・グループとともに「クライスラーヨーロッパ」を形成した。1978年にクライスラーがヨーロッパ事業をPSA・プジョーシトロエンに売却した際、シムカブランドはルーツ・グループ系のブランドとともにタルボに置き換えられて終了した。SIMCAとは「自動車車両車体工業会社」(Société Industrielle de Mécanique et Carrosserie Automobile )の略。
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[編集] 概要
1934年にイタリアのフィアットの資金援助で、同社製品を高関税対策としてフランス国内で製造する目的で設立された。イタリアで「トッポリーノ」と呼ばれた初代500を「シムカ5(サンク)」、また1100を「シムカ8(ユイット)」の名で生産した。1951年にはフィアット車をベースとしながらも時流に乗った独自デザインを採用した「シムカ・アロンド」が成功し、フランス第4位のメーカーとなった。
1954年にはフォードのフランス拠点フォードSAFを、1959年には高級車メーカー・タルボ(フランス)を買収した。
1963年に米国クライスラーの傘下に入った。1970年には英国ルーツ・グループやスペインのバレイロス(Barreiros )とともに「クライスラー・ヨーロッパ」となった。これらの買収は強引な乗っ取りと評価されている。
1970年のクライスラー・160/180/2リッターを皮切りに、1975年のシムカ・1307(フランス)/サンビーム・アルパイン(イギリス)、1978年の米欧共同開発車・シムカ・オリゾンなど、クライスラー主導による欧州統一車種が発売された。特に後2車種はヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した秀作であった。欧州統一車種投入はフォード(イギリス、ドイツ)やGM(オペルとボクスホール)と比較すると緩慢なペースだったと評価されている。
1969年には、経営危機に陥ったスポーツカー・レーシングカーメーカーのマトラが傘下となり、シムカ製エンジンをミッドシップに搭載した独創的な3座席スポーツカー、バゲーラが1973年に発売された。
米国クライスラーの経営危機のため、欧州部門は1979年にPSA・プジョーシトロエンに売却され、PSAは「シムカ」に代えて、各車に往年の高級車ブランドである「タルボ」の名を冠した。しかし販売は伸び悩み、「タルボ」各車種は1986年には生産中止され、プジョーに完全統合された。
シムカ各車は1950年代から1960年代末まで、国際興業によって日本にも相当数輸入された。
[編集] レース
1950年から1952年まで、イタリア出身のレーシングカー製造業者・エンジンチューナーのアメディ・ゴルディーニと組んで、「シムカ-ゴルディーニ」の名で世界グランプリF1にも参戦。アジア人初のF1ドライバーとして知られるタイの王族・プリンス・ビラ(ビラボンス・ハヌバン王子)もドライバーとして在籍していた。(シムカ撤退後の1953年以降1956年まではゴルディーニが単独参戦。1954年シーズンにはポール・フレールも在籍した)
[編集] 主な生産車種
- 1930-40年代 - フィアットのノックダウン生産
- シムカ・5 - フィアット・500(初代・トポリーノ)
- シムカ・8 - フィアット・1100
- 1950年代 - アロンドのヒットとフォードSAFの買収で独自路線へ
- シムカ・アロンド - フィアット・1100ベースの自主開発車。ルノー・4CV・シトロエン・2CVと2リッター級中型車の間のギャップを埋めて成功。保守層に支持される。
- ヴデット - 1954年に買収したフォードSAフランスが設計。スタイルは時流に合わせて進歩したが、エンジンは最後までサイドバルブ方式V8。
- アリアーヌ - ヴデットにアロンド系の4気筒エンジンを搭載。偶然ながら日本の初代プリンス・スカイラインとスタイルが似ており、スカイラインが初めてパリ・サロンに出品した際、フランスのマスメディアは「アリアーヌのコピー」であると一斉に批判した。
- シャンボール - ヴデット系の最上級車種。ワイヤホイールやコンチネンタルマウントのスペアタイヤを持つ。
- 1960年代 - 1000のヒットから急転、クライスラー傘下へ
- シムカ・1000 - フィアット・600(初代)をベースに作られた1000ccクラスの4ドアセダン。1960年代の主力車種となり、1978年まで生産された。「ラリー2」「ラリー3」などのスポーツモデルも人気を集めた。
- シムカ・1000/1200Sクーペ - ベルトーネ在籍中のジョルジェット・ジウジアーロがデザインした1000ベースのスタイリッシュなクーペ。1200Sはラジエーターがフロントに移され、1204cc85馬力エンジンで最高速度178km/hに達した。
- シムカ・1300/1500 - アロンドとアリアーヌの後継車種。1966年以降は1301/1501となり、1975年まで生産され、タクシーなど業務用に多く用いられた。
- シムカ・1100 - シムカ初の前輪駆動車。ハッチバックスタイルを採用した点でも時流に先んじていた。技術的にはフィアット・128との近似性が強く、クライスラー傘下に入った後も設計陣にはフィアットの影響が強かったことが伺える。「タルボ・1100」として1982年まで生産され続ける。
- 1970年代 - クライスラー化の進展
- クライスラー・160/180/2リッター - 英国主導で開発された中型車。アメリカ色が強過ぎ、欧州市場では不人気であった。
- シムカ・1307(フランス)/サンビーム・アルパイン(イギリス) - 仏英共同開発車。ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー受賞。
- マトラ・シムカ・バゲーラ(1973-1980年)
- シムカ・オリゾン - 米欧共同開発車。ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 1980年代 - PSAグループ傘下のタルボとして
- タルボ・ソラーラ - タルボ初のニューモデルだが、実質は「タルボ・1510」と改称されたシムカ・1307/1308のノッチバック版。
- タルボ・サンバ - プジョー・104ベースの小型大衆車。
- タルボ・タゴーラ - 最後のタルボ新型車。プジョー・505級の後輪駆動中型車でプジョー製V6エンジンも搭載可能であった。人気が出ず、1980-1983年の僅か3年間で消滅した。
- タルボ・マトラ・ムレーナ - バゲーラの発展型。2200ccエンジンも選択可能となり、実用性・動力性能が向上した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月31日 (土) 20:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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