シモンズ (歌手)
シモンズ (歌手)の最新ニュースをまとめて検索!
シモンズは田中ユミ、玉井タエの女性デュオである。いわゆる関西フォーク系に属する。
シモンズの名前は二人がファンであった「サイモン&ガーファンクル」のサイモン(Simon)をローマ字読みしたもの。
二人は高校時代からベッツィ&クリスのカバーなどを歌ってライブ活動をしていた。毎日放送ラジオの「ヤングタウン」のオーディションで合格。高校卒業後に上京し『恋人もいないのに』でデビュー。デビュー曲は『あの素晴しい愛をもう一度』になる予定であったが、なぜか北山修と加藤和彦が唄うことに決まったため急遽『恋人もいないのに』を歌うことになった。この曲は60万枚を越える大ヒットとなった。しかし、人気絶頂の1974年に玉井タエが後藤次利と結婚を期に解散した。
また、100曲を越えるCM曲をうたっている。なかでも明治製菓のチェルシーのCMソングは最も有名である。
1996年に田中ユミは元ジャネッツの青木まり子(現五つの赤い風船)と新シモンズを結成した。1999年に解散するが、2006年などに度々再結成を行っており、2006年の8月に公式ホームページが開設した。
2009年7月25日、大阪府の守口文化センター(エナジーホール)にて、玉井タエを迎えて田中ユミのコンサートが開催される。 シモンズ結成40周年記念として解散以来、初のデュエットが蘇る。
目次 |
[編集] メンバー
田中ユミ(たなか-、1953年1月21日)、本名は田中由美子。伸びのある声で高音パートを担当していた。中学時代に「トニー谷のスター飛び出せ歌合戦」で優勝している。解散後に、元マネージャーの北川啓二と結婚。北川ユミの名でラジオのDJやソロシンガーとして活動。その後も、"シモンズYumi"と"田中ゆみ"の名義を使い分けながら、歌手活動やラジオ番組へのゲスト出演を続けてきた。
2009年11月28日に地元(大阪府池田市)で開催されるコンサートを最後に、シモンズを"卒業"。同年12月には、"田中ゆみ"として『土曜ワイド劇場 温泉 (秘) 大作戦8』(同月5日にテレビ朝日系列で放送)で女優デビューを果たすほか、『趣味悠々 はじめての三線』(NHK教育テレビ)に生徒役で出演することが決まっている(田中がゲストで出演した2009年11月14日放送のABCラジオ『Club JONR』より)。
玉井タエ(たまい-、1952年11月26日)、本名は玉井妙子。ハスキーボイスで低音パートを担当していた。現在は英語教師をしており、音楽活動はしていない。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 恋人もいないのに(作詞:落合武士、作曲:西岡たかし、編曲:葵まさひこ) 1971.08.05
- (c/w) おとずれる愛に
- ふり向かないで(作詞:落合武士、作曲:谷村新司、編曲:葵まさひこ) 1971.12.05
- (c/w) つぼみ
- おくれて来た少女 (作詞:北山修、作曲:杉田二郎、編曲:葵まさひこ) 1972.02.25
- (c/w) ホワイ(why)
- ひとつぶの涙(作詞:瀬尾一三、作曲:瀬尾一三、編曲:葵まさひこ) 1972.05.25
- (c/w) 野バラ
- 思い出の指輪(作詞:ミカ、作曲:加藤和彦、編曲:葵まさひこ) 1972年9月
- (c/w) この広い空のどこかに
- ふるさとを見せてあげたい(作詞:落合武司、作曲:玉井妙子、編曲:ボブ佐久間) 1973年1月
- (c/w) 恋は風船
- 若草の雨(作詞:田中由美子&弓井久、作曲:杉田二郎、編曲葵まさひこ) 1973年3月
- (c/w) あした天気になあれ
- 恋の悩みは不思議なもの(作詞&作曲:谷村新司、編曲:瀬尾一三) 1973年7月
- (c/w) 潮風にさそわれるままに
- 幸せ色した貝がら(作詞:安井かずみ、作曲:小林亜星、編曲:馬飼野康二) 1974年1月
- (c/w) かげろう日記
- 取消して下さい(作詞:玉井妙子、作曲:瀬尾一三) 1974年8月
- (c/w) 赤い花と白い花
- ここから独りで(作詞:森田公一、作曲:青木望) 1974年10月
- (c/w) ふたりだけの結婚式
- 明治チェルシーの唄(作詞:安井かずみ、作曲:小林亜星)
- 水の影(作詞作曲:松任谷由実) 1978.06.20
- (c/w) クラウディ・クラウディ
[編集] アルバム
- 恋人もいないのに/シモンズの世界 1971年10月
- 若草のころ 1972年5月
- 風のことずて 1973年2月
- さんぽ道/シモンズ第4集 1973年7月
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月14日 (土) 18:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【シモンズ (歌手)】変更履歴

