シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国

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シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国ユトランド半島南部に位置した2つの小公国の総称。両国ともにドイツ人デーン人(デンマーク人)が混在していたため、中世以来争いが絶えなかった。地域区分・名称的には現在のドイツの州シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の前身。

[編集] 歴史

15世紀以降は両国ともデンマークの主権下に入ったが、ホルシュタインを中心にドイツ系の住民が増加したためにドイツとの係争地となる。1864年プロイセン王国主導のドイツ諸邦とデンマークの間で戦争が勃発(シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争)。ドイツ諸邦はデンマークに勝利し、シュレースヴィヒおよびホルシュタインはプロイセン王国とオーストリア帝国の管理下に入った。この一連の問題をシュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題と言う。

1866年、当地の帰属問題とビスマルクの挑発でプロイセンとオーストリアの間に戦争が勃発する(普墺戦争)。大モルトケ率いるプロイセンがオーストリアに圧勝し、ドイツ統一のステップとなる。

1920年第一次世界大戦で敗れたドイツは、住民投票を経て北シュレースヴィヒをデンマークに返還した。この地域はセナーユラン県となり、2007年の自治体再編で南デンマーク地域へ統合された。

最終更新 2008年11月10日 (月) 13:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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