シュヴァーベン
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シュヴァーベン(Schwaben)は、ドイツ南西部の地域。日本語では「シュワーベン」と音写される場合もある。英語ではスウェイビア(Swabia スワビアとする表記も見かける)、フランス語でスワーブ(Souabe)。
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[編集] 地理
バーデン=ヴュルテンベルク州の中・南部を中心として、バイエルン州南西部などを含む一帯を指す現在となってはやや漠然とした、歴史的な地方名称として残存している。
現在の行政区域では、アウクスブルクを中心としたバイエルン州南西部の行政地区に「シュヴァーベン」という名が残っている。これは「バイエルンのシュヴァーベン」(de:Bayerisch-Schwaben)と呼ばれる地域である。
地理的にイタリアとも遠くないため、バイエルン、ケルンテンと同様に他のドイツ地域と異なりパスタ、ピザなどの郷土料理も多い。
この地方の方言はドイツ語の中でも「訛りが強い」と言われ、文化的にもシュヴァルツヴァルトの森に抱かれた独特の風土は、一般にドイツの中でも特異であると認識されている。そのため、ドイツでは伝統的に「シュヴァーベン人」といえば「田舎者」の代名詞とするような慣習もある。一方で、分をわきまえた倹しい精神の象徴としても引き合いに出される。2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻の際、アンゲラ・メルケル首相(当時)は「欧米の窮状の理由を知りたければ、『シュヴァーベンの主婦』に聞くがいい」と言った[1]。
[編集] 歴史
民族移動時代に現れたスエビ族(スウェイビア / シュエビ族)が名称の由来。その故地とされるが、歴史的にはむしろアレマン人の領域とほぼ重なり、用いられる言語もアレマン語の系統に属するシュヴァーベン語である。
中世にはシュヴァーベン公国として存在し、特に12世紀に神聖ローマ帝国の歴代カイザー(皇帝)を輩出したシュヴァーベン公であったホーエンシュタウフェン家(シュタウフェン家)が有名。同家の衰退後、フランケン地方出身で公国内の有力領主であったヴュルテンベルク伯家が、シュヴァーベン公国を発展継承する形で1495年にヴュルテンベルク公国を建国した(のち1803年選帝侯国、1806年にはヴュルテンベルク王国に昇格する)。その後も神聖ローマ帝国の時代を通して、バーデン辺境伯領などとともにシュヴァーベン帝国クライスを形成していた。
ニュルンベルク城伯、ドイツ騎士修道会団長、ブランデンブルク辺境伯、プロイセン王国王家などを経て、のちにはドイツ帝国皇帝となった名門ホーエンツォレルン家(ヴュルテンベルク家と縁戚関係にある)も、元来はこの地方の発祥であり、その分家はこの地方にとどまった。また、この家ゆかりのホーエンツォレルン城もこの地にある。
17世紀には、神秘主義的傾向をもつルター派の一派敬虔主義運動の中心地となった。
[編集] 雑誌
- Suevica. Beiträge zur schwäbischen Literatur- und Geistesgeschichte. Herausgegeben von Reinhard Breymayer. Stuttgart: Verlag Hans-Dieter Heinz, Akademischer Verlag Stuttgart, ISSN 0179-2482
[編集] 脚注
- ^ 最悪の事態に備える倹しいドイツ人~深刻な景気後退と奇妙な安定感(JBpress2009年5月20日)
最終更新 2009年11月1日 (日) 03:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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