シロキFCセレーナ
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シロキFCセレーナ(シロキエフシーセレーナ)は、かつて日本女子サッカーリーグ(L・リーグ)に所属していたサッカークラブ。愛知県豊川市を拠点として活動していたが、1998年のシーズンと翌1999年の全日本女子サッカー選手権大会を最後にリーグを脱退。その後、解散した。
目次 |
[編集] クラブの概要・歴史
1991年1月、愛知県豊川市にあるシロキ工業の社内活性化運動推進のシンボルとして誕生。日興證券ドリームレディースに次ぐ2番目の企業内女子サッカークラブとなった。本格的な活動は4月から開始し、翌1992年には3月に全日本女子サッカー選手権大会に参加。11月から行われた「JLSLチャレンジリーグ’92」では4チーム2回戦総当たり戦を5勝1敗で優勝し、つづく田崎神戸レディースとの入れ替え戦(ホーム・アンド・アウェー方式)を1勝1分けでおさめて、翌年の日本女子サッカーリーグへの昇格を決めた。
自社内に公式戦も行える「シロキSEGグラウンド(現:豊川市サッカー場)」という本格的な練習環境を備えており、初参加の1993年にはいきなり5位という快挙を遂げた、1994年の第15回全日本女子サッカー選手権大会でベスト4となるもその後は低迷。1999年1月の第20回全日本女子サッカー選手権大会終了後にL・リーグ脱退を発表したため、同大会の準々決勝・日興證券ドリームレディース戦での敗戦が公式戦最後の試合に、またL・リーグは1998年のシーズンが最後になった。
企業チームではあったが選手には高校生や大学生もおり、また発足直後の1991年9月に「シロキ少女サッカースクール」を開設。さらに中学生をメンバーとする「豊川リベルタFC」も持っていた。
L・リーグを脱退してのちトップチームは解散となったが、中学生チームは現在も「シロキFCリベルタ」として愛知県女子サッカーリーグで活動中であり、また旧シロキSEGグラウンドは現在でも様々な大会やJリーグ所属クラブのキャンプなどで使用されている。
[編集] L・リーグの成績
| 回 | 年度 | クラブ名 | リーグ | チーム数 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 順位 |
| 5 | 1993年 | シロキFCセレーナ | JLSL | 10 | 18 | 10 | 8 | 5位 |
| 6 | 1994年 | L・リーグ | 10 | 18 | 9 | 9 | 6位 | |
| 7 | 1995年 | 10 | 18 | 8 | 10 | 7位 | ||
| 8 | 1996年 | 10 | 18 | 6 | 12 | 8位 | ||
| 9 | 1997年 | 10 | 18 | 3 | 15 | 9位 | ||
| 10 | 1998年 | 10 | 18 | 2 | 16 | 10位 |
註)成績は年間順位。
[編集] JLSLチャレンジリーグ’92の成績
[編集] リーグ戦
- 開催期間: 1992年11月1日‐1993年2月14日
| 順位 | チーム名 | 勝点 | 勝利 | 引分 | 敗戦 |
| 1位 | シロキFCセレーナ | 10 | 5 | 0 | 1 |
| 2位 | 浦和本太レディースFC | 7 | 3 | 1 | 2 |
| 3位 | 清水第八スポーツクラブ | 5 | 2 | 1 | 3 |
| 4位 | OKIレディーサンダース | 2 | 1 | 0 | 5 |
[編集] 1992-93入替戦
| チャレンジリーグ1位 | 結果 | JLSL最下位 |
| シロキFCセレーナ | 1回戦0-0 2回戦2-1 |
田崎神戸レディース |
※シロキFCセレーナのJLSL昇格と田崎神戸レディースのチャレンジリーグ降格が決定。
[編集] 獲得タイトル
- 1994年 第15回全日本女子サッカー選手権大会 ベスト4
[編集] チームカラー
- チームカラーは黄
(最終年のパターン)
| カラー | 上衣 | パンツ | ストッキング |
|---|---|---|---|
| フィールドプレーヤー(正) | 黄 | 青 | 黄 |
| フィールドプレーヤー(副) | 白 | 白 | 白 |
| ゴールキーパー(正) | 赤 | 黒 | 赤 |
| ゴールキーパー(副) | 青 | 黄 | 黒 |
[編集] 歴代監督
(日本女子サッカーリーグ参入以降)
- 1993年 平林健一
- 1994年 渡辺博尚
- 1995年 長島弘幸
- 1996年 今井敏明
- 1997年 - 1998年 磯村健
[編集] かつて所属していた選手
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年9月25日 (金) 11:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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