シーサイドライナー (列車)
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シーサイドライナーは、九州旅客鉄道(JR九州)が佐世保駅・竹松駅~長崎駅間を佐世保線・大村線・長崎本線経由で運行する快速列車。英語名の(SEA SIDE LINER)からSSLの通称がある。
本項ではかつて佐世保駅~長崎駅間を運行していた特急「シーボルト」についても記述する。
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[編集] 運行概況
下り14本・上り16本の運行で、上下の始発が竹松駅~長崎駅間の運転である他は全て佐世保駅~長崎駅間の運行である。かつては松浦鉄道西九州線のたびら平戸口駅や佐々駅まで乗り入れる列車もあったが、現在は松浦鉄道乗り入れは消滅している。喜々津駅~浦上駅間は新線経由である(駅や車内では市布経由と案内される)。
運行は長崎運輸センター所属のキハ200系気動車またはキハ66・67系気動車を用い、通常は2両編成でワンマン運転を行う。ただし時間帯や時期によっては、2編成併結による4両編成もしくは1両増結による3両編成(キハ200系のみ)で運転する場合があり、その場合は車掌が乗務する。2009年7月現在、座席指定席は設定されていない(キハ58系で運転されていた時期に多客期に連結されたことはある)。車両は普通列車と共通運用であるが、キハ66・67系のトップナンバー編成を除きすべて青色のシーサイドライナー専用塗色(乗客扉は赤色)が施されており、「SEA SIDE LINER」のロゴが記されている。 なお、何らかの事情でキハ66系の車両が不足した場合は筑豊篠栗鉄道事業部所属のキハ58系(キハ58 716+キハ28 2444)の2両が竹松発着の1往復に限り代走に使用されていたが、同車が廃車されたため使用は終了した。またキハ200系が不足した場合でも、大分鉄道事業部所属の赤いキハ200系(キハ200 11+キハ200 5011 元シーサイドライナー編成)を代走に使用する場合がある。
一部の列車は長崎行きは諫早、佐世保行きは喜々津で特急列車のかもめを待避する。
[編集] 列車番号
佐世保駅発は3221Dから、長崎駅発は3222Dから、それぞれ2ずつを加えていく。竹松駅発着列車に関しては3271D、3270Dとしている。号数の表記は2005年2月28日をもって廃止された。
[編集] 停車駅
- 佐世保駅 - 日宇駅 - 大塔駅 - 早岐駅 - ハウステンボス駅 - 川棚駅 - 彼杵駅 - 竹松駅 - 大村駅 - 諫早駅 - (西諫早駅) - 喜々津駅 - (市布駅) - (肥前古賀駅) - (現川駅) - 浦上駅 - 長崎駅
- ()内の駅は一部列車が停車。→西諫早駅は下り(長崎行き)は1本のみ(現川駅にも停車)、上り(佐世保・竹松行き)は朝に3本(長崎7:44発の佐世保行きは現川駅にも停車)と夕方以降(現川にも停車)に停車する。市布駅、肥前古賀駅は夜間の上り2本(これらは諫早駅まで各駅に停車する)のみ停車。現川駅は下り2本(佐世保7:54発(西諫早にも停車)と佐世保19:47発)、上りは朝に1本と夕方以降(双方とも西諫早駅にも停車)に停車。
- 当初、日宇駅、大塔駅は通過していたが、利便性向上や列車待避のため、1999年頃から一部の列車が停車し始め、2009年現在、佐世保~ハウステンボス間は快速でありながら実質的には各駅停車として運行されている。
[編集] 特色・利用状況など
- 列車の性格としては主に下の3つがあげられる。
- このうち、長崎~佐世保間には高速バスが1時間に1~2本運行されており、こちらは路線の関係で途中隣の佐賀県内を回るにも関わらず当列車とほぼ同じ時間で両都市を結んでおり(2006年10月現在、バスは最速1時間25分、列車は最速1時間33分)、JRも途中停車駅での停車時間見直し等による所要時間短縮や、普通列車用の2枚きっぷ・4枚きっぷの発売などの対抗策を種々打ち出しているところである。しかし、高速バスは佐世保市南部(早岐地区)や東彼杵郡川棚町・同郡東彼杵町には停車しないため、これらの地域における都市間輸送ではシーサイドライナーが果たす役割は大きいものがある。これは博多への特急「みどり」にも言えることである。
- 2002年以来朝夕の通勤通学時間帯以外の列車では2両編成でワンマン運転を行っていることもあり、大村駅~長崎駅間ではほぼ恒常的に立客が出る状態となっている。
[編集] 特急「シーボルト」
特急「シーボルト」は1999年3月13日のダイヤ改正時に、「シーサイドライナー」のうち2往復を特急に格上げの形で設定された、大村線全線を走る列車としては初の特急列車であった。
使用車両は「ゆふいんの森」に用いられていたキハ183系1000番台4両編成を改造の上充当した。外装はかつて小倉駅~佐世保駅間を走っていた「オランダ村特急」とほぼ同じ、トリコロール塗装であった。編成内容は佐世保寄りの1両のみ指定席で、他は全て自由席であったが、車端部の展望席は「シーボルト」では自由席扱いとされた。なおキハ183系1000番台は1編成しかないため、検査時には「ゆふ」などに用いられる185系気動車の3両編成が代走していた。
停車駅は佐世保駅 - 早岐駅 - ハウステンボス駅 - 大村駅 - 諫早駅 - 浦上駅 - 長崎駅で、2001年3月からは川棚駅が追加された。臨時列車が運転されたときは長与駅経由で運行されたこともある。元旦には、ハウステンボス発長崎行きの「カウントダウンシーボルト」も運転されていた。
「シーボルト」設定の際、佐世保駅~長崎駅間には特定特急料金が導入された。これは、設定当初から佐世保市~長崎市間の都市間輸送だけでは弱いとされたのが主な理由で、自由席特急料金は26km以上の場合、全区間500円に設定された。佐世保駅~長崎駅間の自由席特急料金は通常の料金では920円なのでかなり割安となった。
その後特定特急料金は「きらめき」の門司港駅~博多駅間、「かいおう」の博多駅~直方駅間など、短距離の特急設定時に次々に設定されていった。
しかし、「シーサイドライナー」が10往復以上運行されたのに対し「シーボルト」はわずか2往復と本数が少なく、加えて短距離の運行で「シーサイドライナー」に対する速達効果も弱かったことから利用は伸び悩んだ。地元の利用者からも「特急料金の不要な快速に戻してほしい」との声が多く聞かれたことから、2003年3月14日をもって「シーボルト」は廃止され、既存の「シーサイドライナー」が時刻変更等を行った上で代替する形となった。
[編集] 大村線優等列車沿革
- 1960年5月1日 博多駅~長崎駅間を大村線経由で運行する準急列車「出島」(でじま)運行開始。
- 当時運行されていた「ながさき」の補助列車として運行を開始。
- 1962年8月1日 博多駅~佐世保駅間を筑肥線・松浦線経由で運行する準急列車として、「九十九島」(くじゅうくしま)運行開始。
- 1963年6月1日 「九十九島」の運行区間を延長し博多駅~長崎駅間を筑肥線・松浦線・大村線経由で運行する準急列車となる。ただし、延長する早岐駅~長崎駅間を重複する「出島」は廃止。
- 1966年3月5日 準急行制度改変に伴い、「九十九島」を急行列車に格上げ。
- 1968年10月1日 このときのダイヤ改正に伴い、「九十九島」の名称を従来関西対佐世保間夜行急行列車の名称であった「平戸」(ひらど)に変更する。
- 1983年3月22日 福岡市地下鉄1号線開業に伴う筑肥線部分廃止に伴い、「平戸」運行区間を唐津駅~長崎駅間に短縮。
- 1986年11月1日 このときのダイヤ改正に伴い、大村線経由の佐世保駅~長崎駅間を運行する快速列車が1往復設定される。
- なお、この快速列車は下り列車は平戸口駅(現:たびら平戸口駅)始発となっていた。
- 1988年3月13日 このときのダイヤ改正に伴い、佐世保駅~長崎駅間快速列車5往復まで増便。
- 1988年3月31日 翌4月1日付けで松浦線が松浦鉄道に経営が移管されることにより、急行列車「平戸」廃止。この代替として、翌日より佐世保駅~長崎駅間に快速列車1往復増発(土休日等に松浦鉄道平戸口駅まで直通運転)。
- 1989年3月11日 佐世保駅~長崎駅間快速列車に「シーサイドライナー」の名称が与えられ、号数表記を採用。設定時は佐世保駅発(下り)10本、長崎駅発(上り)9本。キハ58系(一部キハ65形を含む)で運転。専用塗色への変更が行われる前にはヘッドマークを掲示して運行していた時期があった。
- 1992年7月15日 「シーサイドライナー」の本数を下り13本上り15本に増便。
- 1994年3月1日 キハ200系を「シーサイドライナー」の一部列車に投入。
- 1999年3月13日 特急「シーボルト」運行開始。
- 2000年3月11日 佐世保駅改築工事に伴い、松浦鉄道乗り入れ休止。
- 2002年3月23日 佐世保駅改築工事竣工に伴い、松浦鉄道乗り入れ再開。
- 2003年3月15日 「シーボルト」廃止。代替として「シーサイドライナー」の時刻の見直し程度の修正がされている。
- 2005年3月1日 「シーサイドライナー」の号数表記を取りやめる。
- 2006年3月18日 「シーサイドライナー」松浦鉄道乗り入れ休止。
[編集] 列車愛称の由来
(五十音順による)
- 「九十九島」(くじゅうくしま)…西海国立公園に指定されている九十九島から。
- 「シーサイドライナー」…主な経由路線の大村線が海岸線近くに敷設しているためのフィーリングからとされる。
- 「シーボルト」…江戸時代に来日したドイツの医師・博物学者、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト (Philipp Franz von Siebold) から。実在する人名からで、旧国鉄・JRとしては異例とされた。
- 「出島」(でじま)…江戸時代のオランダ商館所在地であった長崎市にある地名である出島から。
- 「平戸」(ひらど)…経由路線であった松浦線沿線の平戸市及び同市域の大半を占める平戸島から。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年8月24日 (月) 13:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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