ジェンネ

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ジェンネの位置

ジェンネ(Djenné)は、マリ共和国モプティ地方の都市で、モプティ市からは130km、首都バマコからは574kmのところにある。ジェンネは遊牧民と定住民の橋渡しとなる都市であり、サハラ交易の要衝となっていた。商業的に結びついているトンブクトゥからは、川伝いに500km離れており、この二つの都市はかつて「双子の姉妹」と称された。なお、「ジェンネ」はボゾ語で「水の精霊」の意味である。

目次

[編集] 地理

ジェンネはバニ川(ニジェール川の支流)に浮かぶ88ヘクタールのに建設された都市で、バニ川沿いの23kmの堤防の周縁に位置している。バマコとモプティをつなぐ幹線道路に出るには、渡し舟を使う。

ジェンネはサヘル型の気候に属しており、年間降水量は400mmから600mmである。

[編集] 人口

ジェンネの人口は、1976年の10275人から2005年の14196人へと、30年ほどで1.5倍の増加を見た。民族構成は多彩で、ソンガイ人、プール人、バンバラ人、ソナンケ人、ボゾ人、ドゴン人、モシ人などが暮らしている。

[編集] 歴史

現在の都市の周囲5km圏内の考古学的調査の結果、この地方には紀元前3世紀以降に人が住んでいたことが明らかになっている。最も重要な遺跡は、かつてのジェンネの都市と推測されているジェンネ=ジェンノや、カニャラ、トノンバなどである。

現在のジェンネの都市は、ボゾ人によって、ジェンネ=ジェンノ近郊に9世紀末に建てられた。伝説では、少女タパマ・ディネポ (Tapama Dienepo) が、都市の防衛と繁栄祈願のために、都市の城郭に生き埋めにされたという。

1280年にコイ・コウンボロ (Koi Koumboro) 王がイスラームに改宗し、ジェンネに壮麗なモスクを建てた。この13世紀のうちに、マリ帝国に併合された。1443年にはトゥアレグに、1470年にはソンガイ帝国に、次々と征服された。1591年にはモロッコがジェンネを奪取したが、1670年にはバンバラ帝国領となった。

1819年にはマシナ帝国のセク・アマドゥに、1862年にはトゥクルール帝国のウマール・タール (Umar Tall) に征服された。そして、1893年にはルイ・アシナール軍に屈し、フランス領スーダンに併合された。

ジェンネの都市史は相次ぐ征服の歴史ではあったが、同時にその歴史を通じて、ブラックアフリカにおけるイスラーム拡張の中心地であり続けた。

また、ジェンネはサハラ交易の要衝でもある。北から来た商人たちは宝石岩塩を持参し、南方の商人が持ってきたコーラナッツ黄金象牙などと交換した。現在でもなお、この地方では最も重要な市場が、月曜日ごとに開催されている。

[編集] 世界遺産

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ジェンネ旧市街
マリ共和国

伝統的な泥の建造物の町並み
伝統的な泥の建造物の町並み
英名 Old Towns of Djenné
仏名 Villes anciennes de Djenné
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(3), (4)
登録年 1988年
拡張年  
備考  
公式サイト ユネスコ本部(英語)
世界遺産テンプレートを使用しています
  

ジェンネの特徴的な建築物群は、1988年ユネスコ世界遺産に登録された。もともと「ジェンネ市」(The City of Djenne / Ville de Djenné) という名称で1979年に申請が行われていたが審議延期となり、1987年に改称の上再申請が行われた。

伝統的な建造物群は泥で出来ており、壁には木の断片「テロン」(terron) が組み込まれている。建築家アブドゥレ・トゥレ (Abdoulaye Touré) の研究によって、ファサードは、父、母、子といった家族の様々な構成員を表現していることが明らかにされた。点の数は、子の人数を表している。

伝統的な建物のファサード

住居は一般に2階建てで、トゥクルール様式もしくはモロッコ様式のファサードを備えている。今日、世界遺産登録によって保護が義務付けられているにもかかわらず、セメント製の住居が増え、古い町並みを変質させつつある。

[編集] ジェンネの大モスク

泥のモスクも参照のこと。

ジェンネ旧市街の象徴といえる泥の建造物が、巨大な泥塗りのモスクである。1280年ごろに、イスラームに改宗したジェンネ王コワ・コアンボロが宮殿を壊し、跡地に壮麗なモスクを建てたのが起源である。

1819年にジェンネがセク・アマドゥのマシナ帝国に屈した際、モスクは新しいものを建設するために取り壊されてしまった。その後、フランス植民地総督ウィリアム・メルロ=ポンティ (William Merlaud-Ponty) は、イスラーム指導者アルマミ・ソンフォ (Almamy Sonfo) の要請を受け入れて、コイ・コウンボロ王の壮麗なモスクを再現することを1906年10月に決定した。この再建工事は翌年10月1日に完成した。

屋根が100本の柱で支えられている大モスクは、奥行き75m、高さ20mで、1000人の信徒を収容できる。表面の材質は泥のため、町の住民で分担して毎年塗り直しが行われる。

ジェンネの大モスク

[編集] 登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

[編集] 行政

ジェンネの市町村共同体 (commune) は、ジェンネ市のほか、Ballé, Diabolo, Gomnikouboye, Kamaraga, Kéra, Niala, Velingara, Souala, Syn, Yenleda といった村を含んでいる。また、ジェンネのcercleは、Dandougoufakala, Déraby, Djenné, Fakala, Femayé, Kewa, Madiama, Nema Badenyakafo, Niansanarié, Ouro Ali, Pondory, Togué Mourari の各コミューンで構成されている。

1987年以降、ジェンネ市はヴィトレ(フランス)と姉妹都市になっている。

マリ共和国の世界遺産
World Heritage Sites in Mali

文化遺産
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複合遺産
バンディアガラの断崖
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最終更新 2009年10月18日 (日) 16:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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