ジェームス・カーティス・ヘボン

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ジェームス・カーティス・ヘボン
生誕 1815年3月13日
死没 1911年9月21日(満96歳没)
職業 宣教師医師
配偶 クララ・メアリー・リート(Clara Mary Leete,1818-1906)
  
ヘボンの胸像
ヘボンの胸像
施療所を開いた宗興寺
中央に記念碑がある

ジェームス・カーティス・ヘボン英語: James Curtis Hepburn)は、米国長老派教会系医療伝道宣教師であり、 ヘボン式ローマ字の創始者。医師ペンシルベニア州ミルトン出身。江戸時代に来日。1815年3月13日に生まれ、1911年9月21日に死去。

「ヘボン」はJames Curtis Hepburn が、日本で日本人向けに使った名前。詳しくは「ヘボン」という名前の節を参照のこと。 アカデミー賞女優キャサリン・ヘプバーンはヘボンと同じHepburnの一族である[1]

目次

[編集] 来歴

  • 1832年プリンストン大学卒業、ペンシルベニア大学医科に入学。
  • 1836年、ペンシルベニア大学卒業、医学博士(M.D.)の学位を取得。
  • 1840年、クララ・メアリー・リート(Clara Mary Leete,1818-1906)と結婚。
  • 1841年3月15日ボストンを出航し7月シンガポール到着。ギュツラフ訳日本語訳聖書「約翰福音之傅」を入手。
  • 1843年マカオを経由してアモイに到着する。
  • 1845年11月13日、アモイを出発。
  • 1846年ニューヨークに到着し、病院を開業。
  • 1859年安政6年)4月24日、北アメリカ長老教会の宣教医として、同じ志を持つ妻、クララと共にニューヨークを出発。香港上海長崎を経由し、1859年10月17日に横浜到着する。[2]。宗興寺(横浜市神奈川区)に神奈川施療所を設けて医療活動を開始。
  • 1863年(文久3年)、横浜に男女共学のヘボン塾[3]を開設。その後、ヘボン塾は他のプロテスタントミッション各派学校と連携。箕作秋坪の紹介で眼病を患った岸田吟香を治療する。その後、当時手がけていた『和英語林集成』[4]を岸田吟香が手伝うようになる。
  • 1866年、『和英語林集成』の印刷の為に岸田吟香と共に上海へ渡航する。
  • 1867年(慶応3年)、三代目沢村田之助の左足切断手術。日本最初の和英辞典『和英語林集成』を編纂し、美国(中国語でアメリカ合衆国の通称[5]。3版から米國に変わる[6]。)の下に平文の名で出版。日本語を転写する方法として英語式の転写法を採用。第3版まで改正に努め、辞典の普及に伴い、ヘボン式ローマ字の名で知られるようになった。
  • 1871年(明治4年)、ヘボン塾の女子部が同僚の宣教師、メアリー・キダーにより洋学塾として独立。洋学塾は、後にフェリス女学院の母体となる。
  • 1872年(明治5年)、同僚の宣教師らと福音書の翻訳を開始。
  • 1874年(明治7年)9月、横浜に横浜第一長老公会(現在の横浜指路教会)をルーミスを牧師として建てる。
  • 1880年(明治13年)頃、旧約聖書の和訳を完成。
  • 1886年(明治19年)、『和英語林集成』第3版を出版。ローマ字で日本語を綴って発音を示した。当時外国人の所有を許されなかった版権を丸善に譲渡する。利益は、後に明治学院へ寄付された。
  • 1887年(明治20年)、ヘボンは私財を投じて東京都港区白金の地に明治学院(現・明治学院大学・同高等学校)[7]として統合し、明治学院初代総理[8]に就任した。
  • 1892年(明治25年)、『聖書辞典』を山本秀煌と編纂。10月22日に妻の病気を理由に離日。
  • 1893年(明治26年)、ニューヨーク州イーストオレンジに居を構える。
  • 1905年(明治38年)3月13日、勲三等旭日章が贈られる。
  • 1911年(明治44年)、病没。

[編集] 「ヘボン」という名前

  • James Cartis Hepburn自身が日本人相手に「ヘボン」や「平文」を使用していた。
    • 『ヘボンの生涯と日本語』[9]にジェームス・カーティス・ヘップバーンはテノールのよく響く声で、自ら「ヘボンでござります」と名乗っていた、という記述がある。
    • 1867(慶応3)年に出版された『和英語林集成』初版の表紙に「『美国平文』編訳」と見える[10]
    • 1892(明治25)年に出版された『聖書辞典』の表紙にも「平文」と見える[11]
    • 『和英英和林語集成』第5版1894(明治27)年発行の「501/509」に奥付に書かれている著作者は「ゼー・シー・ヘボン」となっている[12]
  • 日本語で「ヘボン」が使われている。
    • ヘボンが宿舎にした成仏寺の門前の名主源七による『御用留』(1861年7月頃)に「ヘボン」(ヘホン)と書かれている[13]
    • 1872(明治5)年に出版された『新約聖書馬可傳福音書』[14]の表紙裏を見ると「この書はヘボン訳なり」と注記がある。
    • 1888(明治21)年4月19日付の右の郵便報知新聞の新聞広告で、『和英英和語林集成 第4版』が「博士ヘボン氏著」と紹介されている[15]
  • James Curtis Hepburnが創設したり、創立に深く関わった学校や教会が、現在でも「ヘボン」を大事に伝えている。
  • James Curtis Hepburnについての研究や解説で「ヘボン」を使っており、書名・論文名にも採用されている。

一方、"James Curtis" の発音・表記は、変遷し、混乱してきたと思われる。James についてはジェームズを、Curtisについてはカーチスを参照のこと。

[編集] 「ヘボン」の祖先

Hepburnの名は、Hebron または Hebburn という町に由来する[16]。またヘボンの遠い祖先は、スコットランドのボスウェル伯に連なるという。そして近い祖先は、イギリス国教による長老派迫害を逃れてサムエル・ヘップバーン(曾祖父。父と同名)が1773年アメリカへ渡ったのが始まりで、子ジェームス、孫サムエルと続き、孫サムエルの長男がジェームス・カーティス・ヘボンである[17]

[編集] ヘボンの日本語

  • 来日前(1841年シンガポール滞在中)にカール・ギュツラフ著『約翰福音之伝(ヨハネふくいんのでん)』を手にいれ、1859年航海中には『日本語文法書』とともに利用し学習した[18]。来日後「コレハナンデスカ?」と聞いてまわり、メモを取った。
  • 神奈川到着前にしばらく滞在していた長崎では、数度上陸し、かなり多く英語と日本語を対照してことばをあつめ、ちょっとした会話は出来るがまだ貧弱だ、としている。[19]
  • 1881(明治14)年、頼山陽の『日本外史』の大部分を原文のままで読んだ。[20]

[編集] 脚注

  1. ^ 杉田幸子 『横浜のヘボン先生』 いのちのことば社、1999年。および同書の改訂増補版、杉田幸子 『ヘボン博士の愛した日本』 いのちのことば社フォレストブックス、2006年に記載されているが、一次資料不明
  2. ^ 高谷道男『ヘボンの手紙』10月13日付け長崎発の後半に10月20日神奈川という部分があり、10月17日月曜夜到着とある。p.56
  3. ^ ヘボン塾の出身者には、高橋是清林董益田孝など明治期日本で活躍した多くの人材がいる。
  4. ^ 明治学院大学図書館 - 『和英語林集成』デジタルアーカイブス
  5. ^ 美国(中国語版)
  6. ^ 明治学院大学図書館 - 『和英語林集成』デジタルアーカイブス 『和英語林集成』各版体裁
  7. ^ 明治学院出身者については明治学院大学の人物一覧を参照されたい。
  8. ^ 学長に相当
  9. ^ 望月洋子『ヘボンの生涯と日本語』新潮社、15ページ
  10. ^ 企画・連載 : 神奈川 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)(19)和英辞典と翻訳聖書の刊行
  11. ^ 横浜開港150周年 みんなでつくる 横濱写真アルバム
  12. ^ 本文|近代デジタルライブラリー
  13. ^ 公文書館だより 第3号 : 神奈川県
  14. ^ ヘボン・ブラウン訳 新約聖書馬可傳福音書|関西学院と聖書
  15. ^ 綺堂作品紀聞 その2 綺堂作品とその実証
  16. ^ en:Hepburn (surname)
  17. ^ 1881年3月16日付け、W.E.グリフィス宛書簡、高谷道男編著『ヘボン書簡集』岩波書店、1959年。292ページ以降。
  18. ^ 高谷道男『ヘボンの手紙』p.39。同所に『日本語文法書』は特定できない、とある。
  19. ^ 高谷道男『ヘボンの手紙』p.56。
  20. ^ 1881年3月16日付け、W.E.グリフィス宛書簡、高谷道男『ヘボン書簡集』岩波書店。1959年。p.301。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 『ヘボン在日書簡全集』、教文館、2009年
     岡部一興編、高谷道男・有地美子訳
  • D.B.マカルティー 『真理易知』 J.C.ヘボン訳訳、1867年。
  • 『さいはひのおとずれ わらべてびきのとひこたへ』 J.C.ヘボン編、奥野昌綱訳訳、大和屋誠太郎、1873年。
  • 『聖書辞典』 平文・山本秀煌編、基督教書類会社、1892年。
  • ジェ-ムズ・カ-ティス・ヘボン 『脩心論』 基督教書類会社、1895年、15。
  • 山本秀煌 『新日本の開拓者ゼー・シー・ヘボン博士』 聚芳閣、1926年。
  • 關根文之助 『ヘボン博士 日本文明の父』 香柏書房、1949年。
  • 『ヘボン書簡集』 高谷道男編訳、岩波書店、1959年、386。ISBN B000JARD2O。
  • ヘボン,J.C. 『和英・英和語林集成第三版』 講談社、1974年(原著1886)、989。ISBN B000J94JIQ。
  • ヘボン,J.C. 『和英語林集成』 講談社〈講談社学術文庫 477〉、1980年4月(原著1886)、989。ISBN 9784061584778
  • ヘボン,J.C. 『ヘボンの手紙』 高谷道男編訳、有隣堂〈有隣新書〉、1976年1月、243。ISBN 4896600150
  • 『聖書辞典』 博士平文・山本秀煌編纂、ノーベル書房、1979年、明治25年刊の複製、652。
  • 高谷道男 『ヘボン』 吉川弘文館〈人物叢書61〉、1986年8月、新装版、231。ISBN 9784642050531
  • 望月洋子 『ヘボンの生涯と日本語』 新潮社〈新潮選書〉、1987年4月、248。ISBN 9784106003295
  • グリフィス、ウイリアム・エリオット 『ヘボン --- 同時代人の見た』 佐々木晃訳、教文館、1991年10月(原著1913)、256。ISBN 9784764262768
  • 内藤誠 『ヘボン博士のカクテル・パーティー』 講談社、1993年11月、258。ISBN 9784062063142
  • ヘボン,J.C. 『和英語林集成 初版 訳語総索引』 飛田良文、菊地悟、笠間書院〈笠間索引叢刊〉、1996年3月、559。ISBN 9784305201119
  • ヘボン,J.C. 『和英語林集成 訳語総索引』 山口豊、武蔵野書院、1997年6月、第3版、302。ISBN 9784838601684
  • 杉田幸子 『横浜のヘボン先生』 いのちのことば社、1999年。
  • 石川潔 『ドクトル・ヘボン関連年表 1815.3.13~1911.9.27(ヘボンの誕生からヘボンの葬儀、追悼会の日まで)』 石川潔、1999年。
  • ヘボン,J.C. 『和英語林集成 : 初版・再版・三版対照総索引』1、飛田良文、李漢燮、港の人、2000年。ISBN 4896290402
  • ヘボン,J.C. 『和英語林集成 : 初版・再版・三版対照総索引』2、飛田良文、李漢燮、港の人、2000年。ISBN 4896290410
  • ヘボン,J.C. 『和英語林集成 : 初版・再版・三版対照総索引』3、飛田良文、李漢燮、港の人、2000年。ISBN 4896290429
  • 伊藤信夫 『横浜随想 算学者・伊藤佐一親子とドクトル・ヘボンの交遊譚話』 新読書社、2002年3月、220。ISBN 9784788091177
  • 村上文昭 『ヘボン物語 --- 明治文化の中のヘボン像』 教文館、2003年11月、295。ISBN 9784764299269
  • 杉田幸子 『ヘボン博士の愛した日本』 いのちのことば社フォレストブックス、2006年3月、『横浜のヘボン先生』改訂新版、159。ISBN 9784264024231

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月7日 (土) 08:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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