ジェームズ・ワン
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| ジェームズ・ワン James Wan |
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2007年撮影 |
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| 生年月日 | 1977年2月27日(32歳) |
|---|---|
| 出生地 | マレーシア・クチン |
| 職業 | 映画プロデューサー、映画監督、脚本家 |
| ジャンル | 映画 |
| 主な作品 | |
| 『ソウ』シリーズ 『デッド・サイレンス』 |
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ジェームズ・ワン(James Wan、1977年2月27日 - )は、オーストラリアの映画プロデューサー、映画監督、脚本家。ホラーやスリラー、ミステリーなどの分野で活動している。
目次 |
[編集] 来歴
中国系の子としてマレーシア・クチンで生まれ、幼少期にオーストラリアのパースへ移住。11歳頃から映画の道を志し、メルボルンのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT)へ進学。同大学でリー・ワネルと親友になり、2人で映画製作をするようになった[1]。長編映画『ソウ』の企画を実現するため脚本を書き上げ、少ない予算で8分間のパイロット版DVDを制作して映画会社に売り込んだ[2][3]。無名の青年の作品だが脚本を売り込むのが目的ではなく、ワンが監督を務めワネルがアダム役を演じるという条件を譲らなかったため賭けに近い行動だったが、唯一エヴォリューション・エンターテインメントのグレッグ・ホフマンがこの条件を受諾したため長編映画の製作が実現した[3]。低予算のため18日間という短期間で撮影された『ソウ』は、2004年1月にサンダンス映画祭で上映されると熱狂的に支持され、波及効果で同年5月にはカンヌ国際映画祭でも上映されたのがきっかけとなり世界各国から買い付けが殺到した[2]。デビュー作は低予算ながら斬新なストーリー展開が評判となりシリーズ化され、2作目以降はプロデューサーとして参加している。2007年には3年ぶりの監督作『デッド・サイレンス』が公開された(日本公開は2008年3月22日)。
[編集] 人物
- 尊敬する監督はデヴィッド・リンチ[2]とダリオ・アルジェント[1]。チャンスを与えてくれたグレッグ・ホフマンは『ソウ』の公開翌年に亡くなったが、ワンは感謝の意を表している[3]。
- 好きな映画はジャン・コクトー監督の『美女と野獣』(1946年)とスティーヴン・スピルバーグ監督の『激突!』(1972年)[3]。
[編集] 主な作品
[編集] 製作総指揮
[編集] 監督
[編集] 脚注
- ^ い ろ IMDb - Biography for James Wan
- ^ い ろ は All About - 低予算で夢を実現したオーストラリアの若き才能
- ^ い ろ は に 『ソウ』日本語公式サイト
[編集] 外部リンク
- James Wan - Internet Movie Database (英語)
最終更新 2009年10月8日 (木) 12:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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