ジグメ・ティンレー

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ブータンの政治家
ジグメ・ティンレー
འཇིགས་མེད་འོད་ཟེར་འཕྲིན་ལས།
ジグメ・ティンレー
生年月日 1952年
出生地 ブムタン県
所属政党 ブータン高徳党(DPT)

ブータンの旗 第13代首相
内閣 第3次ティンレー内閣
任期 2008年4月9日 -
国王 ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク

ブータンの旗 第8代首相(閣僚評議会議長)
内閣 第2次ティンレー内閣
任期 2003年8月30日 - 2004年8月20日
退任理由 任期満了(輪番制)のため
国王 ジグミ・シンゲ・ワンチュク

ブータンの旗 第3代首相(閣僚評議会議長)
内閣 第1次ティンレー内閣
任期 1998年7月20日 - 1999年7月9日
国王 ジグミ・シンゲ・ワンチュク
  

ジグメ・ティンレーゾンカ語འཇིགས་མེད་འོད་ཟེར་འཕྲིན་ལས།Jigme Thinley、正式名:ジグメ・エーセール・ティンレーJigme Yoser Thinley)は、ブータン政治家下院議員首相(第3・8・13代)。

日本では「ジグミ・ティンレイ」とも表記される。

目次

[編集] 概要

1952年生まれ。父は歴代国王の側近であった[1]。1976年、米国ペンシルベニア大学で公共政策の修士号を取得。帰国後は国家公務員となり[2]、様々な官職を歴任した。

1998年、国民議会における閣僚候補信任投票で候補中最多票を獲得し、閣僚評議会入りして外務大臣に就任した。また、任期中に閣僚評議会議長(閣僚輪番制の首相相当職)も務めた。2003年、閣僚評議会の改組で再度信任投票を受け、再び最多票を獲得する。閣僚評議会では内務文化大臣に就任し、閣僚評議会議長も務めた。

閣僚在任中、1期目の1999年6月、2期目の2006年10月に1回ずつ訪日したほか[3]、2005年にも訪日し、愛知万博に足を運んでいる。

2007年8月、ブータンで新たに組織された政党の1つであるブータン高徳党(略称DPT)の党首に選出された。翌2008年3月24日、初の普通選挙による国民議会(下院)選挙で、DPTはサンゲ・ゲドゥプが率いる国民民主党(略称PDP)を破り、全47議席中45議席を占める圧勝を収めた。この結果、ジグメ・ティンレーは、同年4月9日に、ブータン史上初の民選首相に任命された[4]

[編集] 脚注

  1. ^ 朝日新聞』2008年3月27日
  2. ^ 同上
  3. ^ 外務省「各国・地域情勢 ブータン王国」(2008年3月25日閲覧)
  4. ^ Kuensel Online 2008/04/09His Majesty to confer Dakyen on PM today(2008年4月9日閲覧)

[編集] 関連記事

[編集] 外部リンク


先代:
キンザン・ドルジ
ブータンの旗 首相
第13代: 2008 - 現在
次代:
現職
先代:
キンザン・ドルジ
ブータンの旗 首相(閣僚評議会議長)
第8代: 2003 - 2004
次代:
イェシュイ・ジンバ
先代:
空席
ブータンの旗 首相(閣僚評議会議長)
第3代: 1998 - 1999
次代:
サンゲ・ゲドゥプ
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最終更新 2009年10月16日 (金) 03:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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