スタジオジブリ

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株式会社スタジオジブリ
Studio Ghibli, Inc.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒184-0002
東京都小金井市梶野町一丁目4番25号
設立 1985年6月(2005年4月再登記)
業種 情報・通信業
事業内容 アニメーション映画、テレビCM、テレビ映画、実写映画等の企画・制作
代表者 星野康二(代表取締役社長)
鈴木敏夫(代表取締役)
資本金 10,000,000円(2005年4月現在)
従業員数 300名
決算期 3月
関係する人物 宮崎駿(取締役)
スティーブン・アルパート(取締役)
山本哲也(取締役)
外部リンク www.ghibli.jp/(公式サイト)
特記事項:日本動画協会正会員
  

株式会社スタジオジブリ(かぶしきがいしゃすたじおじぶり、英語Studio Ghibli, Inc.)は、アニメーションを主体とした映像作品の企画・制作を主な事業内容とする日本の企業である。

目次

[編集] 概要

長編アニメーション映画の制作を主力事業としているが、1990年代中期以降、短編作品の制作及び実写作品の企画を手がけている。また、海外アニメーションの公開やDVD発売、『熱風』という小冊子の発行を行う出版事業、さらに音楽事業も行っている。

風の谷のナウシカ』を製作したトップクラフトを母体として1985年6月15日徳間書店の出資により、株式会社として設立された。社長には徳間書店社長の徳間康快が就任したが、スタジオの実質的な責任者はトップクラフトの代表取締役だった常務の原徹であった。当初は作品ごとにスタッフを集め、完成と共に解散する方式を採っており、アニメーターの給料も歩合制だったが、後に人材育成のためにアニメーターの給料を固定給制にするなど、高品質で安定した作品作りの拠点とした。

劇場作品専門スタジオのイメージが強いが、テレビ作品の動画グロスも請け負っている。

[編集] 名称

「スタジオジブリ」の名称は、サハラ砂漠に吹く熱風(ghibli)に由来しており、第二次世界大戦中のイタリア飛行機の名前でもある。宮崎駿の思い込みから「ジブリ」となったが、「ギブリ」の方が原語に近い発音である(イタリアのマセラティ社の乗用車ghibliは日本でも1970年代から「ギブリ」と呼ばれている)。スタジオジブリのマークは、スタジオジブリの作品『となりのトトロ』に登場するキャラクター、トトロがデザインされている。スタジオジブリの第2レーベルで実写作品部門の「スタジオカジノ」は、スタジオの所在地東京都小金井市梶野町から命名された。

[編集] 略歴

「西ジブリ」が設置されるトヨタ自動車本社ビル
  • 1985年、設立
  • 1991年、経営方針の対立から原が常務を辞任し、後任に鈴木敏夫が就任
  • 1992年8月6日東小金井駅近くの新社屋(小金井市梶野町)へ移転
  • 1997年6月、経営悪化した親会社の徳間書店に吸収され、同年『もののけ姫』完成後、宮崎駿がジブリを退社
  • 1999年、徳間書店の1事業部門となり、同年に宮崎駿はジブリ所長として復帰
  • 2004年、徳間書店スタジオジブリ事業部を株式会社スタジオジブリに分割
  • 2005年4月、徳間書店傘下を離れて独立し、鈴木敏夫が代表取締役社長に、宮崎駿とスティーブン・アルパートがそれぞれ取締役に就任
  • 2008年2月、鈴木敏夫が代表取締役社長を退任し、後任に元ウォルト・ディズニー・ジャパン会長の星野康二が就任
  • 2009年4月、トヨタ自動車本社内に新スタジオとして「西ジブリ」を開設予定[1][2]

[編集] レーベル

[編集] 映画

スタジオジブリ
1985年の株式会社スタジオジブリの設立とともに発足したレーベル。自社で制作した長編アニメーションを手がけており、同社を代表するレーベルの一つである。
天空の城ラピュタ』(宮崎駿原作脚本監督)、『となりのトトロ』(宮崎駿原作・脚本・監督)、『火垂るの墓』(高畑勲脚本・監督)など。
スタジオカジノ
株式会社スタジオジブリの第二レーベルとして設立された。設立当初はスタジオジブリが従来手がけてこなかった実写分野を中心に活動していたが、のちにアニメーション分野にも進出している。
式日』(庵野秀明監督)、『サトラレ』(本広克行監督)、『ポータブル空港』(百瀬ヨシユキ監督)など。
スタジオギブリ
スタジオギブリのマークはスタジオジブリのマークとほぼ同様のデザインだが、スタジオギブリの作品『ギブリーズ episode2』に登場するキャラクター「野中くん」が描かれている。
ギブリーズ episode2』(百瀬義行監督)など。
三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー
2007年に株式会社スタジオジブリと財団法人徳間記念アニメーション文化財団により設立されたレーベル。徳間記念アニメーション文化財団傘下の三鷹の森ジブリ美術館により運営されており、他社が制作した映画の公開、および、DVDの販売を行っている[3]。主に日本国外のアニメーションを担当しており、高畑勲や宮崎駿の推薦などに基づき、三鷹の森ジブリ美術館が作品を選定している[3]
『春のめざめ』(アレクサンドル・ペトロフ脚本・監督)、『アズールとアスマール』(ミッシェル・オスロ原作・脚本・監督)、『雪の女王』(レフ・アタマーノフ監督)など。

[編集] ビデオ

ジブリ学術ライブラリー
過去に放送されたドキュメンタリー番組や過去に公開されたノンフィクション映画のビデオを販売するレーベル。他社が制作した作品が中心である。
『人間は何を食べてきたか』(日本放送協会制作)、『柳川堀割物語』(高畑勲監督)、『堀田善衞 時代と人間』(日本放送協会制作)など。
ジブリCINEMAライブラリー
他社が制作した映画のビデオを販売するレーベル。「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」に移管された作品もある。
ダーク・ブルー』(ヤン・スヴェラーク監督)、『キリクと魔女』(ミッシェル・オスロ原作・脚本・監督)など。

[編集] 音楽

スタジオジブリレコーズ
徳間ジャパンコミュニケーションズ(こちらも徳間書店の資本関係が切れ現在は第一興商の傘下)と提携して設立したレーベル。主に同社制作のサウンドトラックをリリース。設立以前は「アニメージュレコード」レーベルでリリースしていた。

[編集] 服飾

仕立屋スタジオジブリ
プライムゲート社がスタジオジブリとGHIBLIブランドの洋服および服飾小物の企画・製造・販売のライセンス契約を締結し、2004年秋冬から販売開始したメンズ・ブランド。イメージモデルは、『紅の豚』の主人公、ポルコ・ロッソ。本物志向の40歳以上の中年男性がターゲットである。

[編集] 作品一覧

[編集] 劇場長編

タイトル 監督 公開日 時間 配給 備考
天空の城ラピュタ 宮崎駿 1986年8月2日 124分 東映  
となりのトトロ 宮崎駿 1988年4月16日 86分 東宝 同時上映『火垂るの墓
火垂るの墓 高畑勲 1988年4月16日 88分 東宝 同時上映『となりのトトロ
魔女の宅急便 宮崎駿 1989年7月29日 102分 東映  
おもひでぽろぽろ 高畑勲 1991年7月20日 119分 東宝  
紅の豚 宮崎駿 1992年7月18日 93分 東宝  
平成狸合戦ぽんぽこ 高畑勲 1994年7月16日 119分 東宝  
耳をすませば 近藤喜文 1995年7月15日 111分 東宝 同時上映『On Your Mark
もののけ姫 宮崎駿 1997年7月12日 133分 東宝  
ホーホケキョ となりの山田くん 高畑勲 1999年7月17日 104分 松竹  
千と千尋の神隠し 宮崎駿 2001年7月20日 125分 東宝  
猫の恩返し 森田宏幸 2002年7月20日 75分 東宝 同時上映『ギブリーズ episode2
ハウルの動く城 宮崎駿 2004年11月20日 119分 東宝  
ゲド戦記 宮崎吾朗 2006年7月29日 116分 東宝
崖の上のポニョ 宮崎駿 2008年7月19日 101分 東宝  

[編集] テレビスペシャル

タイトル 監督 放映日 時間 放映局 備考
海がきこえる 望月智充 1993年5月5日 73分 日本テレビ系列 1993年12月25日から中野武蔵野ホールにて上映

[編集] 短編作品

タイトル 監督 公開年 備考
On Your Mark 宮崎駿 1995年 同時上映『耳をすませば
ギブリーズ 百瀬義行 2000年
フィルムぐるぐる 宮崎駿 2001年
くじらとり 宮崎駿 2001年
コロの大さんぽ 宮崎駿 2002年
めいとこねこバス 宮崎駿 2002年
空想の空飛ぶ機械達 宮崎駿 2002年
空想の機械達の中の破壊の発明 庵野秀明 2002年
ギブリーズ episode2 百瀬義行 2002年 同時上映『猫の恩返し
ポータブル空港 百瀬ヨシユキ 2004年 同時上映『キューティーハニー
space station No.9 百瀬ヨシユキ 2005年
空飛ぶ都市計画 百瀬ヨシユキ 2005年 同時上映『タッチ
水グモもんもん 宮崎駿 2006年
星をかった日 宮崎駿 2006年
やどさがし 宮崎駿 2006年

[編集] TVCM

  • 日本テレビ開局40年記念スポットそらいろのたね(1992年。『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート』に収録。)
  • アサヒ飲料「旨茶」(2001年)
  • りそなグループひびきが丘物語(2003年)
  • ハウス食品「おうちで食べよう。」シリーズ(2004年。『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート』に収録。)
  • 読売新聞社企業CM

[編集] その他

  • 金曜ロードショー』オープニング映像(1997年~2009年3月20日、『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート』に収録)
  • 特上!天声慎吾』オープニング映像(2003年)
  • 神奈川近代文学館堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。』(2008年。堀田の作品をモチーフとしたアニメ作品『定家長明』『路上の人』を「もし作るとしたら」という仮定のもとの設定画を、宮崎吾朗、武重洋二、田中直哉等が描いた。)

[編集] 制作協力

スタジオジブリも1アニメーション制作会社であり、常に映画を制作しているわけではないので新作映画公開後には様々なアニメの下請けとしてクレジットされる。

劇場版アニメ
テレビシリーズ
ゲーム
他にも背景や作画などの制作を担当している作品は複数あるが、ここでは省略する。

[編集] 他社作品のビデオ化など

  •  人間は何を食べてきたか 8巻(NHK制作番組、VHS/DVD 2003年)
  •  柳川堀割物語高畑勲監督、VHS 2003年)
  •  キリクと魔女(ミッシェル・オスロ監督、公開2003年、DVD発売2007年)
  •  堀田善衞 時代と人間(NHK人間大学他、DVD 2004年)
  •  漫画映画論(今村太平、書籍 2005年)
  •  日本 その心とかたち 7巻(加藤周一、NHK制作番組、DVD 2005年)
  •  日本その心とかたち(加藤周一、書籍 2005年)
  •  映画のどこをどう読むか(ドナルド・リチー、書籍 2006年)
  •  ベルヴィル・ランデブー(シルヴァン・ショメ監督、2005年公開、DVD発売2007年)
  •  王と鳥ポール・グリモー監督、2006年公開、DVD発売2007年)
  •  春のめざめ(アレクサンドル・ペトロフ監督、公開及びDVD発売 2007年)
  •  プリンス&プリンセス(ミッシェル・オスロ監督、DVD 2007年)
  •  キリクと魔女2 4つのちっちゃな大冒険(ミッシェル・オスロ監督、DVD 2007年)
  •  アズールとアスマール(ミッシェル・オスロ監督、公開及びDVD発売 2007年)
  •  アズールとアスマール(ミッシェル・オスロ、書籍 2007年)
  •  雪の女王<新訳版>(レフ・アタマーノフ監督、2007年公開、DVD発売2008年)
  •  パンダコパンダ(宮崎駿脚本、高畑勲監督、公開及びDVD発売 2008年)
  •  チェブラーシカ 全四話完全<デジタルリマスター>版(ロマン・カチャーノフ監督、公開及びDVD発売 2008年)
  •  動物農場(ジョン・ハラス、ジョイ・バッチェラー監督、公開2008年)
  •  ドキュメント「ルパン三世」とその時代(公開2009年)

[編集] 日本国内 歴代ジブリ作品収入ランキング

日本映画製作者連盟によるデータ。

順位 作品 配給会社 公開年度 配給収入 興行収入 観客動員
1 千と千尋の神隠し 東宝 2001年   304億円 2350万人
2 ハウルの動く城 東宝 2004年   196億円 1500万人
3 もののけ姫 東宝 1997年 113億円 193億円 1420万人
4 崖の上のポニョ 東宝 2008年   155億円 1200万人
5 ゲド戦記 東宝 2006年   76.5億円 588万人
6 猫の恩返しギブリーズ episode2 東宝 2002年   64.6億円 550万人
7 紅の豚 東宝 1992年 28億円   304万人
8 平成狸合戦ぽんぽこ 東宝 1994年 26.5億円   325万人
9 魔女の宅急便 東映 1989年 21.5億円   264万人
10 おもひでぽろぽろ 東宝 1991年 18.7億円   216万人
11 耳をすませばOn Your Mark 東宝 1995年 18.5億円   208万人
12 ホーホケキョ となりの山田くん 松竹 1999年 7.9億円    
13 風の谷のナウシカ 東映 1984年 7.6億円   91万人
14 となりのトトロ火垂るの墓 東宝 1988年 5.9億円   80万人
15 天空の城ラピュタ 東映 1986年 5.8億円   77万人

※ここでは、『風の谷のナウシカ』も便宜上リストに入れてある。

※日本では1999年まで配給収入が用いられてきたが、2000年から興行収入の発表に切り替わっている。

[編集] 評価

[編集] 日本国内での評価

1996年、新宿三越美術館を皮切りに日本全国の三越百貨店で『スタジオジブリ原画展』が開催された。徳間書店とウォルト・ディズニー・カンパニーとの業務提携及びジブリ作品の世界進出のニュースが大きな話題となった。

2003年東京都現代美術館で『ジブリがいっぱい スタジオジブリ立体造型物展』が開催され、22万人以上の動員があった。

日経BPコンサルティングが2001年から毎年実施している「ブランド・ジャパン」のコンシューマー市場調査結果によると、スタジオジブリは2002年から2006年まで「消費者から最も評価されているブランド」の上位5位以内に毎年ランクされていた。「共感するブランド」部門では、2002年から5年連続で第1位に選ばれている。

  • 2002年 第3位
  • 2003年 第4位
  • 2004年 第5位
  • 2005年 第2位
  • 2006年 第1位
  • 2007年 第12位
  • 2008年 第2位

電通ヤング・アンド・ルビカムが、2007年6-7月期に実施したブランドに関する世界最大の消費者調査 「ブランド・エナジー」パワーランキングにおいて、スタジオジブリは第2位に選ばれた。

2008年東京都現代美術館で、『スタジオジブリ・レイアウト展』が開催され、12万5千人の動員があった。

長年、日本最高峰のアニメスタジオであるとされてきた。

[編集] 日本国外での作品公開と評価

ベルリン国際映画祭の金熊賞、アカデミー賞アニメーション部門(『千と千尋の神隠し』)やベネチア国際映画祭の金のオゼッラ賞(スタジオジブリの技術に対する評価)で受賞するなど、国際的にも高い評価を受けているジブリ映画であるが、そこに至る道のりは平坦ではなく、現在もその評価は一様ではない。

ジブリ作品は早くから日本国外の映画祭に何度も出品し、中には受賞するケースもあったが、一般大衆レベルでジブリのアニメ映画が早くから受容されていたのは香港である。1987年6月に『天空の城ラピュタ』が『天空之城』の題で公開され、興行収入はその年の香港における外国語映画2位となる1300万香港ドルのヒットとなった。1988年2月には『風の谷のナウシカ』が『風之谷』の題で興行収入1070万香港ドル、1988年7月に『となりのトトロ』が『龍猫』として1100万香港ドルの興行収入を挙げた。いずれも1997年時点で香港における日本映画の上位に食い込む好成績だった。以後も『魔女宅急便』が1990年に公開されるなど、スタジオジブリ作品は香港で上映されていった。[4]

アメリカにも『風の谷のナウシカ』が輸出されているが、配給権を得たのは低予算C級映画で知られるロジャー・コーマン配下の会社であった。116分の本編は95分にカット、ストーリーも大幅に改竄されて『風の戦士たち(Warriors of the Wind)』と題して、アメリカ国内で短い期間劇場公開された後にビデオで販売され、更にはヨーロッパ各国にも転売された(風の谷のナウシカの「海外版」も参照のこと)。この『風の戦士たち』は宮崎アニメファンたちの間では今でも悪評が高い[5]。このアメリカ向け短縮版は宮崎駿に無断で作成されたものだったが、この一件で宮崎駿とスタジオジブリは自社作品の輸出に当たってはノーカット公開を要求するようになった。

その後のアメリカでは、1989年に『天空の城ラピュタ』が小規模な劇場公開があったが[6]、基本的に欧米では本格的な劇場公開は行われず、正規ルートでのビデオ発売も遅れたために現地の日本アニメファンたちは不法な形でジブリ作品を流通させていた[7]。この時期の海外ファンは違法コピーのビデオを見るか、日本から輸入された日本語版のVHSテープかレーザーディスクを買ってきて、ファンサイトに載っている英語翻訳スクリプトと突き合わせながら観るなどの手間を強いられていたのである。

ピクサージョン・ラセター監督も早い時期からの宮崎アニメの熱心なファンとして有名であり「アイデアに詰まると皆で宮崎アニメを見た。そして宮崎アニメにはヒントが必ず有った」などと発言している。彼に限らず1980年代から1990年代にかけてのアメリカのアニメーターや、欧米の日本アニメファンたちにとって宮崎アニメとスタジオジブリは半ば神格化された存在であり、実写映画の業界でも知る人ぞ知る存在となっていた。

1996年に徳間書店とディズニーが業務提携し、『もののけ姫』にディズニーが出資して世界配給権を得たことでこうした問題は一応の解決を見るが、ジブリ側がこだわったノーカット公開については最後まで緊迫したやりとりが行われたと関係者は証言している。市場主義が徹底しているアメリカでは、映画の時間は一日に何回上映できるかを決定するので大変な問題になる(『もののけ姫』は135分)。2時間以上の(そして、ディズニーアニメのような歌も踊りもない)アニメーション映画というのは平均的アメリカ人の常識から外れている。「アート・シネマとして評価されても、それだけでは興行成績は望めない。普通のアメリカ人に足を運んでもらうにはある程度の改変は必要である」というアメリカ側の要請を、ジブリは頑として受け付けなかった。

その結果、ジブリ映画はニューヨーク近代美術館 (MoMA) などで回顧展が開かれたり、『千と千尋の神隠し』が映画批評を集計するサイト、Rotten Tomatoes[8])でほぼパーフェクトに近い点を記録したり、アカデミー賞(アニメーション部門)を受賞するなど、高い評価を受けているにも関わらず、ジブリ映画のアメリカ興行成績は『ポケモン』にまったく及ばないレベルに留まった。アートシネマ専門館で上映されても、家族連れがやってくるショッピングモールのシネマ・コンプレックスでは上映されないからである。

フランスでも宮崎アニメの正式な紹介は遅れた。アメリカ同様に日本アニメファンによる評価は高く、1993年のアヌシー国際アニメーション映画祭では『紅の豚』が長編部門の作品賞を受けるが、1995年の劇場公開では、興行的に惨敗する。流れが変わるのは1999年末から2000年であり、長年に渡って保留されていた『となりのトトロ』とディズニー系列配給の『もののけ姫』が劇場公開されるとフランスのメディアはこぞって激賞し、高い興行成績も収めることができた。『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』では100万人を越える観客動員を果たしている。アメリカとは異なりジブリの旧作も次々と劇場公開されており、それぞれに高い人気を集めた。

[編集] 声優の配役の特徴

スタジオジブリの作品は基本的に(TVアニメと比較して)制作費の大きい劇場版アニメ映画なので、声優も大物の実力派を多く起用する。1990年代以降の作品では、主演や主演級の声は、普段声優を本業としていないテレビドラマ等で有名な俳優を多く起用する事が顕著となった。 以前は、この理由を「声優の演技はこなれていて嫌だ」と言う宮崎の持論の為ではないかと一部で囁かれていたが(宮崎が近年の声優業界についてあまり詳しくないから俳優ばかり起用しているのではという噂もある)、実際には宮崎が関わらない他のジブリ作品も俳優起用は同様であり、近年は宣伝効果や観客動員寄与を優先するプロデューサー鈴木敏夫の意向とされている。しかし、声優を本業としていない俳優の声優起用が批判される場合がある。これに関して宮崎は、海外メディアとのインタビューの中で、「我々が欲しいのはコケティッシュな声ではない」という旨を述べている。
『もののけ姫』以後話題作りなどと縁が無いような端役(役名がクレジットされない)のキャスティングにも独特な傾向が表れた。文学座所属の俳優[9]がキャストの大部分を占め、また『水曜どうでしょう』がジブリのスタッフに人気があった縁でTEAM NACSのメンバーも『千と千尋の神隠し』(大泉洋安田顕)、『ハウルの動く城』(全員)で起用されている。

[編集] 後継者の育成

宮崎駿と高畑勲の後継者と目されていた近藤喜文亡き後のジブリには、長編監督を担う意欲を持つ人材が不足しており、ジブリの監督・演出方面における人的資源の枯渇が予測されている。今までに外部から何人かの人材が招かれ、制作作業を行なったものの、スタジオの社風に合わず、降板したケースも少なくないという。『魔女の宅急便』における片渕須直や、『ハウルの動く城』における細田守の降板劇が伝えられた。

庵野秀明はこの状況を、「宮さんにおんぶにだっこのジブリの環境では、後継者は育ちませんよ」と発言[10]。鈴木敏夫も、ジブリは宮崎と高畑の2人の為のスタジオであり、人材が育つわけがないとしている。とはいえ、現・元を問わずスタジオジブリ在籍(宮崎駿との仕事で影響を受けた)経験のある者の中には後にアニメ制作者として高い評価を得ている者も多く、結果として優秀な人材を輩出している事も確かである。

2005年にジブリが徳間書店から独立した際、資本金を1000万円としたのは、宮崎、高畑、鈴木の3人が出せる範囲だったからであり、宮崎と高畑の2人が引退したらジブリも終わるのが基本と述べている[11]

2006年の『ゲド戦記 (映画)』を制作の際、三鷹の森ジブリ美術館館長だった宮崎の息子、宮崎吾朗が監督に抜擢された。これは鈴木が「前提としてジブリの今後を考え、当の鈴木を含め宮崎や高畑勲が高齢であるため」と発表当初のインタビュー述べ、「後継者育成」策として起用したものである。[12]

しかしこの吾朗の監督起用については、宮崎と鈴木の意見が真っ向から対立していた。

[編集] 歴代最高責任者

氏名 期間 主要な経歴
株式会社スタジオジブリ 社長
1 徳間康快 1985年-(不明) 株式会社徳間書店社長
2 原徹 (不明)-1991年 株式会社トップクラフト社長
3 徳間康快 1991年-1997年 株式会社徳間書店社長
株式会社徳間書店 スタジオジブリ・カンパニー プレジデント
1 鈴木敏夫 1997年-1999年 株式会社徳間書店取締役
株式会社徳間書店 スタジオジブリ事業本部 本部長
1 鈴木敏夫 1999年-2005年 株式会社徳間書店取締役
株式会社スタジオジブリ 社長
1 鈴木敏夫 2005年-2008年 株式会社徳間書店取締役
2 星野康二 2008年-(現職) ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社社長

[編集] 関連人物

[編集] アニメーター・演出家


[編集] その他

[編集] 関連施設

三鷹の森ジブリ美術館
東京都三鷹市
2001年10月1日オープン。スタジオジブリの世界を展示している。毎年内容が変わる企画展も好評で、2006年の『アードマン展』に続き、2007年には『3びきのこぐま展』を開催している。
サツキとメイの家
愛・地球博記念公園 - 愛知万博会場跡地
2005年3月竣工。『となりのトトロ』の草壁家を忠実に再現している。

[編集] 出典

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  1. ^ 星野康二「スタジオジブリ新スタジオ“西ジブリ”設立について」『スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - スタジオジブリ新スタジオ “西ジブリ”設立について』スタジオジブリ、2009年3月2日
  2. ^ 中井正裕「スタジオジブリ:トヨタ本社に新スタジオ開設へ――新人アニメーター養成」『スタジオジブリ:トヨタ本社に新スタジオ開設へ 新人アニメーター養成(まんたんウェブ) - 毎日jp(毎日新聞)毎日新聞社2009年3月6日
  3. ^ 「世界の優れたアニメーションをお届けします。」『三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー - ジブリ美術館ライブラリーとは…徳間記念アニメーション文化財団
  4. ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p67、p105、p128、p148。
  5. ^ 『朝日新聞』1985年10月7日の記事によれば、ロサンゼルス国際アニメーション映画祭の長編部門1位になるなどオリジナル版の評価はされていた
  6. ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p105
  7. ^ 国際的な漫画家であるフランス人メビウスによれば、1980年代のロサンジェルスのフランス人コミュニティには日本アニメ愛好家の少年たちが大勢いて、不法コピーのビデオテープが流通していたという。メビウスはその不法コピーのビデオで『風の谷のナウシカ』に出会い自分の娘にナウシカと命名するほどのファンとなったと述懐している。
  8. ^ ROTTEN TOMATOES
  9. ^ つかもと景子(『もののけ姫』から『ポニョ』まで5作に出演)、斉藤志郎山像かおり山田里奈八十川真由野山本道子山本郁子など(複数作出演者のみ)、洋画~韓国ドラマの吹き替えで活躍している顔ぶれが並ぶ。
  10. ^ 『Quick Japan』太田出版、1996年Vol.9。大泉実成編集『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』太田出版、1997年に再録
  11. ^ 「ザ・要注意人物 鈴木敏夫」『サイゾー』インフォバーン、2006年6月号
  12. ^ "世界一早い「ゲド戦記」インタビュー 鈴木敏夫プロデューサーに聞く". yomiuri.co.jp. 2008-10-05 閲覧。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月28日 (土) 16:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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