ジャイアントパンダ
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| ENDANGERED (IUCN Red List Ver.3.1 (2001)) |
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| 分類 | ||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | ||||||||||||||||||||||||
| Ailuropoda melanoleuca (David, 1869) |
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| 和名 | ||||||||||||||||||||||||
| ジャイアントパンダ シロクログマ |
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| 英名 | ||||||||||||||||||||||||
| Giant Panda |
ジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca (英: Giant Panda)は、中国四川省、陝西省などに生息する、ネコ目(食肉目)クマ科に属する動物。
目次 |
[編集] 概説
白と黒にはっきりと分かれた体毛が特徴である。コビトカバ、オカピとともに世界三大珍獣に数えられる。
1869年3月11日、博物学に長けたフランス人宣教師のアルマン・ダヴィドが(現在の)四川省西部宝興県にて地元の猟師が持っていた白黒模様のパンダの毛皮を欧米人として初めて発見した。後日、パリの国立自然史博物館に毛皮と骨などを送った[1][2][3][4][5]。これがきっかけとなり、ジャイアントパンダの存在が広く知られるようになり毛皮目当てに狩猟ブームになった。20世紀になると絶滅の危機を迎えていた。探検家のウィリアム・ハークネスが生きたままアメリカに連れて帰ろうとしたが病で死んだ。その後、妻のルース・ハークネスが夫の思いを実らせるため、単身中国に渡り、1936年11月に子供のパンダを見つけてアメリカに連れ帰った。そのパンダのおかげで、人々の狩猟の熱が冷め動物愛護の精神を芽生えさせた。そのパンダは、スーリンと名づけられ剥製がアメリカ自然史博物館に保管されている。
[編集] 名称
別名シロクログマ(白黒熊)、イロワケグマ(色分熊)。 中国では熊猫(繁体字:貓、拼音: xióngmāo シュンマオ)または大熊猫(繁体字:大熊貓、拼音: dàxióngmāo ダーシュンマオ)と呼ばれる。
日本では単にパンダと呼ぶ場合、レッサーパンダではなくこのジャイアントパンダを指すことが多いが、先に発見されたのはレッサーパンダの方である[6]。パンダという呼び名は、ネパール語で「竹を食べるもの」を意味する[7]「ポンガ」に由来する、等諸説ある。学名は、ギリシャ語の白黒に由来する。中国語で単に「熊猫」または「熊貓」という場合も同様である。猫にあまり似ていないジャイアントパンダであるが、それを指す中国語に猫という字が入るのも、元はこの名がレッサーパンダを指していた名残である[8]。レッサーパンダは小熊猫と中国では呼ばれるが、ジャイアントパンダの子供いわば子パンダも小熊猫と呼ぶこともあり、混同を招くケースもある。
[編集] 分類
その名の通りクマに似ているが、アライグマに近い特徴も持つ。そのため、クマ科に属するか、アライグマ科に属するか、独立したパンダ科(もしくは、ジャイアントパンダ科)に属するかの論争が長年繰り広げられていたが、遺伝子の解析により、クマの近縁であることが明らかになった[9][10]。一方、レッサーパンダ(小熊猫・小熊貓)は独立したレッサーパンダ科に分類された。
パンダの系統についてはパンダの項目を参照
[編集] 亜種の発見
2006年、四川省のジャイアントパンダと秦嶺(陝西省)のジャイアントパンダはそれぞれ独立した亜種であることが確認された[11]。過去には茶色い毛並みのパンダが陝西省に存在していた[12]。
[編集] 身体的特徴
全長は120から150センチメートルで、立ち上がると170センチメートルになる。オスの体重は約100から150キログラム、メスは約80から120キログラムである。生まれた子どもの体重は通常100から200グラムと大人の約1000分の1しかない。目の周り、耳、四肢、背中の両肩の間の毛が黒く、他の部分は白色(クリーム色)である[13][14]。この模様や色使いは「単独行動が維持できるように近過ぎる距離での出会いを回避するのに役立っている[15][16]」「周りの景色に溶け込んで外敵の目から逃れるためのカモフラージュの役割を果たしていた[17]」等と考えられている。尾の長さは約13から20センチメートルであるが、尾はほとんど成長しないため、大人のパンダでは目立たない[13]。パンダのぬいぐるみ・人形・キャラクターグッズの中には、尾を黒く塗った商品を見受ける事があるが、汚れ等による誤解に基づいて色付けされており、パンダの尾の色は正しくは白色(クリーム色)である[13][14]。
生まれた直後は毛が一切生えておらず、薄いピンク色をしている[18]。生後約1週間から十日程で毛根の色が透けるため白黒模様が見え始める[14][18]。生後1か月ほどたつと親と同じような模様の毛が生え揃う[18]。パンダの毛は軟らかそうなイメージがあるが、軟らかいのは生後約1年ぐらいまでであり、大人のパンダの毛は豚毛ブラシに近く比較的硬い[14][18]。毛皮は、堅くて脂ぎっている[14]。
通常クマは手の構造上、物を掴むという動作ができない。しかし唯一パンダは竹を掴むことができるように手周辺の骨が特殊に進化している。第一中手骨(親指)側にある撓側種子骨と第五中手骨(小指)側にある副手根骨が巨大化し指状の突起となっており、その突起を利用して物を押さえ込む。撓側種子骨は人間の親指のように見えることから「偽の親指」や「第六の指」と呼ばれている[14][18]。パンダは撓側種子骨があることで物を掴めると長い間考えられてきたが、実際に竹のような太さの棒状の物体を掴むには撓側種子骨に加え、「第七の指」副手根骨が必要であることが遠藤ら (1999) [19]によって示された。パンダがこれら2つの骨を使って物を掴むしくみは論文の中でダブル・ピンサー、すなわち「パンダの掌の二重ペンチ構造」[20]と紹介されている。
目の周りの模様がたれ目のような形をしているが、実際の目は小さく上がり気味で鋭い目付きである[18][21]。視力はあまりよくないと考えられていたが、2000年代に研究によって灰色と様々な色合いを区別できる事が確認された[22]。
消化器官や歯の構造はクマやアザラシ等、他の肉食動物と大変似ている。犬歯は大きく、奥歯も大きく平らな臼歯で人間のおよそ7倍の大きさ[14][18]。腸や盲腸は草食としては短い構造がデメリットとなり、セルロースを多く含む竹などの食物を食べた場合、栄養摂取の効率が低く、それを量で補うためパンダは1日の大半を竹を食べることに費やしている[14][18]。
[編集] 生態
現在は竹林に住まい、竹を主食にしているが、極稀に小型哺乳類・魚・昆虫等の小動物やそれらの死骸、果物を食べることもあり[14][21][23]、他のクマ類と同様に肉食を含む雑食性の特徴も微少であるが残っている。昔は動物園でも肉を与えていたケースもある[23]。氷河期による気候の変動による食糧不足から偏食を余儀なくされ、常に入手しやすい竹ばかり食べるようになったと考えられている[23]。
群れや家族を形成せず、基本的に単独で行動している。他のクマ科の動物と異なり、冬眠はしない。繁殖期は年に一度、3月から5月の間であり、マーキングが行われることもある[14][15]。メスの受胎が可能な期間は数日ほど。妊娠期間は3か月から6か月で、通常1頭または2頭の子どもを出産する。繁殖力は低い部類に入り、乱獲と並んでパンダの絶滅危機の原因でもある[14]。近年の研究によって、発情期以外でも声と匂い付けによって他のパンダと頻繁にコミュニケーションをとり、しばしば交流することが判明している[9]。
愛らしい外見に似合わず、気性の荒い一面も持ち、動物園の飼育員や見学客などが襲われる事件が過去には何件か発生している[21]。
[編集] 生息地と保護
2004年に発表された調査では、現在、中国・四川省北部の岷山山地、陝西省南部の秦嶺山脈、甘粛省南部などに約1,600頭が生息している。中国では40か所のパンダ保護区を設けてジャイアントパンダを保護しており、最大のものは四川省北部のアーベイ(阿坝)州にある臥龍自然保護区(約2,000平方キロメートル)である。また、国家一級重点保護野生動物にも指定されている。
臥龍自然保護区内には1983年に臥龍パンダ保護研究センターが建設され、パンダの飼育・研究が行われまた大いに観光客を呼び込んでいたが、2008年の四川大地震により壊滅し、飼育されていたパンダはちりぢりに各地の動物園に移された。廃墟となった臥龍のセンターは放棄され、近隣の耿達郷にセンターを再建する計画がある。臥龍自然保護区の野生パンダの生息環境も破壊が激しく、多くの野生パンダが死滅するだろうという予測がある。そのため、野生パンダを広州のサファリパークに移送する案も出ているが実現に至っていない。
中国では、パンダの密猟は重罪とされている。過去には死刑が最高刑であったが、1997年以降法律が改正され現在は20年の懲役刑が最高刑となっている[9]。死刑が最高刑だった時代に、実際に処刑(主に銃殺刑)が行われたこともある。密猟はパンダを食料にしたり、高値で取引される毛皮を手に入れるために行われる事が多く、主な原因としては、中国における自然保護の管理システムの問題と、パンダの生息地における住民の経済的基盤の問題が挙げられている[9][24]。
中国では生息地域だった土地の開発が進むにつれて、パンダが孤立する傾向にあり、繁殖期になっても交尾の相手が見つからないといった事態が起きている。また、パンダの食物である竹は約60年から120年に1度、一斉に開花して枯れてしまうため、一種類しか笹が生えていない地域の場合この時期に食料にありつけず餓死してしまうことがある[17]。以前であれば竹枯死の発生していない他の地域に、パンダ自身が移動することによってその事態を回避する事も出来たが、20世紀後半以降は道路建設や森林伐採、住宅や農地の開発などによって人間が生息地を分断したことによってパンダの移動が出来なくなった地域もあり、竹枯死の影響が大きくなるとみられる[9][23]。そのような不具合を改善するために、生息地域付近の開発制限、保護区の拡大、他地域のパンダ同士が相互に交流出来るように「緑の回廊(コリドー)」を造る計画を進めている[9]。
ワシントン条約の附属書I(絶滅のおそれのある種で取引による影響を受けており、または受けることがあるもの)に掲載され、取引が厳しく制限されている。
2006年、生育センターなどで飼育中のパンダは計217頭。野生では約1590頭のパンダが生育している。この数は80年代末より約40パーセント増えている。
[編集] 日本国内でジャイアントパンダを見られる場所
- 神戸市立王子動物園:兵庫県神戸市 (興興(コウコウ):オス)、(旦旦(タンタン):メス)
- アドベンチャーワールド:和歌山県白浜町 (永明:オス、良浜:メス、幸浜:オス、愛浜:メス、明浜:オス、梅浜:メス、永浜:オス)
- 梅梅(2008年10月15日死亡)は来日前に中国で双子の姉妹(奇縁:メス、奇珍:メス)を出産した経験があり、第3子である良浜を妊娠した状態で来日した。
- 良浜の母は梅梅であるが、父は中国にいる哈藍(哈蘭とも書く:2006年成都動物園にて死去)であり、永明と良浜の間に血縁関係はない。
- 幸浜、愛浜、明浜(及び成都にいる雄浜、隆浜、秋浜)は永明と梅梅の間の子供である。
- 永明は梅梅の双子の姉(蜀蘭)との間に、人工授精により2002年に中国で生まれた子供(蘭宝:オス)がいる。
- 東京都恩賜上野動物園(東京都台東区)で飼育されていた陵陵(リンリン)が2008年4月30日に死亡したため、日本が所有権を持つパンダはいなくなった。上記のパンダはすべて中国から借り入れている。なお、陵陵は血縁上、永明の伯父にあたる。
- 上野動物園で死亡したジャイアントパンダはすべて標本として保管されており、フェイフェイ、トントン、ホァンホァンの3頭の剥製は同じく上野恩賜公園内にある国立科学博物館で、ランラン、カンカンの2頭の剥製は多摩動物公園で展示されている。2008年12月23日から2009年4月5日には、国立科学博物館にて『初公開!はく製リンリン-上野のパンダ全員集合』と題した展示が行われ、7頭すべて(ランラン、カンカン、フェイフェイ、ホァンホァン、トントン、リンリンの6体は剥製、チュチュは液浸標本)の標本が集められ公開された。
- 2008年9月13日に良浜がメスとオスの双子(梅浜:メス、永浜:オス。2008年11月13日命名)を出産した。この子供たちは日本初の3世目のパンダである。なお、父親は永明である。
[編集] 在日パンダ
| 名前 | 性別 | 誕生日 | 来日年月日 | 死亡日/現住地 | 日本出国日 | 日本国内居住地 (滞在地) |
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|---|---|---|---|---|---|---|---|
| カタカナ名 | 漢字名(英語名) | ||||||
| カンカン | 康康(Kang Kang) | オス | 1970年11月(推定) | 1972年10月28日 | 1980年6月30日 | (日本国内で死去) | 東京都恩賜上野動物園 |
| ランラン | 蘭蘭(Lan Lan) | メス | 1968年11月(推定) | 1972年10月28日 | 1979年9月4日 | (日本国内で死去) | 東京都恩賜上野動物園 |
| フェイフェイ | 飛飛(Fei Fei) | オス | 1967年(推定) | 1982年11月9日 | 1994年12月14日 | (日本国内で死去) | 東京都恩賜上野動物園 |
| ホアンホアン | 歓歓(Huan Huan) | メス | 1972年(推定) | 1980年1月29日 | 1997年9月21日 | (日本国内で死去) | 東京都恩賜上野動物園 |
| チュチュ | 初初(Chu Chu) | オス | 1985年6月27日 | (日本国内生まれ) | 1985年6月29日 | (日本国内で死去) | 東京都恩賜上野動物園 |
| トントン | 童童(Tong Tong) | メス | 1986年6月1日 | (日本国内生まれ) | 2000年7月8日 | (日本国内で死去) | 東京都恩賜上野動物園 |
| ユウユウ | 悠悠(You You) | オス | 1988年6月23日 | (日本国内生まれ) | 2004年3月4日 | 1992年11月13日 | 東京都恩賜上野動物園 |
| リンリン | 陵陵(Ling Ling) | オス | 1985年9月5日 | 1992年11月5日 2001年4月25日 2002年4月24日 2003年4月26日 |
2008年4月30日 | 2001年2月9日 2001年11月12日 2003年1月27日 (日本国内で死去) |
東京都恩賜上野動物園 |
| シュアンシュアン | 双双(Shuan Shuan) | メス | 1987年6月15日 | 2003年12月3日 | チャプルテペック 動物園(メキシコ) |
2005年9月26日 | 東京都恩賜上野動物園 |
| シャンシャン | 珊珊(Shan Shan) | オス | 1955年 | 1980年3月23日 | 不明 | 1980年6月2日 | 福岡市動物園 |
| パオリン | 宝玲(Bao Ling) | メス | 1963年 | 1980年3月23日 | 不明 | 1980年6月2日 | 福岡市動物園 |
| ウェイウェイ | 偉偉(Wei Wei) | オス | 1973年 | 1981年1月6日 | 1993年 | 1981年 | 上海雑技団 (日本国内巡回) |
| サイサイ | 寨寨(Zhai Zhai) | オス | 1975年 | 1981年3月10日 | 1999年2月 | 1981年9月17日 | ポートピア'81博覧会 |
| ロンロン | 蓉蓉(Rong Rong) | メス | 1964年 | 1981年3月10日 | 1993年 | 1981年9月17日 | ポートピア'81博覧会 |
| トントン | 東東(Dong Dong) | オス | 不明 | 1989年9月15日 | 不明 | 1989年11月12日 | こうふ博'89+パンダ展 |
| ビンビン | 冰冰(Bing Bing) | メス | 1986年8月6日 | 1989年9月15日 | 合肥野生動物園(中国) | 1989年11月12日 | こうふ博'89+パンダ展 |
| コウコウ(初代) | 興興(Xing Xing) | メス | 1996年8月12日 | 2000年7月16日 | 碧峰峡基地(中国) | 2002年12月5日 | 神戸市立王子動物園 |
| タンタン | 旦旦(Tan Tan) | メス | 1995年9月16日 | 2000年7月16日 | 神戸市立王子動物園 | 神戸市立王子動物園 | |
| コウコウ(2代目) | 興興(Xing Xing) | オス | 1995年9月14日 | 2002年12月9日 | 神戸市立王子動物園 | 神戸市立王子動物園 | |
| ※名前なし | ※名前なし | 不明 | 2008年8月26日 | (日本国内生まれ) | 2008年8月29日 | (日本国内で死去) | 神戸市立王子動物園 |
| シンシン | 辰辰(Shen Shen) 申申? |
オス | 不明 | 1988年3月25日 (1988年7月9日) (1988年9月19日) |
不明 | (1988年7月5日) (1988年9月18日) 1989年1月10日 |
池田動物園 函館EXPO'88 アドベンチャーワールド |
| ケイケイ | 慶慶(Qing Qing) | メス | 1984年9月9日 | 1988年3月25日 (1988年7月9日) (1988年9月19日) |
長沙動物園(中国) | (1988年7月5日) (1988年9月18日) 1989年1月10日 |
池田動物園 函館EXPO'88 アドベンチャーワールド |
| エイメイ | 永明(Yong Ming) | オス | 1992年9月14日 | 1994年9月6日 | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
| ヨウヒン | 蓉浜(Rong Bin) | メス | 1992年9月4日 | 1994年9月6日 | 1997年7月17日 | (日本国内で死去) | アドベンチャーワールド |
| メイメイ | 梅梅(Mei Mei) | メス | 1994年8月31日 | 2000年7月7日 | 2008年10月15日 | (日本国内で死去) | アドベンチャーワールド |
| ラウヒン | 良浜(Liang Bin) | メス | 2000年9月6日 | (日本国内生まれ) | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
| ユウヒン | 雄浜(Xiong Bin) | オス | 2001年12月17日 | (日本国内生まれ) | 成都大熊猫繁育 研究基地(中国) |
2004年6月21日 | アドベンチャーワールド |
| リュウヒン | 隆浜(Long Bin) | オス | 2003年9月8日 | (日本国内生まれ) | 成都大熊猫繁育 研究基地(中国) |
2007年10月27日 | アドベンチャーワールド |
| シュウヒン | 秋浜(Qiu Bin) | オス | 2003年9月8日 | (日本国内生まれ) | 成都大熊猫繁育 研究基地(中国) |
2007年10月27日 | アドベンチャーワールド |
| コウヒン | 幸浜(Xing Bin) | オス | 2005年8月23日 | (日本国内生まれ) | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
| ※名前なし | ※名前なし | オス | 2005年8月24日 | (日本国内生まれ) | 2005年8月25日 | (日本国内で死去) | アドベンチャーワールド |
| アイヒン | 愛浜(Ai Bin) | メス | 2006年12月23日 | (日本国内生まれ) | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
| メイヒン | 明浜(Ming Bin) | オス | 2006年12月23日 | (日本国内生まれ) | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
| メイヒン | 梅浜(Mei Bin) | メス | 2008年9月13日 | (日本国内生まれ) | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
| エイヒン | 永浜(Yong Bin) | オス | 2008年9月13日 | (日本国内生まれ) | アドベンチャーワールド | アドベンチャーワールド | |
[編集] その他
- パンダ外交
- 中国政府は各国との関係発展のために相手国にパンダを贈呈する、いわゆる「パンダ外交」を展開してきた。これが転じて、アメリカなどでは親中派が「パンダ・ハガー(パンダを抱く人)」という蔑称で呼ばれることがある。
- 日本においては[25]、1970年代にパンダの大ファンである黒柳徹子が紹介し、その後日中国交正常化により上野動物園に中国から2頭贈られたため、日本中にパンダ・ブームが起こった。
- また2005年に台湾(中華民国)の比較的親中的な野党である中国国民党および親民党代表団が中国大陸を訪問した際に中国共産党側から台湾にパンダを贈る約束を取りつけた。これに対して民主進歩党出身の陳水扁政権は、ワシントン条約に基づき、中国政府が輸出許可書を発行することを求めた。これは「パンダ外交」による国民の反中心情の緩和を警戒したものである。しかし、中国政府は国内移動として、これを拒否した。そのため、台湾政府はパンダの輸入を許可していない。
- 現在ではワシントン条約とその加盟国が独自に条約運用のために定めた法の影響で学術研究目的以外での取引は難しいため[26]、外交としてパンダが贈られることはなくすべて「中国籍」でレンタルとなっている[26][27][28][29]。過去に贈られたパンダはその当事国の国籍を持っているがそのパンダは数少なく、生まれた子供もたとえ片方が中国籍でなくても「中国籍」となり、課金対象になってしまう[28][29]。また、そのレンタル料も高額であり、つがい一組で年間1億円程度となるが、その資金はパンダの研究費や生息地保護資金に充てられている[9][26][29]。このような事情から、資金難からパンダを返還した国もあり[28][30]、パンダはもはや外交ではなく、ビジネスだともいわれている[26][27][28]。
- 客寄せパンダ
- 日本ではパンダの人気は高く、パンダのいる日本の動物園ではパンダ目当ての来園客が非常に多い。そのため、興行などで集客力のある人気者を指す客寄せパンダという言葉が生まれた。また、1981年6月の田中角栄による東京都議選応援演説における「人寄せパンダ」[31][32][33][34]発言の「人寄せ」部分が変化した という説もある。
[編集] 脚注
- ^ 『パンダ 自然選書』R&D・モリス著、根津真幸訳、中央公論社 1976年 ISBN 978-4-12-000620-3
- ^ 3月11日はパンダ発見の日 OCN TODAY 2008年3月11日
- ^ 【 熊猫 】 中国語学習ノート 2007年2月2日
- ^ 「パンダ」はどこからやってきた? 辞引網 2003年5月30日
- ^ じゃいあんとぱんだ【ジャイアントパンダ】(百科辞書)
- ^ レッサーパンダは、イギリス人の冒険家によって発見された。
- ^ パンダ【panda】 Yahoo!辞書(情報元:大辞泉)
- ^ 中国の山奥では、竹を食べる等、生態が似ているためレッサーパンダが大きくなるとジャイアントパンダになると信じられていた地域もある。
- ^ い ろ は に ほ へ と 「ジャイアントパンダについて」 WWFジャパン公式サイト
- ^ 上野動物園などでは旧来のジャイアントパンダ科の表記が残っていた。
- ^ パンダは白黒だけじゃない 「毛色の違う」亜種も 人民網日本語版 2006年1月12日
- ^ 動物園の人気者、パンダの「シンシン」逝く(2)―陜西省西安市 Record China 2006年11月24日
- ^ い ろ は 上海野生動物園「パンダの館」
- ^ い ろ は に ほ へ と ち り ぬ る パンダ館「パンダに関する基礎知識」
- ^ い ろ パンダ村「パンダのコミュニケーション」
- ^ 『野生のパンダ』どうぶつ社 1989年 ISBN 978-4-88622-246-6
- ^ い ろ THE ANIMALS「ジャイアントパンダ Giant Panda(次のページ)」
- ^ い ろ は に ほ へ と ち 神戸市立王子動物園公式サイト「パンダ図鑑」
- ^ Hideki Endo, Daishiro Yamagiwa, Yoshihiro Hayashi, Hiroshi Koie, Yoshiki Yamaya, Junpei Kimura, Role of the giant panda's 'pseudo-thumb', Nature, 399, 309-310 (1999)
- ^ 遠藤秀紀 『遺体科学の挑戦』 東京大学出版会 209頁 2006年
- ^ い ろ は THE ANIMALS「ジャイアントパンダ Giant Panda」
- ^ Giant pandas see in color(英語) Biology News Net 2006年10月15日
- ^ い ろ は に パンダ村「パンダの食べ物」
- ^ 一部の地域では「パンダの毛皮で作った物は魔除けになる」「パンダの毛皮で作った寝具で眠ると夢を通して未来を予知できる」等の民間信仰が行われており、高い需要があるとされる。
- ^ 歴史的史料において、日本書紀巻廿十六、斉明紀四年に「是歳、越国守阿倍引田臣比羅夫、討粛慎、献生羆二、羆皮七十枚」との記述があり、これを元に解釈した本(『おおパンダ!!』翠楊社 1972年、『パンダ』中央公論社 1976年、『世界動物発見史』平凡社 1988年、『パンダ育児日記』二見書房 2007年 ISBN 978-4-576-07001-8、等 )にて「この時代に中国からジャイアントパンダが贈られた」との表現があるが、詳細は不明である(参考資料:日中パンダ交流史試論、TokyoZooNet(財団法人 東京動物園協会)ZooExpress No.125 2003年8月15日)
- ^ い ろ は に 特集:パンダ貸します ナショナルジオグラフィック日本版 2006年7月号
- ^ い ろ とくダネ!:中国「パンダ外交」に踊る日本 J-CAST 2008年4月30日
- ^ い ろ は に パンダを借りる日本とパンダに会えない中国の子供 中国情報局 2006年10月7日
- ^ い ろ は なぜパンダはみんな帰ってしまうのですか エキサイトニュース 2005年10月4日
- ^ 韓国は資金難から1999年にパンダを返還している。
- ^ 『昭和語―60年世相史』 榊原昭二、朝日新聞社 1986年 ISBN 978-4-02-260370-8
- ^ 『'80年代 世相語ガイド 下』榊原昭二、朝日新聞出版 1983年 ISBN 978-4-02-268016-7
- ^ 『昭和世相流行語辞典』鷹橋信夫、旺文社 1986年 ISBN 978-4-01-070753-1
- ^ ガンジーさん。「244.安物の言葉。」 ほぼ日刊イトイ新聞 2001年4月26日
[編集] 関連項目
- 四川省のジャイアントパンダ保護区
- 白浜アドベンチャーワールド
- レッサーパンダ
- ニホンカモシカ (日中国交正常化のパンダのお礼に贈与)
[編集] 外部リンク
- アドベンチャーワールド パンダランド
- サンディエゴ動物園:パンダのリアルタイム映像
- スミソニアン動物園:パンダのリアルタイム映像
- メンフィス動物園:パンダのリアルタイム映像
- アトランタ動物園:パンダのリアルタイム映像
- パンダの成長
- パンダの写真
- ジャイアントパンダ写真集
- パンダ百科辞典(「パンダはチベットの動物」論に関する考察)
最終更新 2009年11月12日 (木) 04:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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