ジャガー・XJ220
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| ジャガー・XJ220 | |
|---|---|
| 乗車定員 | 2人 |
| ボディタイプ | 2ドア クーペ |
| エンジン | 3.5L V6 DOHC ツインターボ 542ps/65.7kgm |
| 変速機 | 5速MT |
| 駆動方式 | MR |
| サスペンション | 前後:ダブルウィッシュボーン |
| 全長 | 4930mm |
| 全幅 | 2220mm |
| 全高 | 1150mm |
| ホイールベース | 2640mm |
| 車両重量 | 1350kg |
| 最高時速 | 347km/h |
| -このスペック表は試行運用中です- | |
ジャガー・XJ220とは、イギリスのジャガーが発売していたミッドエンジン スポーツカーである。
名前の由来は、目標最高時速が220マイル(時速約352km)を目標としていたことによる。
目次 |
[編集] 概要
元々はジャガー社内のエンスー的技術者たちによる、趣味的サークルが発端。1988年のバーミンガムショーにてプロトタイプが公開された。
ボディパネルはアルミ製で、シャシーはアルミハニカムをアルミ板で挟んだパネルによるモノコック構造。フロントには可変式のスポイラーを装備。サスペンションは、ダブルウィツシュボーン式を採用し、レーシングカー並みのセッティングを施していた。
ボディのデザインは、幻に終わったレーシングプロトタイプ「XJ13」をモチーフとし、当時TWRに在籍していたイアン・カラムが手がけた。インテリアはコノリー社製高級レザーハイドのトリム、ウィルトン社製のウールカーペットなど、そのレーシングカーに準じた性能とは裏腹にジャガーらしい豪華なものであった。
[編集] 経緯
ショーデビュー当初はまだ市販が決定していなかったが、たちまち1500台に及ぶ注文が殺到し、のちにTWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)との連携で市販が決定した。
デビュー当初、XJ220は、6.0LV型12気筒DOHCをミドシップレイアウトで搭載したフルタイム4WD車になる予定であった。しかし、生産化が正式に決定した後、これでは重量があまりにも大きくなる事がわかり、やむなくグループCカーのXJR10に使用されていた3.5LV型6気筒DOHCツインターボエンジン(540PS)をMRレイアウトで搭載することとなった。
目標の最高時速220マイルには届かなかったものの、最高時速は347kmで、当時としては世界最速だった。0-100m加速も僅か3.9秒と、高いポテンシャルを持っていた。
市販モデルは1991年の東京モーターショーで発表。価格は29万ポンドで、当初は名前にちなんで限定220台の予定だったが、世界的な好景気により注文が殺到。急遽生産台数が350台にまで引き上げられた。
前述のエンジンの問題を解決するため、実際のデリバリーは1992年まで遅れてしまったが、うってかわって時は世界的不況。さらにはV12エンジンが搭載されないことへの不満や、同時期にTWRが発表したジャガー・XJR-15と市場が競合してしまったことなどから、最終的には281台ほどしか売れず、その高いポテンシャルにもかかわらず、マーケットでは成功を収めることが出来なかった。
日本への正規輸入は無かった。
[編集] レース参戦
1993年にはル・マン24時間レースのカテゴリー4(GTクラス)に、XJ220のレーシングバージョンである「XJ220C」が3台出走。うちジョン・ニールセン/デビッド・ブラバム/デビッド・クルサード組が総合15位・クラス優勝を果たしたが、2週間後に排気系のレギュレーション違反が発覚して失格となった。 その後も度々出場しているが、目立った成績を残せないまま1995年前後にサーキットから去っている。1995年のル・マン24時間レースにリチャード・パイパー率いる"PC Automotive"から二台エントリーした内の一台は、後にナンバーを取得し、現在は日本に存在すると言われている。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月30日 (月) 19:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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