ジャガー・XJR-14

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ジャガー・XJR-14は、グループCカー規定がそれまでの燃費フォーミュラルールから、F1と同一のエンジン規定に変更された1991年に開発されたグループCマシン(競技専用車)である。デザイナーはロス・ブラウン

目次

[編集] マシン概要

[編集] シャーシ

空力を意識した当時としてはかなり過激なデザインとなっていた。デザインを担当したロス・ブラウンはそれまでF1のアロウズ等のチームでマシンデザインを担当していたことから、シャーシにはF1時代の経験が生かされた結果、メディアからは「F1マシンにフルカウルを被せたようだ」と評された。フロントカウルを外すと、通常存在するべきシャシーの構造材がこれには殆ど見られず、その代わり「カブトムシ」の様に左右のタイヤハウス前に突き出したカーボンコンポジット素材の小さい構造物が見られる程度である。   またドアが存在しない事も特徴である。滴形のキャビンの横側に脱着可能な樹脂製の窓があり、それを外して乗降する。開口部がかなり狭い為、乗降性は劣悪を極める。このため大柄な体格のドライバーからは敬遠され、その為に「体がマシンに入らなかった」ジョン・ニールセンがジャガーとの契約を行わなかったというエピソードがある。

[編集] エンジン

当時のジャガーフォードの傘下企業であったためF1で使用していたエンジンであるフォード・コスワース・HBエンジンを転用することができた。その中でも信頼性のある通称“シリーズ5”と呼ばれるエンジンにジャガーのカムカバーをつけ、ジャガーV8とした。XJR-14に搭載するにあたり、最高出力よりも中・低回転域のトルクを重視した仕様とされた。

[編集] FIAの思惑と逆手に取ったジャガー

1991年より、燃費制限を主とし、エンジン形式、排気量は自由であった世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)のレギュレーションを変更し、エンジン形式をF1と同様の自然吸気3.5Lに統一することが決定された。レース距離も430kmに統一され、これらの変更はWSPCに参戦していたメーカーをF1へ導くためであると言われた。ジャガーメルセデス・ベンツプジョーなどのワークスチームは3.5Lエンジンのマシンで参戦することを選択した。また、選手権名も1991年よりスポーツカー世界選手権(SWC)に変更された。

自然吸気3.5Lエンジンを持っていなかったメルセデス、プジョーと異なり、当時F1に使用していたエンジンであるフォード・コスワース・HBエンジンを転用することができた。

[編集] チャンピオンへ

他チームが新規に設計されたエンジンなどに問題を抱えるなか(メルセデスは、180度V12、プジョーはV10など)、ジャガーだけはほぼノートラブルでレースを続け、チャンピオンを獲得した。

[編集] ル・マン24時間

この年、ル・マン24時間レースがWSPC改めSWCの選手権に組み込まれていたため、XJR-14も参戦した。XJR14はポールポジションを獲得するタイムを記録したが決勝には出走せず、代わりに100kgの重量ハンデを背負った旧規定(カテゴリー2)のXJR-12LM(7.4L V12搭載)4台で戦い、2~4位に入った。メルセデスもジャガーと同様の戦略を採り決勝には旧規定車両を走らせたが、新規定の3.5L車両は430kmのレース距離に合わせて作成されているため、24時間レースを走りきる耐久性が無いからだと言われた。

プジョーチームは3.5L車両を出走させたが、全てリタイアしている。プジョーは1991年から参戦を開始したため、旧規定の車両を持っていなかった。

[編集] 派生していった車両

ジャガー・XJR-14はジャガーが直接製造したわけではなく、トム・ウォーキンショー・レーシングにより作成された車両である。その結果、その後ル・マン24時間に参戦するチームへ供給されることとなる。

  • マツダ・MX-R01
    • エンジンはマツダMVということになっているが、中身はエンジン・ディベロップメント社(ジャッド)のV10エンジン・ジャッドGVであった(ただしマツダによる改良が一部加えられている)。
  • ポルシェ・WSC95
    • グループC崩壊後、オープンスタイルのプロトタイプマシンIMSA-WSCが登場、現在のLMPの基礎を築いた。この規定に合わせポルシェ・ワークスはXJR-14のモノコックを流用したWSC95を開発した。駆動系はポルシェ・962C用のものを流用した。当初1995年デイトナ24時間セブリング12時間、ル・マン24時間に参加するべく製作したが、直前にターボ車のエアリストリクター径が縮小されるように規則が改正され出力が大幅ダウンすることとなり、ポルシェは撤退する。お蔵入りしたWSC95だが、翌年プライベーターのヨーストレーシングの手に渡り、1996年1997年のル・マン24時間レースを連覇した。
ウィキメディア・コモンズ


最終更新 2009年7月11日 (土) 17:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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