ジャニーズJr.解散グループ (1990年以前)
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『ジャニーズJr.解散グループ (1990年以前)』では、1990年以前に芸能事務所ジャニーズ事務所に所属するジャニーズJr.内に存在したグループを取り挙げる。
- なお、主だったグループや個人については「過去のジャニーズ所属者」、バックバンドグループは「ジャニーズ事務所 過去のバックバンド」、その他関連グループは「ジャニーズ関連企画ユニット」・「ジャニーズ関連プライベートユニット」・「ジャニーズ関連OBユニット」の項目をそれぞれ参照。
- グループ結成順。
- 各グループへのメンバーの所属状況は現時点でのもの。
[編集] ジューク・ボックス
[編集] ハイ・スパンキー
[編集] リトルリーブス
[編集] JOHNNY'Sジュニア・スペシャル
- 1974年夏結成、JOHNNY'Sジュニア・スペシャルを参照。
[編集] ジュニア・エース
[編集] ザ・ニュース
- 1974年に結成。 1975年3月28日 - 3月31日には「第53回ウエスタン・カーニバル」にも出演したが、同年に自然消滅。 なお、当時のあらゆる文献ではグループ名が「ザ・ニューズ」と紹介されている場合も多い。
- メンバー
- 事務所退社
- 小川浩 池田洋 宮崎勝 田渕英人
[編集] メッツ
[編集] リトル・ギャング
[編集] デビー&ルーベン
- スーパーエイジス出身の兄弟によるバンドグループ。1975年8月27日に日本劇場で行われた『第54回ウエスタン・カーニバル~ばらとみかんとバイオリンと 「ジャニーズ・ファミリー・フェスティバル」』に、3人編成のスーパーエイジスと共に出演。 その後、2人ともスーパーエイジスに正式加入した。
- メンバー
- 事務所退社
- デビー辻野 (兄・ギター)
- ルーベン辻野 (弟・ドラム)
[編集] クエッション
- メンバー
- 事務所退社
- リューベン辻野
- ドラム。後にCharのバックドラマーを経て、「リューベン」に改名してソロデビュー
- 実川茂
- じつかわ しげる。リードギター。愛称「じっちゃん」。後に「実川しげる」に改名
- 村田勝美(リーダー、ドラム) デビッド辻野 (ギター)
[編集] 白虎隊
- 1975年にジャニーズ事務所が、雑誌『平凡』とのコラボレーションでジャニーズJr.を募集した。その際の合格者は「ジャニーズ・ジュニア第4期生」と呼ばれ、その中から選ばれた3人によって結成されたバンドグループ。1976年8月15日に日本劇場で行われた「ロックン・ロール・カーニバル」にて、『バイバイベイビー』という曲を唄って初お披露目。その後、同年8月24日 - 28日の日本劇場「第55回ウエスタン・カーニバル」で改めて本格的にデビューした。 「ギャングス」の前身グループ。
- メンバー
- 事務所退社
- 大野祥孝
- おおの よしたか。サイドギター担当、愛称「おーちゃん」、デビュー当時中学2年生
- ドラム担当、デビュー当時小学6年生
- 岩崎富美雄
- 白虎隊結成前のJr.時代は、本名の「小石崎富美雄」で活動。ベース担当、愛称「とんちゃん」、当時小学6年生。後にオーエンタープライズに移籍し、1992年5月27日に『Dear Robert』でCDデビュー
[編集] キングコング
- 1976年から1977年にかけて活動。資生堂「バスボン」のイメージガール・松本ちえこのシングル『ハイ!授業中』でのバックダンサーや、テレビ東京『ヤンヤン歌うスタジオ』内のあのねのねによるコーナー「ねのねのなんでも修行中」などで活躍した。
- メンバー
- 事務所退社
- 大野祥孝
- 渡辺和晃
- ジャニーズ・ジュニア第7期生。ジャニーズ事務所に入る前は子役俳優として、テレビドラマ『ジャンボーグA』や『ファイヤーマン』に出演していた。 ジャニーズ事務所を退社後は、森口博子のチーフマネージャーを経てバーニング傘下の芸能事務所「スタッツ」の社長になり、「deeps」、「pool bit boys」などを世に送り出した。
- 原川吉臣(リーダー) 井上晴雄(愛称:僕ちゃん)
- 脱退メンバー
- 事務所退社
- 浅田敏行
- 山口裕章
- 後に文学座に入団して舞台俳優として活動。現在は退団。
- サポートメンバー
- 事務所退社
- 曽根崎しんじ
[編集] ドルフィン
- 池田ひろことの競作曲『友達から恋人に』で、ホリプロから1976年6月1日にデビューしたバンドグループ。メンバーのうち、小川と小野寺の2名がジャニーズJr.の出身。デビュー前にはホリプロの先輩・荒川務のバックバンド「ブルーシャーク」(5人編成)として下積みをし、アメリカの5人組バンド『オズモンズ』を目標としていた。
- メンバー
- 事務所退社
- 小川浩(ベース)
- 小野寺伸定 (ギター)
- 事務所部外者
- ミッキーみつる
- ドラム。「ブルーシャーク」時代にのみ参加。後に「紺野大輔」の名で歌手デビュー
- 高橋真一(キーボード) 小原秀信(ギター)
[編集] ジャニーズ少年団
[編集] VIP
[編集] ジャPAニーズ
[編集] ピラミッド
- 川崎麻世のバックコーラス&ダンスグループ。 1979年4月 - 8月まで、毎週日曜夜7時から30分間放送していた日本テレビのダンス番組『ミュージック・ボンボン』に、ジャPAニーズと共に出演していた。
- メンバー
[編集] ANKH
[編集] ジャニーズ少年隊
[編集] 田原ダンサーズ
- ジャPAニーズ・ジュニアよりも先に、ジャニーズJr.内で結成された田原俊彦の専属バックダンスグループ。 田原が赤坂プリンスホテルのクリスタルパレスで“ジャクソンズメドレー”を披露した際もバックを務めた。
- メンバー
- 事務所退社
- 田中ひろき(愛称「ロン」。実家は理髪店。)他多数
[編集] ジャPAニーズ・ジュニア
- ジャPAニーズが解散した後の、田原俊彦のバックダンスグループとして結成された。ジャニーズ事務所の専属振付師「ボビー吉野」の指導の下、1982年 - 1985年に活動。ジャニーズJr.の中でも特にダンスの上手い精鋭たちで組まれていた。 当初のメンバーは、「ジャニーズ少年隊」出身の鈴木則行をリーダーに、中村・大沢・平本の計4名。まだその頃はグループ名が無く「鈴木君グループ」と呼ばれていた。基本はジャPAニーズと同じで4人体制。後に何度か入れ替えがあり、延べ十数名が参加することとなった。
- 「たのきん3球コンサート(1983年版)」、「'83 Toshi in 宝塚」、また「近藤真彦・武道館コンサート」などでも彼らがバックを務めた。
- 参加メンバーは全員、1983年公開の少年隊主演の映画『あいつとララバイ』にも出演している。
- メンバー
- J-STARS
- 事務所退社
- リーダー、愛称「ノリくん」。少年隊の初期メンバー。
- 平本淳也
- 内海裕一
- 先に事務所に入っていた弟の内海光司に誘われて事務所入り。
- 河村直人
- 1983年-1986年に事務所に所属。後に「クリエートジャパンエージェンシー」に移籍。モデル・ダンサー・シンガーとして、テーマパークやオリジナルライブなどにて活躍中。
- 牧村稔
- 中本雅俊
- 愛称「なかもっち」、「もっち」。東京都出身、1966年12月15日生まれ、血液型B型。15歳でジャニーズ入り。後に東宝芸能へ移籍し、ミュージカルダンサーに転身。劇団四季のダンス講師、NHK教育『天才てれびくんMAX』やサザンオールスターズのコンサートの振付など、多岐に渡って活躍中。
[編集] イーグルス
[編集] 江端兄弟
- 江端兄弟を参照。
[編集] 東京(東京男組)
[編集] 三多摩新鮮組
- メンバー
[編集] 少年忍者
[編集] 桜隊
- 注『さくら隊』は誤表記。1986年、日本テレビ『アイドル花組おとこ組』内だけでのグループ。「花組」と名乗る女の子8人組(安田満衣子、他…)と一緒に出演していたが、番組終了と共に、わずか3カ月で消滅。予備軍を含め、約11名いた。
- メンバー
- 事務所退社
- 鞆田紀世彦
- ともだきよひこ。民謡歌手の鞆田晶行が父親の親戚だった為、彼も民謡や演歌の歌手としてジャニーズ事務所からデビューさせようという企画があった。1987年には『サブロー・シローの歌え!ヤング大放送』にも出演し、錦織一清がコンサートで持ち歌としていた「大漁唄い込み」という宮城県の民謡を、少年忍者をバックに従えてソロで披露。さらには、1988年10月21日放送の『ミュージックステーション』にも、やはり少年忍者をバックに従えて「愁列車」という曲をソロで披露するという好待遇を得ていた。なお、この「愁列車」は後にテンポの速いヴァージョンに生まれ変わり、少年忍者がカヴァーした。
- 中岡真一郎
[編集] 桜隊予備軍
- 桜隊の弟分。
- メンバー
- 事務所退社
- 阿部直人
- 後に「シャイニー」というモデル事務所に移籍し、モデルとして活動。
- 山崎正人
- ジャニーズ時代の愛称は、事務所社長のジャニー喜多川が命名した「マットくん」。長野県長野市松代町生まれ、千葉県鎌ヶ谷市育ち。 『アイドル花組おとこ組』内では、男闘呼組のバックでドラムを担当したこともある。 ジャニーズ事務所を辞めた後、1989年に「SHADOW」のメンバーに。 また、「山崎銀次」→「山崎銀」→「木山将吾」の順で改名し、暴露本『SMAPへ - そして、すべてのジャニーズタレントへ』の著者となった。
- 桑名兼司 他数名
[編集] 踊り子
- 男闘呼組のバックダンサーグループ。実際にはバンドのバックなのであまり活動しなかった。
- メンバー
- 事務所退社
- 佐藤寛之 大沼雄一郎 川上康明 鹿内和博 桑名兼司
[編集] Mr.ミュージック
- 1986年10月、テレビ朝日『ミュージックステーション』がスタートすると同時に結成。同番組の専属バックダンサーグループで、全8名。 荻野目洋子の『六本木純情派』などのバックを務めた。
- メンバー
[編集] おめで隊
[編集] スケートボーイズ
[編集] B・D 104
- メンバー
- 事務所退社
- 木野正人 乃生佳之
- コンサート時のサポートメンバー
[編集] 平家派
- 愛称「平家」。1988年9月、光GENJIのヒット曲『剣の舞』のバックダンサーグループとして、「スケートボーイズ」出身のメンバーを中心に結成。剣を持ってのバックダンスを務めた。さらに次の曲『地球をさがして』でもバックを担当し、小旗を振るダンスを務めた。
松元・坂本・関の3名は、1988年10月21日放送の『ミュージックステーション』にて、鞆田紀世彦の曲「愁列車」のバックを少年忍者と共に担当した。
雑誌用、テレビ用、コンサート用など、それぞれのメンバー編成があり、延べ30名以上が参加。1990年の初頭に消滅した。また、このグループでは「リーダー」のことを“隊長”と呼び、松元治郎がその役目を務めた。
なお、当初は「ホタル」というガールズグループも作り、光GENJI・平家派・ホタルの3グループ合同で何かをやろうという企画・構想もあったが、結局実現には至らなかった。 - 2008年3月、元メンバーの国分太一がMCを務めるNHK「ザ少年倶楽部プレミアム」で事務所に所属している6名が出演。同窓会と銘打ったトーク、及び山口を除く5名で『剣の舞』のバックダンスを披露した。
- メンバー
- TOKIO
- V6 20th Century
- 事務所退社
- 松原一平
- 1997年の映画『かっ鳶五郎』に出演。
- 石川徹(愛称・いっち)
- 菅勇太
- 1992年のジュノン・スーパーボーイ・コンテストにエントリー。
- 田中浩
- 関裕通
- 反町隆史
[編集] 関連項目
- ジャニーズJr.解散グループ (1990年以降)
- ジャニーズ事務所 過去のバックバンド
- ジャニーズ関連企画ユニット
- ジャニーズ関連プライベートユニット
- ジャニーズ関連OBユニット
- 過去のジャニーズ所属者
- ジャニーズJr.
- ジャニーズJr.一覧(五十音順検索)
- ジャニーズ事務所
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最終更新 2009年11月19日 (木) 01:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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